二 虹の架け橋の願い事






 春華はベッドの上に座り、隣に紫音を座らせて、お話を続けた。

 先程、昼食と食後の薬を持ってきた看護婦が出て行った所なので、当分誰も来ないだろう。

 病室内に楽しい話し声が久しぶりに響く。

「そうですか、春華さんは喘息でこちらに?」

「そうなの。なんか酷くなっちゃって・・・。」

「それは大変です。」

哀しそうにうつむき加減になる春華。それを見て、哀しくなる紫音。

「そうですねぇ。私では病気を治しては差し上げられませんけど、夢を見させる事なら可能ですよ。例えば、えい!」

紫音がパチンと音を立てると、何も入っていなかった花瓶に綺麗な桜の花がついた枝が現れた。

「す、すごーい!どうやったの?あ、もしかして魔法ってやつ?!」

まるで、本当に夢みたいだと心躍る春華。その笑顔を見て、紫音もうれしくなる。

「ねぇ、じゃぁさ、今度はあれだして。兔。私ね、小学校行っていた時、飼育委員で世話してたの。でも、今はこうだけど・・・。」

「兔?兔かぁ・・・。」

「駄目なの?そうよね、無理よね。」

残念そうに視線を下げる春華を慌てて止める紫音。

紫音が考えていたのは、兔を出すよりも、別の方法の方がいいかもしれないなと言う事。

「これなら、いいでしょ?駄目かい?」

目の前に現れた黒い兔。いたはずの黒い猫と引き換えに現れた。つまり、同一人物だ。

「おお、すごい。」

優しく抱き上げて、頭を撫でる春華。気持ちよさそうに首を伸ばす紫音。

その場は、会話は無かったが、何かで伝え合っているように見えた。




 日はだんだんと沈み、病室はオレンジ色に染まった。

「失礼します。水原さん、夕食と薬をお持ちしました。」

部屋をノックした後、看護婦が夕食を乗せたトレイを持って入って来た。

「あら?先客がいたのね。でも、病院内は駄目よ?」

今は元の黒い猫に戻った紫音の首辺りを掴み、部屋を出て行った。夕食と薬を残して。

 また、一人になってしまったと、しょんぼりする春華。食べる食事もおいしく感じられない。

しょぼんとして周りに人がいれば、近付きがたく、声をかけずらい雰囲気を漂わせてガードしているように見えた。

 そこへ、窓をコツコツとたたく音がし、窓の方を見ると、そこに紫音がいた。

「紫音!どうしてそこに?!」

「何を言っているのさ?私は初めからここから入ってきたでしょう?外に出されても戻ってこれるってわけよ。」

「あ、そっか。」

紫音は頭がいいなといい、そんなことはないと返答が帰り、二人一緒に笑い出す。

外に聞こえたら、また連れ出されてしまうと、声を潜めながら。春華にはとっても歓迎な訪問者だと思えた。

明日も、その次も来てほしいと望むほど、そして、本当の友達に慣れたらいいなと思えるほどに、紫音の存在が大きくなっていた。

 夕食後、トレイを返しに行き、薬を飲んで、一日一回は来る医師の診察に控えた。

紫音には無理言って、そばにある棚の中に入ってもらった。

まだ、いろいろと話がしたかったので、医師が来るのは見つかれば大変な事になるが、帰られるのも嫌なので、無理に頼んだのだ。

紫音は、しょうがないなと言いながら、大人しく棚の中に入った。そして、春華は扉を閉めた。

 診察に来た医師は、何か動物の毛の匂いがするなと言っていたが、気のせいだろうと言って、空気の換気をするようにと言って去って行った。

「ふぉー。もう少しで呼吸困難になるところでしたよ。」

棚から出てきてくにゃんとその場に倒れこむ紫音。

ごめんねと春華は誤りつつ、ここは病院だから直に見てもらえるよと言ってやる。

紫音の眉がピクッと動き、起き上がる。そして、それは遠慮しておくよと苦笑しながら言った。

どうやら、紫音も春華同様に病院は嫌いのようだ。だが、一つだけ、病院に感謝する二人だった。

それは、二人を出会わせてくれた事にだ。

 今日は、後は寝るだけだと、ベッドの布団に足を入れて腰掛ける春華。側にはもちろん紫音がいる。

「で、何か他にお話してよ。」

「そうだなぁ。虹橋の話はどう?虹の架け橋、願いをかけて、努力するだけ願いに近付くようにしてくれる不思議な橋。何処に繋がっているかは謎なんだけどね。」

「ふうん、そんな橋があるんだ。虹って聞いたら、根元に宝があるって話ぐらいしか聞かないなぁ。ねぇ、紫音。その話教えて。」

早速興味がわいて知りたくなった春華。紫音は、そうだねぇといいながら、話し出した。

 昔、一人の男が妻を亡くし、哀しみに刈られて死を決意した。その時、たまたまやって来た友人から願いを叶えてくれる橋がある事を聞いた。

男は早速橋を捜しに出かけようとする。

しかし、その橋は架空の世界の物だと友人は言い、現実には存在しない物だといって、止める。

だが、男は、可能性が無いわけではないから捜しに行くのだといい、友人の前から姿を消した。

 それから、数日経ったある日。

男は存在しないと言われた橋を見つける事が出来た。そして、橋に願いをかけて妻との再会を果たした。

橋に空から降り立つ虹が消えるまでの間だけ。それが、本来ならば叶うはずの無い願いが叶うタイムリミット。

虹が消えれば妻も消える。だが、男は消えた後も、ずっと空を見上げていた。

そして、その日から男は変わった。妻の一言がきっかけだった。

 春華はすごいといいながら、涙をぼろぼろ流していた。紫音は泣かないで下さいと必死になだめる。

「違うの、止まらないだけで・・・。」

春華の頬をつたる涙に何かが触れた。紫音が頬をつたる涙をなめた。

「泣かないで、奥さんと、春華さんを重ねないで。」

言われてドキッとする。涙も止まった。どうして、わかってしまったのだろうかと、驚きながら紫音を見やる。

「私は、架空世界の住人。人の心の奥は複雑でわからない事が多いですが、私も春華さんと似たように感情があり、心の奥にしまわれた傷や思い出があります。人より少し、相手の心の奥を見ることが出来るのかもしれませんがね。なんとなく、感じるのですよ。」

出来れば、あまり気付いてほしくは無かった。でも、嘘はよくないからなと、自分に言い聞かせる。

「・・・じゃぁ、紫音にだけ教えてあげる。」

春華の眼が少し曇る。だが、春華には紫音にだけは知っておいてほしかったのだ。

『虹橋』を見つける事が出来ない自分の代わりに、あえなくなった人達の事を自分の代わりにと。

「私ね、あと一ヶ月もつか持たないかの命なんだ。残された時間がないの。だから、六年生になれるかどうかもわからないの。でね、もし私が死んじゃったら、お母さん達哀しむだろうなと思ってね。お母さん達に会いたい気持ちもあるけど、二度と戻れないから。だからね、私思うんだ。妻の人が男に言った事。何て言ったのかは知らないけど、たぶん、最期まで生き抜いて、またいつか会おうって。自分で命を絶ったら、二度と会えなくなるだろうから、自分も哀しいからって。」

紫音にも覚えのある思い。

つい最近まで、友人は反動で返って来た呪いによって眠っていた。

今は目を覚まして普通に生活ができるようになっているのだが、話の男と妻、ここにいる春華と大切な人達。

重なる所がある。

どちらも、二度と会えなくなるかもしれない、会えない、哀しいという思い。春華の気持ちが痛いほどよくわかった。

もし、同じ立場だったら、せっかく再び会話をする事が出来るようになった友を置いていくのは心残りだろうし、泣かれてばかりいても心が痛むし、自ら時間を止めたものならば、今度こそ二度と会えないという事態となる。

 考え込んで黙り込んでいた紫音。春華が心配そうに顔を覗きながら何度も名前を呼ぶ。

やっとのことで、紫音は現実に戻ってきたが、心のそこから笑っているようには見えなかった。

春華にも同じ経験があったからだ。

でも、触れない方がいいのかもしれないと、春華はあえて話を続けて紫音から考えを変える。

「でね、もし、私がここから消えたら、お母さん達に伝えておいてほしいの。先に行ってごめんなさいって。後ね、大好きだった。私の分も生き抜いてって。見えなくなっただけで、ずっと側にいるからって。お母さん、寂しがりやだから。」

それは、自分自身にも言っている事だと紫音は確信した。母も春華も寂しがりや。

二人がいて、成立する関係なのだろう。

それが崩れた時どうなるのだろうか。

春華にとっては嘆き悲しみつづけないで笑っていてほしいという意見がある為に、紫音はその時は伝えておいてあげるよと、言ってくれた。

 それから、外は暗くなり、消灯時間が来た。

 春華は夢の中で、虹橋が出てきて、そこで必死にお願いした。



 『 どうか、お母さん達を笑顔で満たしてあげて下さい。そして、出来るならば、六年生になって、新入生と一緒に・・・。 』





 紫音は春華の規則正しい寝息を聞きながら、夢を感じ取っていた。

「春華さんもお姉さんになりたかったんだね。」

少し寂しそうに春華の方を振り返り、窓から外に出た。暗い闇の中に、黒い猫が混じって消えていく。


 病室のカーテンがひらひらと開いた窓の外に流れ、風にゆれていた。