| 六章 思い出の子守唄
目覚めはすっきりとしていた。 「おはよう、皆。」 いつの間にか、屋敷中の神達や精霊達が集まっていた。 皆、邪魔にならないよう、最小限の姿でいたので、狭いといえど、本来の姿のときよりは隙間があって、息苦しくは無かった。 「さてと。茨森さんがきっとおいしい朝食を用意しているだろうから、起きようね。」 片っ端から寝坊の神や精霊を起こす。すでに起きていた蒼狐も一緒に起こす。 「ほら、はやくしないと、なくなるよー?」 鈴は部屋を出た。部屋にいた彼等も同じように出て追いかけた。
朝食後は何もすることもなく、ただすわってぼんやり庭を見ているだけ。 時々、ふよふよと浮いていた彼等が何かをやっている。 それを見ているだけで、毎日が楽しい。 「鈴様、ずっとここにいては、体に差支えが・・・。」 「大丈夫だよ、良二さん。」 屋敷の経営を担当する、使用人の良二。鈴が小さい頃からずっとここにいて、今では鈴に絶対の忠誠を誓う人。蒼狐とその思いは似ていると思う。 兄と同じように慕っていた、歳の離れたお兄さんのような良二。彼だけが、今一人となった鈴の血の繋がらない絆を持つ人。 「でも、もしもがあるでしょう?そのもしもの事で、私も彼等も、悲しむのですよ?」 鈴の肩に、大きくも重くもないタオルケットをかけた。 「何があったかは、貴方が話すまで待ちますよ。でも、それで彼等に心配をかけてはいけませんよ?そんなつらそうに笑うならいっそのこと、全てを外に出した方が、貴方のためです。そして彼等のためにも・・・。」 隣に腰を下ろした良二は言う。 兄と同じように、隠し事が出来ない相手。今回、兄と再会したことは話していないが、きっと何か察して知っているのだろう。 自分がおかしいことはわかっている。彼等――蒼狐や朱呂達が不安定な思いを持っていることもわかっている。 まだ、頭と心の中の整理が終わっていない自分が悪いのだ。 もう少しで吹っ切れそうなのだが、そのもう少しがどうも吹っ切れない。 吹っ切ったとしても、その後どうなるかなんて、考えてもいないしわかりもしない。 黙りこんで沈んでいるとも思える鈴を見ていた良二はふと、ある唄を口ずさんだ。 ―お眠り。夢で会いましょう。行こう、あの場所へ。 ―あの中で会いましょう。外で会うように・・・。
よく、歌っていた唄。誰かが――母や兄、良二が歌っていた唄。 誰がつくったのかも、誰が歌いだしたのかも知らないが、幼い頃よく聞いた唄。
―ゆっくりと目を閉じて、もう一つの世界を見ましょ。 ―何が見える。何がそこにある。何が待っている。 ―おやすみ、今この時間は。おやすみ、明日も会うために。 ―魔法の粉が降ってくる。眠りの夢の世界へと行こう。
懐かしい思い出の唄。母や兄、良二はこの唄を気に入っていた鈴によく歌って聞かせて眠らせていた。だからこれがいつの間にか、子守唄代わりとなっていた。 子守唄として使われ、歌われてはいなかったのだが、鈴にとっては思い出がたくさんある懐かしい子守唄なのだ。 昔を思い出す。あの幼い頃の自分が、この庭でかけている姿が見えた気がした。 「・・・今はもう、それで眠らないと思うよ?」 「だけど、落ち着きはするでしょう?」 「・・・確かにそうだね。とくに、良兄が歌うのが一番好きだったな。静兄も母様も上手いけど、これだけは良兄には勝てなかったからね。」 「お褒め頂光栄ですよ、鈴様。」 主と仕える者の立場は、必要ない。あったとしても、なくしてしまおうと思う鈴。 良二のことを、使用人と思ったことは一度もなく、彼も鈴にとっては大切な兄なのだ。 「でも、ありがとう。うれしかった。しかも、久しぶりだし。」 「そうでしょうね。私も歌ったのは久しぶりですよ。」 いつの間にか戻る笑顔。その壊すにはおしい空間を彼等は暖かく微笑みを向けて見守っていた。 主の心からの笑顔が何よりもうれしいから。
鳴きもしない黒い鳥が、その和やかな光景を見ていた。感情も意思もなく、ただそこにいて、それを見ていた。 その鳥は本物ではなく作られた物で、瞳に映ったものを、別の場所へと映していた。 そう、兄の静が持つ小さな手鏡に、映っていた。 「・・・元気を取り戻したようで良かった・・・。」 今はまだ自分の目的の全ても、行ってきた事も知らない鈴を、愛しそうに見ていた。 「良二には感謝だな。蒼狐達にも・・・。」 静もまた、懐かしい子守唄を久しぶりに聞いた。だからか、懐かしいあの日の思い出が蘇ってくる。 「決意が鈍りそうだな。」 それでも、やらなければいけない事がある。誰かがやらなければいけない事。それを自分がやろうとしただけ。 このことを、心優しい鈴には荷が重い。だから、鈴が知る前に自分がやることにした。 「全てを知れば・・・。お前は俺を恨むか、鈴・・・。」 誰もいないその場所で今まで口にしなかった言葉が零れる。 懐かしい思い出のあの子守唄が、その言葉を言わせたのかもしれない。 「さて、そろそろ次のことに取り掛かるか・・・。」 静は鳥に戻るように命じ、次の行動に移す用意をした。 「・・・あと、もう少しだから・・・。まだ、知るな、鈴。」 静の祈るような言葉は、神には通じなかった。 静の思いとは裏腹に、すでに鈴も道をたどり始めていた。 もう、後戻りは許されない。そう、宣告されていたのかもしれない。 その事にまだ、鈴自信もそして良二や蒼狐達も気付いてはいない。だが、気付くのはもうすぐでもあった。
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