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交通もそんなに便利な場所でもないし、お金がたくさんあるわけでもない。 人もそこまで多くはない田舎だったけれど、それでもそこの日常がその村での毎日で、誰もが幸せだったあの頃。 「お兄ちゃん!」 まだ幼い少女が木の上でのんびりしている兄である少年を叫びながら呼ぶ。 「けっ、誰がんなもんやるか。」 家事なんか面倒だと少年は言ってそっぽ向いた。 だが、意地でも連れて返ろうという気なのか、少女は諦めない。なので、少年の方が先に諦めた。かといって、家事のお手伝いのために家に帰るわけでもない。 すたっと軽い身のこなしで飛び降り、すたこらさっさと逃げるが勝ちと去って行った。 それはとてつもなく無駄のない動作で、あっという間に少女の側から離れていく。 「もうっ!お母さんに言いつけちゃうからね!」 少女が叫ぶその声に、怒ることもなく、ただ少年は手を振って立ち去った。 そして、そんな少女も怒らず『まったく相変わらずなんだから』と呟きながら呆れていた。 むしろ、手伝わない方が兄らしいと思ってしまうからこそ、笑ってしまう。 そんな光景を微笑ましく見守る村人達。 子どもが少ないこの村で、一番賑やかな家があり、7人兄弟は彼等にとって毎日成長を我が子のように楽しみにして見守っていた。 とくに、次男と末娘だけは髪色と目色が違っていたので、最初こそ気味悪がられたりしていたが、今ではとても可愛がられている。 末娘のマリーなんて溺愛されている。そんなマリーがいつも一緒にいるのが次男のアヤで、家事を手伝わないサボリ魔だ。 今日もふらふら〜っとどこかへ出かけては帰ってくる。そしてかなりの俺様でやんちゃ坊主。だが、決して人を殺したり本気で困らせるようなことはしない。 不器用な優しさとして、ぶっきらぼうに困っている人を助ける根は優しい少年だと皆が知っているからこそなのだが。 そんな、毎日変わらない、だけど賑やかで楽しい平和な日々。たまにアクシデントがあったりしながら、アクシデントをちょっとした人生のスパイスのように望んでみたり。 そんな日々が壊れようとしていた。 一人の男が村に入ってきたことによって・・・。 『マリーア・ウェルダントを魔女の疑惑により拘束する。』 そう高らかに声を村中に響かせ、魔女裁判官である男、クロックス・アーサルベンヤーがマリーを捕らえるように部下に命じる。 逃げるマリーを手伝って村人が裏へ逃がしたりしたが、とうとう追い詰められてしまった。 こうなっては、無力な村人達は何もできない。できるとすれば、他の兄弟・・・とくに、同じように髪色と目色が違うという事で目をつけられていたアヤをここへ来ないように足止めをすること。 「ちょっと、待って下さい!この子は何もしていませんし、魔女ではありません!」 人ごみを掻き分け、村人達が止めるのも振り切って娘を庇うように立ちはだかる母。 だが、冷酷な魔女裁判官は嫌な笑みを浮かべ、こう言った。 『魔女を生み出した挙句、隠蔽した罪により、お前も同罪とする・・・・。いや、今すぐ処刑を執り行う。』 そんなっと村人も母もマリーも驚き、何故と叫ぶ。 だが、悲痛な叫びは男には届かない。 部下に母親を捕らえさせてマリーと離し、マリーを首を低くさせて両腕を取り押さえる。 そして、嫌な金属の音を響かせ、クロックスは剣を高くあげた。 助けて。まだ死にたくない。 助けて。あの子は何もしてない。 そんな二人の願いも虚しく、二人とも首を切り落とされるかと思われた。 「てめぇ!手を出すんじゃねぇー!」 村人達の足止めも虚しく、アヤがその場に乱入した。 「くくく・・・お前も、変わりモノか・・・いいだろう。一緒に地獄へ送ってやろう。」 二人の哀れな魔女の兄妹を一緒に殺してくれようと振りかざす。 飛び掛る兵士とマリーを押さえつける兵士を蹴飛ばし、マリーを力の限り母親のいる方へ投げ飛ばした。 ザシュッ―――― 嫌な音が響く。 人々は息を飲む。すでに現状が把握できずにいた。 投げ飛ばされ、母親とともに後ろに倒れこんだ二人はすぐに起き上がってアヤの方を見る。 「てめぇ・・・ら・・・じゃ・・・させ・・・ねぇ・・・。」 途切れ途切れの言葉をはき、がくっと力が抜けて傾くアヤの体。 「っ・・・いや、いやー!お兄ちゃんー!!」 昨日まで、さっきだって、馬鹿みたいな喧嘩をしていた兄が、いなくなってしまうの? 言い争って、まだお互い言い過ぎてごめんと謝っていないのに。いったい、何が起こっているの? 「まったく。邪魔をしよって・・・。」 くくくと嫌な笑みを浮かべたまま、倒れかけているアヤの体から剣を抜いた。 その瞬間、どばっと紅い、人の命の水とも言える血が大量に流れ出す。そして、荷物を放り投げるように押し飛ばし、マリーを見た。 マリーはアヤの名を叫びながら、手を伸ばして近づこうとする。それを母親が必死に抑える。あちらには、クロックスがいて、マリーの首を狙っていたからだ。 だが、母親もまたアヤが気になり、動揺していたのでマリーを放してしまった。 近づいて、力なく座り込み、アヤの身体をゆする。きっと、すぐに起き上がってまだ寝るんだ、うるせぇと言うんじゃないかと思ってしまう。 だけど、今度はいつものような反応は返らない。 「お兄ちゃん・・・お・・・兄ちゃ・・・。」 溢れ、零れる涙。そんな少女の気持ちなど気にも留めず、背後に立つクロッカス。高らかとあげられた剣がきらりと鈍い光を放つ。 今なら、誰の邪魔もなく、少女を殺す事ができる。 そのはずだった。 『 死ぬのか・・・ 』 体がいうことをきかない。重くてだるくて動かない。 『 ・・・マリー・・・あいつ・・・許さねぇ・・・。』 少しだけ手に力が入る。 『 まだ死ねねぇ。あの男がいる限りは・・・死ねねぇ! 』 マリーに狙いを定めて振り下ろされた剣。誰もが目をつむった。 だが、その剣がマリーに届く事はなかった。 カキーンと響く鉄の音とともに、クロックスの背後にぐさっと剣の刃が刺さった。 下から上へとあがる物理的な力によって、剣は折られ、背後まで飛んだのだ。 そして、マリーをよけて身体を起こして立ち上がるアヤの姿がそこにあった。蹴り上げた体制から、アヤが剣を蹴り飛ばして折ったことは確実だったが、それはとても奇妙な光景だった。 「・・・てめぇが『悪魔』なら、同属と人との違いぐらいわかるはずだろ?」 誰も、アヤのいう言葉の意味がわからなかった。 しかも、普段のアヤではなく、低くく響く声は少し不気味だった。 アヤの顔を見ようにも、前髪と影になってはっきりと表情もうかがえない。本当に、今立っているのはアヤなのかも誰にもわからない。 「教会の人間で、神のお導き・・・?魔堕ちで魔女狩り?上等じゃねーか。てめぇこそが『魔』のくせにな!」 すっとあがった顔。そこにいた少年は紅い瞳ではなく黄金の瞳をしていた。 アレハイッタイ・・・何ダ? クロックスの脳裏での疑問がさらなる疑問を広げていく。 「お前が神の代行人として『人』を狩るのなら・・・そんな神はいらねぇ。俺様が神になってやる。」 一瞬で場所を移動したような錯覚を覚える。実際、視覚では捉えにくい程動きははやく、クロックスの側に立つ。 そんな二人のやりとりを村人も母親も、マリーさえも見ているしかできなかった。 「な、何故だ?!お前はいったい?!」 何者なんだという言葉を紡ぐ前に、動いたアヤ。クロックスが衝撃を受ける。そして、その力のままに後方へと蹴り飛ばされた。 「もう、『お前』はわかってるはずだろ?」 身体を起こし、アヤの立つ場所を見ようとしたクロックスの前に再び一瞬で現れたアヤ。 「お前と『同じ』だよ。」 殺気を一切隠さず、アヤは上半身だけ起こしたクロックスを見下ろす。それはまさに残酷な悪魔そのものだった。 「終わりにしようぜ・・・?」 クロックスが持っていた、先程蹴り折った剣とは違うものを手に取り、クロックスへと向ける。 その時だった。第三者がその場所へ現れたのだった。 「お待ちなさい。」 村人が道を譲る。アヤも横目で背後に立った相手を見た。 そこには、クロックスとはまた違う神に仕える装束・・・神父とお供らしき少女が立っていた。 「クロックス・アーサルベンヤー。魔堕ちの身で無実の罪なき人々を手にかけた罪により、権威剥奪及び拘束・・・千年の刑に服すことを神の名において命じる。」 「き、貴様っ!中央の占術師フィルドか!」 「いかにも・・・。それにしても、散々悪事を働いてきたみたいですね・・・。キャルロー。」 すっと、名を呼べば少女はそれだけで動いた。マリーの側へ行き、すりむいた膝に手を触れる。 「大丈夫ですか?」 「・・・あ、・・・はい。」 みるみる何もなかった時と同じようになくなった怪我。なんだか温かくて優しい不思議な気持ちがしたそれ。 その間にも、アヤはクロックスを手にかけようとしていた。だが、それをフィルドは止める。 「この場所で人であっても魔堕ちであっても、殺めればこの土地の力が弱まります。」 「それがどうした?・・・俺の知ったことで・・・。」 「愚か者が!」 最後までアヤが言う前にキャルローが口を挟んだ。かっとアヤを強い眼光で睨みつけるように見据え、言葉を続ける。 「守る為にお前は戦った。その為に、お前は死ぬまで使う必要も『封印を解く』必要もなかった力を使ったのだ!」 アヤのことは前々から一部の者は知っていた。生まれながらに魔を封じて持った子どもとして。 だが、封じられ、使わずにこのまま一生を終えるのなら何も問題はない。その為に干渉をしなかったのだ。 かつて、干渉したことで多くの子ども達は命を奪われた。それを知っていたから、愚かな動かぬ本通りに生きる亡者から隠して見守ってきたのだ。 「お前は、守ろうとしたこの者を、お前自信のせいで命の危険にさらす気か!」 その言葉にアヤは動きを止める。そして、キャルローを見て、マリーを見た。マリーを見るときの目はすでにいつもと同じ紅い瞳で、マリーがよく知る、失敗して怒られた時のアヤと同じだった。 今ここにいる『敵』が動けばマリーに危険が及ぶ。だから気配を気にしたまま、フィルドをにらみつけた。 まだ、信用はできない。彼等もまた、『敵』と同じ教会の人間だったからだ。 「それに、貴方が殺めたら・・・今ならまだ、間に合います。たとえ貴方が『魔』であっても。」 その言葉に、村人たちがざわつきだす。何を言い合っているのかわかっている。彼等がどう思おうと関係ないが、マリーや母親・・・家族にも同じように言われたら・・・? アヤはマリーの視線から逃れるようにクロックスを睨みつけていた。 「さて・・・。貴方は悪さをしすぎました。」 すっと本物の魔法のようにすっと一枚のカードを取り出し、腕を伸ばしてカードを宙へ投げる。 するとカードに描かれている絵柄のように、長い木々の枝がカードから這い出るように現れ、クロックスの身体を拘束した。 ・・・絵と同じように、逆さ吊にして。 その異様な光景に、村人達は一歩、また一歩と下がっていく。 マリーを手にかけようとした魔女裁判官。普通の子どもだと思っていたのに魔堕ちだった少年。現れた見知らぬ神父が使う怪しげな魔術。誰も、目の前にいる四人を認めたくなかった。 こんな田舎であっても、怖いものは怖いのだ。魔堕ちという、化け物は。 そう、化け物の集まりだ。 しっかりと拘束する木の枝が刻まれ、本性を表したクロックスは、まさしく化け物だった。 そして、フィルドが投げたカードから現れたオーラに包まれたキャルローもまた、深紅のたてがみを風に靡かせる大きな獅子となった。 黒い禍々しいオーラを放つ剣を構え、突進する。 『邪魔ばかりしおってっ!どけどけー!その娘はわしが喰らう!』 元に戻ったアヤ。だが、マリーに向かうクロックスに慌てて走る。だが、間に合わない。 「っ・・・マリー!」 フィルドが投げたカードが剣を持つ腕を切り落とし、獅子となったキャルローが首筋に噛み付く。 今のアヤはクロックスなどどうでも良かった。マリーの身だけが心配だった。 「マリー!」 大丈夫と近づき、触れようとした時だった。 ビクっと緊張して振るえるのを感じた。・・・拒絶?やはり、マリーも自分はもう『兄』ではないのか。そう思ったら、何かふっきれた。 「・・・あ、・・・お・・・ぃちゃ・・・。」 「けっ、無理すんじゃねーよ。」 ばーっか。そういつもの口喧嘩の口調で言う。だが、決してマリーの方は向かない。 あちらはあちらで戦闘は片付いたようだった。どちらかというと、クロックスが逃げたというのが正しいだろう。 「逃げ足だけは速いですね・・・。あちらと比べると人の身体は不便ですねぇ。」 何もない空間からカードを具現化すると、キャルローの姿が元の少女に戻った。 「それで、貴方はどうしますか、アヤ?」 私達と教会へ来ますかと聞かれたので、アヤは笑ってやった。 「悪魔が教会?笑わせんな。・・・たいくつな教会になんて、行かねーよ。」 ブァサ――ッ 背中から生えて広がった漆黒の翼。もはや、人のものではない。 「残念だったな。・・・二人とも異常なんじゃねーよ。俺だけが異常なんだよ。」 だから、妹や家族いじめたら、村ごと潰すからなと脅せば、村人がびくりと怯える。 「俺は今日から神になるんだ。せいぜい怒らせるなよ、クソ神父。」 アヤ様ではなくアヤと呼べば、次は首切ってやるからと言い残し、空へと飛び立った。 「まったく。・・・でもま、彼らしいかもしれませんね。」 家族を守るため、一人犠牲にして思い出の地から飛び立つ彼。 「・・・さ・・・ごめ、なさ・・・い・・・。」 泣き崩れるマリー。怖くないわけではなかった。それでも、あれは兄なのだ。決してとってはいけない態度をとってしまった。だから、もう戻ってこなくなったのだ。 本当にもう、昨日やった馬鹿騒ぎの喧嘩が二度とできない。 「お兄ちゃーんっ!」 叫んでも、もう兄は届かない。遠くへ姿はすでに消していたからだ。 「私のせいで・・・お兄ちゃん・・・ごめ・・・おにぃ・・・ちゃ・・・。」 ぎゅっと抱きしめる母の腕の中で少女は泣き続けた。 集まった兄弟達もまた、話を聞いて驚きはしたものの悲しんだ。 決してアヤは『魔』ではない。自分達の大切な家族だったのだ。あれは間違いなく『人』だった。 「懺悔するならば、貴方は貴方のやるべきことをやりなさい。」 フィルドはマリーに言う。 「彼は貴方を守った。なら、貴方は何をしなくてはいけないのか・・・。」 泣くだけなら誰でもできます。涙を流さなくとも、悲しいという気持ちがわからなくとも、人は必ず泣いている。心が、涙が。 マリーだからこそできることもあるはずだ。 「村の方々も同じです。彼は言いました。『貴方方の中には仲良くしていてもよく思わない者もいただろう?』と。それが意味することはわかってますよね?」 「彼は魔堕ちの力を持っていても、それにならずに生きていけた。それを堕ちなければ助けられないということで破った。」 そんな彼を貴方方は軽蔑する資格はないとはっきり告げる。反対に、自分達は『仲間』を疑い続けた貴方方を軽蔑するとはっきり告げた。 「キャルロー。行きますよ。」 「はい。神父様。」 これからのことをしっかりと考えなさいと静まり返った彼等に一言告げ、フィルドは歩きだした。 数年後、もうあの村はない。帝国に吸収されてしまったのだった。 その時、誰かが一言呟いた。あの悪魔こそ、村を守る壁だったのではないかと。 その呟きに誰も答えなかった。もう、何もかも遅かったからだ。 そんな中、一匹の悪魔はとある町外れの教会に住み着き、あの頃はまだ少女だった人は教会で働いている。
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