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運命というものが本当にあると、貴方は信じますか? 何もない真っ白のページに、見た誰かへと語りかける文字の羅列。 人によってはまったく気になることもなく、そのページを見たことも忘れて今を過ごすだろう。 けれど、少しでもその言葉に目を引かれ、立ち止まった人はもう…どちらかの選択を迫られる。 イエスとノーの二択のうち、望む先をクリックする。 その時はなんてことのない選択で、何も起こらないことから、人は次第にそのページも言葉も忘れていくだろう。 けれど、どちらを選んでも、その人が近い将来、その人自身の運命を大きくかえる二択に再び迷い込むことになる。 これは、運命から選択と絆、そして記憶を断ち切り、白紙に戻すおかしな男の物語。 トン― ふいに背中に感じた力。押し出した力は弱くても、なんの構えもない私は、身体が前へ傾き、視界が暗転した。 気がつけば、真っ白で何もない空間にいた。 「ここ、どこ?」 確か学校の帰り…とふと思い出していくと、あの時ホームに電車がくるというコールを聞いた気がした。 「まさか、ここってあの世?!」 誰もいない。聞こうにも答えてくれる相手が存在しない、何もない白が広がる世界。 「私、死んだ、の?」 持っていたはずの鞄もない。あの後のことを考えると、最悪のことを考えてしまう。 今痛みがないことすら、自分が死んだからではないかとどうしても考えてしまう。 「君はまだ、死んではいないよ。」 「死んでないのか、良かった。」 ふと聞こえた声に、知りたかった答えを知ることができ、ほっとしたのもつかの間。 ここには何もなかった。それこそ、誰もいなかったはずなのだ。 はっとふりかえると、いつの間にか見知らぬ男がそこに立っていた。 確かに誰もいなかったはずの真っ白の中に、男が立っている。見落とすはずのない場所に、確かにいた。 それは、私に不気味さを覚えさせる。 「誰?」 「ワタシは、ここの部屋の主。あの扉の先が、ワタシの店だ。」 時折、個々に迷い込む者がいて、そのものをあるべき場所へ道案内するのが仕事だと、男は言った。 「どういう意味?」 「言葉の通り。ここは本来人がいない場所。人がいてはいけない場所。人が存在しない場所で、人が存在できない場所。今の君はここに身体は存在しない。その魂だけここにきた。だから、魂を『外』へお帰りいただくように案内するのがワタシの仕事だ。」 そういって、男は長くてぶかぶかの袖から何かを取り出した。 それは、紅い色をした鋏だった。 反射的に、刺される。そう思って、何もない空間を真っ直ぐ走った。男から、少しでも離れる為に。 「まったく、人の話を最後まで聞かない困った『ヒトガタ』だ。」 やれやれと男は思いながら、ゆっくりと私が走って行ったあとを歩いて行った。 男にとって、走ることに意味はない。 この場所は、この男にとって絶対の支配下にある部屋だ。 私がどれだけ走って離れようとしても、決して離れることはできないことを知らない。 この部屋が閉じるのは、男が仕事を行い、私が外へ出た時だけだ。 「貴方は、運命を信じますか?」 逃げていた私に問いかける声。 はっと見れば、離れたはずなのに、目の前に男がいる。 言い表せない恐ろしさが身体を支配する。何がどうなっているのか、まったくもってもうわからずにいた。 「いったい、なんなのよ。なんなの…。」 その場に崩れ落ち、座り込んだ私。 「だから言ってるだろう。ワタシとしても、君がここにいたままでは迷惑なんだ。」 出るのは簡単なんだから、さっさと選べ。そう男は言って、私に選択を与えた。 今繋ごうとしている縁を切るか、過去の思い出を切るか。二つに一つだと。 しかし、何をいっているのか私にはさっぱりわけがわからなかった。 「縁とか思い出を切るとか。何考えてるのよ。」 「何を、と言われても。その二つを同時に繋げない。だから、身体と魂が異常を起こして、今こんなことになっている。なら簡単だ。どちらかを断てばいい。」 そうすれば、軽くなった分、戻れる。しかし、一度切ったものは、どんなものであっても二度と元には戻らない。それをゆめゆめ忘れずに、慎重に選べと、男は言った。 今繋ごうとしている縁も過去の思い出も、何を指しているのかぐらい…そう考えて、ここ数か月の間に知り合った人のことを思い出した。 過去の思い出がどの思い出を指すのかはわからないが、最近あった縁と言えば、『彼』のことぐらいしか思いつかない。つまり、過去の何らかの思い出がなくなるのと、彼との出逢いがなくなるのかと、この男は言っている可能性が高い。 「思い出って、何よ。」 「貴方が何より大事にしていて、何より大事にするべき思い出という名の『縁』ですよ。」 そろそろ答えは出ましたかと言われ、私はあせる。 いったいどういう原理なのかはまったくわからないが、この男がいうことはきっと現実にそうなるのだろう。 この世界の支配権利が男にあるように、男が提示した条件をのまない限りは、ここから出られないし、、その為にはどちらかを必ず選ばなければいけない。 「選ぶのに時間がないってことは、あるの?」 「とくに規定はないけれど、あまり長くは待てない。ワタシもそんなに暇ではないんだ。」 どちらも失いたくないのなら、はやく決めることだ。 そう男に言われ、私はとうとう口にした。 私は、これから彼に告白しにいくつもりだったのだ。今を捨てたら、彼との思い出も何もかも消えてしまう。この先のことも。 ならば、何が切られるのかはわからないが、思い出の何かを切ることを選んだ。 何が最良なのかはわからない。ただ、今の私には、今の彼との思い出をなくしたくなかった。 どうして急に彼のことを思い出し、彼のことを強く思うのかはわからない。 この時は、私はその選択に後悔なんてなかった。 「それでは、思い出の―――を今ここで断ち切る。」 カチャン―― 金属の静かな閉じるような音がした。 その瞬間、視界がもとに戻る。あの白い空間はなく、駅のホームにいた。 戻ってきた。そう思った。 「ん?誰から…?」 二件のメールが入ったことを携帯は知らせる。 最初に開いたメールは知人のもので、彼がある人と婚約したという知らせを告げてきた。 「嘘…どういうこと?」 急いで目的地へと向かい、そこで目にしたのは、彼と見知らぬ誰かが仲良く歩いている後姿だった。 全く知らなかった。 彼にそういう人がいとことも。 私はその時、まだもう一通のメールを見ていなかった。 今はただ、彼に冗談まじりで婚約の話をふってみた。すると、幼馴染で、ずっと入院していたが、やっと退院できたのだと、嬉しそうな彼の言葉が返ってきた。 確かに彼との縁は切れていない。しかし、私は二度と彼とそういう縁を結ぶことはできない。 彼にすでに結ぶ縁を持っていた。 告白もせずに、私は失恋した。家に帰って、ひたすら泣いた。そして、日が暮れた頃。 私はもう一通のメールを思い出して開いた。 差出人は母親だったから、何気なく開いたにすぎない。 しかし、私はすぐにメールを見なかったことを後悔した。 血のつながりはなかったが、ずっと共にいた、姉妹のような存在の事故死を告げるメールだった。 今すぐ病院にという内容で、必死に呼ぶ『声』だった。 けれど、私は遅かった。メールは先程と違い、もう一通来ているのだ。 もう、間に合わないという、決定的な内容が書かれたメールだ。 私が断ち切ったのは、長年共にあった半身でもある存在。 まだ、メールを見れていたら、必死に繋ぐことができたかもしれない細い糸を、私は私のせいでふいにしてしまったのだ。 後悔しても、もう二度と戻りはしない。やり直したいと、あの白い空間を求めても、何も現れはしない。 私は選択をし、つかめるはずのものすら切ってしまった。 「必死の声を、自身の命を、切ってでも、大事な半身との縁を選んだ彼女と、大事な半身のことを忘れて切った哀れな彼女。」 運命というものは残酷だ。 こんなにもあっさりと切れる糸が幾重にも絡み合い、何度も人を試す。 「ならば、そんな縁斬り鋏なんて捨ててしまえばいいのに。」 「それはできないんだよ。」 「知ってますけどね。本当、この世界の『神様』は趣味が悪いですよね。」 「それには同意しておくよ。」 縁を繋ぐ対になる糸結びがあれば、断ち切るだけの鋏もある。 そんな世界で生きる魂は、次はどんな思いをのせて物語を奏でるのだろうか。 「案外神様も待ってるのかもしれませんね。」 「何がです?」 「鋏でも切れないような縁を持ってる面白い人か、それこそ、誰かを探すために選別の舞台をつくったのか。」 その誰かが見つかるまで、その鋏は切り続けなければいけないというのなら、確かに役目を終えるその日まで終わる事のない地獄だ。 「おや、今日は多いな。」 「ん?また迷子?」 「そうみたいだ。少し、いってくる。」 「はいはい。こっちはボクに任せておいてよ。行ってらっしゃい。」 ギィっと扉は閉まる。 また、縁を切る為に鋏が口を開く。 |