一章 訪問者は黒い猫 もうすぐで、小学校の入学式がある。 窓から外を眺め、寂しそうにしている少女がいた。 彼女の名前は、水原 春華。今年小学六年生になる女の子だ。 春華は昔から喘息持ちで、最近悪化した為に検査入院をする羽目になった。 今は、病室から窓の外を眺めている。 春華は、今回の検査入院のために、仲が良かった六年生の卒業式にも出られなかったし、お別れの挨拶も出来なかった。 そして、いつもどうして自分はこうなのだろうかと呪いのように呟く。 今日も、何時もと同じように、朝食を看護婦が運んできて、熱と血圧を測り、薬を置いていった。 毎日、病院に来てから同じ事の繰り返し。いいかげん、嫌になってくる。 それでも、春華は早くここから出られる事を願い、その同じ毎日を送った 。しかし、今日は少し違った。いつものように、外を窓から眺めていたというところまでは一緒だったのだが、その後から少し違った。 朝食を食べ終え、コップに水を汲む。そして、春華は苦い薬を一気に飲み込み、コップの水を素早く飲んだ。 「ふぁ〜。」 苦さを消そうと必死になる為に、息をする事を忘れていた。 誰かがいたら恥ずかしいところだったが、さいわい、今は誰もいない。 「う、苦い・・・。」 コップを台の上に乗せ、薬を包んでいた紙をベッド脇に置かれているごみ箱に捨てて、窓を見やった。 「いいなぁ。」 春華はいつも外を見ては、外を歩く人をうらやましく思う。自分も早く、外へ行きたいからだ。 「ちよちゃんはどうしているかなぁ。」 思い出すのは元クラスメイト達。こう体が正常にいてくれなければ、どんどん遅れていく。勉強とも友達とも。 しかし、春華にはどうにもできない問題だった。 ふうとため息をつく。 どんなに仲の良い友達でも、日が経つに連れ、病院へ来る事も無くなってくる。 確かに、病院はいろいろな細菌がある為に親が行くのを止めさせようとするだろうが、週に一回ぐらいは来てほしいものだ。 それでなくても、病院と言う所は何もなく退屈で、時間の流れが遅い場所。 クラスメイトが来なくなって何日経っただろうかとカレンダーを見る。 過ぎた日につける丸印を見ていて、入学式が近付くのを見ると、焦りが春華の中で溢れ出す。 このままでは最高学年になれない。 こんな考えは駄目だと、頭をふって考えを追い出し、引出しに入っている本を取り出した。 春華が好きな本。母はいつも本を持ってきてくれる。 その中で、この本が一番気に入った。 だから、いつもなら読み終わったら持ち帰られるところだったが、置いて行ってもらった。 この本のタイトルは、『神の使いの涙』と言う。 内容は、白い羽をつけた人と一人の少女との出会いで始まり、二人が楽しく過ごしていたが、時間の流れには逆らえず、少女は歳をとり死を迎え、人と違い時間の流れが無いに等しい神の使いは哀しみに心を支配されてどこかで眠りつづけているという話。 最後には、あの少女と同じ『形』を持つ少女と出会い、神の使いに笑みと涙がこぼれて終わる。 春華は一度で良いから、神の使いに会いたかった。そして、大切な人が死んだ時はどうなのかを聞きたかった。 それは、春華に残されていた時間が少ないという事が関係していた。 窓の外から何かがぶつかる鈍い音がした。 はっと春華は目を覚ました。どうやら、うとうとと眠っていたらしい。 窓の外に何かがある。何かがぶつかる鈍い音の元は何かと、ベッドから乗り出して窓の外を見た。 「ニャオ〜ン」 「おわ?!ね、猫!」 春華の言葉と共に、黒い猫はすっと窓の中に飛び込んできた。 「お前、何処から来たの?」 久しぶりの訪問者にうれしい春華。親、友達ではなくても、春華にはうれしかったのだ。 「・・・何処から、そうですねぇ。夜会の帰りでは駄目ですかね?」 「・・・嘘?」 聞き間違いだろうか。猫が人と同じ言葉を話すなんて。春華の頭はパニックにおちいっていた。 「おや?どうかしたのですか?水原春華さん。」 「え、な、何で名前知ってるの?」 「それは、たまにここを通る時に看護婦さんや医者さんや親御さん達が名前を呼んでいるでしょう?それに、そこにはっきりと名前が書いてあるじゃないですか?」 黒い猫はベッドの側に入れられた患者の名前を書かれたプレートを指差す。 春華は「あ、」と言いながら、なるほどと納得していた。 「で、お前誰だ?第一に何者だ?猫じゃないな?」 急に形勢逆転のごとく、問いただす。魔法を信じる少女にとって、猫が人を話すという事に驚いてもすぐに本の世界とイッショニして解釈する。 春華の考えでは、人が魔法で猫に返信したという事だ。 「こりゃまた、変わった質問をする人だ。」 黒い猫はクスクスと笑っている。そんな可笑しな質問をしただろうかと首をかしげる春華。 そして、二人一緒に顔を見合わせてクスッと笑う。 その後、春華は黒い猫は人の姿を持つ者で、人からは架空の世界の住人で、名前を『紫音』だと名乗った。 |