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何もないそこに、ポツンとあった。 もやもやとしたそれに話しかける声に応え、次第にそれは白い影になった。 「誰…?」 意思を持ったそれは白い蛇になった。 他とは違うそれに、一人ぼっちだったその蛇には、最初に出逢った誰かがいた。 だから、別に他のことなんてどうでもよかったし、望みもしなかった。 世界が壊れて、本当に一人きりになるまでは…。 ![]() 白『蛇』と誰かの物語 「所長、報告です。」 「どうだった?」 暗い部屋に迷うことなく進む訪問者を迎えると、彼はそのまま報告をした。 「やはり、悪化しているようなので、明日明後日には、あの世界は崩壊を起こすと思われます。」 その影響か、周囲にあった別の世界にも影響が出て、同じく崩壊する危険があるのだと報告を受け、わかったと答えると、男は建前上の顔を崩した。 「で、珍しいな。あの眼鏡がいないなんて。」 うざいうらいついて回ってるのになと笑う男を、さらっと無視する。相手にするだけ無駄だとわかっているからだ。 立場として所長であり、この探偵社においては上であるが、この男は例外だ。 私と同じ、最初からいて、かつて自分の世界のことをはっきりと覚えている、例外の存在。 その上で厄介なのは、この男の能力だ。過去や未来を視ることができる為に、私の世界のことも結構詳しく知っている。不愉快である。 「話はそれだけか?」 「そうですね。…あ、そうそう。一つだけ追加報告です。」 そう言って、笑みを浮かべた男は言う。もう少しで、調停者が一人『生まれる』と。 いい戦力になるだろうから、お迎えに行った方がいいですよといい、今度こそ男は部屋から出ていった。 はぁと、ため息がでる。 「あいつのいいように動かされている気がしてならんが…調停者の話が本当なら、急がないとな。」 また、時期が近づいてら連絡してくるだろうから、それまでは動かないが。あいつがわざわざ言ってくるということは、一歩間違えれば、そのまま消滅するか堕烙になってしまう可能性のある、強い力を持った調停者なのだろう。 明日の仕事のリスト作ってしまって、もう少ししたら戻る朱裏に珈琲でもいれてもらうかと今はこのことを忘れることにした その数日後。私は黒い闇を纏ったら鴉を拾った。確かに少々不安定なところがあるが、強い力を持った男だ。あれを堕烙にしたら、こちらに痛手となる存在に、予知してきたあの男の笑い顔が浮かんでまた腹立たしい。 「休憩されますか?」 「ああ。ありがとう。」 黒雨を迎え入れ、部屋に戻った後、朱裏の入れた珈琲を口にして、まだ自分はここにあるなと認識していた。 「私は少し出かけてくる。これが明日から三日分のリストだ。変更がでたら時詠が言ってくるだろうから、華焔か流虎あたりに追加してくれ。」 「承知しました。」 部屋を出て、地下へと続く扉を開ける。そこに広がるたくさんの本が収納される書庫を進んでいく。 この書庫へは所長しか立ち入ることができない結界が強いられた場所だ。時詠は例外だから侵入はできるかもしれないが、今はどうでもいいことだ。 全て、存在した『世界』が描かれている。今自分たちがいるこの場所ですら、第三者からすればこの本のように物語の一つでしかないのかもしれないが、今ここにいる以外何もないのだから今はどうでもいいことだ。 書庫の突き当りにある扉に手をかけ、私はそこから先へと進む。 そこから先にあるのは、深朱探偵社とは違った建物だ。 「おや、今日はこっちへ来たんだ。」 そこには、時詠とそっくりの、だけど嫌な笑みを浮かべない男がいた。 「今回は、こっちに用があったから来たんだ。フェイロン。」 持っていた紙を相手へ渡すと、その中身に目を通した彼の表情が変わった。 「これは、本当ですか?」 「…時詠が調べたものだから、間違いはないだろう。」 「成程、彼、ですか。」 少し考え、もう一度紙に書かれた内容に目を通す。 「でも、これが本当なら、困ったことになりましたね。」 「そうだろ。だから、『アイツ』に会う前にお前の意見を聞いておきたかった。」 「そうですか。」 言葉が止まった二人の元へ、声をかける人物がいた。 「ああ、シェンリーですか。」 「マスター。どうかされましたか?」 「いえ。…少々困ったことになったなと考えていただけです。」 とにかく、部屋に戻って話の続きをする為、お茶を用意してくれないかと頼み、再びそこから離れた彼女を見送り、相変わらず人形みたいな反応だと思った。 カチャっと置くカップ。読み終えた追加の書類に目を通したフェイロンは、私の方を改めて視た。 「もし、もしも本当にこれが事実であるのなら、やはり大変なことにしかなりませんね。」 「そうだろう?知らないままでいるのも不本意だが、これもこれで困る問題だ。」 「そうですね。きっと彼は怒るでしょうね。」 今、二人の中では同じ人物のことを思い浮かべている。 そいつは、私は彼と同じで、調停者を率いる『管理者』であり、本の回収と堕烙との戦闘、調停者の保護指示を出す人物であり、この世界の物語の始まり、箱を開けた『最初の厄災』と共にいた幹部という奴だ。 同じ幹部でも、あいつだけはアレに対してすごく強い忠誠心を持っていた。だから、怒るどころの問題ではなく、反対に先にこの世界を壊すといいかねない。 「でも、わからなくはないけれど、ややこしくて変な世界ですよね、本当に。」 「ああ。」 たくさんの物語が集合するこの世界では、其の物語を図書館へ収納して管理するのが本来の仕事のような世界。 だが、今回の件で、今まで考えていたが考えないようにどこかで考えていた事態が発覚した。 この世界もまた、近い未来に闇に飲まれて終わるのだと、あまり関わりたくないがそういう類の嘘は言わない男、時詠が言ったのだ。 つまり、この世界も別の第三視点からすると物語の一つであり、回収されるというのだ。 物語を回収するおかしな世界。それを回収する別の世界。 どこまでも続くおかしな連鎖で、だんだんと頭がこんがらがってくるが、これも世界の形だとして諦める他ない。 「そう言えば、クーフェンとオルシャは元気にやってるのか?」 「ええ。相変わらず私の顔を見るたびに複雑な感情抱いてるみたいですけどね。ああ、オルシャはもちろん会っても適当に相手にしているようですよ。先日も会ったようですし。」 「そうか。」 クーフェンは元々私の管轄であった部下の一人が回収した調停者だ。だが、時詠と何かあったらしく、共にあるのは支障がでるのでこちらへ移動させた。 勿論、彼が似ているということが問題だとわかっていたが、私はアイツとフィイロンの所しかこの組織形態を持つ集団の位置を把握していないから諦めて貰った。 丁度、アイツは留守にしていて話を通せなかったのだが、結果として向こうよりこちらで良かったと思っている。 「そう言えば、彼の『家』付近で、出たみたいですよ。」 「…っ、私の探している奴か?」 「それはわかりません。けれど、銀色の大きな蛇だったそうなので、一応耳に入れておこうと思いまして。」 「そうか。ありがとう。」 出されたそれを飲みほし、私は席を立った。 「そろそろ戻る。もう少し情報集めてから、アイツにはまた連絡する。」 「そうですね。もし嘘ではないとは思いますが、違う未来になるかもしれないのなら、それにこしたことはないですから。」 部屋を出ると、そこに待機していたシェンリーが頭を下げてまたお越しくださいと機械的に挨拶をするのに返答を返し、私はまた同じように地下図書館を通って戻った。 すると、早い戻りだったようですねと、廊下に立っていた時詠と遭遇する羽目になった。 本当に、過去どころか未来も見えるので面倒だ。 「何か用でもあったのか?」 「はい。追加で一つあったので、待ってました。」 もしかしたら、報告が明日になるかもしれないと少しだけ思いましたけどと言う彼が口にしたのは、銀色の蛇のことだった。 先程フェイロンから聞いていた話題をまた聞くことになるとは思わず、咄嗟に動けずにいた。 「あれは貴方が探しているものであると同時に、その一部でしかない。確かに欠片を拾う事も大事ですけど、本体を捕まえないとどうにもなりませんよ。」 それが、追加報告ですと言って、それではと彼は歩いて行った。 ここにきて、思いもよらず得た情報。私がずっと探している相手。かつて世界で物語の一つだった私が出逢い、白い蛇のイメージを持つ原因となった相手で、決着をつけなければいけない相手。 私なんかと比べ物にならないぐらい大きな、けれど美しい銀の鱗の蛇。 どうして私に話しかけてきたのかわからない。あれは間違いなく違う世界からの干渉で、本来はありえないものだ。こちら側にきてから理解した原理だから、後手後手になっているが、逃がしはしない。 私の想像が正しければ、あれは最初の厄災に違いないのだ。ただ、そうなるとあれは人の視る目によって姿形が変わっているという事になるが、複数の者との立会いのもと、アレを見つけて確認すればいい。 もし本当にあれが私の探している銀の蛇ならば、私はあれを敵として倒す必要がある。 かつて私は一人でいたくなかった。それと同じように、アレは周囲を無意識に巻き込んで仲間を集め、一人にならないようにしたのだ。無理やり、世界を歪めたのだ。 間違いなく、今回の闇に飲まれるという未来はその歪みによって引き起こされる。アレはまだ、今も仲間を求めてたくさんの物語に干渉している。それを阻止しないと、本当に世界は消える。 こんなくだらない世界でも、私が生まれ生きている世界だ。そして、今では仲間がいる。その仲間を守るのも管理者の仕事だ。巻き込んで部下に置いている責任はとるべきだ。だから、決着をつける。 |