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眼が覚め、気付いた時。自分は暗く、見覚えのないところにいた。 ここが一体何処であったかと、考えながら体を起こそうとしたが、体中に痛みが走り、そのまま再び地面に倒れこんだ。 そのことによって、ようやく自分がどうしてここにいて、こんなに痛いのかを理解した。 ここは『死神の森』と呼ばれる、人があまり近づこうとしない森の中の、しかも途中にある深いがけの下だ。 まるで、何か獲物が落ちるのを待つかのように、静かにひっそりと息を潜めて森の中に存在する、普通の人が落ちたなら、まず助からないほどの深さのあるがけだ。 そこに、自分は今いるのだ。 油断して、後ろから押されて落ちたのだ・・・。
配達人にとって必要な事 〜森の守護者達
暗いといっても上は空で、森の木々がないので、うっすらと光が入る。 ラーティンスは周りを見て自分の仕事用の鞄がないか見た。 いつも、配達用の手紙や荷物以外にも、いろいろと対応できるように前もって準備して備えているのだ。 さすがに、この痛みを少しどうにかしたいので、薬草や調合水を使って痛みをどうにかしようと考えたのだ。 鞄は、少し離れた地面から生えるように存在を主張している小さめの岩山の上にひっかかっていた。 ラーティンスは体が重たく、言うことをきいてくれないが、このままいても何も変わらないので、体に力を入れて、足に力を入れて、立ち上がった。 そして、残っている力で地面を足で軽く蹴って、必死に残っている魔力をかき集めて靴についている羽をつかい、岩の上に飛び、崩れ落ちるような体制ながらも、鞄をつかんだ。 その後は重力に素直に従って、下に落ちる。 「まったく、ヘマ・・・しちゃったなぁ・・・。」 そういいながら、鞄の中から薬草と合成水を取り出して、治癒魔法で簡単な措置と治療を施し、今度はしっかりとそこに立った。 「そういえば、・・・エル・・・どこいったんだろ・・・?」 気がつけば相棒はそばにいない。 まだ、動くには少々無理があるらしく、息がすぐにあがるが、もし落ちるまでは一緒で、下に来るまでにはぐれたのなら、探さないといけないだろう。 ラーティンスは辺りを見渡し、誰か、何かいないかどうか、気配を探った。だが、あたりは静まりかえり、闇が続くだけで何もなかった。 「・・・どのあたりか、わからないとさすがにきついなぁ・・・。」 力が使えないので、どの辺りにいるかを探る事もできない。 本当に、珍しくヘマをしてしまったものだ。きっと、長や心配性のキャリーシャやなんだかんだ言っても心配するリアルド。皆心配しているだろう。 いくら、今日は帰れないと連絡を入れているとしても、このままでは朝が来たとしても戻れないだろう。もしかすると、すでに一夜が明けてしまっているかもしれない。 「・・・困ったなぁ・・・。」 そういいながら、ラーティンスは続く闇の方へ向かって叫んだ。 「エルー、エルー、どこー?!いるなら返事してー!」 聞こえるなら、自分の呼びかけに答えてほしい。 だが、何の気配もないそこには呼びかけに答える気配もない。 「やっぱり、上に戻らないと何にもならないのかねぇ?」 だが、当分魔力は使えそうにないので、羽を使ってがけの上に上がる事はできない。 ラーティンスは本当に困ってしまった。 さて、どうしようかと考えながら、とにかく登れそうな場所がないか、歩いてみることにした。 ここには、何も気配を感じないからだ。 つまり、誰かが落ちたなら。そしてもし、上に戻れなかったら。体が壊れて死を迎えた場合、行き場を彷徨う魂が一つ二つあってもおかしくはない。とくに、この死神の森は普段人が近づかないことから、罪を犯した罪人が隠れている事もあり、そんな行き場を失い人々から眼を盗んで過ごそうとするものの場合、助けは絶対にないので、ここで行き耐えるだろう。 それなのに、ここは闇があるだけど、そういったどろどろとした人の感情は何もない。 おかしく思えるほど、何もないのだ。ただ、日の光が届かなくて暗いだけの、切り離されてしまった空間のように何もない。 考えようによっては、どこかにねじれた空間のひずみがあって落ちてしまったのかもしれないが、何らかの方法で上へ戻れるのかもしれない。 いろいろ推測を立てて、ラーティンスは闇の中を進んだ。 しばらく進んでも何も変わらない。自分ただ一人、ここにいるという感覚。 さすがに困るラーティンスはゆっくりとこうなった経緯を思い出した。何処で相棒と逸れたかも、ゆっくりとあったことを思い出して、無事ならそれでいいし、危ないのなら、早くみつけないといけないから。 大切な相棒を、失いたくはなかった。
「のわ?!」 何かが背中にぶつかった。 「報告入れてきたよー。」 背中にぶつかったものは相棒のエルシャンドだった。 「長は何て?」 「根を詰め過ぎるなって。頑張るのは自由だから、頑張れって。」 「まったく、心配性だよね、長は。」 空を見上げながら、苦笑して今日帰らないという報告を聞いている姿が眼に浮かぶ。 「さて、森へいって、探しますか?」 「はやく行こうよ。夜は絶対危ないから。」 「わかってるよ。」 そういって、二人は『死神の森』目指して飛んでいった。届けるように依頼された、お嬢さんを探す為に、二人は向かった。 「うわっ、本当に暗いや。」 ラーティンスは森の中に降り立って、感想を漏らす。 木々が生い茂り、日が地上に届きにくくなっている。そのため、ラーティンスとエルシャンドのいる場所にはあまり日が届かない。 「聴いた通りだよ〜。罪人が隠れてたらどうするの〜?」 「大丈夫だって。たぶん。」 「何?!そのたぶんって何?!」 やっぱり帰りたいといいだすエルシャンド。それを苦笑しながらなだめるラーティンスは、何気に言葉とは裏腹に森の奥へと進んでいた。 エルシャンドが再びはやく仕事を終わらせると意気込んだときには、森の中央にまるで獲物がかかるのを待ち構えるような深い大きな穴といわれる崖が口を開いていた。 「ちょっと、いつの間に?!」 「うーん、いつの間にだろう?エルと話している間にかな?」 「かなって、わかってたのー?!」 この森には不釣合いな賑やかな会話。それを茂みの影から見ているものがいた。 何を思ったのか、茂みに隠れていたものは素早く出てきて二人に向かってくる。 直前で気配に気付いたラーティンスは振り返って応戦しようとしたが、足場がすべり、背後には深い暗闇が待っていた。 ラーティンスは自分に捕まったまま震えているエルをつかんで森の茂みの方へ投げた。 軽いからだは宙に弧を描いて飛んでいった。その反動もあってか、ラーティンスは重力にしたがって下へと落ちていった。 最後に、かけつけた相手の仲間が見えた気がした。 それは、顔が引きつって、ラーティンスを襲った相手を咎めようとする女。彼女こそ、探していた相手だった。 そこから、ラーティンスの記憶は途切れている。 思い出してわかったことは、エルシャンドはこの上にいるということ。
時間は少し戻る。 「私は追い返してと言っただけよ。落としたら駄目じゃないっ!」 「それは・・・。」 「すまぬ。」 わかっていたから、追い返すつもりでいた。どうせ、彼女を連れ戻せと命令を受けた者だとわかっていたから。 それなのに、この下に落としてしまった。落ちたら最後、生きて戻ってくるものはいないと言われているこの穴の下に。 どうして誰も生きて帰ってこないかはわからない。崖が高いだけが理由ではない。 たまに聞こえる唸り声から、この下には何かがいるのだろうと推測ができ、それが落ちた者を喰らっているのだろうと考えていた。 だから、今落ちたあの少年も助からない可能性が高い。 「そう言えば。あの者、何かを投げたな。」 「そう言えばそうだな。」 「え、そうなの?」 女は慌てて二人が指差した先へと向かった。 そこには、背中を撃ったらしく、翼の付け根から血を流して、こちらを警戒して睨む小さな竜がいた。そう、エルシャンドだ。 「貴方は?」 「・・・。」 「私は手当てがしたいだけなの。おいで・・・?」 だけど、エルシャンドは彼女の側へ近づこうとしなかった。それは、彼女の背後にあの二人がいたからだ。大切な、自分の居場所をくれたラーティンスを落とした原因がいるのだ。 だから、近づくようなことはしない。 今のエルシャンドにとっては、彼女も敵だ。たとえ、『届けて欲しい』と頼まれたことであっても。 「困ったわね。」 無理やり近づいて捕まえてもいいが、無理をすればエルシャンドの状態が悪化する事はわかりきっていた。 だから、困ったのだ。 そこへ、別の何かが舞い降りた。 「・・・何をしている。」 「あ、デッド。」 振り返った女は相手の名前を呟いた。 「・・・彼女を連れ戻すように族長から言われたであろう者を追い返そうとして、あそこから落としてしまった。」 「何?!」 まだ、自分達の目で落ちて助かった者は見た事がなかった。だから、確率としては助からないというのがすぐにわかる。 「で、そいつが、その相棒か・・・。」 と、男は女の側に近づき、エルシャンドの姿を確認して驚く。 「異端竜か・・・。」 その言葉にさらにエルシャンドが威嚇する。 「悪い。別に悪い意味で言ったわけじゃない。ただ、お前の相棒が誰かわかっただけだ。」 「そうなの?」 女の問いに男は答える。落ちたのは、配達屋の一人だと。 自分達も、たまに世話になる配達屋。つまり、ミルディアドと顔見知りなのだ。 「お前まで何かあったら、怒られてしまう。それに、もし助かったら、そいつもお前の怪我を気にする。手当てがしたいから、来てくれ。」 男の言葉に、少し考えてエルシャンドは男のもとへ進んだ。ラーティンスが悲しむのは嫌だから。 「大丈夫。お前の手当てをしてから、探してやるから。・・・一度、帰るぞ。」 男の言葉に従う二人。そして頷く女。 向かう先は、鳳焔族の住処。死神の森と呼ばれるこの場所に、ひっそりとあるのだ。あまり、人は知らないが。 |