五章 静と鈴の過去話

 

 


 助かった輝屡を含めた幹部達は、鈴に近寄ってきて、お礼を言うが、鈴は何も答えずに、珠呂狐のもとへいく。

 無視されても、追いかけようとも、それ以上言葉をかけようともしなかった。いや、出来なかった。

 鈴が珠呂狐に手を伸ばした光景を見るものたちは、まるでそこが止まった絵の世界ではないかと思うような光景だった。

 命を助けた女神と女神に仕える神獣。穢れを知らない乙女。

 これ以上近寄るのはいけないと、本能が察知していたのだろう。

 鈴はすぐに呪を解き、蒼狐と朱呂を引き離して元に戻し、迎える。

「お疲れ様。」

「礼には及ばぬぞ。鈴殿のためにしたんじゃ。」

「そうですよ、鈴殿。」

他の者達が失いつつある、神の意思、力を尊重する鈴。

 最近では、自分が使役しているのだと、傲慢になるものが多く、誰も神の本質を見ようとしなくなっていた。

 それが、鈴には哀しかった。だから、滝輝を解放した。主の為に、適わぬ相手と知りながら戦った勇敢な神に、与えた自由と言う名の翼。

 静もまた、やり方は違えども、同じ事を目的にしている事はその点だけわかった気がする。

 罪を隠した愚か者の意味は、まだわからないが、同じように主の命を喰らって解放するのはよくないと思うから、止めようと思う。

 もし、他に違う目的があっても、神を解放したいという思いはあると確信できたから。

「帰ろう、あの家に。」

鈴が二人にいう。それに、二人は帰ろうと答える。

「幻真、あなたもお疲れ様。よく、耐えてくれたわ。おかげで、被害はなし。」

「それは良かった。」

囲むようにそこにあった茨のような紐は解けてゆき、最後に犬の姿が見えた。

「帰ろう。・・・お先に失礼しますね。この調子だと、中止でしょう?」

輝屡は頭を上下に動かして、うなずくだけ。鈴にはそれで充分だった。

 輝屡を含めた、そこに残った全員は、誰一人として動けずに鈴達が去っていくのを見ていた。

 動けるようになったのは、鈴が帰って一刻は経っていた頃。

 まるで、鈴の存在に囚われ、彼等の動きを封じられたかのように動けなかったのだ。

 

 


 家に帰った鈴は、真っ先に布団をしいて眠りについた。

 今日は余計とも言うほどの力を使った挙句、精神的にも疲れていたから。

 突然の再会をした静。行動を起こさず、憎いが消そうとは思わない奴等の消滅と、確信した没落。

 ただ、今は寝たかった。何も考えずに。

 まだ、頭が警告しているのだ。静が、最後に背中を見せた前に、していた会話が気になっていた。

 

 


 はらはらと、珍しく夏に粉雪が降っていた。

「これ、氷示が降らしたの?」

「そうだよ。」

無邪気な少女は兄の肩にとまっている、奇妙な生物を指差して問う。

「すごいね、氷示。でも、水乎だって、負けないよ?」

少女は自分の兄と同じように契約を交わした友人、水を司る神を呼んだ。

「水乎、貴方の魔法見せてあげて。」

それにうなずき、答える水乎。

 踊りながら、側にある池の水を空高く引き上げる。そして見せてくれるのは、様々な水でつくられた幻影。

「すごいね、水乎。鈴の愛情がなせる業だね。」

「でも、静兄様の方がもっと大きいでしょ?」

「すぐに、追いつくよ・・・。すぐに・・・。だから、今から用意をしないといけないのかもしれない・・・。」

何か、深刻なことを考えていることがわかった。止めないと、二度と会えないような気もした。

「お兄ちゃんは、しばらく出かけないといけないんだ。」

「どうして?」

「やらないと、いけないことがあるからだよ。」

「じゃぁ、いつ、帰ってくる?」

「わからない。一年は確実に帰ってこないね。」

それを聞くと、行かないでと強い力で服をつかむ鈴。

 一人になってしまう予感を。そんな悪い予感を、鈴は感じ取ったからだ。

「置いて行かないで。鈴を、一人にしないで。」

「母さんも父さんもいるだろう?」

「でも、でも、静兄ちゃんがいないよ。」

両親より、静と一緒にいることが多かった鈴にとって、静は育ての親。

物知りで、多くのことを教えてくれた、優しい兄。

 そんな兄と離れるなんて、考えられなかった。

「でも、駄目なんだ・・・。よく聞いて、鈴。
お兄ちゃんはこれから、やらなければいけないことをするんだよ。
お兄ちゃんがしないと、誰もしないから。
それに、お兄ちゃんや・・・そうだな、鈴は気付いているかもしれないね。
でも、他の人は誰も気付かないんだ。間違っている事に。
罪を重ねて、それを隠して欲望を第一に考える人達は、まったく気付かないんだよ。
欲望も暴走したら駄目なんだけど、気付かないんだよ。
だから、止めるために、行かないといけないんだ。」

静は鈴の手を離して立ち上がった。

「じゃぁ、終わったら帰ってきてくれるの?」

「ああ、終わったらね・・・。でも、そのとき・・・。もう会えないかもしれないけどね・・・。」

鈴に背を向けて歩き出す静。

「待って。置いて行かないで。鈴も一緒に、連れてって。」

だけど、静は足を止めない。涙が零れ落ちる鈴。

 視界がぼやけて兄の姿がまともに見れない。

 だから、気付かなかった。静もまた一粒の涙をこぼした事を、鈴は知らなかった。転んだせいで、気がそちらに向いていたから。

「置いて行かないで。静兄ちゃん!」

必死で立ち上がって追いかけようとした鈴。風に運ばれて届く、兄の最後の言葉・・・。

 


「・・・が・・・・・たら、鈴、・・・・・する・・か・・・?」

 


 はっと、目が覚めて起き上がる。

「夢・・・か・・・。」

懐かしい、あの日の夢。静兄にあったからだろうか。最近、ほとんど夢に見なかった夢を久々に見た。

「お父さんもお母さんもいなくなって、一人になったよ。どうしたらいいの。今は一人なんだよ、静兄・・・。」

その声は、屋敷にいる神達だけに聞こえた。屋敷の使用人達はいろいろ知りながらも、鈴の本当の思いだけは知らずにいた。

「そういえばあの時、静兄は何を言いたかったの・・・?」

今まで忘れていたが、あの言葉だけは夢でも思い出せない。

「蒼狐、いるんでしょ?」

「ここに・・・。」

「私のことは大丈夫だから。きっと、何かあるのなら、覚悟は出来ているから。今までと変わらず私と共にあり、前へ進んでくれる?」

その問いに、あたりまえじゃろうと答える蒼狐。いつの間にか、朱呂や幻真、杜堵に水乎までもいた。

「我等は忘れられ、存在が消えようとしていた。それを繋ぎとめてくれた鈴殿を、決して裏切りはしない。」

「私も、そのときは命に代えて、皆を守るよ。」

「わしもだ。」

「静様であろうと、ワラワは鈴殿のためにあるのじゃよ?」

「・・・ありがとう。」

慕ってくれる神。それは鈴が優しくて、暖かい心を持っていたから。

名を付けて呼んでくれたから、今ここにいられる。そんな神の集まり。

だからこそ、そんな鈴のために働く神達。

「・・・夜が明けるまでもう少しあるから、今日は久しぶりに皆で寝ようよ。」

皆で一緒に。あの日と同じように・・・。

 他にいた神達はそんな鈴達をみて、微笑んでいたという。

 久しぶりに見た、鈴の安らかな寝顔。それを見れたのが、彼等にとって最高の休息でもあった。