こんなにも血塗れ、穢れた両の手。

これではもう、何も触れることは出来ない。

洗っても消えることのない穢れた紅は犯した罪の証である。

同時に、今私が生きる糧でもある。

この罪を背負い続ける限り、終わりがくる日まで生き続けよう。

だが、裁かれるというのなら覚悟して命を捧げよう。

しかし、大切な者達を傷つけるのなら・・・。

たとえこの行為が罪だとしても権利がなくとも私は裁くだろう。

 

 

 

6章 暗闇の中

 

 

 

祠の入り口に着いたクロス達は、薄暗い中へ続く細い道を進んでいた。

「怖いね。」

死霊を操る死神と呼ばれるシアンだが、こういうものが苦手なのかビクビクしながらクロスのマントをつかんだままだった。

戦闘モードに入ると怖いという感情を無くして敵と立ち向かうシアンだが正気の時はいつもこんな感じだ。

そんな彼の怖がりを相変わらずですねと思いながら、クロスは先を歩くギベルドに問いかける。

「ギベルド、どうですか?」

「やっぱり、あるよ。それも、大きい。・・・あと、暗黒四王の一人・・・。」

一度そこで言葉を区切り、もう一度相手の魔力の波動を感じ取り、伝えるギベルド。

「今まで出てきていない水の守護を持つ者がいるな。」

「そうですか・・・。やはり、闘いは避けられませんか。」

魔王の復活を阻止し、魔堕ちと戦う以上、暗黒四王との戦いは避けられないものである。

たとえ、戦いになっても帰らないといけないから、相手には撤退か死んでもらわないといけない。

そうやって、自分は罪を犯し、もっと手を汚していく。まだやらなければいけないことがある限り、どこまでも深く堕ちるとしても、生きなければいけない。

しかし、間違いなく自分は堕ちたあと、その報いをうけなければいけないだろう。地獄に堕ちるか、永遠に彷徨い続けて見るだけしかできない亡霊と成り果てるか。

「クロス?」

ギベルドに名を呼ばれ、はっと今どこに自分がいるのかを思い出し、どうかしましたかと問いかけて誤魔化す。

「別に・・・。・・・ただ、一人で悩まないでほしいと、僕もクウやミカゲだって思ってるからね。」

それを忘れないでと言ってそれ以上は何も言わなかった。そんな彼等の優しさに、うれしさを感じると同時に、汚れたこの手を思い出してしまう。

優しくしてもらう価値がないのだと思い知らされてしまう。そして、彼等をこの血塗られた遊戯に巻き込んでしまったことを何度後悔したことか。

すでにすべて遅いのだけれども、もしあの時と、何度も思ってしまう。

『私は、過ちばかり繰り返す、悪神かもしれませんね・・・。』

心の中で呟く声に、クロスを守護する魔人がそんなことはないと返事を返す。

それにクロスはありがとうと返すだけ。

今は無駄話をしている場合ではない。目の前に敵が立ちはだかったのだから。

「はじめまして・・・ですね。聖霊使いのクロス神父に四神契約者のギベルド神父、そして死神のシアン。」

暗黒四王が一人、水結のウォルトと名乗り、手をクロス達の方へ向けると同時に、氷の刃が襲い掛かってきた。

「いきなりとは、素敵なご挨拶ですね。シルフィンド、風の防御!」

風が動き、作り出す真空の壁。氷の刃はそれにささり、それ以上進むことなく重力に従って地面に落ちて消えた。

「さすがですね・・・聖霊に愛された神父様。」

対価となるものを差し出さず、長い詠唱もなく名前だけで呼び出し、命令を下せる人間はそういない。

「うらやましいですよ。何の犠牲もなく使えるその力。・・・私にはなかったのですから。」

一瞬見せた悲しげな表情。しかし、すぐに氷の仮面をかぶる。

「水の結界師として、この先へは通しません。」

だが、この先には塞がなければいけない穴がある。だから、クロス達もひくわけにはいかなかった。

「悪いけど・・・僕達はこの先に用があるんだ。だから、意地でも通らせてもらうよっ!」

覚醒したギベルドが四大守護獣の二頭を放つ。

ウォルトの水を飲み込むさらなる水。それを一瞬で蒸発させて消す炎。力の差で圧倒的にウォルトは負けている。それは一目瞭然だった。だが、さすがは暗黒四王の一人といえよう。結界の扱いが上手かった。だから、攻撃を流すように結界で流れを変えていた。まるで水の流れを操るように。

しかし、能力はやはりギベルドの方が上だった。そして後一息と言うところで、ギベルドが攻撃の手を緩め、二頭を引き下げた。

「どうした・・・?」

「・・・お前、誰だ?」

ギベルドの疑問も気付いた者ならわかるだろう。

「ギベルド、やはり彼は・・・。」

シアンだけが気付かずどういうことだとおろおろするが、複雑な顔持ちでギベルドとクロスはウォルトを見ていた。

人が持つ気配は人それぞれ違い、その気配の区別ができる二人は、信じたくないことに気付いてしまったのだ。

「何故、貴方がここにいるのですか?」

それは気付けば問いたくなる問いだろう。

「貴方なら魔落ちした身内が出た時のことを知っているのに、何故ですか。何故、魔落ちというものを増やすそちらにいるのですか。」

その問いにウォルトは答えない。

「お前の正体を知っても、こちらも引く事はできぬ故、立ちはだかるのなら滅ぼすぞ・・・。」

ギベルドが再び精神を集中させて、最後に問いかける。

「・・・私はもう後戻りはできません。ですが、ここはもう私一人での守備は無理なので撤退させていただきますよ。」

また、どこかで会いましょうといい、どこからともなくあふれ出した水に包まれる。

「まだ話は終わってませんっ!アーラフスっ!」

クロスが名を呼ぶも、流れ散った時にはそこに『ウォルト』はいなかった。

「どうしてこうなってしまったのでしょうか・・・。」

「・・・彼なりに事情があったと思うけど・・・クロス神父が気に病むことじゃないよ。」

アーラフス。アヤの家族で長兄。その名前はシアンも知っていた。

シアンの背にたれたフードで大人しくしていたクロが飛び上がって二人に言う。

「今こんなところで考えてる場合じゃないだろ。」

お前らは何をしにここへ来たんだと言われ、そうでしたと前に進む決意をした。今更立ち止まったところでどうにかなることでもない。終幕まで進み続ければいい。

「行きましょうか。穴が大きく開いてしまう前に。」

「そうですね。」

奥へと進み、黒い闇が溢れ出ている穴を見つけ、シアンが外に出た悪霊と化したモノを中へ追い返し、ギベルドとクロスが穴をふさいだ。

これでひと段落着いたはずだが、事態はどんどん時の流れと共に変化するものであった。

ゆえに、いつも人は気付くのが遅れるのである。

彼等はいつでも暗闇の中で足掻き続けるしかないのだ。全ての決着がつくまでは・・・。

 

 

 

 

クロス達が丁度穴を塞ぎ、マリアネア達が帰還してリアスの依頼が完了した頃、図書館に現れた兄の姿を見つけ、声をかけるランドル。

「少し時間はあるか?」

「どうしたんですか?一応ありますが・・・。」

「じゃあ、少しきてほしいところがある。」

少し兄と違う気がしたが、ランドルは兄についていった。そして、人が通るような場所ではない建物と建物の間にある隙間に兄は入っていった。

別に、いつもなら気にしないその場所。しかし、ランドルは気付く。あそこには闇が充満しているのを感じ取れたからだ。

すぐに魔道書を手に持ち、ページを開ける。クロスは精霊を呼び出す魔道書だが、ランドルの場合は魔法を呼び出す魔道書である。

呼び出す魔法は全てを見る事ができる『目』だ。そして、見定めればそこには兄はいないことがはっきりとわかった。見えなくても、ランドルは『気配』でわかるのだ。この『目』で人それぞれが持つ特有の気の流れを『見』ればわかるのだ。

二つの大きな魔術の力の流れを感じ、自分ひとりでは不利だということに気付く。一歩、また一歩と背を見せずに下がり、疾風の足で一気に走る。だが、逃げ遅れた。

意識が途絶える前に感じたのは、自分が知っている声と、見知った気配と見知らぬ気配の三つ。それから先のことはわからない。すでに意識が途絶えてしまっていたからだ。

「ランドル司書をどうするつもりっ!」

きっと睨みつけるティセマ。ランドルが最後に聞いた見知った声は彼女だった。

本を返そうとちょうど通りかかった彼女はこの現場に居合わせたのだ。

両腕にかけられている布を持ち替え、腰にぶら下がるベルトからハサミを数本抜き、戦闘体制に入る。ここでランドルを連れて行かせるわけにはいかないからだ。

「・・・お相手いたす。」

すっとぶかぶかのフードをかぶり長いローブで全身隠した相手が、低い声でティセマに言う。

「我等の計画の邪魔はさせぬ・・・。」

「こっちだって、大事な仲間を易々と連れていかせてたまるもんですかっ!」

ひらりと舞うその布は時にはものを切り裂き、時にはものを暖かに包む。

そして、時に布は形を作り襲い掛かる獣と化す。

「行きなさい。私の可愛いゲルタ!」

国同士の争いに巻き込まれて命を落とした、ティセマの相棒の魔獣の名を呼べば、布はその名を持つ魔獣と同じ姿となって襲い掛かる。

「くっ・・・。」

「ランドル司書を返してもらうわっ!」

ピンッと張られた糸が敵とランドルの間を引き裂く。

「しまったっ!」

ゲルダを呼び、ランドルの腰に腕を回して飛び乗る。そのまま走るように命令を下し、ゲルダはかけぬけていく。

彼等はティセマたちを追いかけることなくその場に消え、ティセマは教会に戻って治癒者であるグラバンの部屋を尋ね、マリーに支えられながら二人は奥にあるベッドに寝かされた。

すでに限界を超える力を使ったティセマの身体は自分ではいうことを聞かせられない状態だった。

「幻魔術は負担になるからやらないようにしてるんじゃなかったんですか?」

今はまだグラバンがいない為に、マリーはまずティセマの切り傷手当てをする。ランドルは眠らされているだけのようなので、下手にさわらず寝かしておいて帰りはまだかと待つ。

「でも、こんな時に神父様が不在なんて・・・まったく。」

ぶつぶついっていると、物音がし、振り返るとそこにはグラバンがいた。

「あ、神父様っ。」

「マリー・・・。」

話はあとでまずは治療ですと上手く流された気がしながらも、グラバンはティセマの前に立った。

「まったく・・・それで、どれくらいの間、幻魔術を使用していたのですか?」

「たぶん、15分ぐらいかな?」

「・・・じゃあ、疲労で力がしばらくはいらない程度ですね。」

どこからか取り出した試験管の蓋を開け、中の液体をティセマに飲ませる。かなり嫌がったが、治りたかったら飲めといわれ、最終的に飲まないのなら二度と治療しませんよと言われ、しょうがなく飲むティセマ。やはり予想通りというか、かなり不味い代物で文句を言い返すティセマに、良薬は口に苦しというように、甘かったらきかないでしょうと言い返される。

「さて・・・動かないで下さいよ。」

そう言って、左手の上に右手を重ねてティセマの胸の上に重ねる。そして、治癒魔法を施す。柔らかな光に包まれ、まったく自分の体でないかのように動けず重かった体が動けるようになる。

「他にはないですよね?」

「大丈夫だと思うわ。いつものことだけど、ありがとうね。」

「それが仕事ですから。」

ティセマから離れてランドルの方へ行ってしまうグラバン。そんな彼の背後にティセマが言う。

「でも、私やマリーみたいな『女の子』を側においておくから、ロリコンなんていわれるのよ。」

その瞬間、ピシッとヒビが入った。

「ティセマさん〜ダメですよ。神父様その噂した人しばらく意識不明にしちゃって大変だったんですから。」

フォローになっていない発言が入り、グラバンは試験管の中に異様な色と臭いを出すそれを見せ、飲みます?っと聞く。もちろんティセマは大きく首を振って丁重にお断りをするのだった。

 

 

 

 

 

そしてこちらでも、笑っているように見えるのに、明らかに怒っているのがありありとわかり、誰もが動けずにいた。

「これはいったいどういうことなんでしょうね?」

私は留守番をちゃんと頼んでおいたはずですが、何を遊んでいるのでしょうねと、それはもう恐ろしい笑顔でフェウスとアヤに問いかけるクロス。

先ほどシルフィンドに頼んで風に乗って帰宅し、見た光景にぷちっと何かが切れたクロス。

あれだけアーラフスのことで考えていたというのに、彼の弟は何をやっているのかと、半分八つ当たりに近い怒りが込み上げていた。

「クウ。とりあえずギベルドが寝かけてるので上に連れて行っておいて下さい。」

わかったと答え、半分目が閉じかけてるギベルドを担ぎ上げて退室するクウ。

夕食の支度しなきゃとシアンは逃げ出し、手伝いますとマリアネアも退室。ミカゲは端っこで壁にもたれかかってただ立っている。

だんだんと人が減っていく中、フェウスはどうやって逃げようかと考え、助けを求めようとしたが、誰も助けてくれる気配がないことは一目瞭然だった。

アヤはクロスにお前が一番大嫌いだと叫んで逃げようとしたが、フェウスもろとも、クロスが召喚した精霊に捕獲され、罰を受けるのであった。

もちろん、教会の修理を徹夜でやらされたのは言うまでもなく・・・結局こういうのが彼等の日常なのかもしれない。

 





あとがき
リアス編は終わりですが、すぐに次の物語が動き出してるという。
次は夢物語編とでもいうのだろうか。とりあえず、占い師の一族が関わってきます。
同時に、今回でてきたアヤの兄弟なども・・・。
そして今回、どこかであったアダ名の話題が再び出てきてみたり(笑
ティセマとマリーは結構好きだったりします。グラバン達とのやりとりあたりで。