五人は、家に連絡を入れて、早夜の住む家に来た。早夜が言うに、桜の精霊はもう彼と言う存在の為という意思だけで動いている為、明日にもう一度接触してくると言うのだ。

 それと、ここで聞いて知ったのだが、十の単位の創立記念日に、いつも使われていない掲示板にあの七つ目の鏡の話に関係する内容のメモを残していたのは早夜だったそうだ。害があるない関係なく、あの二人の存在を忘れないでほしいと願っての事らしい。

確かに、忘れられて何もなく絶望して狂うより、覚えてもらって引き止められる方がいいだろう。

「結局は、叶わない恋をした末路の一例なんだよね。第一に、誰も精霊自体を信じないだろうしね。」

「そう言えば、六十年前以上前からいたんだよね?確か、学校は創立以前は何かの施設だったよね?」

「よく知ってるわね、要さん。やはり、好奇心が強いみたいね。

 要さんの言うとおり、施設だったわよ。貧しい家の子供が売られて引き取られた場所としてね。そりゃぁ、酷かったらしいよ。

 実はね、その『彼』はそこの管理者の一人で、子供を助けるいい人だったのよ。で、桜の妖精も、その当時は幼い容姿だったのよ。で、収容された子供と間違えて出会ったってわけ。

それで恋をしたけど、その施設の悪人が幻覚・・・催眠術で、彼女を殺すように命じたのよ。

 怖かったらしいわ。施設の裏に真っ白の桜の花を咲かせる木に宿る精霊がね。

 当時、一部では精霊や妖精は信じられて好まれていたけど、大半の人間からは怪しまれ、嫌われていたのよ。で、妖かしを使って、何かされる前に手を打たないとってね。

 すでに人は、汚れていたのよ。」

早夜は少し哀しそうに言う。まるで、その話に出てくる桜の精霊のようだった。会いたい、仲良くなりたいというだけでも、ただ人と違うだけで嫌われて差別される。仲間という大切な友人のいる雅深にはわからない気持ちだろう。

だが、もしその友人がいなくなったら自分はどうかと考えると、寂しいと思う。だから、そう思うと少し桜の精霊の気持ちがわかった気がした。

「もう遅いわ。寝ましょう。部屋はなくて悪いけど・・・。皆でここに布団を引いたら問題ないわよね?」

五人はそれぞれ思いをめぐらしたが何も話さず、早夜の言うように静かに布団の中に入り、眠りに着いた。

「・・・ちゃんと、これで終わりにするからね、お母さん。」

眠る五人を見た後、棚に置かれたフォトスタンドに飾られている写真の中の人物を見ながら言う。

 今はもう亡き、桜の精霊が心を許した、たった一人の大切な友人。








 重たくて、体が動かない。目も開けることが出来ない。この場所から動けないどころか、ここがどこさえもわからない。

 「 ・・・ん・・・・・・ちゃん・・・・・・・・・さくら・・・ちゃん・・・。 」

遠くで、誰かが誰かの名前を呼んでいるのが聞こえる。自分の名前ではない誰かの名前。

 「 ・・・ちゃん、さくらちゃん。 」

だんだんとはっきり声が聞こえてくる。というより、声が近付いてくる。

 「 ・・・いた、やっと見つけたよ、さくらちゃん。 」

 「 ・・・流・・・、ここに来たら駄目だって、言われてるでしょ? 」

 「 それでも、僕はさくらちゃんに会いたかったから。 」

 「 ・・・馬鹿、でしょう? 」

二人の楽しそうな話し声。それと、笑い声。何処にでもあるような友達同士の会話。それが、いきなりぷつりと途切れ、今度は何人かの叫び声が聞こえてきた。

 「 そっちだ、逃がすな。奴は魔に染まった男だ。 」

 「 奴が魔を消した。後は、奴を消せば魔は完全にこの地から消える。 」

何人かの足音が慌しく走り去っていく。一人が走っていく後を、大勢が追いかけている。

 「 僕は・・・僕はさくらちゃんを・・・。くそ、あいつら、許さない。さくらちゃんは悪くないのに・・・。
   ごめんなさい、さくらちゃん。このように裏切る形になってしまって・・・。 」





 見えていないが、光がしゅっと走った感じがした。そして、雅深は目を覚ました。これは、夢だったのだ。あの話の過去の出来事を再現した夢だったのだ。だが、何とも言えない後味の悪い夢だった。

 後味はあまり良くなかったが、あの夢でわかった事があった。あの男が桜の木の下で埋まっている人で、さくらちゃんが桜の精霊の事だという事。

雅深は起きた後、夢の事で少し考えたが、この夢の事は誰にも言わない事にした。








 「で、今日もう一度こちらから、あちらへ行くけど、六人で行くのは多すぎるから、二人ぐらい、外で待っていてくれない?その方が、残っている貴方達の気配をたどって戻る事が出来るから。」

「たどってって・・・、もしかして、戻れなくなるような事態が起こるかもしれないんですか?」

「そうなのよ。私は母と違って弱いからね。」

「早夜さんのお母さんって・・・。」

ここでふと気付く事があった。もっとよく考えていたら、一般の人間が、そう簡単にあの非現実的な事態を受け入れて対処できるはずがないのだ。つまり、早夜の母親は普通ではなかったと考えるのが普通だ。

「要さんの察しの通り、霊能力者だったのですよ。

 母は、母の守護をする方と友人の三人で、あの桜の話の中に入ったのですよ。三人とも、とても強い力を持っていたので、取り込まれる事はなかった。私は未熟なので、下手をすると取り込まれる可能性がありますけどね。

 そう考えると、少なからず、雅深さんは力があったのかもしれませんね。扉を開けて、道を開けるぐらいの。ただ、使いこなせなくて、取り込まれるという恐れがあるんだけど・・・。」

今まで、そんな事を考えた事なかったが、そんな可笑しな力はないと、雅深は思う。あれはきっと偶然による物だと思うのだ。

「鏡はあるし、行こうか。いくら学校が休みでも、速めに行かないと、教師さん達が不信がるだろうからね。」

早夜の後について、五人は部屋を出た。何も話さず、学校まで行き、部室の窓を開けた。そこには、昨日と同じように、あの白い空間があった。そして、その白い空間に、部室の電気の光を鏡に反射させて、進行方向へ向けた。

この鏡の光が桜の木へ近付く為の鍵だったのだ。

 行く事にしたのは、昨日ここの扉を開けて道を開いた雅深と要と京古、そして早夜。夢は行くと言ったが、外の方がいいと早夜が言った。

早夜が言うには、夢が一番気配を感じる事が出来るらしい。それを聞くと納得して、残るといった。あの夢が大人しくしているとは不思議な事もあると、妙に違和感を感じてしまう。

だが、今はそんな事を考えている場合ではない。白い空間の中に、昨日見た人ではない人が現れたからだ。

「行くよ・・・。彼女を戻さないと・・・。」

三人はうなずき、早夜の後に続いて白い空間の中へ入っていった。

 四人は、目線をはずさず真っ直ぐに相手を見た。今回は、あの桜の木に近づけないという事はなかった。距離は通常の感覚のままだったのだ。

やはり、間違いなく、あの鏡がこの世界へ行くポイントだったのだ。

 「・・・十年ぶり、よね。顔を合わせるだけだったけど・・・。」

 『 ・・・お前・・・りゅ・・・か・・・の娘・・・早・・・夜・・・。 』

声はかすれながらも、四人の耳に入る。顔の表情は見ているだけで苦しそうだとわかる。声でさえ、もう聞こえてこないのではないかと思うほど、弱々しい。目の光は異常な程の深い光を放っているが、彼女が弱っているのは見てわかる。

「覚えてくれていたんだね、やはり、私があなたを覚えているから?櫻妖華。」

『 ・・・早夜・・・、龍・・・華の・・・む・・・すめ・・・。私・・・また・・・繰り返・・・す・・・。 』

相手の目の輝きが変わった。くすんでいた紅が鮮やかで綺麗な紅に変わった。それを見て、早夜は笑みをこぼした。

「戻った・・・みたいだね、櫻妖華。間に合ったみたいで良かった。私も母も、あなたには同じ事を繰り返してほしくないし、いつまでも汚れのないその花を咲かしてほしいと願っているからね。」

『 早夜・・・私・・・、また、自分が・・・壊れて・・・いく・・・。 』

人ではない人、櫻妖華はゆっくりと早夜達のいる方向へ歩み寄り、手を伸ばした。後一歩という所で倒れかけたのを、雅深は何故か手を伸ばして支えていた。

『 あなた・・・昨日・・・の・・・私が・・・取り・・込もうと・・・し・・・た・・・。 』

「でも、貴方は苦しそうだからほっておけない。今は過去なんか関係ない。目の前にあるあなたを助けたいと願う気持ちだけだから。」
「雅深の言うと通りよね。お互い助け合って支えるからこそ、生きていけるし、その価値があるからね。」

「要の言う通り。桜の貴方も、大切な物があったからいつまでもそうやっているんでしょう?自分の生きている価値というものを見つけてくれる大切な物。守ろうとする行為は誰だってするわよ。私もきっと、大切な物を失う事になったら、取り戻そうとするだろうし。」

要と京古も櫻妖華に手を伸ばして、三人一緒に力を合わせてその場に立たせてあげた。

「貴方は、その大切な物を守る為に、ここにいて、耐えていたんでしょう?」

櫻妖華は目に涙を浮かべていた。どうして、目からこのような水が出るのかと、不思議がっていた。きっと、彼女は涙を知らなかったのだろう。

そもそも、人間が持つ感情という物を、ほとんど持ち合わせていなかったのだろう。だから、哀しい事がわからなくて涙も出ないで失った大切な物をこれ以上離さないように、壊れていく心を一本の糸で保ちながら、今まで耐えてきたのだろう。

 哀しい事があったときに、哀しいと思えなかったり、泣けない事は、とても哀しい事だと思うから。雅深も、同じ経験があった。数年前に、祖母が亡くなったのだ。母親よりも、祖母と一緒にいた事の方が多かった雅深にとっては、祖母はとっても大切な母以上の存在だった。それを失ったのだ。

始めは涙なんか出なかった。だけど、次第に涙はあふれて零れ落ちた。そして、誰にも気付かれず、泣いた。声を殺さず、泣いた。みっともない姿だっただろうが、その時は回りには誰もいなかった。

 その後は落ち着いた。泣いたら、少しすっきりとしたのだ。心の重みは残っても、泣く前よりは軽かった。

きっと、この桜は、泣けなかったのだろう。涙と言う存在を知らなかったから。大切な物を失う哀しみをあの時までは知らなかったから。それが、時間とともに抱えきれなくなって溢れてしまったのだろう。

 その時に、彼女は早夜の母に会ったのだろう。自分と同じように、この四人の友人と同じように、暗い闇から光の差す場所へ連れ出してくれた、また少し違う、大切な人達に。

「・・・母が亡くなったときは、本当に哀しかった。貴方も、十の数えじゃなかったけど、顔を見せに来てくれていたよね?ありがとう。」

『 ・・・龍華・・・私の大事な友人。哀しかった。あの人と同じように・・・私の前から、消えるから・・・。 』

櫻妖華はやはり桜の精霊だと思う。雅深は彼女の目から零れ落ちる涙を見てそう思った。

とても、綺麗だったのだ。透き通ると汚名のその涙は。汚れを知らない、何者にも惑わされない強い心が流す涙。

 桜の花言葉は心の美・優れた美人・純潔とあるが、彼女はその通りだと思う。あの話では汚れを引き取った桜の精霊と言われているが、それでもまだ汚れていないと思う。花言葉のままだと、思う。

『 ・・・早夜・・・さん・・・。私はまた、繰り返すかも・・・知れない。だから、お願い。・・・私を、・・・・・・私をこの場所から外に出して。 』

櫻妖華の様子から見ても、必死だとわかる。彼女の中にある、今にも続く過去の出来事は、大きな闇のような罪なのだろう。

もう、それに耐える事が出来ないのだろう。



『 あの人を・・・日の光のあたる所へ・・・私も、日の光の当たる場所へ・・・行き・・・た・・・い・・・。 』



櫻妖華は早夜に訴えた。今の一番の願いだと、叶えてほしいと。

「わかった。やっと、言ってくれたね。日の光の元に戻りたいと、願ってくれた。母も・・・龍華もずっと、この世を去るまでずっと、貴方が願っている事を、言ってくれるのを待っていたんだよ。」

そう言って、早夜は櫻妖華の手をとった。雅深と要と京古も櫻妖華の手や肩に手をかけて、五人が同時に願った。





  『 日の光のあたる、あの場所へ 』