神様の暇潰し

 

 

ここには、一つの世界が存在している。

言い方が多少可笑しな感じもするが、ここにいる当人達にとっては、ここに存在しているという言葉は間違いではない。

「ちょっとぐらい仕事して下さいよ。」

「何だ。別にいいだろ。どうせ、これを見てるだけ。『神様』は平等である為に決して眼の前で何が起ころうとも手を出してはいけないというルールを破るな。それだけの役目を『私』に与えておいて、することもないのだから暇に決まってるだろ。」

どうせ、誰も神なんて信じない。実際、神様なんてものは確かに『存在』はしているが、決して助けてくれることはないのだから。手を出してはいけないというルールを創られている限り、それは変わらない事実として在り続ける。

「とりあえず、暇だ。だから、別に見ていても見ていなくても一緒だ。結局、…あそこで殺されそうになっている女も、騙されてこの先自殺するだろう男も、誘拐される子どもも、何一つ『私』が関わることは許されていないのだからさ。」

其れは事実だが、あくまでここにいてこの世界の出来事を全て眼を通して歴史を記憶する、それが神様の仕事であり、記憶した結晶を保管し、管理するのが『僕』の仕事なので、さぼられてはこちらとしても困るのだ。

「それに、お前もまた、反応がほとんどなくて面白くない。」

とりあえず、暇なんだよと言う神様に、ここで二人で過ごすようになって数えるのも面倒な程の回数になった溜め息をつく。

 

 

 

 

 

〜迷子を捜す方法

 

「さぁ、いこうじゃないか。」

そう言って差し出された手。どうしてか、その手を取ってしまった。

そして、結果的に望みは叶った。だが、結局望んだ再会は訪れることはなかった。

今思うと、彼女はそれを知っていたのだろう。だから、何度かそこまで『捜す必要があるのか』と聞いてきたのだろう。

遠まわしに、見つけないまま、逢えないままでいた方が良かったのかもしれない。

けれど、やっぱり彼女には感謝している。

結果は望んだ形ではなかったが、やっぱり、逢いたかったという感情は決して消えないのだから。

逢えたという事実が、次への力となって、きっともう一度、どれだけ時間がかかろうとも逢えるのじゃないかと思えるから。

じゃないと、いつまでもここでお互い迷子のままでいれば、そのいつかすら訪れることはないのだから。

 

 

 

事の始まりは、『神様』の突然の行動から始まった。

「暇だ。どうせ見ているだけなら、近くで見た方がきっと面白い。」

だから、ちょっと世界の『中』から見学してくる。そう言って、その場から世界の中に神様は飛んでいった。

突然の事で言葉もなく、つい止めるのが遅くなり、しまったと思っても後の祭りだ。

「仕方ないか…。」

あくまでも、『僕』の仕事は『神様』の記憶を管理することなのだから。

場所がどこであれ、記憶する対象が世界であり、それを見るだけであれば、ここでなくてもいいのも事実だ。

だから、着いて行くことにしたのだが、まさか関わってはいけないというルールに触れそうになる事態になるとは思わなかった。

すぐに追いかけたから、すぐに神様は見つかったのだが、呼ぼうとして、振り返った神様は怒って、ここでは『しいな』と呼べと低い声で言った。滅多に見ない神様の無駄に本気な状態に、つい頷いてしまい、それを見て満足そうに笑みを浮かべ、『お前は『しき』で弟という設定な』と勝手に言って前を歩きだした。

まぁ、実際仕事さえしているのであれば問題はないので、そのまま付き合うことにした僕は姉弟という設定らしいので、いつもならありえないことだが、『彼女』の隣を歩いた。

「それにしても、面白いな。あそこから見るより、実際眼にする方が面白い。」

これからもこうした方が楽しいな。あと数百年は退屈が紛れそうだ。そういう彼女は、どうやらしばらくは世界を歩き回ることを決めてしまったようだ。つまり、彼女が暴走しないように、僕はこれからも付き合うことになりそうだ。

せっかくだから、人通りの少ないこの住宅街より、街中を歩く方が楽しそうだなと言いだした彼女は、向こうにあったなと目的を決める。

現在、平日の昼前で、大抵の人間は学校か仕事、家庭で用事をしているようで、本当に人が通らない。観察する為に出てきた彼女がそれでは面白くないのはわかるが、あまり目立つことをするべきではないのに、わざわざ人目につく場所で出歩こうとする根性は、少々控えて頂きたいものだ。

だが、そんなことで控えるようならば、ここに出て来ること自体、しなかっただろう。考えるだけ、僕には結局無駄なことで、彼女の暴走は止まることはないだろう。

「あの、先に聴いておきたいのですが。」

「ん?何だ?」

話しかければ、一応足を止めてこちらを見た彼女。

「あくまで、『ルール』は破らないで下さいよ?」

「…ああ、そこは大丈夫だ。」

自信満々に彼女はそういったが、不安はまったく消えなかった。間違いなく、ひっかきまわす気だ。だって、かなり楽しそうに彼女が笑みを浮かべていたから。

こんな笑み何百年も遠い昔に一度だけ、それも、普通の人間からすれば、うれしくも楽しくもない状況で、だ。

まぁ、この人が普通と感覚が違っているのは今更の問題で、人間ではないのだから仕方ないのかもしれないけれど。

絶対に、何かやりそうだなと思いながら、本当に危ない時だけは無理だとしても全力で止めようと決意した。

 

 

 

元々、大きな街ではないので、店が立ち並ぶ大通りも、そこまで賑やかというわけではない。だが、眼の前で動いている人間の姿に、とりあえず満足そうに歩く彼女に、このまま今日が終わって戻れたらいいなと考えていたら、急に彼女が横道にそれた。

何をしでかす気だと、慌てて追い駆けると、横道を抜けると人通りの少ない道があり、その先に広い公園があった。

彼女が何に惹かれて、わざわざ人通りを外れて人気のないこの場所へ来たのかわからないが、そのまま黙ってついていくと、彼女はふと足を止めた。

「そんなとこで、何してるんだ。」

止める間もなく、彼女は関わってはいけないはずなのに、そこにいる『人間』に声をかけていた。

さすがに驚いて、止めようと言葉を発しようとしたが、すぐに人間がこちらを見た為に口を閉ざした。余計な事を、人間に聴かれても知られても、存在を認識されても困るからだ。

こんな成りであっても、彼女は『神様』なのだ。きっと、無茶だけはしないだろう。…無茶はしないと信じたい。そう思って、黙っていることにした。

だって、『神様』はルールを破ると消えてしまうのだ。だから、決してこの世界に手を出さないし、見ているだけという行為が義務付けられる。そして、ある意味でそれこそが『神様』がこの世界から唯一の外の存在であるが為の代償なのだろう。

結局、それは一人きりでただそこにいなければいけないという、通常考えればおかしなことであるが。

でも、よくよく考えたら、彼女は消えるのもまた面白いというかもしれない。そういう人だから。

「そうか。迷ったのか。」

なら、どこへ行きたいんだと聞くと、口を閉ざすその少女に、わからないから迷子なんじゃないんですかと口をはさむとそれもそうだなと気楽な返事が返ってきた。

「あの、僕…迷子というよりも、迷子を捜してるんです。」

「成程。それで、その迷子をどうしても見つけたいのか?」

「はい。僕はどうしても逢わなくてはいけないんです。」

とまどいがちに口を開いた少女が言うには、自分とは別の迷子を捜してほしいとのことだった。

面白がった彼女が迷子探しを始めると言いだし、きっと止めることはできそうにない僕は付き合うことにした。決してルールに触れないように注意をして、この迷子の捜す迷子を見つける手伝いをすることにした。

手伝うといっても、三人で適当に歩くだけ。こんなことで見つかるとは到底思いはしないが、楽しく会話をする二人を見ていると、これはこれでいいのかもしれない。

余計にややこしいことに首を突っ込んで暴れられるよりは、断然おとなしい今の方がいいにきまっている。

そうやって、一日が終わろうとしていた時だった。

何度目かの、彼女の問いかけ。何度も今日一日で繰り返された、少女に対する質問。

「本当に捜す必要があるのか?会わなくてはいけないのか?」

「逢わないと…言えないから。お礼、言えないままなのは嫌だから。」

「そうか。なら、言ってくればいい。あそこでそいつもずっと待ってる。」

さぁいこう。そう言って引っ張られた先にいたのは、少女が探していた相手だった。

その瞬間、少女も思い出す。少女の現状、相手の現状。そして、やっと言えるお礼。

「ありがとう。助けようとしてくれて。そして、ごめんなさい。結局…私だけじゃなくて貴方も死なせてしまった。」

何度かあった相手。お互い惹かれる思いがあったが、結局口にはしなかった。

けれど、あの日々が嘘ではないのなら、お礼をいいたかった。

「大好きだった。あの些細な日々が、貴方と出逢えて、私は好きになる気持ちを知った。」

だから、ありがとう。もう、会えないかもしれないけれど、短い時間の中であったけど、幸せだった。そう彼に言って少女は消えた。

相手も、寂しそうな顔をしてはいたが、最後には笑顔を見せ、少女に言った。ありがとう、と。

「最初から、わかってたんですか?」

「まぁな。私は神様だ。この世界において、生きている人間とそうでない人間の区別位、できるに決まってるだろう。」

自信満々に言う彼女は、今日の出会いと別れを見ても、楽しそうだった。

「本当に面白いものだな。死んでも、思う。だから、面白い。」

死んだ後には何も残らないはずなのに、こうやって必死になるのが面白い。彼女はそう言った。

本当に、彼女は神様で、そういう感覚はずれているのだろう。普通なら…いや、それもきっと感覚は人それぞれで普通なんてものに区切られるものはないのかもしれない。

ただ、わかるのは、気まぐれな神によって一人の少女の想いが繋がった。本人にその気がなかったにしろ、結果的にこの世界の一つの命が救われたのだろう。

「さて、帰るか。久しぶりに歩いたら疲れた。寝るぞ!」

気楽な神様は今日も自由だ。それが彼女のいいところなのだろうが、こういうルールぎりぎりのひやひやする思いは当分したくないなと思った。