三章 九尾の狐、玖緒

 

 


 静まり返っていた宴の場は、だんだんとざわつき始めた。

よからぬ乱入者がいたことに驚きが隠せない事と、彼は失踪し死んだと噂されていたので、いったいどうなっているのかと、知り合いたちは話し出したのだ。

 真っ先に動いたのは、鈴ではなく、宴の幹部達。これ以上宴を邪魔されるのも、余計な事を話されるのも困るのだ。

 どんな術者や能力者、そして半獣や霊だとしても、幹部という権力を手に入れたら、そこから離れたくなるのは、人と同じ。

「今すぐ立ち去れ!この恥さらし者めが!」

総責任者が亡くなった事に関しては、誰も同様を見せない。次に偉い彼、奇屡が静に向かって叫ぶ。だが、静はいたって平常に、そんなに声をあげなくても聞こえると、言い返す。

それが、さらに奇屡を怒らせるには充分で、彼は静のことをはじめから消してしまいたいと思っていたので、術で追い返そうとした。だが、それは静には無意味で、己の命を縮めるものでしかなかった。

「陰陽などで、返す術があるように、こういったものでも、返す事は可能なのですよ。とくに、私のような自己流の相手は、何を隠し持っているか、知らないと命取りですよ・・・。」

と、静は術を跳ね返したのだった。それも綺麗に、術者にそれ相応以上の力を持つて。

 ぼーっと見ていた鈴は、隣で蒼狐達が必死で名前を呼んでくれていることに気付き、我を取り戻した。

「ごめん。」

「でも、無理はない。まさか、あれが生きていたと言う事だけでなく、敵にまわったとなればな。」

「そうじゃ。我等かて、驚いておるぞ。・・・とくに、以前よりはるかに力をつけているあやつを見てな・・・。」

 何か思う事があるのか、険しい表情で静を見る三人。何かあることは察したが、鈴にはわからない。

 もしかすると、介入する必要のないことなのかもしれない。

 怪我を負った奇屡を慌てて開放する幹部の治療者、扉流。

「だから、言ったでしょう。あなた方は愚か者だと。」

攻撃を仕掛けようとする静と、ふと目があった鈴。

「・・・お前も、ここにいたのか?」

「・・・やっぱり、静兄なんだね・・・。」

やっと果たせた再会、そして会話。だがそれは、お互いあまりうれしい再会でも会話でもなかった。

 先に静が動き、鈴の前まできた。

「・・・大きくなったんだな・・・。」

懐かしむ、鈴の知っている兄の顔。髪にふれ、優しい目で見る兄。

 だが、兄はすぐに離れ、幹部達の方を向き直った。

「鈴がいるのが予定外だが、予定通り進ませてもらうよ・・・。」

静は名を呼ぶ。己が契約し、使役する神の名を。

「時間がきた。行くよ、玖緒。」

現れたのは、蒼狐と同じ白い毛並みに蒼い瞳の狐。唯一違うのは、尾の数だった。

 蒼狐は七尾だが、玖緒は九尾。力の差は歴然としている。狐は尾の数、毛の色、目の色で階級が変わる。尾では、九尾が最高階級。毛の色は白が最高階級。そして、瞳は金色が最高階級。

 玖尾は白い毛で九つの尾を持つ。そして、守備の際には第二階級の月のような銀の瞳で、攻撃態勢に入ったときは、太陽のように輝く金の瞳を持っている。

現在、狐の頂点に立つとされる狐神だった。

「契約に従い、参った。」

「さぁ、愚か者達よ。己の隠した罪を今、悔い改めるがいい。」

静は玖緒に命令を下す。幹部達十数名の魂を残らず喰らうようにと。

 それを聞いた幹部達や宴の招待客は顔色を変えた。静はいつでも本気で、言ったことは全て実行する男なのだ。

 自分の言ったこと、起こした行動には全て己が責任を取る。静はそういった男。つまり、今回もその行動通り行われるだろう。

「や、やめろ!」

「に、逃げろ、逃げるんだ!」

招待客達も、逃げる。巻添えをくらいたくないから。

 最高位の狐の神は認めた主に絶対の信頼を持ち、契約を果たそうとする。つまり、下された命令を必ず実行する。そう、誰もが恐れる最高位の神々の内一人が今、人の魂を喰らおうと一歩ずつ近づいてくるのだ。

 それぞれ動物や植物といった自然の中にある神々は、いつも人のそばにいて守ってくれる。そして、友達として信頼を得る事もできる。

 最高位の神は同じ同属同種のものをまとめるもので、下のものでは適わない。

 つまり、ここには誰も最高位の神を持たないのだから、誰にも止める事は出来ない。

 それは、下された命令にあたる幹部達にとって、死を意味する。

「罪を罪と思わず、欲望にはしる者達よ。神々からの裁きを受け、無へと返るがよい。何も無き、無の世界へ。」

その言葉を放たれたと思ったら、目にも留まらぬ速さで玖緒は駆け抜け、視界で捉えられたときには、すでに八人もの魂が喰われた後であった。

 

 


 まるで、天国から地獄へとかわった宴。烏の言うとおり、主は怒っているのかもしれない。あの烏が静のものならば。

 呪を返した鈴やかけられた幻真ではなく、ここにいる上に立つ権力者達を。

 なんとか、復活した奇屡はこれ以上静の好きにはさせないと、わかりきっている勝敗覚悟の上で、自分の使役神を呼び出した。

「滝輝、奴を始末しろ。」

滝輝は命令どおり、玖緒の前に立ちはだかる。

 このままでは、消滅されるのは時間の問題。それでも、絶対の契約者の命令を遂行する。

「朱呂、蒼狐・・・。」

「わかっておる。」

「お望みのままに・・・。」

「ありがとう・・・。やるよ。」

覚悟を決める。

誰が正しいのかは知らないし、彼等が何かしらの罪があるとしても、みすみす消されようとしているものを見過ごす事などできない。

 そんなことは、静にもわかっている。だからこそ、予定外だったのだ。ここに鈴がいることが。

 幻真は大人しく鈴の後ろに座っている。これから起こること。そして、鈴を反動から守るという事がわかっているから。

 鈴は朱呂と蒼狐の簡単な封印を解いた。存在しやすいようにと、小さな獣の姿でいるようにしていた呪解き、本来の姿に戻した。

 二人は幻真より階級が高い神で、力も強い。

 そんな二人を、これから一つにし、玖緒に対決するのだ。

「神よ、聞き入れよ。神よ、見届けよ。神よ、我名のもと、力を貸し、仮の神々の魂を一つとし、立ちはだかるものを裁く力を与えよ。」

鈴の言葉を繰り返し、朱呂と蒼狐は言う。

「神を一つに。我等が自然の流れを保つ為、力を貸し与えたまえ。」

朱呂と蒼狐の輪郭がぼやけていく。そして、二人は一つとなり、そこには朱い大きな翼を広げた、白い毛並みの七尾を持つ、左右それぞれ蒼と朱の瞳を持つ獣がいた。

 それはちょうど、滝輝が倒れたときだった。