蛍を生かす水、命を繋ぐ水



 ここは、都会から離れた静かで、優しい光に包まれ、山に囲まれた小さな村。
 村の中の人間は全員顔見知りである。覚えるのも、人が少ない為にすぐに覚える事が出来る。
 山に囲まれているからと言って、不便な事は無い。川を流れる今はほとんど都会の中では見る事が出来なくなった、透き通るような透明の水があり、体にもいい自然光を浴びて。作物は毎日元気に育ち、恵みを人に与える。
 これが、この村にとってあたりまえでもあること。
 しかし、この村は県から、地図から消されるという話があがった。



 たくさんの村人が過ごし、一生を終え、未来へと残してきた自然であふれたこの村を新しく企業家何かの開発の為に土地が必要とかで持っていかれ、追い出される。
 村のものは、反対をした。自分達の居場所はここであるから、一生はここから始まってここで終わるのだと言って。
 そんなこと、聞き入れるものはいなかった。ただ一人を除いて。
 社長と呼ばれ威張っている男は、何も聞かず、富と名声、名誉の為だけに、村を生贄にする。村人がどれだけ言っても聞く耳を持たなかった。
 とうとう、工事の人間達がやって来た。男は、村の人が住む場所を出て行ってもらうからと、十万だけを渡した。
 これではこの人数別の場所で生活するには難しい。だが、一番悔しかったのは、自分達の祖父やその前の人たちが必死で作り上げてきたものを壊される事。自分達の宝物でもある居場所をつぶされる事。二度と見る事の出来ない、家、山、そして、蛍が住む川の水。



 電源を入れ、エンジン音が響く。これでもう、この村ともお別れである。
 村人は立ってそれを眺めた。最後である為、しっかり見ておきたいと思ったのだ。
 だが、エンジン音や騒音、人の声は消えた。先程まで思い出を思い出して目を瞑り涙を流していた村人達は目を開ける。目にはいったものは、社長の前に立ちはだかり、いくつかのケースと一つをあけて中のものを見せて何かを言っている男の姿であった。
 男が持っていたもの。それは、莫大なお金である。
「こ、困りますよ。」
「こちらも、引くわけにはいきません。これで話をつけてもらえませんか?」
村のものは見たことも無いほどのお金と男の行動に驚く。男は、金を渡して、開発を中止させた。その目的はなんなのか、村人達はもしこの男よりも悪い企みであったらどうしようと誰もが考えた。
 だが、そのような必要は無かった。その男は、先程の男より上の強大な力を持つ企業の社長であり、体が弱い一人娘をここで住ませ、村人達に話し相手になってほしいと言ってきた。
 都会の空気は娘には会わない。綺麗な空気で無いと器官が悪くなる。
そう言っても、病室内だけでいると、人との関係もなく、楽しく子供らしさともいえる笑顔も消える。そして、いつも病室の窓から外を眺めているだけ、それが娘の見る世界である。そんな娘に何かをしてやりたいのだと言った。
 この村での契約、それは娘にいろいろなことを教えて、人として大切なことを知ってほしい。それを教えて悔いが残らず、死にたいと願ってこの世界から消えないようにしてほしい。それが社長から村人達がこの村で住む条件。
 親ならば誰もが子供に与える愛情。子供にはずっと笑っていてほしいという、それだけの願い。この男も同じであった。



 彼の名前は柳田和人(やなぎだ かずと)。娘は柳田蛍(やなぎだ ほたる)。生まれた時から体が弱く、病院でも手のつけられない病気。つまり、何の病気なのかわからないのだ。それだけ、助かる確率も低いし、この先どれだけ生きていけるのかもわからない。この先、この病気に打ち勝つ事が出来るかもしれない。だが、新しい病気を治す薬が出来るのはいつになるのかはわからない。それまでに蛍は世界からいなくなるかもしれない。
 ならば、せめて病室内で暗く話もしない、何も感じない子ではなく、笑ってたくさんの人と触れ合って優しさというものを知り、一生懸命生きたと思ってほしい。他の子供と何一つ変わらないのだから、明るく元気な姿でいる蛍を見たいと思う親心。
 そんなときに、最近たくさんの人を陥れて会社をのっとっていた先程の男、河村幸治(かわむら こうじ)がこの村をのっとる話を耳にし、この村が会社の利益の為に使われる事を反対していた事を知り、今に至るのだという。
「おじさん、俺、おじさんの願い叶えてやる。蛍って子にこの村の事教える。」
一人の少年が言った。少年の名前は城阪光(きさか みつる)である。光は村ではよく知られている、太陽のような光の子。いつも声をかけてくれて、人の事を自分の事として考えて心配し、最後まで一生懸命で諦めない子。
「君は・・・。」
「俺は光だよ、で、えっと、俺もおじさんの名前知らないや。」
「私は柳田ですよ。」
「違うって、下。蛍って子と同じだろ、それじゃぁ呼びにくい。」
「そうですね。私の名前は和人ですよ、光君。」
「俺、その蛍って子。だったよな?その子に絶対にこの村のいいこととか自然とか見せてあげるよ。俺もよく言われたよ。子供が太陽の下で笑顔で笑っている姿を見るのが幸せだって。それに、何も知らないまま世界から消えるなんて、悲しいもんな。世界ってのはすっごく広いだろ?この村なんてその一部だけどさ、いいとこだし、気に入ってもらえるようにするよ。」
その言葉を聞いて、村人達は一瞬固まる。誰もがあの日のことを思い出した。どんなに悔しくても、悲しくても決して人前で涙を見せない光が一度だけ人前に見せた涙。和人は村人の様子が少しおかしく思ったが、すぐに元に戻った村人達を見て、気のせいだろうなと思い、話を進める。
 和人は光にお願いしますと一言言って去っていった。そして、和人と一緒にいた男、久方良(ひさかた りょう)が明日、もういとどここに来ると言った。その時、蛍も連れてくると。
 村人達は、またこの村に住む事が出来、助かって喜ぶ反面、村を救った男の娘のことを考えた。残された時間の少ない子。どんなにお金や名誉があったとしても、たった一人の大切な娘を助けられないと言う父親和人の気持ち。
 そして、一番最初に和人に話し掛け、蛍のことを見てやると、たくさんの自然や人の優しさを教えると言った光。
 蛍のことも心配であるが、光のことも心配であった。それは、光の両親の事が関わっていた。
 まだ五つのやっと意思を持ち始めたと言える頃、目の前で両親は事故に遭って亡くなった。
都会と呼ばれるところへ、光にもいろんな世界があり、風景と言うものがあることを教えようと出かけた。
 楽しいはずのお出かけ。それは光にとっては悪夢となったのだ。
 飲酒運転の男が信号を無視して突っ込んできた。
 人の命とはあっけないものである。まだ五歳の光には深く記憶に残り、いつまでも悔やみつづける暗い闇。もう二度と会う事も離す事も出来ない辛い現実。





 次の日の朝、予定通りやってきた。会社内では、娘がいる事は伏せられている。問題が起きた時、一番被害に遭うのは妻と娘。とくに、娘がこうでは抵抗が出来ない。それに、いつ発作などが起きてもおかしくない状況でもあるのに、そんな事はあってはいけないからである。
 久方がまず出てきて、中から一人の女の子が出てきた。
「えっと、いちようお預かりしていただくお宅を決めようと思いますが・・・。先日は私としたことが、すっかり忘れてしまい・・・。」
「久方君、その必要は無いよ。蛍のことは光君に頼むから。」
「そうですか、わかりました。で、いいですか?」
「え?」
いきなり話をふられ、どう答えればいいのか戸惑う。
「鷲等は構わんよ、光。お前次第じゃ。」
両親が亡くなってからずっと育ててくれた祖父と祖母の二人は笑顔で言う。
「俺・・・。」
「人を一人預かるのですから、大変かと思うのですが・・・。お願いできませんか?」
考えた。確かにあの時、任せろと言って気もする。だが、一緒に住むとは別のような気もする。他にも村の人間がいるにもかかわらずなんで俺なのかわからなかった。
「私は、最初に言ってくれた一言で決めたのですよ?」
和人はそう言う。そのうれしそうに自分を見る笑顔が記憶の中の父と重なる。
「あの、俺、俺でいいのなら、俺、蛍の相手になる。」
「ありがとうございます。」
そう言って、今日から蛍が一緒となる。
 和人の話では、いつまでも直らない病気と、一人もいない友達と光の中で立つことが出来ないことと、何より、今まで見てきたものが狭く、人とのかかわりが少ない為、人見知りとなり、話をしなくなった。
 声と言葉を心の奥に鍵をかけてしまってしまったのだと言う。
 光は、それを聞いても動じなかった。ただ、話が出来ないのは辛いなと思った。
 和人はよろしくお願いしますと言って、一人医者をこの村に置いていき、去っていった。彼はとても忙しい人、昨日の男より上にたつ人なのだ。その背中は大きくて、格好良かった。
 また、父の記憶を思い出す。最後の父の笑顔、父の背中、父の腕。母も父も大好きである。今でもこの気持ちは変わらない。
 今涙を見せれば父と母を悲しませる事となると言って、あの日からまた明るく元気な少年と戻っていった。最初は心配していた村人も次第に元通り、今までとかわりなく話し掛けるようになった。
 だから、蛍もこの村で自分のように立ち直れるような気がした。それに、親は自分の子がいなくなるほど悲しい事は無いといっていた。お互いのどちらかがかけることも悲しいが、子供が生きている間にいなくなるのは寂しいと。だから、蛍にも、和人にも同じ思いはさせたくない。親がいなくなってどうすればいいのかと悲しむ自分と、おいていってしまった両親の思い。
 蛍と和人は逆であるが、蛍は父や母を残していなくなる思いと、娘がいなくなる光を失う思い。光も親を残してと思うといやである。だから、父に似ている和人の顔を悲しませたくなかった。また、父が悲しむ顔を見るようでイヤであった。



 家に来た蛍。聞いていたとおり、まったく話をしない。だが、家の中のものに興味はあるみたいである。顔が珍しそうに見ている。今まで真っ白の何も無い病室から曇った町を見ていただけの少女にとっては、何もが新鮮なのだ。
 何日か過ぎ、だいぶこの生活になれてきた蛍。まだ話はしてくれないが、今は見守っていようと思った。
「蛍、外に行かない?あ、蛍って呼び捨ては駄目か?」
やはり返事は無い。なら、と前から考えていた事をする。光は紙と鉛筆を取り出した。学校の美術で使ったスケッチブックである。これに字を書いて、話をしようと考えていたのだ。
 しばらく蛍は何もしなかったが、スケッチブックの表紙をめくり、『ありがとう。』と書いた。

「行こうよ、じっとしていたら退屈だよ。この村は小さいし、他から比べれば何にも無くて都会とか言われる所に比べると必要価値が無いってよく言われるけどね、俺は気に入っているんだよ。だってね、この日本に、世界にね、緑や綺麗な川や野鳥達が姿を消したら寂しいだろ。どんなに便利が良くてもさ、自然ほど大切なものは無いよ。それに、ここは変わっていてね、夜は明るいんだよ。」
うれしそうに話す。そんな光に引かれる蛍。スケッチブックを開いて、私も、外へ行きたい。と書いた。すると、わかったとすぐに答えて蛍の手を引いて走り出した。
 外で、太陽の下で走った事の無い蛍。初めてのこと、驚きを隠せないが、外の景色がとても綺麗で、窓から見ていた曇り汚れた町よりずっと良かった。
 この少年もそんな風景と一緒で輝いていた。これが、自然と言うもので、本当の人間の姿なのだろうかと。
 蛍の周りにはお金の為になんでもするような汚い人間ばかり。そして、窓の外も汚れた空が広がる。
 この少年のように自由に生きる子は初めてで、この風景も今まで見ていた窓の外よりよかった。何より、この少年には引かれるものがあった。そして、自分とは違い明るく元気な事にうらやましく思った。
「ほら見て、この村の夜を明るくする源。」
光が連れてきたのは村の真中を流れる川。名前は無い。第一に、この村自体ほとんど知られていない。だから、今までこの自然が保てたということもある。
「この川の水はね、ほら、あそこの山の奥から流れてきているんだよ。深い深い地下から湧き出てね。これはこの村の源であって、命の水とも言われるんだよ。」
蛍はこれほどまでに透き通り、太陽の光を受けて輝いて魚が元気に泳げる水を見たことがない。病院内でも、これほど綺麗だと思う水は無かった。
 蛍はスケッチブックを開いて何かを書き出した。
「何?この水のこと?どうして命の水かって?」
蛍はうなずいた。少しずつであるが、いろいろなことの興味を持ち、紙に書くという手段であるが話し掛けてくれるのがうれしかった。蛍とは仲良くなれる気がした。
「この川はね、水が綺麗でしょ?だから、蛍が来るんだよ。しかもね、ここの蛍はとっても珍しいんだよ。夏場だけじゃなくて、年中いるんだよ。だから、夜は暗くならない。それに、お月様や星が一番綺麗に良く見えるしね。これだけ夜も光があるし、やっぱね、この水があるから蛍が生きていけるでしょ?俺も村の人たちもこれを守りたいんだよ。ほとんど姿を消していった蛍をこの先も残していきたいからね。そんなこと、あいつらは誰も気にしてくれないけどね。でもさ、科学者達とかって年中出てくる蛍なんて聞いたら研究したがるでしょ?そのことでは村がほとんど地図から消されて知られていないことには感謝するよ。」
自分の事のように嬉しそうであった。蛍は初めて知る。自然と言う大きな存在に。そして、自分が思っている汚い人間ばかりではない。この少年のように綺麗な心を持つ者もいる。
「ん?蛍どうしたの?」
下を向いてうずくまる蛍。体調が悪くなったのかを慌てる。
「・・・・でもない・・。」
蛍が何かを言った。こんなにも早く話をしてくれるのか?
「・・・ありがと・・う。私、うれしか・・た。お母さんが言ってた事・・・わかった、気がする。」
初めて話してくれた。その声はとても綺麗で透き通る水のようであった。
「お母さん?お母さんが何か言ったの?」
「お母さん、私に言ったの。世の中はこうだけど、世界を捜したら死にたいなんて気持ちなくなるような、いきたいという気持ちが強くなるような場所があって、人がいるって。お母さん、お父さんと出会って生きたいと思って、今は幸せだって。私、今までお父さんとお母さんと病院の人ぐらいしか会わなかったし、話もしなかった。それに、私はもうすぐ死ぬんだって話聞いて・・・。お父さんとお母さん悲しませるのはイヤだけど、生きていて何の価値があるのかって考えて。そう考えると、生きている意味がないというか、私ってただの邪魔者だと思って・・・。」
なんとなくわかる気がする。自分も邪魔者だとは考えなかったが、死にたいと考えた事はある。両親が死んで、一人残されたあの日。一緒に連れて行ってほしかったと何度も泣きながら誰もいない場所で泣いていた。
 蛍のことを任せてとか、何も知らないままでいなくなるのは悲しいとか和人に言ったのは、やはり、もし自分が何も知らないときに二人とも死んでいたら悲しみも無いが、親の顔も知らないという悲しい状態。どうも、蛍とは重なる事があるようである。
「蛍、この水飲んでごらん?大丈夫、きれいだから。悩みも汚れた思いも洗い流してくれるよ。」
そう言って進めた。蛍は川の水に手を伸ばし、すくう。とても冷たくて気持ちいい感覚。それを持ち上げて飲んだ。
 スーッと体の中に流れる感じがした。今までの悲しみ、辛い思い、病気、全て川の水が流れて新しい水が川を流れるように、蛍の心にはこの川の水が流れている。
 蛍は、汚れた川には住む事が出来ない。自分も同じなのかもしれない。
「蛍、そろそろ帰ろう。あまり遅くなるといけないし。ほら、夕飯手伝わないといけないだろ?」
「あ、はい。」
光はまた、蛍の手を引いて家まで帰った。帰って、ただいまと言う光に続いてただいまと言う蛍に驚く二人。すぐに、事情を理解して、良かったと言っていた。



 蛍が話せるようになってから、二週間がたった。
 和人は蛍の病気を治せるかもしれないと言って、明日連れて帰るといった。
 蛍は寂しそうであった。やっと馴染み始めた、やっとできた友達と離れる事が怖かった。
「蛍、俺と蛍は友達だよな?また、ここに帰ってくるんだろ?」
返事が無い。月の光が差し込む夜。最後の晩を過ごす二人。短い間であったが、お互い楽しめたし、大切なものを見つけた気もしたのだ。
「蛍?何か話してよ。俺のこと、嫌い?」
首を振る蛍。顔を覗いてみると、床に何か水が落ちた事に気がついた。蛍は泣いているのだ。
 蛍も自分と同様、人前では涙を見せない。母や父に心配させるから泣かないのだ。
「蛍、俺も悲しいよ。せっかく、仲良くなれたのに。俺は、蛍と出会えてうれしかったよ。だからさ、お願いだから。」
そこで、一息すって言う。また会えるだろ。明日はあえなくなるけど、笑顔でいてと。
 光は外に出ようと言った。光は最後に見せてあげようと思った。今まで、夜は危ないし、何より寝ないと体に悪いと言って蛍は外に出た事が無い。
 つまり、この村の命の源でもある水とそれによって得られた自然、蛍である。
「蛍、忘れるなよ。この村の蛍。お前と同じ名前なんだぞ、忘れるなよ。俺は、お前がまた帰ってくるのを待ってるから。元気になって帰って来い。いいな?」
蛍は頷いた。周りにはたくさんの蛍が飛び交っていた。二人の別れを惜しみ、そして、二人を励ますかのように・・。



 次の日、蛍は帰った。しっかりと、笑顔で見送った。涙は見せないようにと。
 視界から消えた車、蛍。
「俺、待ってるから。蛍がここに帰ってくるまで、この蛍と待っているから―――――。」
光は空を見上げて、太陽に言った。自分はこれからもここで過ごして、また蛍と会うと。会えないのなら、自分が蛍を迎えに行くと。今は別れを後悔していない。また蛍とは必ず会えると思ったから。





+++ 企画提出作品 +++

これは、水姫sama主際の企画に提出したものです。




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