| 一章 始まりを告げる烏
世紀末は毎年と同じように通り過ぎ、二千年と言う新しい世紀に入った。 新しい世紀だからといって、去年やその前と変わることはあまりない。ほとんど、似たり寄ったりだ。 人々もあいかわらずなのだが、ここに珍しく、古く、いかにもしきたりがたくさんあって、かたそうな主がいる印象を受ける屋敷があった。 入り口の門には『神柳』とかかれた札がさがっている。 見た目は本当に立派で、何百年と続いてきたのだと思わせる風格。なのだが、それを裏切るような屋敷だった。 ご近所からは、この屋敷を奇妙な屋敷だと誰もがいう。 その理由は、たびたびおかしな声が聞こえてきたり、怪しげな光が漂っていたり、挙句の果てには、狐や犬のような獣と遭遇したと証言するものもいた。 つまり、人々からは化け物屋敷と呼ばれていた。 だが、あまり人々は騒ぎを大きくするように噂を広めはしなかった。 理由は、ここの主がまだ十代の若い女主人だったからだ。他には、この広さに似合わず使用人が数名。 なので、その歳で主として家を継ぐのは大変だと思う近所の気持ちだ。それに、笑顔の似合う彼女がおそろしいものと共にいるなど、彼等には思えないので、誰もがきっと見間違いだと言い聞かせたせいもある。 だいたい、この世の中でそんな奇妙なことを、現代人が認められるはずがないのだ。
そんな噂を知ってかしらずか、のんきに暮らす主の鈴や少数の使用人達。そして、多くの神達。 「鈴殿―。」 だが、平和は突然崩れるもの。七つの尾を持つ狐の神、蒼狐が慌てて主の鈴を呼びに来た。今は邪魔にならぬよう、小さいサイズの狐になっていた。 「どうした?そんなに慌てて。」 「大変なのじゃ。犬神幻真殿が怪我をして戻ってきたのじゃ。」 「何?それ本当?」 それは大変と、先ほどまでの笑顔が消える鈴。 「本当じゃ。じゃから、急いで来てほしいのじゃ。」 こっちじゃと、部屋から飛び出す狐。それを追いかける鈴。 向かった先にある部屋につくと、そこには風神の堵杜と、怪我をして弱っているのか、人の姿をとらず獣の姿に戻っている幻真がいた。 「傷はどういったもの?」 「癒しの風で少々破損を抑えているのですが・・・。」 悪くなる一方だと続けた。 確かに、見た目の出血や怪我は治そうと思えばすぐになおせる。だが、その怪我以上に幻真は苦しんでいたのだ。 「・・・つまり、中からの傷というわけね・・・。」 目を細め、見極める鈴。そして、一瞬見えたものにやはり、とつぶやく。 幻真の中にいるもの。それは中から命を食らう蟲だった。 何者かの呪によって創られた蟲が幻真に寄生し、中を食い荒らしているのだ。 「蒼狐、悪いけど朱呂を呼んできてくれる?」 朱呂は火鳥の神のことで、幻真の中でうごめくものを焼き斬るのにもってこいなのだ。 「わかった、待っておれ。」 蒼狐が姿を消したのを確認すると、鈴は新たな頼みを堵杜に頼んだ。 「堵杜、悪いけど、必要なもの、持って来てくれない?」 二人はそれぞれ急いで目的の場所へ行き、頼まれれたものを持ってくる。 「呼んできたぞ。」 現れた蒼狐と火鳥の朱呂。 「只今、参った。鈴殿、すぐに力を貸し与えよう。」 すでに、状況を知っているようでありがたかった。 「わしは邪魔が入らぬよう、外で見張っておる。」 「ありがとう。二人とも頼むね。堵杜も悪いけど外に出ていて。」 「御意」 三人は同時に答え、鈴の指示に従う。 「すぐに、楽にしてあげるから・・・。」 苦しむ幻真の頭を優しくなでてやり、意識をこれからのことへ向け、先ほど以上に真剣になって立ち上がった。 先ほどまでの少女の面影は何処にも残っていない。
幻真の周りに火をたき、朱呂を側に待機させ、儀式をはじめようとする。 「我、封じし力、契約神犬神幻真の中で喰らい、蠢く蟲を滅するため。今、開放せよ。」 そばに控えていた朱呂が少し前へ動き、鈴が伸ばした手に朱い炎のような翼をふわりと乗せる。 朱呂の体はみるみるうちに形を変え、鈴の手の中で細身の朱い剣となった。 それを、鈴は高く振り上げた。 「神を切り、蟲を絶つ。呪は無に還せ。」 「我浄化の炎の刃をうけ、無に還れ。」 鈴の言葉に続けて朱呂は言い、高く振り上げられていた剣は幻真に切りかかった。 だが、幻真が斬られることはなく、中にいた黒いうごめくものが、声にならないような奇妙な悲鳴をあげて飛び散って消えた。 あれが、幻真の体を蝕んでいた蟲。 「もう、大丈夫だよ、幻真・・・。」 優しく包み込むように抱きこんだ鈴。やっと苦しみから解放されて安らかに寝息を立てて眠る幻真。 儀式が終わったことを知った蒼狐と堵杜は中に入ってきて、主の無事を確認し、ほっとする。 朱呂もいつの間にかもとの姿に戻っていた。
やっと元の平和な日々に戻ったと思えたが、本当の平和はまだ先のようだった。 「くわくわー、くわー。」 バサバサッと羽音を立てて、奇妙な鳴き声を響かせて、部屋に一羽の烏が入ってきた。 「くわー、なんてことをしてくれた。」 烏はしゃべった。狂いながら、そこにいた全員に聞こえるような、大きな声でしゃべった。 「くわー、くわー。主様怒ったよ。大変だよ。消されるよ。」 烏は部屋の中を旋回し、しゃべり続ける。 「くわくわー、怒った怒った。主様怒った。怖いぞ怖いぞ。明日の宴は大変だ。来るなよ来るな。来ても黙れ。さもないと、主様に見つかって、消されるよ。明日は主様も宴にいくよ。あー大変、くわー。」 烏は一気にそれだけしゃべり、どこかに飛んでいった。
部屋に残った奇妙な烏の声の余韻。何かの始まりを告げるかのように、狂い残した言葉。 「・・・明日の宴・・・。年に一度、集まる日・・・。」 きっと、何かが起こるだろう。誰もがそう思った。
そして、その予想通り、事件は起こったのだった。 |