危険物の証拠は隠滅

 

「おはようございます、グラバン神父。」

カチャっとセンタラフェンス教会の中でも、人があまり立ち入らないような一番奥で、異様な空気をかもし出す部屋に足を踏み入れるまだ幼さの残るシスターが中へ入った。

彼女はマリーアと言う。しかし、周囲からはマリーと呼ばれ、本人もそれでいいと思って故郷で育ってきたため、ここでもそのままマリーと名乗っている。そんな彼女は兄に会うために教会へシスターになると押しかけてきたのだった。

そして、彼女は出会いのタイミングが悪かったのか、この教会のある意味問題児なグラバンの監視係りに任命されてしまったのだった。

「神父様〜?また、研究に熱中して耳は塞がってるのかな〜?」

先程の挨拶よりわざと大きな声で言ったが、やはり聞こえていないようだった。

ふぅっと息を吐き、またかという感じで部屋を見渡す。数日前、片付けたばかりの部屋はすでに荒れて散らかっていた。

本当に、散らかすのが得意な人だなと思いながら、マリーは散らかった雑誌や新聞、資料等を束ね、落ちている上着をハンガーにかけて片付け始める。

ちょうど、入り口付近がすっきりした頃だった。出来たーとグラバンのうれしそうな機嫌のいい声が響いた。やっと熱中していた思考が帰ってきたかと思いながら、マリーは再び声をかける。

案の定、今度はしっかりと振り向いて返事をした。

「聞いてくれたまえ、マリー。これはきっと世紀の大発見!これがあれば奴等はいちころだよ。」

と、子どものように目を輝かせて力強く語るグラバンにまた始まったとマリーは思う。

また、数日寝てないのだろうなと思うような、目の下の隅を見て、手に持っているビーカーの中の液体の内容を聞き次第、寝てもらおうと危ないことを考える。

そんな事も知らず、グラバンは語り始める。

結論として、マリーは処分する事を決定した。よって、近くにあった大きな図鑑を手に持ち、グラバンに投げつけた。

「ぐわっ?!・・・ま・・・。」

何故ですかマリーとでも言いたかったのか、中途半端に人の名を呼んで意識を失ったグラバン。

机の上に置かれたビーカーを手にとり、マリーは何事もなかったかのように図鑑を本棚へ押し込み、部屋を出た。

 

 

数分後のこと・・・。

カチャカチャ・・・という金属音がする為か、目を覚ましたグラバン。

「あ、お目覚めですか?よく眠ってましたね。やはり、何日も寝てないからでしょうね。」

隈が少しだけ薄くなったようでよかったですよと、鏡を渡されて、何だか恐ろしい笑顔で言われた。

「えっとあの・・・。」

「グラバン神父様。数日寝ていなかった為、丸一日寝ておられましたよ。」

「それはいいのですが、あの、ビーカーとその中身は・・・?」

「ああ、あれですか?あれならもちろん処分させて頂きましたよ。」

にっこり。

「えー?!な、なんてことをして下さるのですか?!あれは私がやっと完成させた皮膚に触れただけでも吸収され、時間差で発動する・・・。」

「何に使うつもりかは知りませんが、そういうものは置いておくと危ないので。」

「しかしっ!」

「それに、言いましたよね?そのような類の研究は、この奥の特別研究室で行って下さいと。」

他の関係者から言えば、マリーもたいがいグラバン並の危険人物扱いだったりする。特別研究室でという発言自体、違うだろと誰もが思っている。彼等からすれば、そんな研究自体進めるなというのが言い分だからだ。

「失敗した時の損害がある場合、周囲に迷惑がかかりますからと何度も言いましたよね?」

「はい・・・。」

「だから、没収させていただきました。どうせ、適当に通りかかった方で試すつもりでしょう?」

「当たり前じゃないですか!」

「馬鹿。」

ごつんと雑誌を投げつけられる。

「人様への迷惑をかけるのだけは駄目です。」

「だって、試したくなるのが・・・。」

「駄目です。」

もう一度この図鑑で一発・・・お休みになられますか?と恐ろしい笑みと共に言われ、泣く泣くあの薬品は諦めるのだった。

しかし、ここで終わらないのがマリーである。にっこり笑顔でまずは部屋を片付けましょうねと言い寄るのである。

しくしくと、グラバンはのの字を書きながら凹んでいてもお構いなし。こうして今日も教会の悪魔とも呼ばれる治癒者が脱走するのだった。

 

 

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それは必ず起こる未来ではない

 

 

「また、マリーを怒らせたみたいですね。」

「・・・フィルドですか。」

久々に部屋に訪れた客の顔をちらりと見てすぐに視線は実験ノートの方へ向く。

まるで、それ以上は視線を合わす必要も会話も必要ないと言わんばかりの拒絶の反応。しかし、フィルドは立ち去ることはなかった。

「マリーが着てくれて本当に良かったです。彼女の兄の事がいろいろありましたけど。」

「あんたは『未来』とやらを全てしってたんじゃないのか?」

わかっていたくせに今更何を言うんだと言う。もちろん、グラバンはフィルドの顔を今も見ない。

「知っていても、それが必ずしも未来になりえることはありえないのですよ。」

「・・・。」

「あくまでも、一つの未来が見えるだけであって、未来を変える重要なキーワードがわかり、それによって、いくらでも未来は変えられるんですよ。」

常に未来は変わっていくものであるから、それこそ未来を知りたいのなら占い続けないければいけない。だが、そんなことをしても無駄なのも事実だが。

「いくつもの未来があり、それはその人次第ですから。」

「話がそれだけなら帰ってもらえませんか?」

試験管の中身をビーカーに入れながら言うグラバン。

「貴方が嫌いでも私は好きですから。」

「人の話を聞いてませんね。」

「そうですよ。いちいち話を聞いていたら、その度に部屋をでなくてはいけないからね。」

「・・・。」

「これだけは覚えておいて下さい。占いはあくまでも今歩いている道を知る『キーとなるもの』の一部なんです。」

そして、知って絶望するのではなく、それを少しでもよい方向へと変えるように読み取って修正する為に警告を知る手段であるのだと言う。

「ふん・・・どうだか。」

最後の薬品を混ぜ終わったグラバンは持っていたビーカーをテーブルの上に置き、今度はしっかりとフィルドの目を見た。

「いつか、わかりますよ。いつかね・・・。・・・それで、占いで一つ良い事を教えておいてあげましょうか。」

そう言って、グラバンに一言言う。それにグラバンの表情が変わった。

『その作った薬品も、マリーに没収されますよ。』という一言だ。

「ただ、今すぐに奥の研究室に篭れば没収されずに済むかもしれませんよ?」

「・・・相変わらず嫌な奴だな。」

「それはどうも。」

薬品や資料を持って奥の部屋へと行こうと背を向けたグラバンがふともう一度フィルドの方を向いた。

「今回だけは貴方の言うようにしてあげます。・・・今回だけです。」

ふんっと今度は二度と振り向かずに扉を閉めた。

「まったく・・・。貴方も相変わらず困った弟君だ。」

苦笑した崩れた顔。だが、次の瞬間にはフィルドの顔から表情が消えた。

「・・・あれでも大事な弟ですから、連れていかせはしませんよ。死神。」

大きな鎌を持った骸骨の絵柄のカードを睨みつけ、束の中に重ねた。

「きっと、嫌がるでしょうが、もう失うのは嫌なので勘弁して下さい・・・グラバン。」

誰にも聞かれないその場所で呟かれた言葉。フィルドは部屋を出て行った。

後に残るのはただ静けさだけだった。

 

 

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それは誰かの夢

 

 

ここはどこだろうか?

だけど、すぐにここがどこなのかわかった。

「お母さん。今日ね、やっと成功したんだ。」

「あら、それは良かったわね。さすがは私の子。」

よしよしと撫でてくれる母の手が暖かい。

そのすぐ近くに弟がいる。ただ、こちらを睨むだけ。まるで、この後に起こる事に対してわかっているかのように、ただじっとこちらを見続けている。

そう、この後起こることはわかっている。だって、いつも同じ・・・あの日と変わらないのだから。

ほら、やってきた。

「どうしたの?」

「ふふふ・・・力を手に入れたの。貴方以上の力を。これで、貴方を超えられるわ。」

鈍い、肉を切る音と飛び散る血の音。一面が赤色に支配される。

「これで、あの人の愛も力も私のものよ。」

「ど・・・し・・・て・・・・・・の・・・し・・・あ・・・。」

伸ばした手が床の上に落ちる。先ほどまで笑っていた自分の母親が息絶えた。その事実が飲み込めない。何度、この光景を見てもだ。

「母さんやめてよ。」

先ほどのあの目と違い、これはあの日と同じように母親を止める弟。

そして、物音を聞きつけてかけつけた使用人や従兄妹など、人が部屋に入ってきた。

「くそっ。・・・・・・は魔堕ちだ。」

占い通りになってしまったと言う伯父の言葉に、それ以上言わないでという言葉が出ない。

「やはり、能力ない女は嫌だなっ!」

剣を女へと向ける伯父。弟がやめろと泣き叫ぶ。母親は何も悪くないと叫ぶ。

弟はたぶん知っていたのだろう。母親が一族の外の人間で力もない為に苛められていたことを。

「母さんをとらないでっ!」

「何をいうか!お前も魔堕ちにでもなったか?お前と半分血を繋げた兄の母親を殺したお前の母親を止められるというのかっ!」

びくっと怯える弟。もう、伯父の目にはあの女は人間としてみられていないからだ。

「死ぬがいい、・・・・・・・・・愚かな魔女め!」

その瞬間、ボクは占いに使う、人を幸せにするための力で伯父に怪我をさせた。そして、カードから取り出した剣で弟の母親の胸を一突きにした。

「・・・っう・・・・・・・・ぃ・・・と・・・。」

その瞳は先ほどまでとは違い、昨日見た彼女の目と同じ、穏やかな色だった。

「あ・・・が・・・と・・・う・・・。」

頬に触れる、女の手。手についた血が頬にぬるっとした嫌な生ぬるい感覚を与える。

「お母さん!」

弟がかけよる。だが、すでに母親に息はない。この部屋で、二人の女が死んだ。

その後、僕は何も言われなかったけれど、きっと弟は恨んでいると思う。

たとえ、弟の母親が僕の母親を殺したとしても、人ではないものに堕ちてしまったとしても彼の母親を僕が殺してしまったのだから。

すれ違いなのか、弟が故意になのか、会うことはほとんどなかった。

そんなある日だった。僕は教会に行く事に決めた。だから、出発しようと荷物を持って玄関に立ったその日、久しぶりに弟に会った。

「僕は決して貴方を許さない。だけど、母さんを最後に取り戻してくれたのは感謝している。」

弟にも、母親は最後に微笑を向けたのだという。

「僕も数日後、教会へ行きます。必ず。始めから占いは信じてませんし、今回のことで嫌いになりましたから。」

母親が占いの力がないことでいじめられた事を知っている彼は占いが嫌いだった。だが、今回の事で完全に触れようとも思わない程憎いものへとかわったのだろう。何より、あっさりと切り捨てた伯父が許せないのだろう。

「誰でも、どんなものでも治療できる治癒者になります。そして、貴方と同じ教会へ必ず行きます。」

母親を殺した貴方を決して死に逃げるようなことはさせませんとはっきり言う弟に、苦笑するしかなかった。

「それは楽しみにしているよ。」

弟は最後まで見送ることなく家の中に入った。

 

『僕が必ず占いの道で今度こそ守る』

『僕が必ず治癒の道で今度こそ守る』

 

それはまだ小さな兄弟が決意した目標だった。

いつか来る日の為に。もう二度と、家族を失わないように。






あとがき
◆危険物の証拠は隠滅
徹夜して作った薬品の大半は、マリーの手によって葬られるというお話。
目の下の隈の濃さで、意識を奪う事がしばしば・・・。丈夫なのでたぶん彼死にませんし。
◆それは必ず起こる未来ではない
お互い探りあうような兄弟。占いを捻じ曲げる決意をして着々と用意をする神父。
そして、占いを否定して科学に走って着々と用意をする神父。
この人達が兄弟喧嘩すると周囲がすごいことになりそうだなと思うこの頃。
◆それは誰かの夢
過去にあった出来事。その人を通してなので、実際とは少し違う光景に映っている。
同じ場所に居たもう一人から見れば、また違った光景であったけれども。