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人が行方不明になるという、神隠し事件が起こって数年。 最初は騒がれた事件も、時の流れと共に、記憶から薄れていく。 だが、確実にそこから事情は変化している。 誰も気づかないその中で、今も人が消えるという事件は続いている。 今日もまた、一人の人間が世界から消えた。 けれど、それはすでに事件にすらならず、誰にも知られることもない。
―――◆Lost World-赤『華』と黒『鴉』の物語 世界は様々な音で溢れている。人と人が交わすたくさんの言葉。噂。 他者に興味のない者達にとっては、ただの雑音でしかないそれには、時折違うモノが紛れ込むことがある。 それを回収、もしくは退治、処理をする存在がいる。 人が気づかないその間に繰広がれる、水面下のやり取り。 「…本当、何で人はあれが視えてないんだろうな。」 「視る気がない奴には、そこには存在しない。ただそれだけだろ。」 そんな二人のやり取りを聴くものはそこには存在しない。ただの通行人同士でしかないその場所で、確かに世界は一つ終わりを告げる。 「さようなら。壊れた『影』よ。」 すうっと形を失くしていった影は、一冊の本となる。 「でも、消えた後がこんな日記みたいな本っていうのもあり得ないな。」 「それが問題ではないだろう。ただ、そこにあるのが『人』だと思わなければいい。様々な世界の物語を自動で記している本だと思えばいい。そう、いくつもたくさん本を管理する図書館の管理者だと思えばいい。」 結局、この世界は人が普通に過ごす世界でありながら、そう人が勘違いしているだけの、誰かに創られた世界でしかないのだから。 その枠から離れたモノしか、この世界の本当の姿は視えない。いや、離れたモノでも、視えているのは一部だけかもしれない。 「それでも、人に見えるから厄介だよな。」 まったく別のもので、彼等は決して他者と交わることのない別の世界である。それがこの世界のありの姿であるはずなのに、時折『心』を持った世界が独立して、他の世界に干渉しようとしてしまう。 それがどういう結果になろうとも、心を持った世界はすでにこの世界の枠から外れた存在となる。そして、二択の道しか選べない。もう、元には戻れない。 堕烙か調停者となるか。 「さっさと、帰るぞ。もう、ここには用はない。」 「へいへい。本当、人使いが荒いよな。探偵所長は。」 「仕方ないだろう。今この瞬間にも、世界には異変が起こり、世界が生まれ、世界が消えるのだから。」 だから、枠から離れた俺たちのような存在は、その処理に忙しく『世界』を歩き回る。慣れれば、何てこともない、ただ、変わらない日常を過ごす人の姿をした連中を見ているだけで、彼等は反対に俺たちの姿を視ることはない。 少し前まで、俺にとっては当たり前だった日常が壊れた日、世界の姿を見た俺はこちら側になった。 基本は二人一組で行動することが厳守である為、俺はこの女、『華焔』と共に行動している。 元々、今目の前で繰り広げられている、日常である世界での名前は、俺たちは忘れてしまう。ある意味、名前と元々持っていた世界の消去…つまり、『ロスト』を代償にして、こちら側、『調停者』になる。 「黒雨、次で最後だ。さっさと片付けて戻るぞ。」 また、仕事がきているかもしれない。急げと進める足をはやめる相方に、自ら仕事増やさなくてもいいじゃないかと思いつつ、追いかけていく。 カタン―― 何かが落ちる音がした。 それは、ここでが一つの合図。 「また、一つ。」 「どうされますか?」 「さてな…だが、面白いことになりそうだな。」 笑う女は席を立ち、行くぞと声をかけると、男は何も言わずその後に続いた。 二人が向かった場所で起こった殺人事件。人がざわめき騒ぎ出す。だが、女がその場に足を踏み入れ、パチンと指を鳴らせば、人のざわめきは消え、何事もなかったかのじょうに、『日常』へと人は戻って行った。 「どうやら、ロストしたようですが、堕烙ではないようですね。」 「そうだな。ただの本にならない『世界』が人の姿になったのなら、これは『調停者』だろう。」 連れて帰るぞという女の指示に、男は従い、赤い中に倒れる男を担いだ。 日常を過ごし、周囲を行きかう人々には、もう彼等は視えていない。地面を汚す赤もまた、視えない。 赤くなる原因である男を担ぎ、そこから離れると、もうその赤も消えてなくなる。 それからどれだけの時間が流れたのか。 あの時の『死んだ』男が目を覚ました。 「どこだ、ここ…俺は…。」 まったく、状況が飲み込めず、男は起き上がる。周囲を見渡しても、見覚えのある部屋ではないことは確かで、どうしてこうなったのかやはり思い出せない。それどころか、自分が何者であるのかさえ、わからない。 そんな時、控えめのノックとともに、部屋にあった扉が開いた。そこから現れたのは、朱い目が印象的な黒髪で眼鏡をかけた男だった。 「誰だ…?」 知り合いだったのかと考えても、やはり思い出せない。そうこうしていると、男は目を覚ました俺に起きられたんですねと声をかけてきた。 「俺はいったい…?知り合い、なのか?」 「いえ。違います。貴方は世界をロストし、形と意思を持って独立した『調停者』になった方です。あ、私は同じ経緯で調停者となった朱裏と言います。以後お見知りおきを。」 そう言って、持っていたお盆をサイドテーブルへと置いた。 「よろしかったらどうぞ。」 そう言って差し出された、水の入ったグラスを受け取った。それを飲むと、何も思い出せないが、確かに水を飲むということは理解している。だが、それを理解しているという風に解釈する自分の頭がおかしいと考えると、次から次へといろんなことが可笑しく感じる。 結局のところ、自分が何者なのかわからない。どうじに、どうしてグラスがわかるのか、普通が何なのか。先程まで何もわからない。ただ知らない場所にいる。それだけだったのに、だ。 「どうかされましたか?」 「なぁ、あんたは、俺を『知って』いるのか?」 「そうですね。私も最初は変な違和感に付きまとわれました。それぞれ個が持つ世界の物語は、全く違う理によって形成されるもの。だからこそ、水を飲む、そういう習慣がない場所もあれば、言葉を交わすという習慣がない場所もあるでしょう。それこそ、ただ眠るだけの世界も。」 それが当たり前。しかし、ロストした瞬間、その当たり前は崩れ、こちら側の最低限の生活知識だけが残される。 どういう経緯でそういう世界が今ここにあるのか誰にもわからない。もしかしたら、今いるこの世界もまた、誰かから視られている世界の一つに過ぎないのかもしれない。 ただ、わかることは、ここはたくさんの世界という物語を記す本が溢れる場所で、壊れた後の後始末をするのが自分たちの仕事だということ。 「ここは深朱探偵社。所長はただ今席を外していますが、ここはたくさんある世界を見守る管理の場。」 これからよろしくお願いします。そう男は言った。 「ちょっと待て。いきなり言われても…世界って…何が何だか。」 「そうですね…私たちはとても忙しい。毎日、今この瞬間にも、新しい世界が生まれ、新しい世界が消えていく。ようは、実践あればわかることです。ですから、一度いってみて下さい。」 そう言って、着替えられたら奥の部屋に来てくださいと言って、男は部屋を出ていった。きちんと、お盆に乗せているスープとパンをお腹が減っていたら食べてそれからでもいいのでと付け足して。 まったくよくわからない。だが、ここは俺が知らない場所であることは間違いないようだ。そして、忘れた元の俺に戻ることはできないということだけはわかった。 とにかく、状況がわからなければ、何もできない。俺は言われた通り、適当に着替え、お腹が減ると言う感覚に陥っているので、ありがたく拝借し、部屋を出た。 そこは、広い廊下があった。いくつも部屋があり、迷いそうだ。しかも、薄暗いから間違えそうにもなる。だが、一番奥だという言葉を信じ、とにかく奥まで歩くことにした。すると、ちょうどある部屋から一人の男がでてきた。 スーツにシルクハット、そして片目を何かで覆っている、どうにも胡散臭い男だった。 「おや、今朝姐さんが回収したロスト君じゃないか。しかも真っ黒!黒助君だね。」 とりあえず、意味が分からない男だと認識した。だが、よくよく考えると、確かに自分は自分の名前すら覚えていない状態で、名乗る事もできない。少々、不愉快な気分だ。 「あ、俺はここの調停者。調停者は他にもたくさんいるし、全員同じ名前じゃ区別つかないから、調停者になってからは、時詠って名乗ってる。よろしくね。」 せっかくだから、他の力に惑わされたらいけないから、姐さんの部屋の前まで一緒に行ってあげる。そういって、何故か一緒に隣に歩く。 「でも、君は運河良かったよね。」 「…何がですか?」 「ま、今は何もわからないから判断材料もない。生まれた赤子同然なんだろうけど、こちら側を知ったら、そう思うよ。」 だって、何も残らないか、消されるか。もしくは、自分たちのような調停者になるか。選択肢は最初からあってないようなものなのだから。むしろ、調停者になれることがほぼない世界。どれだけの世界が生まれて消えていくのか。君はまだ知らない。 だから、幸せで、これから地獄かもしれないね。そう言った男は、ここだよと、目の前の扉を指した。 話を聞いている間にいつの間にか目的地についたようだ。 「じゃ、もし仕事を一緒にする機会があったらよろしくね。」 そういって、暗い廊下にすうっと溶け込むように、男は消えた。 先程から何度も聞く、世界という言葉の意味。きっと、それこそが今の現状に大きくかかわるものなのだろうが、今の俺は理解できそうにない。その為の説明をあの男がしてくれるというのなら、案内されたここへ行けばいいのだろう。 結局、何もわからない状態では何もできない。今は進むしかない。ただそれだけで、俺は扉を開けた。 すると、そこにはあの男以外に女が二人いた。 「待ってたよ。」 椅子に座っている女がそう言って笑みを浮かべる。綺麗な女だと思うが、どうしてか普通じゃないと言うことだけ感じた。それが何なのかわからない。ただ、ここにいる誰よりも危険だという事だけは感じた。 「とりあえず、おはよう。そして、ようこそ、深朱探偵社へ。所長の巳櫻だ。こっちは聞いたかもしれないが朱裏。私の秘書だ。普段は副所長として私の代理で指示を出していることもある。」 改めて、もう一度男は頭を下げるので、俺も一応頭を下げておいた。 「で、こっちは華焔。お前と同じ調停者であり、一緒に仕事をしてもらう相方だ。」 「仕事?」 「別に無理にしなくてもいい。だが、視えて巻き込まれるのは必然だ。こちら側に来た以上はな。」 だから、諦めて仕事をした方が賢い選択だ。そう言って、女は改めて、ここと調停者の話を始めた。 |