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「どうして、私は置いて行かれてしまったの?」
幼い少女の問いに、言葉を詰まらせる。 後で調べて、理由は知った。だが、それを言っていいものか解らなかった事と、言うにしてもまだはやいと思ったからだった。
「私は、いらない子だったの?」
だからお母さんは私を置いていったの? と、少女は呟いた。 だけど、それにも答えられなかった。 どう答えていいのか、わからなかったのが正しいかもしれない。
母のぬくもり
ふと、カレンダーのマークを見て、ある事に気付いた。 今日が世間で『母の日』と呼ばれる日であることを思いだしたのだ。 ここは、配達屋。何処の世界から配達を頼まれるかわからないから、カレンダーには大抵の行事や特別な事などを全て書き込んであるのだ。 「そういえば、母の日だねぇ。」 この日になっていつも思い出す。 拾われた時の孤独を背負った彼女の姿を見ている、ここへ居場所を与えてくれた人の目。 その人に問いかけた問い。八つ当たりのような、行き場の無い思いをぶつけても、それを受け止めて、いくらでもいいように答えられると言うのに、答えずに黙っていた人。 「そう言えば…。ここへ来て、ここで働くようになって。もう何年が経つんだかなぁ…。」 仕事を覚え、褒められた時の喜び。 それと同時に、母の日が来た日に、母へ感謝するにもその母がいない少女は、わかっていても問いかけた。絶対に答えないとわかりながら、問いかけて叫んだ。 「本当に…。いろいろあったなぁ…。」 母の日はいろいろと思い入れがある。 自分は親に捨てられたということもあるし、自分を見つけて居場所を提供してくれた人を困らせた日でもある。 そして、困らせた彼が、あとで別の答えをくれた日でもあった。
微かに覚えているのは、母の暖かい腕と、母の薫り。 それが離れ、暗い家と家が立ち並ぶ間の隙間で時間を過ごしていた。 戻ってきてくれると信じて待ったけど、何度お日様が空に昇っても、雨が降っても、現れる事はなかった。 そして、皆がクリスマスで楽しく過ごす日。 ふと、一人の少年と目があった。 同情なんかで見られるのも話しかけられるのも嫌だったから、その時はすでに全てに絶望していたから、放っておいてくれと態度で示した。 顔を腕の中で隠して、どこかへいっていまうのを待った。 すると、もう興味がないのかただ好奇心があっただけなのか、少年の足音が聞こえる。そしてその足音はどんどん離れていく。 今度はと、多少は期待したが、やっぱり誰も気にかけてくれない。 心のどこかで、誰でもいいから自分に手を差し伸べて導いてくれる人を待っていたのかもしれない。 何も出来ない無力な子供は、ただ、誰かに愛されたいと願うから。 それが母では駄目だというのなら、誰かに必要としてくれる人に必要にされたいと願う。 誰でもいいから、この孤独から抜け出す道をほしいと願った。 自然と、自分の目から涙が零れ落ちる。 あの日からはじめて、自分の存在に気付いてくれたから。もしかしたらという思いもあった。 確かに同情や好奇心だけで近づいてこられるのは迷惑だ。でも…それでもいいから自分の存在を認めてくれる何かがほしかった。 すると、しばらくして別の足音が聞こえてきた。 そして、自分の前で足音は止まった。
「お嬢さん。名前は?」
そこに立っていたのは少年とはまた違う、男の人だった。 スーツを着て、傘を差している男の人がこちらを見ている。 「私は、ミルディアドと言います。名前がないと不便なので、教えてもらえませんか?」 かつて、自分が呼ばれていた名前は確かにある。 その名前を名乗っていいのかと迷う。それと同時にもう母は戻らないとわかっている自分がいつまでも母と繋がる名前を持つのも嫌だった。 「キャリーシャ…。私はキャリーシャ・ドットリカ。」 咄嗟に、名前はそのままにして、姓名を自分のものとかつて親切にしてくれていた人の名前を混ぜた名前を名乗った。本当は、ドットリカではない。だけど、あの姓名を名乗るのは何故か嫌だった。 それに、いざ名のってみると、本当に自分はこの名前なんだと思えたりしたから不思議だ。 「そう、キャリーシャね。」 あの日から、はじめて名前を呼んでもらえた。 少し恥ずかしいが、うれしかった。 そこでふと、このミルディアドと名乗った男の隣にいた少年に気付いた。 その少年は、先ほど自分と目線があった少年だった。 ふと、謎が解けた気がした。 この男が声をかけてきたのは、少年が報せたからだ。と。 「行く宛がないようだったら、うちに来ませんか?」 手を差し出されて、笑顔で迎え入れると言われれば、多少はとまどうが、手をとるだろう。 こうして、少女キャリーシャは少年ラーティンスと出会い、ミルディアドと共に家へと帰ったのだった。
だが、問題は終わってはいない。 母に捨てられたことを認識したキャリーシャは、心優しい彼等とすぐには打ち解けることは出来なかった。 暖かい二人の存在に戸惑うのだ。この手をとって、またあの場所に放り出されたらと考えたら。 数日、ゆっくりと歩み寄れるようになって来れた。それは全て、いつまでも手を差し伸べて、道をさし示めてくれているこの二人のおかげであった。 その後、リアルドという少年をキャリーシャの時と同じように引き取ってきたミルディアド。 彼もまた、キャリーシャ同様に親に捨てられた子供だった。 今だからこそ、キャリーシャは二人と話をするが、リアルドという少年はまったく話をしない子供だった。 相当な何かが、彼にはあったのだろう。それぐらいは幼いキャリーシャでさえわかる。 そんな感じで、家族が増えて配達屋の日常はただ時が流れていった。
そんなある日の事だった。 ラーティンスと買出しに出かけた先で、キャリーシャは花屋で売っている花とそれを母にプレゼントするのだと笑顔でいう少女を見かけた。 すぐにすむ用事だからと、ラーティンスが店の中に入って数分。 外で待っていたキャリーシャはそれを目撃したのだった。 なんだか、ぽっかりと胸の奥に開いた穴へさらに何かの衝撃が加わったような感じだった。 あの子供は幸せで、母親に愛されている。 その考えがキャリーシャの心を占め、そして苦しめた。 「ごめんごめん。遅くなって…。どうしたの?」 謝りながら出てきたラーティンスの顔が見れないキャリーシャ。 すぐに、様子がおかしい事に気付くラーティンス。 「・・・何でもない。うん、何でもないんだ。」 無理に笑顔を作る。それは、いつもキャリーシャを見ていたラーティンスにはわかる。 本来の彼女の笑顔ではなく、何かを隠すように笑顔を貼り付けているだけだから。 「どうしたの?顔が笑ってない。無理に笑われても、僕は悲しいよ。」 言えない事かとラーティンスに聞かれて、どうしようかと思ったが、いつもよくしてくれている彼に、兄のような彼の目を見ていたら、偽っている事など出来なかった。 「・・・ただ、今日は母の日だなって。」 母の日という言葉だけで、ラーティンスにはよくわかった。 キャリーシャは母親に捨てられて記憶がある。 先ほどから母の日で何を贈ろうかと考える子供達がちらほらと見える。 それが、キャリーシャにはうらやましく思えたのだろう。 自分は捨てられたけど、彼等は愛されて、『一緒に』暮らしているということが。 「生憎、母はいませんが、父代わりならいるから、来月の父の日に、ミルディアドに何かしたらどうですか?」 「ミルディアドさんに?」 「きっと、喜びますよ。単純ですから。」 「うん。」 キャリーシャには一番うれしい言葉だったかもしれない。 ラーティンスもミルディアドも、家族としてキャリーシャを見てくれているのだと再認識できたから。 「じゃぁ、何か考える。」 「あの人、あまり贈り物を貰わない人ですから、もらったら喜んで普段見られない彼の姿が見られるかもしれませんよ?」 「それ、面白そう。」 やっと、キャリーシャらしい笑顔に戻り、ラーティンスもうれしく思った。
帰ってきて、妙に機嫌のいいキャリーシャの姿を見て、何かあったのかとラーティンスに聞けば、今は秘密だと一人だけのけ者にされてぐれていた。 「ひどいよ、ラーティ。」 「大の大人がいじけてみっともないよ。」 「君には子供らしさというものがないね。」 「生憎、見た目はこうなっても、年齢は違うからね。」 「確かにそうだが・・・。」 まだ何か言おうとするミルディアドの話を無理やり打ち切り、夕食の用意をするぞと彼の横を通り抜け、キッチンへ入って冷蔵庫を覗く。 「あ、リアルド。帰っていたのかい?」 「ああ。」 ラーティンスにもう一度声をかけようとしたとき、ドアが開いたので見てみれば、リアルドがいた。 「迷子にならずに帰ってこれたかい?」 「だから、今ここにいるんだろ!」 こうやってからかって遊ぶので、だんだんと口が悪くなっていくリアルド。 まぁ、二人ともなんだかんだいっても楽しそうなので、ラーティンスはとめに入ることはないのだが。
こうして、静かに母の日は過ぎ、父の日へのカウントダウンがはじまったのだった。 |