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ただ、世界がそこにあっただけだった。 真っ白で何もないその世界は、何も起こらない。それどころか、喜びも悲しみも怒りも…生きる命の気配すらなかった。 何も面白くないその世界に、ある時一つの箱が現れた。 ただ、箱だけがある世界になった。それがずっと続いた頃、いつの間にか『人』が現れた。 そして、箱と人だけの世界になった。しかし、動きがなかった今までと違い、人がその箱を開けた。 するとどうだろう。世界にたくさんの『人』があらわれた。 たくさんのいろんな人が生活をする。行きかう姿が映る世界になった。 そもそも、最初からどうしてこんな世界なのか、誰も知らない。それこそ、この世界もまた誰かの物語でしかないのかもしれないが、とにかく、世界に人が溢れた。 けれど、その『人』が問題だった。 たくさんいた人は毎日たくさん生まれ、そして消えていった。 けれど、ある時ある一つが消える時、今まで煮なかったことが起こった。 そう、人には『色』がなかった。人である間は持っていると思っていた意思や感情が、一歩外に出て色づいた一つには恐ろしく違いが判る程、存在していなかった。 本当にただそこにあるだけ。確かにそこで物語があったのに、一歩外に出た一つは、そこにはただ人の姿をした影があるだけなのだと知った。 初めから、この世界は何もなかった。人だと思っていたものも、人ですらなかった。 やっと生まれた一つもまた、人のように見える、人ではないものだった。 だけど、世界にとってはそれが動くもの、つまり、『人』だと認識されていたものだった。 一つはずっと一つのまま、世界を見ていた。 いくつも生まれ、そして消えていくのを見ていた。その過程で、その人に視えていたものが何だったのかやっと理解した。 この世界は、現在進行形で綴り続けているたくさんの『世界』の集まりなのだと。だから、あれは人ではなく、一つの世界の『物語』なのだと。 一度、消えた世界に手を触れると、それは物語として綴られていた。 世界が始まる時、その世界の物語が始まり、消える時に世界の物語が終わる。それを繰り返している。 だが、ある時、一つと同じように『色』をついたものがいた。それは、自分の物語を忘れていた。その代り、意思を持ち、私と会話を交わせた。 そうして、一つは少しずつこの世界を理解した。 今まで靄がかかるように、視えにくかったものが、視えるようになった。あれは人に視えているだけの、物語の何かしらの関わる登場人物であり、あくまで物語を記す『本』なのだと。 そして、時折本は物語を終えて本に戻らず、一つのように『人』になるものもいるのだと。 仲間が増えて嬉しかった。見かけては迎えに言った。 そんな時、一つはとうとう出逢った。 歪んで壊れた物語の末路に。 「違う。あれは、違う。」 そう、今までと違うものだった。アレは、まだ生きている世界を飲み込み、壊していった。だから、止める為に壊した。 はじめて、己の意思で世界を、物語を無理やり終わらせた。 だが、それはある意味ここでは正解だったようだ。けれど、一つはずっと悲しいと言う気持ちを抱えてそれから仲間は迎え、アレは壊していった。 消えた物語は、本となって、世界の端っこから順番に本棚に収められていく。だが、一つを含めた者達は物語を失くして何もないが、色がここに残った。 けれど、アレは何一つ残ることはない。だから、なるべくはやく見つけて本になるように、壊さないように見守り、壊れたら、他の世界を壊さないように壊す組織を作った。 それが、この世界で、この探偵社もその組織の一部なのだと、巳櫻は言った。 「そんなバカなこと…。」 「だから、実際見ればいい。何も覚えていなくても、どこかで間隔として残っているはず。ただそこにあって、物語のとおり進める登場人物であったこと。そして、ロストしたとき、人の姿に見えたそれは本に視える。そして、その本も私達も、彼等には視えることはないってこと。」 仕事をしなくてもいい。けど、結局視えて、視えるからこそ巻き込まれるのだから、理解して事前に動いた方が利口だと言い、基本規則として、二人一組で行動するようにしている為、俺の相方は今ここにいる華焔なのだと説明された。 「とにかく、行って、外を視て、決めたらいいわ。とりあえず、貴方は物語の断片を考えて、今日から名前は『黒雨』って名乗りなさい。」 「黒雨って…何で俺の名前をあんたに決められなきゃ…。」 「だから、さっき話をしたでしょ?今までなかった意思を持った『人』には、確かにそれを指す言葉は存在したかもしれない。けれど、個を指し、個を示す名前ははじめからないのよ。」 けれど、ないからこそ、全員が調停者と名乗ったら、区別がつかない。だから、元々持っていた物語の断片から近いものを選んで個を指す名前としているのだと彼女は言った。 その意味も、今から仕事を視えればわかるといい、結局部屋を追い出されることになった。それも、初対面の女と共にだ。 「えっと…。」 「私は華焔。仕事をやる気なら、これから私と相方になることになるわ。よろしく。」 そう言って、先に歩き出した。どうも、俺は彼女と一緒にやっていける気がしない。だが、ここで立ったままでいても仕方ないので、彼等がいう仕事とやらを視る事にした。それが一番、自分にとっても現状把握に必要な情報だろうと判断したからだ。 ひたすら進む彼女についていくと、洋館の外にでた。思った以上に趣のある古い洋館の外は綺麗な庭があった。そして、大きな門のような鉄の扉が開いている。 「思ったより広いとこだったんだな。」 「そうね。…とにかく、それを持ってて。」 そういって、再び口を開いたかと思うと、肩からかけられるどこにでもあるような鞄だった。 「何だ、これ?」 「仕事に必要不可欠なものの一つ。すぐにわかるわ。さ、行くわよ。」 そう言って、有無も言わさず進んでいく。待てといっても待つことのない彼女を追いかけ、門から外に出た。 俺は一瞬、違う世界へと迷い込んだのかと錯覚した。それも仕方ないだろう。 目の前には、あれだけたくさんの色があったのに、門の先には白と黒の世界でしかなかった。 「これが、物語で色がついたと評される理由の一つだと言われてる。」 そう言って、女は歩いて行った。目の前にはたくさんの人がどこへ向かうのかわからないぐらい、ただ進んでいた。だから、ぶつかるというが、彼女が言うには、彼等から俺たちは視えていないらしい。だから、必要のない配慮なのだと言われた。 とにかく恐る恐る進んでみると、確かに彼等と目が合うことはない。 確かにそこに存在する。白と黒の世界であるが、そこにいて、目の前を通り過ぎていくのに、まるでいないもののように、彼等はただ前へ歩いていく。 どうなっているのかわからない。だが、あきらかにおかしな世界だと言う認識だけはできた。 とにかく追いかけた彼女が、突如足を止めた。そこには、足を止め、膝をついた人がいた。他と違うその人が次第に、薄くなっていった。 「何だ、これ…。」 「私も貴方も、普通はこうなるのよ。そして、『世界』が終わる。」 女の言葉に、どういうことだとその人から目をそらした次の瞬間、カタンと何かがシロクロの世界に落ちる音がした。 「え…?」 視れば、そこにはもう人の姿は存在しない。あるのは、一冊の本だけだった。 「はい、これ。」 それを拾った彼女が俺に手渡し、とっさに受け取った俺はこれをどうしたらいいのかと交互に視る羽目になった。 「だから、仕事の一つ。その本を回収してそのかばんにいれる。」 「ああ。そういうことか。」 聴きたいことはあるが、とにかく言われるままに鞄に本を入れた。だが、鞄に重さが加わるはずなのに、まったくかわらないそれに不思議に思い、もう一度中をのぞくと、そこには本がなくなっていた。 「本はそこからあの屋敷の地下書庫へと自動に転送される。そうなってる鞄なの。」 だから、仕事には必要だけど、持っているだけで中身がどうにかなることはないし、そこに人が入って地下図書へ飛べることもないしトラブルの際の武具になることもないのだと教えてくれた。 「さ、次へ行くわよ。」 「あ、えっと。」 「聞きたいこと、次でまとめる。その方が比べて説明しやすい。」 そう言って、彼女は再び歩き出した。俺もそれに続いていくと、相変わらず俺たちに気づかないかのように、周囲にたくさんいる人たちはただ真っ直ぐあるいているだけだった。そこでふと、思い出した。 人が本になったのに、結局誰もそれに気にかけないことに。 調停者が何なのか、あの本がなになのか。世界がどうとか言われても、結局本質的なことはわからない。 ただわかるのは、今目の前にいる人と俺たちがいる立ち位置はかなり違う場所なんだということだけ。 彼女を追いかけ、俺も進んでいくと、感じる嫌な気配。足を進めたくなる、黒い『感情』のような何かが語りかけるように、圧力をかけてくる。 そして、先程と同じように膝をついた人がそこにいた。ただ、さっきと違うのは、黒い靄を纏っていることだった。 どうするのかと彼女に問いかけようとしたら、靄が大きくなり、その『人』は原型を失くして、黒い化け物へと変わった。その瞬間、今までこちらにまったく無関心だった人が一斉にその黒い化け物を見て、叫び声をあげだす。そして、逃げ惑う騒ぎになった。 「どういう、ことだ?」 「あれはまだ向こうのもの。だから、彼等は常に周囲に無関心だけど、世界が終わって本にならない『彼等』は彼等にとって視える悪意そのもの。敵なの。」 なぜなら、あれは周囲の人…つまり、人の姿をした世界に干渉ができる。その世界を強制的に壊して終わらせることができる化け物なのだと彼女はいった。 「わかりやすくいうと、こちら側になって彼等を守るのが調停者。そしてあれのように暴走して他の世界を壊すのが堕烙。調停者の仕事の一つは、その堕烙を倒すこと。」 これで、違いと調停者についてわかったと言うと、彼女は俺のことをもう視ることなく、あの化け物を見て、円を描くように腕を回し、現れた炎を手の回りにまとわりつくように動かし、パチンと指をならせば、剣の形になったそれを構えた。 変な世界だとは思っていた。俺たちと彼等のことの違いもよくわからなかった。けど、明らかに違うことだけはわかった。そして、あの堕烙と彼女がいった化け物にとっては、俺たちは敵なんだということもわかった。 「どうしてだろう。何も知らないはずなのに…なんでか、わかる。…どうせ、そういうものだと思えってことなんだろうな、これは。」 わからないことだらけ。それでも考えなければいけないと思った。だが、思ったより簡単で考える必要はないようだ。 俺はこちら側になった。なら、こちら側らしく動けばいいだけ。どうしてかわかる『力』を使って。 「援護する。はやく終わった方がいいんだろ?」 「わかった。」 もう、どうにでもなれ。そんな感じだ。ただ、少しだけ悲しく思えた。 だって、本にならなかった『世界』は存在すら誰にも認識されず消えてしまったのだから。 それは、最初からなかったことにされたのと同じ。そんな『彼等』を覚えているのは今ここにいる自分たちだけ。 「この影も、今は忘れた俺の世界の一部だったんだろうな。」 どんな世界なのかはぼんやりとしか覚えていない。きっと、誰もがそういう状態で、こちら側にいるのだろう。そして、自分たちがかつて世界そのものだったころの何らかの影響を持つ力が、彼等を倒すものに成り代わるのだろう。 「災いを成す我の敵、影よ、絡め捕り縛れ。」 足元の影から、黒い靄が溢れ、一気に対象に向かって伸びる。向こうも逃げようとするが、追いかけ、絡んでとらえる。 暗い闇からは逃れられない。かつて、己も『世界』の中でそうだったように。 「仕上げだ。眠れ。」 細長い炎の剣が対象を切り裂いた。その瞬間、周囲へ飛散し、そこにあったものは何も残らず消えた。 「お疲れ様。お前、思ったより動けるみたいだな。」 「ああ…どうやら、いろいろできるみたいだ。」 改めてよろしくそう言うと、差し出された手を取った。 どうしてこんな世界なのかわからない。だが、こちら側の事情と仕事の内容は理解した。なら、郷に入って従え、だ。 そうやって、俺、黒雨は深朱探偵社の一員となり、この華焔という女とパートナーとして過ごすようになった。 |