その日も、変わらず少女は眠っていた。少女の名は天布という。ここにいる多くが、彼女の存在を知らない。

基本的に眠ったままの少女は、誰かと言葉を交わすことが少ないため、関わることのない他の連中から存在を知られることがないのだ。反対に、彼女の世話をしているメイドの格好をしている奇慧の方が、知っている者が多い。

けど、仕事をしていることや少女が相方であることを知っている者もまた少ない。

「今日はいったいどんな夢を視ているのかな。」

目を覚ましたら、またその夢物語を語ってくれるのかそうでないのか。少しだけ今の日常の楽しみであるその時まで、眠る彼女の側で子守唄を歌う。

 

 

 

Lost World-灰『夢』と橙『唄』の物語

 

 

 

出会いは、彼女の方が先に調停者だった。

けど、まだ世界を持っていた小さな少女は、眠ることで世界の物語を進行させ、その為に調停者としての仕事をほとんどしていなかった。

だから、相方もいないし、仕事もしない、誰も知らない調停者だった。

最近は時々目を覚ますらしく、その間に何かあってはいけないから、そろそろ相方をつけようと考えていたのだと所長に頼まれた奇慧は、眠る少女と対面したのだ。

まるでお人形のように可愛いその姿。目を開ければ、それは想像していた色ではなく、銀色のような灰の色。

それでも、目が合えば、それが彼女らしいと思えるぐらい、綺麗で、似合っていた。

挨拶を交わし、とぎれとぎれで私は彼女から物語を聞いた。

彼女の世界は壊れかけの世界だった。いつ壊れてもおかしくないぐらい、不安定な世界。

どうしてそうなったのかわからない。ただ、その世界がそこにあるように維持しているだけで、その世界を彼女が作ったわけではないそうだ。

ならば、誰がつくったのか。そんなこと、誰にもわからない。けれど、その世界で確かにたくさんの命が生きて、死んでいく。

その光景を見守っているのだと少女は言う。

本当ならば、少女は眠っていなければいけない。けれど、調停者になってしまった以上、目を覚ましてしまう。それも制約の一つなのだと言う。

どうして少女が眠らなければいけないのかと尋ねると、答えは簡単だと言う。

世界を闇で覆い、壊そうとしている『魔神』の力が強くなるから、眠ることで押さえつけているのだという。

元々、世界を安定させる為でもあるから、それが当たり前だけど、最近とくに力をつけてきたのか不安定になってきているから心配なのだと言う。

「そうだ。そう言えば寝ている間に面白いことがあったの。」

不安定な世界。その中で起こる出来事を楽しそうに話して教えてくれる。時々起きているせいで魔の力が強まって悲劇が起きた物語も語ってくれるが、何も世界のことを覚えていな私にとっては面白い有意義な時間だった。

そんなある日、珍しく起きたままの彼女と仕事に出ることになった。

真っ直ぐ、本の回収もせずに向かう先にあったもの。黒い靄で包まれ、もはや堕ちかけている世界。

どうやら今日の仕事は堕烙との対決だったようだ。

少女の世話以外で、時折、時詠と組んで仕事をしていたことがあるので、実戦経験はあるが、あれだけ黒い闇に囚われている堕烙ははじめてだし、少女に何が出来るの河原からない状態では時詠とやるよりわかりずらい。

とにかく守る体制で、仕込んでいた短刀を日本取り出して構えた。

けれど、少女は大丈夫と笑みを見せ、私を下がらせた。いったい何をするのかと言うと、迎えにきたと少女が言うと、その堕烙に手を触れた。

「あ…っ!」

危ないと声をかけようとして、手を前に伸ばしたが、それよりも目の前の光景に釘づけになった。

黒い靄は吸い込まれるように、触れる少女の手を伝うようにして吸い込まれていく。

不思議な光景だった。時詠と共に仕事をした時とは違う、堕烙の倒し方。

跡形もなく吸収して消えた世界。はっと少女は大丈夫なのかとかけよると、大丈夫と言う言葉が返ってきた。

「私、まだ世界を持っている。けど、この世界にはいくつもの世界が存在している。そのせいで、一つの物語がいくつもの物語にわかれ、複数で一つの世界を構築する。そういう世界もある。」

私がそうなのと説明し、堕烙した世界は、本来この世界にあったものでありながら、離れたせいで維持できずに壊れかけていた世界なのだと教えてくれた。

「だから、私が回収したら元通りになる。…いいえ、完全に元通りにはならないけど、消えてなくなることはない。それが歪んだことで引き起こされた悲劇であっても、本来あったこの世界に戻ることによって新たな物語の先を紡ぐ。」

だから、私は物語を持ったまま調停者であり、物語を全て回収して終わりを迎えれば、消えてなくなる世界なのだと話す彼女は少しだけ悲しそうだった。

「また、悲劇が繰り返され、世界の中でたくさんの命が消えた。」

昔そう言って悲しそうにしていた少女と同じ。きっと、今回のことで彼女の中で何か起こったのだろう。けど、今は聞かずに次の仕事へ向かうことにした。

その日私はただ彼女についていき、合計4つの堕烙を回収して戻った。

この時はじめて私が彼女の相方として託された仕事の意味を理解した。

少女は回収した後、眠りにつき、そのまま戻れなくなる。それを回避する為に連れ戻す相手が必要だった。そして、彼女の世界に混ざりたいと堕烙になりかけているたくさんの世界がこちらを伺い、襲おうとしてくる。

私はその世界を回避して無事に戻るのが他の調停者と違う仕事のようだった。

 

 

 

 

天布を部屋に寝かせ、広間に降りてくると、そこには時詠がいた。

「おや、戻ってたんですね。」

「ああ。」

ついでだと言って、よければどうぞと出された珈琲をありがたく頂戴し、口にする。

「それで、はじめて彼女のやり方を視ていかがでした?」

その質問の意図がわからず、首をかしげると、苦笑した男がそれなら大丈夫そうですねと言って、彼は自身が持つカップの残りを飲み干した。

「いやね、本来はペアで本を回収し、堕烙がいれば倒す。それが調停者です。だけど、彼女は特殊で普段は眠っている。その世話をさせられ、仕事で外に出ても本の回収はせず、彼女自身の世界の物語の欠片回収だけを手伝わされ、最後はこの場所まで運ばされる。全て彼女の意思次第。そこに貴方の意思がない。」

それでも、続けるという奇怪な人のようだと言う男に、失礼だと言い返す。

「私は選んで天布の側にいて、天布の世話をしている。そして、天布を守る為に刃を取る。ただそれだけ。」

だから、私の意思は確かに存在しているのだと言うと、男は笑っているだけだった。

「ま、いいです。もし合わないのなら、報告して別のやり方を考える必要があったので。」

貴方がそれを選ぶのなら、それで構わない。ただそれだけの話ですと言うと、男は部屋から立ち去ろうとした。だが、ふと足を止めて私の方を振り返り、不要な言葉を残していく。

「そう言えば、貴方は元々天布と同じ系列世界の一つ、でしたね。」

だから、波長が合うのかもしれませんね。それこそ、天布自身にとっても、安心できる相手なのでしょうねと言って、今度こそ部屋から出ていった。

少しだけ、華焔があの男が嫌いだと言う理由が理解できた気がする。あの男は、戦闘能力が高いわけではないが、のらりくらりと真実を避け、けれど、核心に触れる何かを常に手の内に持っている。

「同じ世界だったからあの子の側にいるんじゃない。…けど、放っておけないじゃない。」

ただ私が世界だった記憶として覚えているのは、あの子の世界の中で、私と言う登場人物がいた。

そして、その人物の身体を貸してあげた。世界を第三者ではなく、実際に視たいと望むささやかな彼女の望みを聴き、貸したのだ。

その結果、私は死んだ。身体が死んだ私は世界からはじき出された。

それだけならいい。彼女もまた、こちら側へ覚醒する切欠になってしまった。でも、彼女は必死に私の身体を守ろうと、魂をつかんだ。

結果、私の魂は彼女の世界の中でばらけ散り、眠ることになった。だから、時折私は彼女の世界に干渉できる。物語の進行によって、私は阻止しようと手を出す。

大事な人たちを守る為。そして、私の役目をさらに重く引き継いでしまった可愛い我が子の為。

そのことを知ったら、あの少女は何と言うだろうか。

がっかりされたり、嫌われたら悲しいなと思いながら、かつてあの世界の中で話しかけてきた幼い少女の声を思い出しながら、目を閉じる。

口ずさむのは、あの子が好きだと言った子守唄。

まだ出会えなかったあの頃、我が子にも歌った、大事な思い出の唄。

顔を視ることができなかった我が子の顔。それが心残りだった。だからだろうか、私はこちら側にきた。

そして、出逢った少女から物語を聴く。そこに時折でてくる我が子の姿。大変なことになっているようではあるが、生きていることにほっとする日々。

「あの人たちのこと、言えないよね。私も結構親ばかだったみたい。」

名前も顔も思い出せない親友のことを考える。一緒に子どもができたらと夢みて話していたはずの記憶。曖昧になっていくのがとても悲しかった。それが調停者になる代償だとしても。

 

 

 

 

考え込むのはらしくない。パンと頬を叩き、気合を入れる。

今はもう、女神ではないし、母でもない。けど、あの子を守りたい気持ちは本当のもの。だから、私はここで彼女の相方として生きる。

「あら、祢音じゃない。今日も眠そうね。」

「ん、ああ、奇慧さん。おはよう。」

「おはようって時間でもないけどね。…まぁ、この世界にって時間なんて概念はあってないようなものでもあるけど。」

「ふふふ、そうだね。」

何気ない会話を交わし、それぞれ仕事に出る。

今日は一番新しくきた調停者の青年、黒雨と一緒にだ。彼も眠そうな顔をして待っていて、私は自然と笑ってしまう。

自分の相方は眠そうと言うのを通り越して、寝顔が多いが、思ったより私の周囲は寝るのが好きな連中が多いのかもしれないと。

「今日はよろしくお願いします。」

「こちらこそ。」

はやく終わらせて、戻ったらまた眠る少女に子守唄を歌おう。そう考えながら白と黒の世界へと足を踏み出した。






灰『夢』と橙『唄』の物語―<END>

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あとがき
実は箱庭世界と繋がるお話でした。
とある人の意思はこちら側にあって、魂は世界に飛び散ったままという設定で。
誰なのかは本編の方のネタバレにもなるのでそちらへどうぞ。
とりあえず、このつながりを書きたくて始めた物語なので、のんびりこれからも続くのでお付き合いいただければ幸いです