五 笛吹きと旅芸子

 

 

迫り来る恐怖。差し出される手。

いまだにどちらも勧めずにいた。

「言ってみて下さい。言葉を交わす事が、契約となりえるのですから。あなたが願えば、それは私が必ず叶えますよ。契約をした以上、必ず守りますから。」

その誘惑のような誘いに、答えそうになる。まるで、意思を関係なく操られているような感じだ。

雅美はついに、かすかに相手に聞こえるほど小さな声で、願いを言葉にしてしまった。

「……を………して…。」

その言葉に男は満足したのか、にっこりと笑みを見せ、雅美の顔を覗き込んで、叶えて差し上げますよと言う。

 

最後に男が言った言葉が理解できずに呆然と去っていく姿を見送っていたのだが、緊張が抜けて、間抜けにも力が出なかった。

「皆…。」

その言葉に含まれたものは安心からか、それとも得体の知れない相手の手を取った事に対する謝罪からか。

男はあの時、確かに一言言った。聞き間違えている事もないし、しっかりと一語一語間違えずに覚えている。

これで、少しは道が開かれたということだろう。今は只、あの男がどう動くかにかけるしかない。

ふっきれたら、立ち上がって再び行動を開始する。

あの男の言ったことが本当なら、今すべき事はある。

『…今から道が現れる。迷い誘う鬼の灯火の道ではなく、地上に落ちた竜から零れ落ちる胆が花開き、道を示す。』

そう、確かに言っていた。つまり、自分はその別の道を見つけ、それにしたがって進めばいいということ。

あとで何か支払わなければいけないかもしれない。

早夜はいつもこういったものには代価が必要なのだと言った。ただほど、恐ろしい物はないのだからと、言っていた。

それでも、この願いを叶えてほしいから、今は後悔よりも会いたいという気持ちの方が強かった。

 

 

自分の感を信じて、ただひたすらに走った。

走って走って、やっと見つけた。今度は鬼灯の橙とは違う、紫色の花の道。この花は、竜胆だ。

竜胆は淡い紫色の灯りを放ちながら、奥へ、そして下へと向かって続いて行く。

落ちた竜の胆とは、竜胆のこと。それも、下へ行けという事だったのだ。

竜胆の花言葉は『勝利を確信する』だ。あの男は、すでに勝利宣言をしている。雅美が四人の下に辿り着き、戻ってこれるのだと、言っているのだ。

なら、その自身を信用してやろうじゃないか。

雅美はまだあの男を認めたわけではないが、今回はあの男が絶対何かしてくるとは思わなかったので、そのまま真っ直ぐ自分の願いの為に進んだ。

そして、先には。ずっと探していた相手がいたのだった。

 

 

少し時間を戻し、追ってみるとする。

時間で言えば、雅美が四人の姿がなく、先に帰ったのかなと下校を開始している頃である。

「ここ、どこよ?」

「…また、起こってしまったみたいね…。」

忠告を受けたばかりでこんなのってないわよと、要は頭を抱え、夢はのんきに状況を楽しんでいるかのように笑みを浮かべている。

「ねぇ、これって神隠し?」

「違うでしょ。いつものようなあれでしょ。」

「だよね。まだ、生きてるし。」

「神隠しでも、生きている例は結構ありますよ。」

「でも〜。」

彼女達はいたってのんきだった。以前の経験から、そこまで驚く事はなかったからだろう。

ただ、これから何が起こるか分からないという不安は確かにあるが、回避できると信じていたから。

早夜や雅美が、まだ『外』にいるだろうから、なんとかしてくれると思っていたから。それだけの、信頼を四人供に寄せていたのだ。

「確か、鬼灯とヒヤシンスでしたね。」

「そうねぇ。いろいろあるけれど、鬼灯だと不思議や偽りがあっているかもしれないわね。本当に、不思議だけど、偽りの世界でもあるのだからね、ここは。」

キーワードを思い出し、花言葉を思い出す。夢は相変わらずタロットで何かをしながら、鬼灯について答える。その様は、いかにもこの場所に似合うような妖しいものだ。

「確かに言えてる・・・。そういえば、ヒヤシンスは?」

「偽りや不思議であわせるのなら、難しいですね。…遊戯が一番しっくりと来ますね。」

インターネットで花言葉を調べていた芳が答える。

「偽りの遊戯…。いったい、どんな偽りでどんな遊戯なのかしらね?」

少し興味があるわと、相変わらず楽しそうな夢。勘弁して欲しいと思う要。なったものは楽しまなければ損だと言う京古やはやく帰りたいものですという芳。

四人それぞれ好きなように述べて、結論としてはとにかく戻る方法を考えるというもの。

「そう言えば、笛吹きもキーワードだったよね?」

「確かに、そうだった。でも、笛吹きって何よ?」

その時だった。どこからか笛の音色が聞こえてきたのだった。

「これは、いったいどこから?」

きっと、この笛の先に何か答えに繋がるものがあると確信して、四人はあたりを聞き比べて場所を探る。

「あっちみたい!」

京が言うと同時に走り出す。他の三人もそれに続いていく。

走った先にあったもの。ほのかに光を持つ古い木の笛だった。

「…ねぇ、これって『誰か』が吹かないと音はならないよね?」

「今更、常識を求めても無駄というものよ。」

「確かにそうだけどさぁ。」

笛は、『誰に』演奏されることなく、ひとりでに音を奏でていた。

不思議に思えるその笛に手を触れようと手を伸ばした京古は、笛の記憶を感じ取った。

「どうやら、これは正解みたいね。」

夢も同じものが見えたようだ。

四人は互いを見てうなずきあい、片手をそれぞれ笛へと伸ばした。

すると、あたりは一瞬にして闇からどこかの街の上空へと変わり、一人の若い男と少女の姿が見えた。

 

 

若い男は旅を笛を吹きながら旅をする男で、不思議な力を秘めた笛を使って、困っている街を助けてあげようと言った。

その代わり、一目ぼれした舞台の女の人をお嫁にほしいと言った。

本当に助けてくれるのなら、それでいいと街の主は言った。

男はその晩に笛を奏で、街で問題と鼠を全て川へ誘導して流してしまった。

しかし、街の主は約束を破り駄目だといった。代わりにこの事故で育て親を無くした旅芸子を差し出した。

それに怒こった男だったが、何も言わず少女を連れて街を出て行った。

その後、街から鼠は一匹も出なかった。本当に、全て川に流れたのだった。

あの男が持っていた笛はとっても不思議な笛。

かつて、ある笛吹きが持っていた笛で、不思議な力を持つものだった。

その後、男は少女に言い続けた。

いつか、あの街に仕返しをしようと。するのはお前だよと。自分はもう、先がないから。

あの笛は不思議な力を持っている魔法の笛。だから、魔法を使うための代償として、使用者の生命を削るものだったのだ。

少女は引き取ってくれた男を信頼していたので、いつしか育て親の死も彼等の仕業なのではないかと思うようになり、男が死んだ後、とうとう実行してしまった。

偽りだらけの愚かな遊戯。

一人の少女と男の手によって、栄えていた街はあっけなく滅びた。

少女は悪い物がついているのだと、身体ごと封じられた。それ故に、少女は長い年月行き続けた。眠るという行為の中で。

その長い時間を重ねる間に、少女は人という形を失い、別の物となった。

その後、たびたび眼を覚ましては男の遺言を守り、街へ復讐をするようになった。

最後に現れ、封じられたのはこの土地だった。それが今、何らかの拍子に封印が解け、今にいたっているのだ。

少女の目的は街への復讐と、さらに別のものによって吹き込まれた偽りによって起こした行動。

少女は信じている。復讐として実行した後、捉えたものを生贄として捧げればいつか必ず男が還って来てくれるのだと。

 

見終わったそれに、言葉が出ない四人。

同時刻、学校へ四人を探しに来た雅美が触れて見てしまった記憶と同じもの。

「…なんなのよ、これ。」

「どうやら、何かが動いているみたいですね。」

早夜でさえ攫みきれなかった何かが確かにゆっくりと動いている。

もう、抜け打さえないのかもしれない。戻れないのかもしれない。

そんな不安を抱えながらも、脱出方法をずっと考えていた。

そんな時、突如足元に現れた紫の花。

「竜胆…?どうして急に?」

いったいどうなっているのかわけがわからない。

「竜胆は『勝利を確信する』でしたよね。いったい何の勝利でしょうか?」

その勝利とは、自分達の事だと気付くのは、道となって続く先から走ってくる雅美の姿を確認した時。

「良かった。見つけたよ!」

抱きつくような勢いで走ってくる雅美の姿。

彼女達は無事に再会を果たせたのだった。