四章 仲直りと再会、そして・・・




 今日も、朝日が昇り始まりを告げる。珍しく、普段より三時間も早く目が覚めた。

「・・・四時か・・・。紫音、まだ来ないよね・・・。」

仲良くなったといっても、つい最近。お互い、全てを知っているわけではない。

第一に、こんな時間に来る事事態おかしい。

だが、紫音はいつもふらっと現れるから、暇を持て余しているときにタイミングよく来るから、どうしても今すぐ側にいるのではないかと期待してしまう。

するつもりはないが、心のどこかで期待している。

 紫音に出会って思った印象は、人でも猫でもない、その姿を借りているだけの別の者。

もうすぐ来る、自分の時間の終わりを告げる者。もしくは、その先へ案内する者。

絵本などで出てくる、神の遣い。もしくは死神と言う者。

どちらでも紫音には違いはないが、そんな感じがする。

どちらにしても、終えた時間の後に行くべき場所へ連れて行ってくれる者ならば、歓迎だ。

知らないわけのわからないものより、知っている不思議な友人の方がいい。

 自分の時間は残す所わずか。本当に時間がないのは自分が一番わかっているつもりだ。

この身体は自分のものなのだから。

それでも、まだここから離れるわけにはいかない。まだ、仲直りをしていないから。

もう、自分から行動できなくなった臆病な自分には、来てくれる事を願うしかない。

臆病者でも悪い子でもなんでもいい、最後になるかもしれないが、もう一度、会いたい。

会って、謝って、話をしたい。でないと、ここに未練を残してしまう。

そしたらきっと、紫音が連れて行ってくれるとしても、ここから離れようとはしないだろう。

そしたら、この前母が持ってきてくれた本の中にあった主人公と出会った幽霊と同じになってしまう。

この場所から離れる事が出来ず、束縛されて、時間の経過と共に自分を忘れ、壊れていく魂。

本の中は架空の書いた人間の物語だから、主人公の力によって己を取り戻して、浄化されて消えた。

主人公は又会えると信じて笑顔で送ったが、その後涙を流していた。



 もし、自分がそうなったとしたら、いったい誰が自分に声をかけて自分を取り戻させてくれるのだろう。

まともに学校も行っていない自分にはほとんど友人はいない。

時間の経過と共に、自分よりもっと仲の良い友人を作っていくだろう。

そうしたら、自分は置いていかれ、残されて、消えた後、記憶からも消されていくのだろう。





 誰もが通る道。それが死。

でも、それまでにこの世に生まれたのは何かがあり、その何かのために生きるとされている。

自分はいったい、何の為に生まれ、今を生きているのか。何も知らされていないからわからないのは当たり前だが、誰も、去る前には気づくものだと誰かが言っていた気がする。

紫音はきっと、失いかけた友人と、記憶が消えた友人や、自分のような誰かに会う為にここにいるのだろう。な

らば、自分は紫音と出会う事に何かあったのだろう。

通常では考えられない事をしている紫音に出会ったのだから。

ならば、もうすぐくる終わりまでの間に、自分はその何かをするのだろうか。

死を迎えるまでに誰もがしなければいけないと定められた何かがあるのならば。


 いつの間にか、考えがどんどん悪い方向へいっているのに気づき、考える事を止めた。

残された時間がないというのに、こうも考えられるとはと、苦笑する。

しかも、自分は死に対して何も恐れていない事に気づき、壊れてきているなと笑ってしまう。

死よりも、幼馴染と仲直りできないままという方が春華にとっては重大な問題だったのだ。

「・・・死ぬ覚悟、出来ちゃってる。でも、仲直りが出来ない。」

自分から行動する事を恐れている。拒まれる事を恐れている。

やはり、自分は汚くて臆病な弱い人間だ。ここから消える事によって、完全に逃げるのだから。

「きっと、魂を助ける主人公は、私には現れないんだろうなぁ・・・。」

あれは物語だから、上手くいくもの。現実はそうはいかない。自分が入院して、時間がないという時点で、上手くいっていないのだから。

 もし、自分が消えることを望んでいるのならば、残った時間はいらないから今すぐここから連れ出してほしい。

そう考えていた時、窓が開いた。

風に吹かれて白いカーテンが動く。

「こんにちは。時間から言うとおはようですかな?お嬢さん。」

窓の枠に腰掛ける長い髪をたなびかせて微笑む人がいた。

「えっと、あの、どちら様でしょうか?」

見るからに不審者。といっても、紫音がここへ来るように突然なのでそこまでは驚かないが、見るからに人でないあ相手なので、少し警戒してしまう。

「こんにちは、春華さん。突然で申し訳ないのですが、実は来て頂きたい所があるのですよ。」

微笑む人とは違う声。春華が良く知っている声が、聞こえる。そう、この声は紫音だ。

「あ、紫音・・・。」

紫音は窓枠に腰掛ける人の腕の中にいた。

「始めましてになりますね、お嬢さん。私、魅音と申します。以後緒も知りおきを・・・。」

「え?魅音さん?!」

相手の自己紹介で目を丸くする春華。

聞き間違いでなければ、この人が魅音で、紫音が話してくれた、以前失いかけた友人。

「春華さん、急で申し訳ないのですが、時間がありませんので。魅音、お願いします。」

「任せてちょうだい。少し鈍ってるかもしれないけど、たぶん問題ないから。」

二人のやり取りをただ見ているだけの春華。

「それじゃぁ、お嬢さん。あなたの心残りを無くしましょう。お嬢さんだけではなく、相手の方も望んでいますから・・・。」

魅音の言葉は途中までしか聞き取れなかった。

魅音が右の腕を伸ばし、手の平から光の珠を出して病室内を照らし、春華の視界を奪ってすぐに空気が別のものになるかのようになり、聴覚もおかしくなったからだ。

 遠くで紫音の声が微かに聞こえた気がしたが、春華には声が聞こえるだけで、何を言っているのかは理解できなかった。





 どれくらい時間が経ったのだろうか。

この不思議な体験をして、春華はだんだんはっきり聞こえてくる紫音の声に従うように、目を開けた。

「良かった。なかなか反応を返してくれなかったので、心配しました。本当に申し訳ないです。魅音、段取りを一つ飛ばしただろう。駄目でしょう?人に対して使う時は気をつけないといけないと決まりがあるでしょう?」

「わかってますよ。しかし、時間がなかったのだからしょうがないでしょう?急ぐと言ったのは紫音なんですよ?」

なにやら言い争いをしている。

聞いている限りでは、急いでいるために、何か段取りを間違えたと言う事を言い争っているらしい。

「とにかく、今後はなるべく急いでいても気をつけて下さい。それでなくても、だいぶ能力を使っていなくてにぶっているのですから。同じ事は繰り返さないで下さいよ?」

「わかってますよ。紫音。で、お嬢さん、話を戻すけど、お嬢さんには会ってほしい人がいるんですよ。」

「話を急に変えないで下さいよ。まったく・・・。で、春華さん、これは春華さん自身の問題なのですが、私自身、二人の事を見ていられなくて・・・。ですから、急なのですが行動させていただきました。いきなりで本当に申し訳御座いません。」

「え、あの、私はいったいそれでどうすれば・・・?それに、私は誰に会うのですか?」

全然話の内容が理解できない春華。まぁ、無理もないだろう。二人は何もかも急なのだから。

肝心な出だしというものがないのだから、理解したくても前置きがなければ理解できないだろう。

「あっと、すみません。会っていただきたいのは、私自身の望みであり、春華さん自身の望みなので、言葉で会わないと言っても会って頂きますので。それで、会っていただきたいのは、私の友人であり、貴方の大切な友人である『桜華さん』です。」

耳を疑った。まさかその名前が出てくるとは思ってもみなかったからだ。

唯一の心残りである、仲直りしたい幼馴染の名前だったのだから。しかも、紫音の友人と言うのはどういう事だ。

自分の知らないところで話が進んでいた事にも驚きだ。

「実は、桜華さん、一年程前からこちらに戻ってきていたようなんですよ。何度も、あなたに会いに行こうとして会えなかったらしいのですが。しかも、追い討ちをかけるように入院したという話を聞いて、お見舞いと言う事で会おうと何度も試みたらしいですが、結局駄目だったようなんですよ。」

何度も会いたいと願った相手が、近くにいて何度も会いに来ようとしてくれていた事に涙がこぼれる。

待っているだけじゃ何もならない事を知っているから、会えなくても会おうと足を運んでくれていた友人に会いに行こうと行動しなかった自分が恥ずかしかった。

 紫音の話だと、病室にいる自分の存在を知ったのは、桜華も関係していたのだと言う。

病院の入口まで来ては帰っていく桜華に近寄って言葉を使わずに猫として近付いていたのだという。

そして、時間がある日は毎日のように訪れる桜華の相手をしていたのだと言う。いろいろな話を聞いていたのだと。

最近は、中学へ上がるにあたって、しなくてはいけない事が出来てしまい、あまり来れなくなっていたらしい。

だから、かわりに会いにいって様子を見てきてほしいなどと言っていたのだと言う。

 近くにいながら会えず、何年もすれ違いのまま仲直りが出来なかったのは、お互い、意思はあっても後少しの勇気がなかったからだった。

お互い、後少しの勇気を持っていたら、もっと早く仲直りが出来ていただろう。

そして、残された時間を共に過ごしていけただろう。

今になって、仲直りできた後、自分だけがここから消えることに恐怖を覚えた。

仲直りしてすぐにここからいなくなるのは、また桜華を置いていく事になる。二度と会えない事になる。





 春華は何年ぶりかに会う友人の顔を見たらわかるだろうかと考えながら、二人の後について行った。

「さぁ、ここですよ、お嬢さん。待ち合わせの場所は。」

「いってらっしゃい。悔いを残さない為に。大切な者を失わない為に。」

「・・・いってくる。・・・ありがとう、紫音、魅音さん・・・。」

二人にめいいっぱいの笑顔を見せて、公園の門をくぐり、中央の噴水まで駆けて行った。

「・・・仲直り、出来るだろうけど、この後が辛いだろうね。」

「しょうがないんですよ。時間がないのですから。これでも、彼女の時間は延びた方なんですから・・・。」

二人は公園の外から二人を見ていた。

駆けて行った春華が懐かしい面影を持つ少女を見つけ、少女もまた春華を見つけ、お互い何年も顔を合わせていなかったが、間違えることはない。

 二人とも、お互いをみて同時にやっと会えたと言った。

「桜華、ごめんなさい。あの時私が悪かったのに意地を張って・・・。」

「そんなことないよ、春華。私だって悪いんだもん。」

「・・・仲直り、だよね?」

「うん、やっと仲直り、出来たね。会いたかったよ、春華。」

二人はお互いに抱きついて笑った。やっと、止まった時間が流れ出したのだ。


 二人は、時間を忘れて話し合った。

噴水を囲う石に腰掛けて、たくさん、話をしなくなったあの日からあった事を話し続けた。

永遠の時間が流れるかのように、二人は話し続けた。

 大分お互い話が出来た頃、春華はコホッとせきをした。

「春、華・・・?大丈夫?」

はっと、今春華は入院しているはずの人間だと言う事を思い出した桜華。

喘息が酷くなって発作でも始めたのだろうかと、病院へ連れて帰らないとと立ち上がる。

そこへ、あの二人が姿を現した。

「・・・帰る時間、過ぎたけど、今回は多めに見てあげるよ。二度と訪れない時間だから・・・。そちらのお嬢さんも行くよね?病院。」

もちろんだと、うなずく桜華。そして、ふと見覚えのある黒い猫が視界に入る。

「なんでここに・・・?」

「話はまた後日と言う事で。これで、やっと仲直りできましたね。」

まさかと思うが、黒い猫が話をしている。なんでだと疑問に思うが、今は春華の事の方が重要だ。

「さてと、帰りますか。これで、お嬢さん二人とはお別れになりますけどね・・・。」

春華が病院から出た時と同じように、視界が光に包まれて、空気の流れが止まった。

ただ違ったのは、見えていないはずなのに、他の三人の姿が見え、声もはっきりと聞こえる事。

これが、最初の段取りで抜けていたのだろう。

 光が途切れ、おかしな感覚で麻痺していたものが現実に戻ったからなのか起動し始める。

 だが、身体はだるくて重く、動かせない。視界も見えない。ただ、周りに人がいる気配がして、声が聞こえるだけ。

「先生、お願いです、春華を助けて下さい!」

「なんとかしてみせますから、落ち着いて下さい奥さん!」

「先生、春華は、春華は本当に大丈夫なんですか?私、せっかく仲直りできたのに、まだ、言いたい事あるんです!」

「先生、発作がおさまりましたが、脈拍がありません!」

「春華、春華―、戻って来てよ。まだ、行かないでよ。約束、守れていないんだからな・・・!」





 いろいろな声が聞こえた。

春華は今、顔を伏せる担当医と涙を流して乱れている母と桜華の姿を見ている。

そして、ベッドの上に横たわって目を瞑り、二度と動く事のない春華の身体を。

「・・・時間切れ、になっちゃったんだね・・・。」

「心残り、無くしてあげたかったのですが、かえって辛かったですね・・・。」

春華の隣には紫音と魅音がいる。もちろん、春華もここに存在している。身体を失った魂だけが。

しかも、今いる場所は決して人間ではいられない場所。病室の窓の外だ。

何も足場のない空中に浮いているのだ。

「でも、仲直り、出来て良かったよ。ありがとう、紫音。魅音さんも、ありがとう。」

「春華さん・・・。」

暗く沈んでいる紫音に笑顔を向けて、話を続ける。少し後悔が残ってしまったが、一番の目的を果たせたのだからそこまで後悔はしていない。それはすべて、ここにいる二人の不思議な友人のおかげなのだ。

「桜華やちよちゃんやお母さん達と別れる事になっても、私は忘れないし、皆も忘れないでいてくれると思う。時間が止まっても、永遠が続いても、私は私なんだし、あの人達はあの人達。」

 泣き、乱れる二人の元へ、クラスメイトのちよちゃんが現れた。顔を一度だけ見た担任も現れた。

 ほのかに笑みを残し、眠っているようにしか見えない魂の無くなった体を見て泣いている。

 自分は今目の前にいるが、彼等には見えない。

「でも、仲直りしてすぐっていうのは少しきついなぁ。もう少しだけでいいから、一緒にいたかった。」


だが、これは時間が許してくれなかったのでどうしようもない。

春華自身も、紫音や魅音、担当医にも、どうにも出来ない。