あの出会いからどれだけの月日が流れたか。今では当たり前のように同じ日々を過ごし、仕事をこなしている。

彼女の態度は変わらずではあるが、少しだけわかった。

自分以外の誰かと共にあることが怖いようだった。それがどうしてなのかはわからない。だが、間違いなくかつて『世界』があったころ、その名残なのだろう。

俺が影を操るように、彼女は炎を操る。俺は影から逃れられないことをトラウマのように知っている。だから、反対に逃がさないぐらい深い闇なのも知っている。それと同じことで、彼女の炎もまた、何らかの失くした記憶の中で強い思い入れがあるのだろう。

今日の仕事を終え、部屋に戻った彼女。今日も一人寂しく夕食を食べることになりそうだ。

そう思っていると、滅多に人が来ないこの場所に現れた人物がいた。

「やぁ。思った通り、ここにいたみたいだね。」

ここにきて、最初の方に出逢った時詠という男だ。聞くところによると、過去や未来を視ることができる占い師のような能力を持つ調停者らしい。

あれから合わなかったので、結局どんな人なのかわからなかったが、あまり最初の胡散臭い印象から関わりたくないなと思っていただけにちょっとどうしようか迷った。

「明日、君のパートナーがお休みだから、俺と一緒になることになったから。」

その連絡にきたんだと言う彼が、よろしくと差し出された手を視て、一瞬だけとまどったが、その手を取り返すと、やはり胡散臭い笑みを浮かべて話を続けた。

「でも、今日も華焔は元気そうだったけど、体調不良だったのか?」

「いや、この時期になると、いつも使い物にならなくなるんだ。」

だから、交代だと彼は言った。

「簡単に言うと、彼女の能力は火だ。けど、強い火を持つ為に制約もあるみたいでね。それが今回の一件に関わるんだけど。」

本当なら本人から聞くべきだろうけど、簡単に説明しておいてあげるよと、一枚のカードを目の前に出した。

そのカードに手を触れた途端、周囲の景色が変わった。

「ここが、かつて華焔がこちら側に来たときの場所と時間。」

君と同じようにあの場所の中で、所長が自ら出向いていったんだよと教えてくれたその先にいたのは、確かに多少雰囲気が違うが、華焔と所長だった。

「俺もあんな感じだったのか?」

「そうだね。」

過去の出来事をそこにいるように、だけど触れることができず立ってるだけの俺に視える世界。

殺人だと騒がれ、ざわつく周囲に違和感を感じる。いつもは交わらず無関心であるのに、どうして赤いその世界だけは周囲は認識できるのかわからない。

「そう言えば、終わる世界と堕ちた世界はみてきたけど、こちら側にくる世界だった奴を視るのは始めてだ。」

「そうだね。だから、知っておくのもいいと思う。君もこうやってこちら側にきたんだとね。」

ピクリとも動かず、本当に死んだように見える華焔を抱え上げる朱裏と言う所長についている秘書の男。戻って行く先は、今は俺の帰る家でもあるあの屋敷。

歩いている間に、いつの間にかざわつきはなくなり、まるでそこに殺人があったことすら誰も認識していないような状態になっていた。

この世界は、問題が起こってもすぐに消えてなくなる。その意味を改めて視た気がした。

こちら側に干渉された時点で、彼等にとっては別の『世界』のものに成り代わり、向こう側ではなかったことになったのだ。

「少しだけ話が飛ぶよ。」

そう言うと、本当に景色が変わった。そして、そこにいたのはこの男と華焔だった。

「ちょうどペアがいなくて、最初の仕事は俺とだったんだ。」

ほら、もう彼女は力が使えている。そう言って指差した先では、炎の剣で堕ちた世界を斬るところだった。

世界は悲鳴を上げ、跡形もなく消えた。そこに存在したことすら消された世界の後に残るのは、調停者だけ。だけど、異変が起こったのはそれからだ。

「何が起こったんだ…?」

「彼女の力は強いけど、制限があるみたいでね。視てのとおり、使いすぎると火がでなくなる…そして…。」

そう言って、指差された先にいたのは、人の形を保てなくなった華焔がそこにいた。

火の鳥。元々、彼女の物語ではそういう役割だったのかもしれない。だから、火が扱える。だけど、強い火は命を削る為、制限がかかり、強制的に使えなくなるのだと解釈していると彼は言う。

「今そんな感じで、部屋で鳥の姿で寝てるはずだよ。だから、彼女は仕事に出られない。その時、対応するのが俺や他の連中。皆それぞれ制限あるからね。」

その為の、フリー要因なんだと彼は言う。

「それに、そもそも俺は戦闘よりも、未来や過去を視て、調停者や堕烙になる可能性のある世界を探すのが仕事。」

いつごろそうなるか。それを予知して報告し、君達に仕事として出向いてもらうための下準備だから、元々出て仕事をすることが少ないのだと教えてくれた。

「さて、戻るか。」

パチンと指を鳴らせば、いつもの場所にいた。

「君も気をつけなよ。影の鴉は、鋭い刃にも、飲み込む力にもなる。それこそ、絶対の防御にもね。だけど、強い力を引き出せば引き出す程、命への負担がかかる。そうなったら、彼女みたいに制限かかるだろうしね。」

堕烙と対面しているときにそうなったら、もう手遅れになるからねと言う男に、わかりましたとだけ答えておいた。

 

 

 

 

今回はただ本を回収するだけで、簡単に終わった。それに、過去や未来を視るというだけあって、迷うことなく進む案内人のような時詠がいるから迷うこともなかったというのも早く終わった要因だろう。

「お疲れ様。じゃ、俺は所長に報告があるから戻るよ。またね。」

そう言って、先に屋敷へと入って行った後姿を見送り、俺はまだ少し外の世界を見ていた。

門に入ってしまっているので屋敷は視えるし、帰ってきたなと言う実感と安心感がある。かつて、自分も向こう側にいたのに不思議なものだ。しかも、門を越えれば、向こうは白と黒の世界だ。何もない。けど、記憶はないけど、確かに向こうにも同じように生活する世界が存在していたはずだ。

そう見えていただけで、実際はただ何もない世界だったというのがこの世界の真実なのだろうが、今もまだ変な感じだ。

「たくさんの世界を見守る為の『世界』がここなら、この世界もまた、違う世界の一部なのだろうか。」

第三者の立場で他の世界を見ることができるのなら、この世界の在り方もまた、違う視点から視られる世界の一つに過ぎないのかもしれない。

考え出すときりがないのでそれ以上考えるのはやめておくが、終わりの視えない世界のなかにいるのも退屈で面白くもないものだなと少しだけ思った。

俺は部屋に戻らず、誰もいない広間で少しだけゆっくりしようと座っていると、見ない人物が入ってきた。

「あれ、先客がいるや。」

現れたのはメイド服を着た女だった。奇慧だと名乗った女と握手すると、部屋の隅っこの方へと歩いて行った。どうしたんだと言うと、迎えにきたんだと彼女は答えた。

誰をとそっちへ向かうとそこには眠っている少女がいた。

誰もいないと思っていたが、ここには自分よりも先に先客がいたことを知った。

「この子、ちょっと特殊でね。相方だけど、どっちかっていうと、世話係かな。あ、この子は天布って言うんだ。起きてたらまたよろしくしてやってよ。」

とにかくこんなところで寝られたら困るから戻るよと彼女は少女を抱き上げて部屋を出ていった。

ほとんど出逢ったことないが、思ったより調停者はここにいるようだ。

眠っている少女を見たら、自分も眠くなってきたなと、部屋に戻ることにした。

その日見た夢は、炎の中を飛び交う紅い鳥の夢。昼間見せられた彼女の過去の延長戦のような、その世界を進むと、目の前に紅い鳥が降り立った。そして、ぼんやりと輪郭が崩れたかと思ったら、華焔の姿になった。

そして、差し出された手をとると、にっこりと笑みを浮かべた。

そのまま、目が覚めた。

不思議な夢だなと思って部屋を出ると、廊下の先に華焔の姿があった。

「昨日はすまなかった。」

「いや。そういう事もあると思うし。」

「今日は問題ないので、食後には仕事に出ようと思う。」

「わかった。」

夢のとおり、見たことがないが、彼女は鳥の姿から人に戻っていた。

俺の夢なのか、あの時詠の悪戯かはわからないが、今日もあの始まりから変わらず彼女と共に仕事をするだけだということだけはわかった。

 

 

 

 

その日、とある場所でとある二人がいた。

「おい。」

呼びとめる声に、何か用かと答える時詠。変わらず笑顔を張りつけた、不気味な相手でも、変わらない表情のまま言葉を続ける華焔もまた、おかしな人間なのかもしれない。

「お前、また勝手に動いただろ。」

「でも、調停者になる者と堕烙の違いを知るのも大事なことでしょうに。それに、相方の力を把握できないと、フォローできないでしょ?」

じっと睨み付けるように視る相手。それを受け流すように笑顔の仮面のままそこに立つ男。

「でも、安心してよ。あくまで、火の鳥になって力が使えないことだけしか教えてないから。」

「それだけでも十分余計なお世話だ。」

華焔は本心をはっきり見せない、見られないように隠して笑うこの男が嫌いだ。

別に、本心を隠そうとするのは悪いことえはない。問題はこの男の本質だ。あるようでない。ふわふわして、だけど、こちらにとって余計なお世話としかとれないことをやってのける。

「私は本当にお前と相方じゃなくて良かった。」

「奇遇だな。俺もお前みたいな気の強い、嘘つきは嫌いだよ。」

じっと睨み付け、仕事だからと去っていく華焔。残った時詠から笑みが消える。

「わざわざ本当に知られたくない核心だけは黙っておいてやったのに…本当面倒臭い女。」

あくまで別の人間で知る必要のないことでもあるから、どうでもいいが、気に入らないなと悪態をつく時詠。

「とりあえず、報告が先か。」

面倒くさくなってきたなと呟きながら、彼は所長室へと向かった。

紅い華の物語と黒い鴉の物語はまだ始まったばかり。

確かに一度は終わったけれど、新しい物語が始まった。それに気づいているのはこの世界をまた第三者の目でみられるモノだけ。





紅『華』と黒『鴉』の物語――<END>

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