四 開始者と補助者と傍観者

 

 

プルルル……

規則的な機械音が家に響く。

「そう言えば、誰もいなかったっけ?」

雅美はしょうがないなと、部屋から出て音を発する電話の受話器を取った。

「もしもし?」

「あ、白城さんのお宅ですか?」

「はい。あ、もしかして要のおばさん?」

声でもしかしてと問いかければ、そうよと答えが返ってくる。

しかし、要の母親から電話がかかってくる事は滅多にないので、いったい何事なんだろうと少しどきどきしながら聞く雅美の耳には、信じられない言葉が返ってきた。

「ねぇ、要がそっちに行ってないかしら?」

「え?要がですか?」

それはいったいどういう事なのだろうか。要達四人は、自分を置いて先に帰ったものだとばかり思っていたので、少なからず驚いた。

なら、どうして要はあそこに来なくて、今も家に帰っていないのだろう。

要は時間には結構厳しいし、何も連絡なしには家を空ける事も約束を破る事もない。

「帰ってないんですか?」

「そうなの。」

「こっちには来てませんよ?」

「そう、ならいいわ。」

少し残念そうになったのが、声ですぐにわかる。本当に心配しているのだと、よくわかる。

「あの、心当たりを私も探します。」

「そうしてくれるとありがたいわ。」

そういって切ろうとした。それを、母親のさらに驚く一言でしばらく持ったままの状態になった。

「実は、北谷さんや神野さん。それに時任さんのお宅も帰ってないらしいの。もしかしたら一緒かもしれないから、見つかったら連絡ちょうだいね。」

「え…?!」

今、かなりありえないような話を聞かなかっただろうか。

「それじゃぁ、私も探すわ。ごめんね、もう暗いのに。」

そういって、相手は電話を切った。

しばらくプープーっと規則的に鳴り響く音が耳を通過していく。

「…どこにいったのよ、皆…。」

耳から離した受話器を元に戻し、部屋からかばんを持って飛び出した雅美。

どうしてかわからないが、学校にいるような気がした。

あの時の空耳だと思ったあの声が、何か知っているような気がして、教室へと向かったのだった。

感覚が覚えている。

これは、あの日、桜妖華が閉じこもっていた白い世界と同じなのだと。

あれだけ、気をつけてほしいとあの二人に言われたのに、結局起こってしまった。

電灯が路を記すように続く中を走る雅美。

その様子を見ている者が一人いた。

全て黒で統一された格好で、いかにも妖しく、そして人とは思えない者。

くすりと笑みを零して、電信柱の一番上に立っていたそいつの影は跡形もなく消えた。

 

 

周囲に誰もいないか確認して、閉じられた門を飛び越える。

暗いので足元があまり見えなかった為、着地に少し失敗したが手に掠り傷をつくっただけで、他に大きな怪我ない。

そして、真っ直ぐ闇に包まれた静かな学校を見る。

前に一度、クラスで企画したものでお泊り会で肝試しをやったが、それとは違う、背筋が凍るような気味悪さを感じた。

まるで、自分の知らない場所がそこにあるようだった。

「・・・いるかなぁ・・・。」

なんだか、この不気味さを見たら自信をなくす。

最初はここにいると確証はないのだが確信していたというのに。

「でも、思いつかないし、自分を信じたいしっ。」

この学校では珍しく、錆びている窓があり、それを力任せに開けた。

ここだけは錆の為に鍵が閉められないからだ。第一に、鍵をしめなくても、簡単に開くような窓ではない。

それでも、ここは開ける必要のある窓だったので、鍵を閉めずに直す事も放置された窓。

だからこそ、雅美が侵入できたのだが。

雅美はまず、校内に入っていなくなった四人が担当していた出し物の場所へと向かう。

もし、あの時学校にまだいたのなら、片づけをしていた可能性が高いから。

だけど、要のクラスも自分のクラスも、体育館やグラウンドも何も無い。人陰すらない。

反対に、何の気配もなく闇が繋がり、恐ろしく感じるぐらいだ。

どうやら、いつもいるはずの見回りの守衛もいないようだ。

「どうしよう…。」

確かに、ここにいるような感じはする。

第六感の感覚が鋭くなっていると言われた時、納得できたぐらいだから。知らずのうちに、あの四人がどこにいるのかわかるのだから。

だけど、見えないものを探すのは簡単ではない事ぐらい、わかっている。

「皆、どこいっちゃったのよ…。」

その場にうずくまって、泣きそうになるのを必死に堪える。

いつも一緒だったから、再会してから会わなかった間を生めるように一緒にいたから。

一人がとても寂しく感じられる。それも、夜の学校となれば、格別に寂しさを感じる。

そんな雅美は、ぽちゃんっと水が落ちるような音が聞こえ、顔をあげた。

すると、今いた廊下の先に、ほんわかと灯りが見える。それも、導くようにその灯りで道が出来ていた。

その灯りをよくみると、ただの灯りではなく、鬼灯でできたもの。まるで命を持っているかのように、ゆらゆらと灯りを灯して道を示す。

もしかすると、これを追いかければ四人に会えるかもしれない。

雅美は立ち上がって、走って灯りの先目指した。

走って走って。灯りが途切れている場所までやってきた。

そして、そこには一人の少女がいた。黒い色に白と黄色の花が描かれた着物を着ていた。

その花は、ヒヤシンス。早夜から聞いていたキーワード。これで、二つが揃った。

すぐさま、雅美はこの子が今回の原因なのだと理解した。

『…来た、のね…。愚かな娘…。』

自ら危険をさらしにきたなんて、本当に愚かよと、容姿に似合わず酷い事をいってくれる。

だが、雅美はらしいと思ってしまった。少女は、どうも見た目の年齢とはつりあわず、絶対にもっと年をとっていて、自分より年上だと思えたから。

「ねぇ、貴方がやったの?四人を、連れて行っちゃったの?」

今聞かなければ答えは永遠になく、四人とは二度と会えない気がしたから、雅美は前置きを抜いて、彼女がやったのだと断定して話をはじめた。

『そう。私ね…。私はただ、あの人のためにしているの。あの人が教えてくれたの。だから、私は責任もって果たさなければいけないの。』

もう、必要な事はそろったから、今すぐ立ち去りなさいと言う。

本来ならば、雅美はここへ来るはずも無ければ、少女に会うことさえなかったはずなのだから。少女にとっては、予定外だったのだ。

「あの四人…。いったい何をするつもりなの?!」

『何って?ただつれていくのよ。愚かなものへの見せしめの為に。あの人を騙した人達を見返すために。』

言っている事がまったくわからない。あの人とは誰なのか、知らないからだ。ただわかるといえば、あの人が少女にとって大切な人で全てだということ。

ひしひしと、その少女のあの人への思いが伝わってくるから。桜妖華と同じ。

「や、やめて!四人を返して!他の人達も、返して!」

なんだかわからないが、失ってしまうような感じがした。だから、すぐさま少女に向かって叫んだ。

その様子をみて、少女は少し機嫌を悪くしたのか、顔をゆがめて、雅美を見ていた。

『やめないよ…。絶対に。私は必ず果たすのだから。…それでも、止めるのならやってみたらどう?』

少女はそれだけをいい、もう雅美には興味がないといわんばかりに背を向けて、後ろに広がる闇の中へとすうっと消えていった。

いつのまにか、鬼灯の灯りも消えていた。

雅美は今、先程の闇ではなく、夜の学校に戻っていた。

雅美は少女が消える瞬間、見えてしまった。普段は見えないそれが。そして、理解し、自分の状況も理解できた。

自分はもう、今までのような日常を歩む事はできない。持つ力は早夜とはまた違うもの。

相手の心に触れ、中を覗く事が出来るような、得体の知れない恐ろしい力。

だから、知ってしまった。少女の抱える闇を。少女がいうあの人の意味を。

「どうして…。どうしてこんな事を続けなきゃいけなかったのよー!」

その雅美の訴えるような叫びは誰に対してなのか。消えた少女かあの人と少女が言う人か。それとも、原因を作った者達か…。

雅美の叫びは闇へと吸い込まれ、自然と静けさが戻っていた。

雅美の強い心の訴えを聞くものはいない。どんなにここで足掻いても、どうなる事はない。

どうしたらいいのだと、雅美は困り果てる。涙もこぼれ始める。

もう何年も泣いていない目から涙が溢れ出す。

乾いていた泉が潤いを取り戻したかのように、溢れて零れ落ちる。

「あの子も、被害者だったんだ。桜妖華のような、裏切られた哀れな子だったんだ。」

きっと、いつまでもその真実を知ることはなく、続けたいた。裏切られたと知らずに。

「要…。どうしたらいいの…?…京古…夢…芳…。どうしたらいいか、もうわかんないよ…。」

連れて行かれてしまった大切な友人達の名前をいいながら、助けを求める。

自分が助けるはずだったのに、今は助けを求めている。

泣いてもしょうがないことぐらいわかっている。だけど、とまらないのだ。服の袖で拭っても、とまる事はない。

その時だった。

うずくまって涙を止めようと、そして今後どうしたらいいのか悩んでいる雅美のもとへ、足音が近づいてきたのだ。

 

コツッ…コツッ…

 

足音は確実に雅美を目指して近づいてくる。

恐怖心がないとは言い切れないが、今の雅美には、それ以上に失う事の恐ろしさが心を占めて、それどころではなかった。

ただ、頭の遠くの方で、この偽りだらけの遊戯の関係者が近づいて来たのだと、思っていた。

だから、来るなら来てみろという勢いである。そうすれば、あの四人や他の人達のいる場所へ行けるような気がしたから。

だが、近づけばしだいに身体が強張り始める。実に迫る恐怖を身体が感じ取ったからなのか、それとも相手が待とうものが早夜や桜妖華、そしてさっきの少女よりも禍々しくそして恐ろしいほどの大きな力を秘めていたからなのか。

コツッ…コツッ…と足音は近づき、雅美の前で止まった。

いったい、何が目の前にいるのかと、雅美は袖で顔を拭い、涙を止めて顔をあげた。

そこには、全身黒で統一された服で、長く大きなマントを流し、後ろで長めの髪を束ね、眼鏡の奥から強い何かを秘めている黒い瞳を持つ男が一人たっていた。

ずっと、この顔だったのか、顔は少し笑みを浮かべ、もつ雰囲気からかなり妖しい男だった。

「貴方…ですね。」

いきなり雅美に話しかけたとおもったら、いったい何が自分なのかわまったく理解できなかった。

「間違いない。貴方です。…この私に願ったのは…。」

さらに意味がわからない。こんな会った事もない男に何を願ったというのだ。

第一に、これだけ強烈な印象を持つ男なら、会ったら覚えているはずだから。

だが、さらに可笑しく思えたのは、この男が全てお見通しのような気がしたから。

余裕な笑みを浮かべ、雅美が今一番願っている事さえ既に知っているような感じ。かなり落ち着いて余裕を見せているから、いったい何がどうなっているのかわからずに焦る雅美には本当に嫌味なむかつく男である。

その男は雅美の心情を知ってか知らずか、話を進めていく。

「一つだけなら叶えましょう。貴方の中にある最も強く思い、願い続ける事を。」

どうします?と言葉に出さなくても問いかける男の目。だが、雅美はすぐに応えられずにいた。

なぜなら、それはわかりきっている。この男が何ものなのか、まだ判断しきれていないからだ。

敵ではないのかもしれないが、それが必ずとも味方だとは言い切れないからだ。第一、相手が何もので皆が無事でいられる保障がどこにもないからだ。

「望はなんですか?…あるでしょう?」

誘導していくような問い。

「今一番、強く願う願いが、あるのでしょう?」

この相手ならなんとかしてくれるかもしれないと、思ってしまうが、味方の保障がない今、答えられない。下手に答えて、取り返しのつかない事になってはいけないから。

この男は、とても強い力を持っているから。

それでも、考えられなくなっていく頭は、願いを口にしようと動く。それが決して言葉にはならなかったけれど。

今、雅美の中には四人を失う時と同じような恐怖心で支配されていた。