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    千代の大切なはがき

 

 

 

「うー、時間がないよー。」

小柄な影が道を走り抜けていく。

背中には赤いランリュックを背負って、右手には手提げ袋を持って、一生懸命は知っていた。

「ただいま、千広兄ちゃん!」

バンッと勢いよく扉を開ける少女。

「お、帰ってきたな。」

首だけで振り返って妹の姿を確認する。

「ねぇ、お姉ちゃんは?」

「いるぞ。あいつと一緒に上だ。」

そういって、もう視線は前に戻していた。

少女、千代はカバンをほっぽり出して上の部屋に向かって階段を駆け上った。

「お姉ちゃん、麻美お姉ちゃん。」

扉を開けると、そこには麻美と和利の姿があった。

「あ、千代ちゃん。お帰り。」

「お姉ちゃん。約束。」

「わかってるよ。ちゃんと持ってきたよ。」

そういって、側に置いておいたカバンから何かを取り出す。

「はい。これでいいんでしょ?」

そういって一枚の葉書を手渡す。

「ありがとう。」

渡されてうれしそうに笑顔でお礼を言う。喜んでもらえて良かったと、麻美はほっとする。

麻美から渡されたはがきは海と空、そして二羽のかもめと小さな白い船が描かれている絵葉書。

「早速書いてきたらどう?」

「うん。」

千代は大事にそれを持って、自分の机のある部屋へと向かった。

「可愛いなぁ、千代ちゃん。」

「お前も昔はあーだったぞ?」

「・・・お兄ちゃんも意外とそうなんじゃないの?」

「さぁ?」

そんな会話より、今はこっちが優先だと、コンピューターの画面に戻る二人だった。

 

千代は机のライトをつけて、葉書をしっかりと机の上において、蒼のペンを取り出した。

これを、友人の春華に送るのだ。暑中見舞いとして、つい先日送られてきたから、お返しに送るのだ。

だが、千代が気に入るような綺麗で可愛い葉書はなかなか見つからなくて、麻美に頼んでおいたのだ。

春華とは出会ってもう五年。小学校を入学してからずっと一緒だった。

喘息で入退院を繰り返したりしていなければ、もっと遊べただろうに。

最近はいろいろ用事もあって見舞いにいけずにいた。

この葉書が送られてくる一月前から、体調を崩して入院しているのだ。

それに、今は面会は控えた方がいいということもあるので、同じように葉書を送ろうと考えたのだ。

 

そもそも、出会ったのは小学校の入学式。

桜が舞い散る中で、一人ぽつんと立っていた少女に興味があって近づいたのだ。

春の、桜の妖精みたいに、桜のちかくにしかいられないのかなと思ったぐらいだ。

「ねぇ、君は誰?」

呼んだことに気付いてくれたらしく、視線をこちらに向けてくれる。

「あたしは、千代だよ。はじめまして。」

そういって手を出した。

相手は反応に少し困りながら、手を出して、握手を交わした。

「・・・あたしは、春華。こちらこそ、はじめまして、千代ちゃん。」

名前を呼んでくれて、うれしかった。

そして、ずっと一緒にいられる、ずっと一緒にいたいと思った。

彼女が喘息持ちだと知らなかったから。

三年に上がる頃には、入院をたびたびするようになっていた。

千代は時間がある限り、お見舞いにいって、いろいろ話をした。

そして、千代は知った。あの日、春華があそこで何を考えていたのか。

けんかをして、仲直りできずに引っ越してしまった友人の事を、考えていたと。

友人も、春の言葉が入る。それも、桜だという。

桜を見て、友人を思い出していたらしい。

本当ならば、一緒に入るはず、一緒に並んでいたはずの友人がいないことが、寂しくて、桜のもとにいたらしい。

秘密の約束を交わした立会人が桜だったということもあるらしいが、それは千代は知らない。

 

「喜んでくれるかな?」

机の上には、一枚の写真が飾られている。

入学式で取った、春華と一緒に写っている写真。

「私との約束、守ってね・・・。」

入学式の日、あの桜の下で、約束した。

これからずっと友達でいようねと。

春華は確かに約束してくれた。昔交わした約束と同じように。

千代は写真立てから写真を抜き取り、後ろに隠されていた一枚の葉書を取り出した。

「春華ちゃんはまだ、もっていてくれている?」

一年生のとき、年賀状を友達同士でだしましょうということで出した葉書の事を。

「今でも、大事な宝物なんだよ。」

それは、まさしく春華が一年生のときに一生懸命書いた年賀状であった。

まだ、字がわかるかわからないか程度で書けるのが精一杯だった頃に頑張って書いたもの。

「この葉書もしっかりと直しておかないとなぁ。」

鍵をかけられる引き出しには、春華との思い出が詰まっている。

はじめてもらったこの葉書以外の葉書も収められているし、もらったプレゼントも全て入るものは入れてある。

少ない時間で、たくさんの思い出が出来たと思う。

「春華ちゃん、いつか仲直りできるといいね。」

最後のコメントとして、小さく入れておいた。

きっと、苦笑しながら読むだろう。想像できて、千代もクスクスと笑みをこぼす。

「さて、出しに行こう。」

立ち上がって、葉書だけを持って家を出た。

早く、この葉書が届きますようにと願いながら、赤いポストの投函口に入れた。

まるで、懸賞の葉書が当たるように願うような感じだ。

春華も同じ思いだったのかなと思いながら、千代は帰路に着く。

 

春華もまた、千代と同じように葉書やプレゼントを大事にしていた。

もう一人のけんかしたままの友人からのものと一緒に。

 

三人が集まって言葉を交わすことはないかもしれないが、まだ時間がある中、いつか叶うといいなと、三人ともが思っていた。

 


       あとがき


番外編第四弾。千代ちゃんの話。
本編階段の方では、ほとんど出てこなかった彼女のお話。
世間は狭く知り合いばっかりの裏話