夏休みの間の勉強状況として、実力テストと言う奴が行われた。その為に今日は午前中だけの授業となった。

午後からはたっぷり時間がある。他の四人が持ち帰った資料をもう一度読むことも出来る。雅深は、なるべく早く行こうと、部室へと向かった。



 そして、奇妙な光景と遭遇してしまった。








 珍しく、要はまだ部室へは来ていなかった。きっと、掃除当番にでもあたったのだろう。これといって気にせず、雅深は部室へと足を踏み入れ、指定席となっている場所にカバンを置いて座った。

 物語を考えたら書くようにしているノートを取り出し、先ほど考えた物語の設定を書き込む。

 時間を忘れたかのように書いていた雅深はふと時計を見た。時間はいつのまにかあれから三十分も経過していた。だが、まだ自分以外の部員は来ていない。さすがにおかしいと思った。

 その時に、雅深は窓の外にひらひらと舞う白い物が見えた。

「・・・さく・・・ら・・・?」

今の時期にはおかしい。だが、間違いなく、四月に咲いているのを見た桜だった。今は九月で、明らかにおかしいが間違いない。

「嘘・・・でしょ・・・?」

雅深は不思議で、窓を開けて桜の散る花びらを見た。回りには青々と葉を茂らす木ではなく、満開の桜の木がたくさんあった。

 そこで、ひときわ目立つ一本があることに気付いた。そう、一本だけ、紅く染まっていたのだ。

他の白のようでほのかに紅い桜ではなく、真紅のような紅い桜の花を咲かす木。

血のように紅い桜だが、不思議と綺麗に見えた。それと同時に、雅深の目に人の姿が映った。人であって人ではない何か。

「あ、待って!」

この光景がなんなのか知りたい雅深。紅い桜の木の奥へと足を進める人ではない人。雅深は知らずと追いかけていた。





 雅深は走ったが、どんなに頑張っても紅い桜の元へはいけなかった。ずっと、よく見かけるあの桜が立ち並ぶ道を走っていただけ。距離が進んでいるのかさえわからない。

「あの、待って!」

雅深は木の影に消える人ではない人に言ったが、相手には声が聞こえていなかったようだ。視界から消えてしまって、ようやく足を止める雅深。

これ以上走っても、あの桜へはいけないとわかったからだ。そして、動かないのは、戻ろうとしてもあの部室には戻れないと何かが警告している音が聞こえる気がしたからだ。

「・・・あの人、何者だったんだろう?」

雅深の中に広がっていく疑問。七つ目の鏡の話と同様に、現れたなかったはずの紅い桜の花を咲かすの木。まるであの話の中にいるような気がした。

そう考えると、あの人はきっと、桜の守護者という人だろう。人ではない人だから。何せ、あの人は浮いていたからだ。足を地に付けず、数センチ上に浮いていたのだ。

 なんだか狐につままれた気分だ。なんとも、騙されていて少し悔しい気分。だが、そんな事はすぐに雅深の中から消える。

今度は、どうやって戻ろうと考える。紅い桜の花を咲かす木に近づけなかったのだから、簡単には戻れない事はわかる。

第一に、結構走ったと言うと通り、視界からは校舎が消えていた。

「さて、どうしようかなぁ・・・。」

さすがに、目標も失い、戻る場所も失った雅深は困り果てる。その時、昨日と同じあの声が聞こえて来たのだ。





  『 鏡・・・魂・・・今・・・外界へ・・・目覚メ・・・コソ・・・・・・同ジ悲劇・・・起コサン・・・ 』





どこからか聞こえる声。振り向いても声の主はいない。

周りを見渡しても、人の気配事態もないし、桜の木以外は何もない。そう、真っ白の世界の中にいる雅深以外何もない。

そのはずにもかかわらず、声は続ける。





  『 清キ心、汚レノ心ニ染マリ、白ハ黒ニ・・・次ノ生贄ヲ捧ゲ。

    紅ク染マル、白キ衣、愛シイ貴方、裏切ル貴方。 』





言葉は、先ほどと比べ、はっきりと聞こえる。何かの唄のような、祈り文のような内容の文。





  『 眠レ、白イコノ下デ。黒キ汚レタ心ヲ、白ニ戻セ。白ノ衣、同ジク、染マル紅キ衣ヲ、白キ衣ニ戻セ。

   全テ、貴方ノ為。 』





 声は一泊置いて、



 『 全テを引キ受ケヨウ。コノ白ガ、汚レと紅ヲ 』



 と言った。この時、何かの儀式の呪文のように聞こえた。



  『 新タナ、生贄、六十ノ月ガ経過シ、再ビ機会ガ訪レタ。 』





 声は、雅深に近づいてきた。これでやっとわかった。声の言う生贄が、自分を指している事に。雅深は動けなくなっていた。あの時、追いかけていたように、体が動かない。

このまま、この声に捕まって『生贄』にされると覚悟して目を瞑った。

しかし、何時までたっても、何も起こらなかった。変わりに、ふわっと体が浮くような感じがして、別の、今度ははっきりとした声が聞こえてきた。

「目を覚まして戻りなさい、櫻妖華。あなたはもう、絶対に同じ過ちを繰り返さないと誓ったのでしょう?」

この気配と声の主に覚えがあった。

「無事、だったみたいで良かったよ、えっと、白城 雅深さん。」

「どうしてここに・・・、確か、早夜さん。」

雅深は早夜に抱きかかえられていた。どうしてこうなっているのかも、どうして早夜がここにいるのかもわからなかった。

 そもそも、早夜と言う人は、文芸部の五人と顔見知りの、桜華高等学校の卒業生。よく図書館へ遊びに来ているのだ。その時に知り合った人。

今は確か、四十歳前後だったと思う。彼女の母親も昔、ここの在学生だった。

その後卒業後は教師資格をとってこの高校の教師をやっていたそうだ。

 その早夜が、どうしてこうタイミングよくここに現れるのか、わからなかった。

「とにかく、今は話が通じないみたいだし、戻ろう。」

雅深は早夜に抱えられて、その場を後にする。早夜は、真っ直ぐ、部室へと戻る。雅深では戻れなかった部室へ、いとも簡単に。

「・・・深、雅深!」

見えてきた部室。中にいる四人が窓の外にいる雅深に呼びかける。あれだけ、近くにいたのだ。

「良かった、雅深―。」

涙目になっている京古。どうやら、四人からは部室の窓から自分の姿がはっきりと見えていたようだ。

「たぶん、今日はもう大丈夫だと思うよ。」

早夜は部室に戻ると降ろしてくれた。続いて、早夜が窓枠から中に降りたと同時に、窓の外の絵景色は何時もと変わらない物に戻った。まるで、先ほどまでのものが嘘のように。

 そして、早夜の口から話を聞き、先程のあれが、七つ目の鏡の話だという事がわかった。





 落ち着いた所で、早夜は話し始めた。

「まさか、貴方達があの七つ目の話に選ばれるなんて思っても見なかったわ。今まで、関わろうとした人はいたけど、雅深さんみたいに選ばれる事はなかったもの。まぁ、関わるのはきまって文芸部員だったけど、初代のようにここまで近づけた人はいなかったわ。」

「・・・何かあるのかしら?その文芸部員というものに。それに、貴方、その話をほとんど知っているんじゃなくて?」

話の内容からある程度知っている事を察して答えを導きだそうとする夢。それを正解と言う感じで笑みを浮かべる早夜。

「その通りだよ、夢さん。実は、ここの創立、つまり初代なんだけど、調べている事で分かっていると思うんだけど、ここの生徒が話に関わって真実を知ったって知っているよね?実は、それは私の母なのよ。」

五人ともなるほどと、納得した。普通驚く所だが、どうやら先程の事態で簡単に受け止められるようになっているようだ。

「でもね、それにはまだ続きがあったのよ。桜の木に埋まっている死者と桜の守護者の関係を母達は知った。真実も全て、知った。だけど、死者と守護者をあそこから解放する事が出来なかった。そして、長い年月をかけて、守護者は死者の汚れと染まる紅き血を吸い込んだ。その死者と守護者は昔、愛し合う者同士だったらしいのよ。

 だけど、死者となっている彼が心の隙をつかれ、彼女を、桜の守護者である精霊を裏切り、危害を加えた。幻覚で操られていたらしかったんだけどね。その瞬間、彼は自分のしたことに気付き、その場で自害した。桜は哀しみ、彼を包み込んだ。その行為によって、桜の木の下に死体が埋められてしまった。

 そのまま、年月を経て、何年かに一度、この世から姿を消したその桜の木がこの文芸部と繋がるのよ。雅深さんが通ったあの道とおなじ道がね。母も、六十年前に学生だった頃に通ったらしいわ。その時は、彼女はまだ正気を保っていた。けど、今回は年月が許してくれなかったようね。桜の精霊は汚れなき危い存在。汚れた彼の浄化を何十年もずっとあそこで、彼が再び笑いかけてくれるのを待っている彼女は、力が弱まってきているのよ。母と話をした時、彼女は過去にも同じように生贄を使って、力を手に入れたらしいんだけど、母と話をしてこの先はやらないと決めたらしい。だから、私もここへ来る必要はなかったけど、必ず十の時の流れの中で、道が開くから、話し掛けるようにってね。

 私はつまり、彼女と彼の力を抑える番人になるのかな?だから、卒業しても、未だにここに出入りしていたのよ。」

誰も知らなかった真実。本当にあった話。早夜の話を聞いて、あの声が言っていた事が少し理解できたかもしれない雅深。

「だから、彼女がもう自分を保てないのならば、彼女を解放しないといけない。それに、彼も、解放しなければいけない。だってね、彼はもう、汚れはないから。彼女の目に幻覚が映って、彼女は彼の心が見えなくなって、信じられなくなっているだけだから。

 彼の行為が許される事ではないけど、本当は、二人とも幸せという世界に暮らせるはずだったから。それが、母の心残りで、私の願い。あの二人を、光の当たる場所で、一緒に送ってあげたいのよ。

 母が止めたあの儀式を繰り返させない為にもね。」

きっと、早夜は本気でその桜の事を気にしている。ここまで、自分以外のものに執着できるというのは、凄い事。

ただ、物語を考えて書くよりも、実際ある話の登場人物になって、一緒に物語を完成させる方がいい。

だから、この七つ目の鏡の話を完結させたいと思った。



それがきっと、今回この件に関わった義務だろうから。