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静かな朝が・・・ ドンガラガッシャーン・・・・・・・・ 今日も迎えられない教会があった。 狩り人 1章 黒い陰 聖なる聖域とされる教会。ヨルデカートの町外れにあるカロリュベヌス教会は、今日も静かな朝を迎えることなく、何かが崩れるような大きな音ではじまった。 「いってぇー!何しやがる!!」 教会には似ても似使わないような、荒々しい言葉があがる。 まだ若い青年が立ち上がって目の前の相手に怒鳴る。だが、相手は気にした様子もなく、席についたまま、カップを口につけて紅茶を飲んでいた。 「こらこら、物を投げては駄目ですよ。」 適当にあったものを攫んで青年・・・アヤが神父のクロスに投げると、平然とそこから動くことなく、そんな言葉を返した。 クロスの両サイドにはうっすらと肱から先の両腕がアヤの投げたものをしっかりとキャッチしていた。手首に枷を嵌められ、鎖がじゃらりと音を鳴らす両腕が投げられたもの・・・時計をそっと近くの棚に置く。その両腕は姿を全てこの場所へ出せないクロスを守護する魔人ベルドリトと言う。 『主に何をするか、悪魔め。』 「うっせぇ!悪魔がなんだ。そもそも、悪魔様と呼べ!もしくはアヤ様と呼べ!」 そんなやり取りがなされる中、その場所では教会の住人達が朝食を取っていた。もちろん、誰もとめることをしないし、気にした様子もない。これが、日常だったからだ。 「だいたいてめぇこそ何だよ。腕だけのくせに偉そうに!何が魔人だ!」 『許さぬ!』 その両腕から聞こえる声が聞こえたと同時に、アヤが明らかに人為的な力ではない何かによって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。 そして、冒頭に戻るのだった。 流石に丈夫だといっても、思い切り壁に叩きつけられたアヤを見て、心配になっておろおろするマリアネア。ちらっとクロスを見れば、目線があい、にっこりと笑みを返された。 「大丈夫ですよ。これぐらいで死ぬようなら、とっくにこの世にはいませんよ。」 「言ってくれるじゃねーか、クソ神父!」 立ち上がった早々に悪態つくアヤ。ほらねと笑顔でマリアネアに言うクロス。その様を見てさらにいらいらするアヤだが、主に何という口をきくのだと、魔人もまた怒りを露にする。 「今日こそてめぇを殺す!」 「まったく・・・。口が悪いですね、アヤ。外に聞こえると教会の品が下がるのでやめてもらえません?」 「んなもん知るか!」 そう言い、再びアヤはクロスに飛び掛った。しかし、伸ばす腕が、拳が、クロスへ届く事はなかった。 そう、再び先程と同じ結果になったのだった。 『アヤ殿。主に手を出す事は我が許さぬ。』 「うるせぇ!この犬!」 「ほらほら。せっかくの朝食が冷めてしまいますよ。シアンが作ってくれた朝食を残す事は許しませんよ、アヤ。ベルも程ほどに。」 『すまぬ。』 カップを置いたクロスがちらりとアヤを見て言い、まるで背後に立っているかのように、見上げて魔人に話しかける。 しかし、ここで大人しくするアヤではなかったが、おろおろとして様子を伺いながら、立っているシアンを見て殺気を消した。 「・・・。」 無言のまま席に座り、朝食に手をつける。 何だかんだと言っても、たとえ悪魔であっても、アヤは優しい人そのものだったから、クロスはむかつくが手を引いたのだ。 周囲を巻き込む愚かさを知っているからだった。 まぁ、頭に血が上ると周りが見えなくなるのだが、引くときは引く。 そして、やっと静かになった教会。皆それぞれ朝食を食べ終え、片付けようとし始めた頃だった。 再び、些細なことでフェウスとアヤが口論になり、クロスが一言口を挟めば、またアヤはクロスに突っかかった。 そして、本日すでに何度目になるかという感じで魔人がアヤを吹き飛ばそうとした。しかし、今度は吹き飛ばされることはなかった。 「そろそろ、時間じゃないですか?」 マリアネアの一言でクロスが時計を見て、食器を重ねて席を立ったからだった。 「アヤ。シアンの片付けの手伝いをしてあげて下さいね。」 しっかりと仕事をいいつける。 もちろん、アヤは叫んで椅子を蹴り飛ばし、物に当たっちゃ駄目だよ〜と目隠しをしているのにさも見えているかのように話すクウに文句を言う。 シアンは自分一人でも大丈夫だからとアヤに断り、いらいらしたままアヤはどこかへ消えたのだった。 そんなアヤを見てしょうがない子ですねと呟くクロス。 「・・・依頼人は15分程度で礼拝堂に来る。」 「わかりました。ありがとうございます、ミカゲ。」 客が来る時間を知らせてくれたミカゲに礼を言う。伝え終わったミカゲはすでに黙々と朝食を口に運んでいた。必要以上には語らないのが彼。だが、今必要なことはきっちり言う頼もしい仲間でもあるから、彼のことをあまり知らなくても誰も何も言わない。 この教会の住人全員が、何らかの過去を持っている。そして、『人』とは違う何かを持っている。そんな逸れた者の集まりだから、余計にそうなのかもしれない。 そうやって、今日も教会内は平和だった。 「クロス神父様。」 「わかっています。」 マリアネアに名を呼ばれ、用意をしないとと思うと同時に、そうだと思い立ったかのように振り返り、フェウスに一言言う。 「今晩の暖炉用の薪が足りませんので、お願いしますね。」 「また俺かよ?!」 「貴方の仕事でしょう?」 何だかんだ言いながら、わかったと答え、おかわりの分を口にほおばるフェウス。 嫌だと言うときの彼の耳はへなっと下に垂れていたが、食事をしているときはうれしいのかひょこひょこ動く。単純ですねとクロスが心の中で思ったことは彼は知らない。 さて、急がないといけませんねと、クロスマリアネアと下へ礼拝堂へと向かうのだった。 そして、全員の朝食と入れ違いになるように、一人の青年がその場に現れた。 全員分の食器を片付けようと回収しているシアンと机の上に突っ伏しているフェウスをちらりと見る青年。しかし、見るのは左目だけ。右目はしっかりと大きな眼帯で覆われて見えない。 「今日は少しはやいな。」 ミカゲに言われて、良い匂いがしておなかがすいたからと答えるギベルド。だが、まだ眠そうだった。 「すぐに温めなおして用意するね。」 シアンはそう言うが、別にいいよと断る。 「シアンの料理は冷めてもおいしいから〜。」 と、眠いからか語尾が微妙に延びながら笑みを見せて食べ始めるギベルド。 ギベルドにとってはその好意だけでいいのだ。理由が理由であるとはいえ、朝食の時間に遅れる自分も悪いからだ。 「で、何故アヤは機嫌が悪かったの〜?さっきすれ違ったらぶつぶつ神父様のこと言ってたけど?」 首を傾けて、先程すれ違ったアヤの様子でどうしてとミカゲに聞くが、ミカゲも周囲の者達も誰も答えなかった。 毎日朝の光景を見ていないギベルドにとってはまったくわからない話。だが、アヤの話をすると決まって姿を現してややこしいことを起こすの決まっている。 だから、『何でもない』というミカゲの答えに『そっか〜』と返事をして黙々とと朝食を口に運ぶのだった。 こうして、今日もまたギベルドはアヤの不機嫌の理由を知らぬまま一日をあけるのだった。 関係者のみが使用する礼拝堂の扉を開けると、そこにはすでに神に祈る者の姿があった。 「お待たせしてしまい、すいません。」 クロスの言葉に気がついたらしい少女が祈る為に下げていた頭をあげ、視線が交わる。 「あ、いえ・・・。私の方こそ、お忙しい中、すいません・・・。」 立ち上がって、クロスに頭を下げる少女にクロスは頭を上げてくださいと頼む。リアスと名乗る少女を椅子に座らせ、丁度お茶を持ってきたマリアネアがリアスに出す。 「お願いします。弟を、ラウを助けて下さい!」 カップをぎゅっと手で握り、クロスに訴える必死な少女の望み。それは、大切な人を助けたいというだけの純粋な願いだった。 「詳しくお聞かせ願えますか?」 「はい。原因は弟が持つ耳飾なんです。・・・いえ、そもそもの始まりは一年前のあの日からなんです。」 一年前街にやってきた旅芸人達。様々なパフォーマンスで人々を楽しませた。もちろん、フェウスも面白そうだとシアンと買出しの際に顔を出したことは聞いている。 「その中で、弟も旅芸人達が見せる技に魅了されていきました。もちろん、物珍しさからでした。・・・しかし、旅芸人の一人だという女が弟に耳飾を渡しました。」 その耳飾が悪夢の始まりでしたとリアンは言う。 弟は踊子である旅芸人の女に恋をし、また会う約束として耳飾を受け取った。しかし、それを肌身離さず持つようになってから、弟は悪夢を見るようになった。 毎夜毎夜うなされる弟にいつかどうにかなってしまうのではないかと心配し始めた頃。 とうとう、異変が起こってしまった。 その異変のきっかけは簡単だった。訪問者が弟と接触したことだった。 「サングラスをかけた背の高い男と異国の、東洋風の紅い衣を身に纏った少女がやって来ました。」 その言葉に、クロスの気配が少しだけ変わったのにマリアネアは気付いた。なぜなら、その訪問者の正体がわかったからだ。 「弟を、彼等は連れて行こうとしました。それを必死に止めました。」 しかし、弟自らリアンの手を振り払って行ってしまった。そして、帰ってこなくなった。 あれからもう十日は経った。まるで、また会いましょうと約束した女が弟を連れ去りに来たかのように、一年前と同じ日に弟は行ってしまった。 「もし、生きているのなら、もう一度会いたい。」 全てを話したリアンに、黙って聞いていたクロスはマリアネアに指示を出した。 マリアネアが持ってきた紙とペンをリアンに手渡した。 それを見て、リアンがクロスの顔を見た。本当にいいのかという驚きの目で。 そう、この教会は他の教会とは違い、特殊であった。 大陸の、それも街からもはずれた端にあるこの教会は魔堕ちと呼ばれる人ではないものに対抗する者達が住まう場所だった。 そして、そういった関連の依頼が入る事が毎日の日常であった。 しかし、外ではあくまでも噂に過ぎず、少女も本当かどうかはわからないが神に縋る思いでここにやって来たのだった。 「依頼は受けさせていただきます。しかし、郊外しないと約束をしていただきます。」 それが、その契約書のサインですと説明するクロス。少女は先程話しの間に流した涙とは違い、笑顔で輝く涙を零し、それにサインした。 「ありがとうございます、神父様っ。」 大きく頭を下げて、どうかお願いしますと何度も言う。 「では、今日は下準備をして近いうちに結果をお知らせいたします。」 それまで、自宅で休息を取って下さいとクロスはリアンに言う。 「休まないと身体には毒ですよ。人でも人でなくても、生命というもの全てね。」 「はいっ。」 もう一度お願いしますと頭をさげてリアンは教会から去っていった。 「背の高いサングラスの男と、東洋風の紅い衣を纏った少女ですか・・・。」 リアンが完全に立ち去った礼拝堂で呟くクロスの言葉。 「間違いなく、ギンとナルですね。」 マリアネアが確認のように名を言う。 「まったく。困ったものですね。」 「敵さんも慌ててるんじゃない〜?」 二人しかいなかった礼拝堂に第三者が現れた。目隠しをしているのに見えている不思議な青年クウ。 「下調べが済めば・・・マリアネア、クウ。二人に頼んでいいですか?」 「大丈夫です。」 「問題ないよ〜。」 すっと頭を下げるマリアネア。長い袖を通してのみ触れるクウの手がパシパシとクロスの肩を叩く。 「状況によっては・・・シアンやミカゲにも出向いてもらわないといけませんね。」 調べるキーワードをメモした紙を持ち、クロスは立ち上がった。 「まったく、嫌な世の中になりましたね。」 小さな呟きは後ろについてくる二人にも聞こえたが、二人とも何も言わない。 『しかし、だからこそ我等が出会えたのかもしれぬよ、主。』 ただ、クロスの側にいる魔人だけが答えた。 その答えにそうですねと、ふっと笑みを浮かべ、ミカゲがいるであろう、あの窓がある部屋へと向かう。 「まだ何一つ始まっておらず、そして終わってもいないんですね。」 少しずつ、黒い影が世界を蝕んでいく。誰もが気付きながら、見ようとしない影が少しずつ、少しずつ・・・広がっていく。
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