|
鯉は滝を登って竜になった その伝説から、伝説の地となった場所ではこの日を竜のように子供が強く育つようにと言う願いを込め、こどもの日と名づけ、『こいのぼり』や五月人形を飾るという習慣があった。
そんな話を、いつだったか聞いた。
そしてはじめて、配達先へ向かう途中に見かけたのだった。 その空を泳ぐ『こいのぼり』を。
竜の些細な願い
今日は珍しく、『外』への配達があった。 「おお、ここはじめてじゃない?」 いつも外への配達はラーティンスが担当しているのだが、たまには『外』を知っておくに越した事がないと、ミルディアドの判断から、ラーティンスの付き添いでキャリーシャは一緒に『外』の配達へ行く事になった。 「ここははじめてじゃないよ。よく、宛先を見て?」 そういわれて、キャリーシャは最初から最後までじっくりと名前をたどった。 「あ…。」 「わかったみたいだね?」 住所は、他にはわからないように細工が施されたものであった。 あの配達屋の住人として配達を担当するものにだけ見えるように、呪術が施されているものだったのだ。 つまり、最初見えていた文字はでたらめなもの。 だが、今は違う。しっかりと届ける宛先が書かれていた。 差出人もまた、自分の知っている相手だった。 幼い頃に一度、会っているのだ。 「鏡衣智さん宛かぁ…。しかも、京さんからでしょ?」 いったい何の内容なんだろうなぁと考える。 あの二人は滅多に会わないし、手紙のやりとりもしない。 「急ぎなのでしょうね。今朝届いたものですし、普段なら式を使いますから。」 彼等ならそれぐらいの芸当はたやすいもの。 だが、それが出来ない状況もしくは、何かに探られない為にか、自分達を頼った。 「とにかく、届ければいいのですよ。それが、僕達仕事だから。」 「だよね。うん、とにかく、行こう。」 そうしましょうと、ラーティンスは『外』へ行く為の扉を開いた。 あの双子の兄妹が守っている扉と同じようなもの。 こういうとき、ラーティンスが只者ではないのだと思わされる。
出口はとんでもないところに続いていた。 「わぁ?!」 出たところは足場が何もない場所。つまり、上空と言う場所。 といっても、そこまで高さがあるわけではない。 「あ、ありがとう…。」 相棒のアーシャニアが助けてくれた。 「ごめん。なんか、間違ったみたい。」 ラーティンスがあとからふわりと力を使ってゆっくりと着地した。 どうやら、ここは教会のようだった。 「孤児院というところでしょうね…。」 少し離れたところで子供の楽しそうな声が聞こえてくる。 こっそりとその光景を覗くキャリーシャは見つけたのだった。空に浮かんで泳いでいる魚を。 「あれ…。」 「ああ、今日は『こどもの日』ですね。」 やっぱりと、キャリーシャは思う。 話は本当だったんだと、ずっとその『こいのぼり』を見ている。 その間に、アーシャニアやエルシャンドは目立つからこの中に入っていて下さいと、ラーティンスが瓶を取り出して二人を中に入れている様子も会話も聞いていない。 「キャリーシャ?」 「あ、何?あ、仕事だね。」 見入っていて気付くのが遅れた。 「…キャリーシャははじめてでしたね。あれを見るのは。」 話はしましたが、実物は見せていませんでしたねと、キャリーシャの心情を感じて話す。 まだ、時間ははやいのでしばらく見ていますか?という事になり、二人は教会の屋根へと登って姿を隠し、しばらく二人で『こいのぼり』を見ていた。 「ねぇ、あれは滝を登るのかなぁ?」 「さぁ、どうでしょうね。今は、空を泳ぐのでいっぱいいっぱいなんじゃないですか?」 風に揺れて泳いでいるように見える『こいのぼり』を見ながら、ゆっくりとした時間が流れていった。
しばらくして、『こいのぼり』を堪能できたキャリーシャは仕事に取り掛かろうとラーティンスに言う。 すると、そうですねと、来た時と同じ呪文を唱え始めた。 いったい何をするのかと問えば、扉が開いた時になって教えてくれた。 時間を間違ったので、ここにいる『鏡衣智』にこれを届けても意味がないのだと答えた。 どうやら、出てきた場所が問題あったように、時間も問題があった。 もう少し未来へ行かないと、この手紙の意味がないし価値もない。 「ラーティンスにしては、珍しいミスだね。」 「そうですねぇ…。」 きっと、自分の身に起こっていることと、これからキャリーシャ達に起こる事によって、少し動揺して知らぬ間に失敗をしていたのだろう。 だが、それはまだ言えない。 「もっと、しっかりしないといけませんね。」 「そんなことないよ。私もよく失敗するから。」 そうですねとだけ答え、二人は再び扉をくぐった。 今度はこの手紙を必要とする『鏡衣智』のいる神社の境内であった。
「…貴方の戦いはすでにはじまってしまったのですね…。」
その呟きは、誰に聞かれる事もなかった。 自分の戦いの幕も、そろそろ開くだろう。
元気よく『こんにちは』と玄関を開けて言うキャリーシャに、しばらくは考えない方がいいかもしれないと、苦笑する。 この考えは、自分を暗くするから。 そんなラーティンスの心情を察してか、励ますように声が聞こえてくる。 「わかってるよ。ありがとう、二人とも。」 エルシャンドは自分の相棒としてずっと一緒に居るから話しているし、すでに知っている。 アーシャニアもまた、自分の事情を詳しく知っている。 そこはやはり、長年のものと、只者ではないという証拠だろう。
竜は、気を許したり認めたりした相手には、尽くすし心配もする。 他の生物であっても同じ。ただ、竜といった生物は誇りが高い分、主と認めた相手を守ろうとする。 アーシャニアにまで心配されるなんて、しんかりしないといけないなと、ラーティンスは出てきた鏡衣智とキャリーシャの後について、中へと入った。
『 たとえ、どんな事があっても、どんな事になっても。 それはお前のせいではないから、お前らしく前を見ろ。 』
確かにそうだ。 いつまでもうじうじ悩んでいてもしょうがないから。 「決着はいつかつけるさ。」 二頭の竜の些細な願い。 それはあの配達屋の日常が続く事。
今の段階では、この先結果がどうなるかはわからないが、やれることをするまでだ。 まずは、今自分がすべき仕事をまっとうすればいい。 キャリーシャは鏡衣智に手紙を届けた。 しばらくこの家にいて、またあの扉をくぐってものと世界へと戻った。
|