| 八章 忘れゆく多くのもの
手紙が突然なら、人が訪れるのも突然。 奇屡が鈴を訪ねて、家まで来たのだった。 「・・・申し訳ありませんが、貴方様を入れることは出来ません。」 「どうしてだ。」 「鈴様は只今、お休み中です。お引取りを。」 「今すぐに呼べ。事態がかわってきている。」 「こちらは今までとなんら変わりはありません。ですから、巻き込まないで下さい。どうか、お引取りを。」 良二は奇屡を追い返そうと扉を閉めようとしたが、相手もかなりしつこい。 「私に逆らう気かっ。術も使えぬ、あたえられる名を持たぬ使用人の分際でっ!」 その言葉に、一瞬だけ良二は表情がなくなった。だが、すぐに普段の対応用の笑みを向けて、すみませんと言い扉を閉めようとする。 「・・・お待ちなさい。私のことは気にしなくていいから、中へ通しなさい。」 背後には鈴が立っていた。彼女もまた、少々機嫌が悪いようだ。 奇屡は只ならぬ雰囲気を感じ取ったが、原因が何なのか理解できずにいた。 だからこそ、静はこの男の事が嫌いなのだ。はじめて会った日からずっと。そして鈴も、好ましく思えない男。 このような男が増えるから、同じ事が繰り返され、哀しみが増えるのだ。 鈴は平常を装って、居間に奇屡を案内した。 蒼狐と良二も同席する。最近ここに居座るようになった滝輝もいた。それに奇屡は驚きとともに、もう一度契約をしようと近づいたが、鈴の声で、そのことは止めた。 「それで、貴方様は、いったいどのようなご用件でこちらへ?」 「・・・お前の兄、静の一件でだ。」 だいたい、予想できている通りの答え。 奇屡はこの家を好ましく思っていないので、滅多に来なかったのだ。もし、来るとしたら、この家に関すること。 今の状況ならば、静の事ぐらいだ。静と鈴以外、神柳の血を受け継ぐ者はいないし、先日の件もあるからだ。 「奴をどうにか止めてほしい。このままでは我等は消え、均衡は崩れる。そうなれば、魔が暴れだす。それだけは、なんとしてでも阻止せねばならぬ。」 なんだ、そんなことかと。ここにいた四人は思う。考えることは相変わらずということだ。 「・・・どうして、私に?」 「奴に対抗できる力を持つと思うからだ。」 「それで、私が協力するとでも御思いで?」 「我等全員に関わる事。お前とて、同じであろう?最愛の兄があのようになって、止めようとは思わぬのか?」 やはり、この男には話をする必要は、無いのかもしれない。そう思った。 「・・・すみませんが、私は貴方様の用件は呑めません。私は誰の意志でもなく、己の意思で決めます。信じた道を、ただ進むだけ。静兄様とも母様と父様とも約束しましたから。」 それもあるが、ただ、奇屡に協力と言うのは嫌だった。 「・・・そうか、裏切り者となるのか。」 「裏切るも何も、貴方自身、いえ、ほとんどの方が兄に適わないからこそ、私に頼みに来たのでしょう?私は、簡単に命を投げ出す事も、奪う事もしないのですよ。貴方のように、命の重さがわからない人には何を言ってもしょうがないのかもしれませんが・・・。」 奇屡はそれ以上言わず、家を出て行った。少し顔をゆがませて、きっと怒っていたのだと思う。思い通りにならなくなっている事に。だがそんな事は、静達には知った事ではない。 「たとえ神と言えども、干渉する事は出来ない。思い通りになんて、誰にもできないのですよ・・・。」 その言葉は奇屡には聞こえていない。きっと、彼を含めた大勢の者達は、パートナーとなった神や精霊達の声が聞こえなくなっているのだと思う。 「・・・滝輝は、どうするつもり?」 「・・・もう、戻るつもりはありません。ここまで力が弱まったのも、あの者のせい。」 「まさか、滝輝が水竜神だとは、あの人も思っていないのだろうね。」 滝輝は神の中でも、竜神と呼ばれる水、火、風、地の四大元素を司る四頭の竜の一人。 それに、あの男は気付いていない。下手すれば、玖緒に対抗できるかもしれない力を持っているというのに。 「あの人は変わってしまった。昔とそれほど変わっていないが、私達の存在を無視し、邪魔なものに思い始めた。昔はまだ、そこまでひどくなかったのだが・・・。」 それでも、少しでも信じてくれた主を信じたい滝輝。だが、それはもう終わった。 「私は忘れられたもの。人というものは、不思議なものだ。鈴殿のようなものもいれば、あの人のように、忘れていく哀しいものも多くいる。」 「しょうがないんじゃ、滝輝。時代を重ねるごとに変わっていくのじゃから。鈴のような者は、減っていくのじゃ。」 哀しそうな滝輝。蒼狐も昔は同じような思いを持った事があるのでわかる。 良二もまた、同じ。親に捨てられた孤児。だが、鈴の両親が引き取り、鈴の話し相手にした。 兄の静以外とも、仲良くできる子になるように。引きこもり、外に出なくなるといった事態を防ぐために、外の友人をつくらせたのだ。 「鈴様、どうするおつもりでしょうね?」 鈴が決めることには絶対従う事を近い、全員が鈴を見た。
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