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君は、嘘つきだ。 最後の最後まで、本当の事を、君自身が言ってくれることはなかった。 本当に酷い、嘘つきだ。 あの日、雨の中で出逢った君は、僕に言った最初の言葉だけは確かに本当だった。 「どこか、遠くに行きたいの。でも、駄目ね。どうしても、逃れられない。」 雨の中、傘も差さず、そこに立っていた君に、僕は傘を指しだしていた。 遠くへ行きたいと願う彼女。逃れられないと、どこかで諦めている彼女。とりあえず、僕は雨の中でここにいるのはよくないと、大きな樹の下で雨宿りすることを提案した。 初対面の相手に、どうしてか放っておけず、雨がましになったころ、行くあてがないのならと、彼女を家へ誘った。 どうせ、誰もいない家だ。部屋も余っているのだから、一人増えるくらいどうってことない。 こうして、出逢った初対面の彼女との奇妙な日常が始まった。 しばらく続いた晴れの日。久しぶりの雨。 出かけると出てきた後、ふと君と出逢った日を思い出していた。 遠くへ行きたい。それでも逃れられないと言った君の横顔を思い出していた。 何故、家につれてきたのかは、今もわからない。けど、何故か初対面に思えなかった。 知らないはずなのに、知っている気がする違和感。誘い、出したその手を君は掴んだ。 その手を、今度は離してはいけないと、何かが警告してくる。 その意味を、僕はまだ理解できていない。 早く帰ろう。そう思って、用事を済ませて家へと戻った。 そこには、いつもと変わらず、君がいた。だからか、僕はさっきまでの予感を頭の隅へと追いやった。 何かが起こる。何かを忘れている。 その違和感よりも、今を選んだ。 「ただいま。」 「おかえり。」 いつまで君がここにいるのか。君が結局何者なのか。 けれど、聞けなかった。 君がいなくなってしまいそうで、聞けなかった。 まるでおとぎ話のように、正体を知ったらいなくなるという制約を持っているのではないかと、一度思ってからは、聞けなくなった。 ある意味で、この考えは正しいと思う。 君は、生きている人間の生活感が薄かった。僕がいない間に何をしているのかは知らない。けど、食べている姿を見たこともないし、寝ている姿を見たこともない。 まるで、幽霊のような君。 けど、話を重ねるうちに、君のことに好意を持つようになったら、そんなことはどうでもよくなった。 ただ、君がこのまま側にいてくれたらいいとだけ、想うようになった。 だから、僕はこの世界の意味を考えることを放棄していた。 僕は知っていたはずだ。 この世界は非情で、残酷な世界だということを。 「もう、終わりね。」 今日が終わる頃、突如呟く君の言葉に、僕はどきりとした。 とうとう、君がこの家から出て行く日が来たのかと思った。 「もっと、遠くへ行きたかった。」 「君は最初からそう言ってたね。」 「本当は、会いたくなかった。」 「僕のことを、知ってるの?」 君はこっちを見ずに、言葉を続ける。僕を知っているという意味を理解できずにいた僕に対して、さらに続けた言葉は、僕にとっては衝撃だった。 「先に死んでしまうなんて、酷い。忘れてしまうなんて、もっと酷い。」 僕は、もしかしたら君は生きていないのかもしれない。そう思っていた。 けど、君は僕が死んでいるという。 「どういうこと?」 「もう、いいわ。あいつらが追いかけてきた。この世界を閉じる為に、壊すために。」 急に、騒がしくなる音の数々に、何が起こっているのかわからない。 「この世界はとっくに終わっている。貴方が死んだその日から。」 君は悲しそうにそう言った。 「それでも、私はもう一度会いたかった。だから、世界を閉じるのを遅らせようとした。」 けど、もう時間切れだと、君は言う。その言葉の意味を、僕は理解できない。 「ありがとう。私と出逢ってくれて。たくさんの物語を紡いでくれて。嬉しかった。」 忘れた僕には、僕が望んだ言葉をもう言ってはあげない。忘れた罰だと君は言って、綺麗な顔で笑った。 「さようなら。」 プツン―― テレビの電源が切れるように、視界が遮断される。 その瞬間に巡る、様々な光景の記憶の欠片。 やっと、思い出した。 君と僕のことを、思い出した。 けど、もう遅い。 「ごめん。忘れないって言ったのに。」 酷いことをしてしまった。 「けど、最後まで君は、嘘つきだ。」 本当に、君も酷い。 「本当のこと、何も言ってくれなかった。」 あの日も、何もかも。 すべては後の祭りだけど。できれば、また、君に会えることを願っている。 どんな形であったとしても。 一人ぼっちで、誰よりも誰かと共にありたいくせに、一人でいることを選んで、勝手に離れることを選んだ君を、今度こそ一人にしない為に。 君が望まなくても、そのせいで僕がまた死ぬことになっても、僕は世界よりも君を選らんだのだから。 「完了。」 「相変わらず後味は悪いな。」 また、世界が一つ消えた。図書館の中に収容されることなく、物語が誰の目に触れることなく、消えた。 正確には壊したと言う方が正しいが。 「あれ、これ…。」 壊した世界の中から、別の世界が転げ落ちた。 「これは無事みたいだ。」 どういう理由かはわからない。けど、世界を守る為に別の世界の意思が動いたのなら、その結果で歪んで壊すことになってしまって、少しだけ心が痛む。 どうして、こんな世界が出来たのかは今もわからない。この世界を創った奴が何を思っていたのかはわからない。 けど、この世界と、今壊れた世界は、何らかのかかわりがあって、互いが大事だったのかもしれない。 物語の主人公はいつだって個々だ。それでも、一人では物語は動かない。 元は同じ物語だったのかもしれない。 「華焔…これ。」 「それは、今回の回収対象だ。」 「じゃあ。」 「さっさと回収して次行くぞ。」 大事にしまい込み、次へと向かう。 この先も、たくさんの世界を壊すことになるのだろう。その世界がどんな物語を描いているのか知ることもなく。 少しだけそんな悲しい世界のことを想う。同時に、自分の物語がどんなものだったのかと、想う。 けど、結局何も変わらない。 この世界の理が変わらない限り、続いていくのだ。 |