一章 二人の友人との再会

 

 

 今日は文化祭当日。連日から忙しく準備していた時と同じように忙しい。麻美は自分のクラスの出し物である演劇の宣伝や、最終の会わせなどで忙しかった。

 麻美は、出来れば裏方でやる方が良かったが、何故か舞台上で重要な役をやる羽目になった。

「なんでよ、嫌だっていったのに・・・。」

「しょうがないでしょ?ジャンケンで負けたんだからさ。でも、役でも負けて、一番大変な役をやるなんてね。」

最近仲良くなった友人、大島 美葵(みき)は麻美の頬をつつきながら、言ってくる。

もちろん彼女は麻美と勝ち取った裏方をかわってあげるという気持ちがあるわけない。

負けたのは麻美のせいなのだから、運がなかったとあきらめなさいが、彼女の言い分。

麻美から言わせれば、友人の為に舞台へ回るという一言が言えないのかといいたくなる。

「それより、急がないとリハーサルでしょ?」

「うわ、もう、美葵の馬鹿!」

麻美はそう言い捨てて、リハーサルの始まる体育館へと向かう。

 麻美のクラスは午前中と午後にそれぞれ一回ずつ舞台で劇をする。

どの学年クラスも、あまり体育館の舞台を選ばなかったので、二日も続く文化祭では不人気な出し物なのだ。

それが、今年は運悪くも当たってしまった。

というより、担任が演劇部の顧問だったのだから仕方ない。

 他の学年クラスは、だいたいグラウンドと教室を使って喫茶や店を出したり、発表や舞台をしたりする。

やはり、体育館という、密閉されてあまり空気がよくない場所は選ぼうとしないみたいだ。

麻美も、出来れば体育館はとりたくなかった。なぜならば、劇で着る衣装が暑いからだ。

しかも、他の誰よりも、一番衣装を変えるし、重いし暑い。

グラウンドでは太陽の熱で暑いだろうが、体育館でも、ここまで来るとあまりかわらない。

 全ては、ジャンケンに負けた為に押し付けられた役のせいなのだ。

 麻美は本日何度目か忘れるほどのため息を再びついた。

 

 

 体育館へ行くと、すでに担任も他の劇のメンバーもそろっていて、遅いと怒られた。

確かに、時間に遅れるのは悪いと思うが、皆で言わなくてもいいじゃないかと、衣装に着替えながらぶつぶつ言う。

今は他に誰もいないからおかしく見えないだろうが、いたら、確実におかしく見られていただろう。

 かといって、いつまでもここで文句を言っているわけにもいかない。

はやく行かないと、また遅いと怒られるだろう。

「急げって思うなら、こんな歩きにくいビラビラの服でやらすなよー!」

なるべく急ぎながら、服の裾を汚さず、手にはヒールのある靴を持って舞台裏へと走る。

 麻美がやることになった役は、基本的にはお姫様という奴だ。

しかし、この劇は担任が他には絶対にないものをしようと、オリジナルの話を考えてきて、ただのお姫様の役ではなくなってしまったのだ。

お姫様はお姫様だが、命を狙われて、姿を隠すために、小さな集落の青年として過ごすという話。

途中からは、婚約者だった相手と偶然出合ったり、よくわからない魔法使いが王国に魔法をかけてなどと、とにかく忙しい話。

 その、重要なお姫様の役になってしまったのだった。

 麻美はお姫様というガラではないので、出来れば辞退したかったが、負けたものは残り物で、拒否権も選択権もない。

誰もが劇に賛成して騒いでいたわりには、お姫様の役は誰も立候補しなかったのだ。

それも、台詞の量や姫と青年と普段と口調を変えて進めていくので、大変だからできれば避けたいと思うだろうが、一番盛り上がっていた人が裏方というのが許せなかった。

 まぁ、今更言っても、当日なのでどうにもならないが。

 麻美は急いで舞台裏へ行ったが、やはり怒られてしまった。

だが、時間がおしているので、あとだといって舞台に押し出された。

 リハーサルはスムーズに行われ、何とか一通り終える事が出来た。

現在の時刻は十時。開始時刻から三時間以上が経っていた。

すでに、校門で受付が開始され、一般客も含めて、参加客がこの校内へ入ってきた。

 麻美が舞台に立つ第一回目の本番はあと二十分後。

 

 

 門のそばで受付担当の生徒と、教師二名が立っていた。

「おはようございます。こちらに名前と年齢をお書き下さい。」

「どうぞ。校内の地図とパンフレットです。」

担当生徒は次々と参加者という証明のチケットを持つ人に同じ言葉をかけてチャックを入れて中へ通す。

 それを、少しはなれたところで、黒い猫と長い髪の人が見ていた。

「どうします?どうやらチケットが必要みたいですけど?」

「そうですねぇ。私達は、別になくても侵入ぐらいは出来ますが・・・。」

「それを嫌がるのは貴方でしょ?紫音。」

黒い猫に何事もなく話しかける人。そして、人の言葉で返事を返す猫。

普通ではないはずにもかかわらず、誰も気にもとめない。

「しかし、本日は出来れば見たいですし・・・。」

「大切な恩人さんの舞台がありますからねぇ。」

「そう思うなら、何か方法を考えてくださいよ。」

「そう言われても、どうしたものですかねぇ・・・。」

魅音が考えている時、紫音は耳をピンと立てて、何かに反応を示す。

「あ、ちょうどいいところに。」

紫音はコンクリートの塀から飛び降りて、道路に立った。

「ニャオーン。」

それに、歩いてきた人は気付いた。

「あ、紫音さん?それに魅音さん!」

「あら・・・。」

魅音は少し驚いたようにその相手を見ながら、塀から降りて、道路に立った。

 二人が見つけた相手は少し前に出会った少女だった。一人は桜華という少女。

もう一人は顔を知っているだけで面識はないが、確か千代という名前の少女。

どちらも、今は亡き少女、『春華』の大切な友人だ。

「でも、どうしたんですか、こんなところで。」

まぁ、誰でもこの神出鬼没な二人を知っていればそう思うだろう。

「えっと、実はあそこに入りたいと思っていたのですが、どうやらチケットが必要なようでしてね。」

魅音がそう言うと、なら一緒に入ろうよと、誘ってくれた。

 そして、今更ながら思ったが、後ろには保護者としてなのか、一人の青年が立っていた。

確かに、この二人の年齢から、高校の文化祭はあわない。

「あ、そうそう。えっとね、この人は千代ちゃんのお兄さんなんだよ。」

今更ながらご挨拶。兄は可愛そうに、今の今までほったらかしだ。

 桜華の話で、二人は『春華』の件ではじめて知り合って、仲良くなったらしい。

そして、今日ここへ来たのは、千代の兄の中学の時の友人が誘ったからだとか。

 兄の名前は千広と言い、高校三年生らしい。友人は同じ三年で、この目の前の学校に通っている。

そして、名前は沖田
和利(かずとし)と言うらしい。

しかも、その妹が舞台で劇をするらしいと教えてくれた。

 その時、紫音と魅音は心の中で、まさかそう繋がっているとは思わなかったと、同じ事を思っていた。

 まぁ、だいたいそう思うだろう。

その妹が、紫音達の恩人で、今日ここへ会いに来た目的の人物でもあったのだから。

 とにかく、侵入という手段を使わずに入る事が出来るのでこれでいいやと、二人はこの三人のあとについていく。

「おはようございます。久しぶりですね。千広君。」

どうやら、この受付の生徒とは知り合いらしい。

「そうだな・・・。だが、その口調は香里さんには似合わないな。」

「でも、今日は受付でこれだと決まっていますからね・・・。」

「これが終わったら化けの皮が外れるんだろうなぁ・・・。」

顔はかろうじて笑顔。

だが、本当に笑顔を見せているようには見えなかった。

奥では怒りのオーラがゆらゆらと漂っているように見えるからだ。

しかも、失礼な事いわないでくれる?といった声まで聞こえてくる気がする。

彼女は何も言っていないが、確かにそう言っているように聞こえるのだ。

 千広も、そろそろやばいなと判断したらしく、机の上に置かれている名簿帳に自分を含めて名前を書く。

そこでふと、後ろに立っている、先ほどであった二人の名前はなんだったかと振り向いた。

「あ、私は魅音と申します。で、彼は紫音です。」

そういって、下から見上げていた黒猫を抱き上げて自己紹介をする。

「・・・なぁ、香里さん。猫って入場するのに名前は必要か?」

「そうですね、いいんじゃないですか?それに、今日はまだ、猫の参加者はいませんから。

あ、猫だと参加者って言いませんね。」

紫音が思うに、この人たちも、少し普通からずれていると思う。

 だが、名前も書き、チケットに判を押してもらって、入場する事ができた。

「さてと。それでそちらのお二人は何処へ行くんですか?」

「私達は体育館の方の劇を見たいと思っているんですけど?」

「それじゃぁ、目的は一緒ってわけか。」

千代と桜華は一緒に行こうと腕をつかんで、兄の存在はほったらかしで走りだす。

後ろから、走ったら危ないや、周りを見ろなどと、兄の心配の声が聞こえてくるが、この二人には聞こえていない模様。

苦労しているのだろうなと、少し同情してしまった。

 体育館につくと、まだ中には人はすくなかった。

「これだったら、前で見られるね。」

桜華が話しかける。とっても綺麗な輝く笑顔を向けて。

 大切な友人を亡くした子達だとは思えないもの。

あの時、病室の外の窓から、『春華』と見ていたものとは比べ物にならない。

出来るならば、あの時に、時間が許す限り、会わせてあげたかった。

それが、人の世界ではいけない事だとしても。

紫音にとっても、魅音にとっても、大切な友人だったから。

 きっと、春華が残した二人の友人がお互いいろいろあって、笑えるようになったのだろう。今、自分が笑えるようになったように。

 前の方の席を四つ陣取って座っていると、やっと千広が追いついた。

まったくといいながら、これ以上勝手な事をしたらすぐにつれて帰ると二人に言い渡した。

「相変わらず、育児は大変そうだな、千広君。」

そこへ、一人の青年が現れた。どうやら、彼が和利らしい。

「育児なんかじゃないよ。」

そういいながらも、周りからは子守のお兄ちゃんに見えるし、本人は気付いていないみたいだが、立派に保護者をやっていると思う。

「ま、いいけどね。」

あいかわらず笑いをこらえながら言う。この男が麻美の兄だというのだから驚きだ。

似ていないことはないが、麻美から考えると、この人は化けていると思う。決して、口には出さないが。

「で、そっちの人達はどちら様?」

「ああ、この二人の知り合いらしい。」

「へぇ。変わった知り合いがいるみたいだな。」

まぁ、小学生が自分たちと知り合う機会など、ほとんどないだろうから、そう思うのが自然だろう。

「とにかく、これ終わったら俺のクラスに来いよな。」

「で、何を出してくれるのかな?」

「そうだなぁ、千広君にはとっても素敵なミックスジュースを出してあげるよ。」

兄二人の笑顔の睨み合い。受付嬢さんと同類だとすぐにわかった。

小学生二人組みは、まるで日常茶飯事のように、存在しない物として扱い、もらった劇のパンフを見て、ストーリーと役名と演じる人をみて、楽しみといいながら騒いでいる。

「・・・すごい人達ですね。」

「桜華さんしか知りませんでしたからね・・・。」

その時、後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。

誰だろうかと、紫音が振り返ってみると、それは麻美だった。

「やっば、時計止まってた。」

そう言いながら、舞台袖に続く扉まで走っていく。

「・・・会った時と変わっていませんね。」

「人間はそう簡単には変わらないだろ?」

「ですが、人はきっかけさえあれば、すぐに変わるんですよ?」

そんな人間を数多く知っている。だから、あの夜会も人が入り込むのを拒むのだ。

「でもま、始まる前に顔だけでも見れて良かったじゃないですか。」

「そうですね。彼女は覚えていませんけどね。」

そんな時、体育館にブザーが鳴り、劇が始まる事を告げた。