僕らは、いつも一緒だった

どこへ行くにも一緒だった

だから、このまま一緒にいられると思った

だけど、それは叶わない夢となった





   もし、願いが叶うなら





毎日、同じ時間、同じ事が繰り返される。

そんな事に飽きてくるが、それ以外に何もすることはない。

ただ、時間の流れにそい、人の進む道にそい、自分は時間を無駄に過ごしていく。

あの日から、自分は、桐咲柚華はそうだった。

「柚華。柚華ってば!」

人と好んで接しようとしない自分に、いつも話しかけてくれるクラスメイトの柳葵。出会ってから八年。いつも自分の事を気にかけてくれる。

だけど、自分は相変わらず、曖昧な反応で、周りの者達は放っておけばいいのにと囁く声が聞こえてくる。

自分でも、それではいけないとわかっている。わかっているけれど、あの日から自分の心を凍り付いて閉ざされ、何に対しても無関心で人の輪の中に入らずに離れていく。

そんな自分に、八年もの間、ずっとめげずに話しかけ、相手をしてくれる葵。

なんだか申し訳ないが、今更自分がどう接すればいいのかなんて、わからない。

そして、さらに時間は流れていく。





「でね、あいつってば言うの。『お前は猫だ』って。いつも気まぐれで勝手に出かけては勝手に家に帰ってくるからだって。」

葵はいつも自分を一緒に帰る。家が近いという事もあるが、ここまでする理由はなんなのかと、たまに思う。

葵はいつも、反応をしない自分に話を続ける。あいつという、彼女の知り合いの話をし続ける。

そのあいつの名前も姿も年も知らないけれど、いつも話しかけるように話し続ける葵。

あいつとは、葵の従兄弟らしい。今は遠いところに引っ越してしまったらしく、逢う事が出来ないその従兄弟。

仲が良かったのだろう。いつも、楽しそうに話をする。自分も、笑顔を忘れてしまっていたが、たまに楽しくて笑顔が戻りそうになる。

だが、戻りそうになるだけで、結局表情として表に出る事はなかったのだが…。

毎日、ただ一緒にいるだけで、葵はそのあいつの話を自分に聞かせて過ごす。

なんだかんだ言っても、八年と言う歳月から、自分はこの時間が楽しく、ほっとできる時間だった。

そして、いつの間にかその『あいつ』の話を覚え、会ってみたいなと思うようになった。






ある日、珍しく葵が学校に登校していなかった。

毎朝、おはようと自分に声をかける姿がなく、おかしいなと思っていた。

出来れば、自分も今日は気分が優れないので学校にいても無意味な時間かもしれないと思う。

今日は、自分がこうなってしまった原因の日。

葵が休むのには関係のないことだと思っていたが、そうはいかなかった。

今日という日は、葵にとっても特別な日であるという事を、その時までは知らなかったからだ。

だが、よく思い出せばいつもこの日だけは、葵は学校を休む。出会ってこの八年の間、ずっとだ。

たまに休むという認識だけの自分は、今まで深く気にしなかった。


だが、今日は何故かそれに気付き、何があるのだろうかと少し彼女を心配を思う。初めて、葵について知りたいと思った。近くなりたいと思った。

そして、今のこれが、なくしてしまった感情の一つである事に、少し驚きを覚える。

だけど、言葉にすることも行動に移すことも自分には出来ない。自分は忘れてしまった。どうすればいいのかを。

あの日、あの人が自分の中から感情を持っていってしまった日から、自分の感情は欠け落ち、人と接する事を苦手とし、言葉を交わす事に苦痛を覚えるようになったのだ。


だが、葵に対しては、はじめからそれはなかった。すんなりと、自分の中に入り込んだ。

今になって思えば似ていたのだ。自分がはじめて好きになった人で、自分から感情を持って行ってしまったあの人と、葵は似ていた。

話し方や態度、自分に対する接し方など、覚えているあの人との事がとても似ていた。

でも、真実はどうなのかは知らない。今まで知ろうともしなかったので、知るはずがない。

はじめて、明日葵に聞いてみようと思った。今まで自分から話しかけたことはそんなにない。それも、必要である事務的なことだけで、個人的には今までなかった。

なんだか、小学校の入学式でお友達になって下さいと話しかけるような気持ちに似ているかもしれないなと、昔を思い出す。

自分も幼く人と自ら接するようにしていた頃は、そうだった。

全てはあの人との出会いによってよくもなったが悪くもなった。

今では思い出の中でしか思うことも出来ず、そしてあの人も生きられない。

あの人は二度と自分の前には来ない。二度と、帰らない人。

初恋だった人。

思いを何も伝えられなくて、今でも引きずっている。

このままではいたくはないが、どうしても抜け出せない。

本当に、酷い人だと思う。絶対に自分の思いにあの人は、大原樹は気づいていていながら気付かないふりをしていたのだから。

自分は、伝えようとして伝える事が出来なかったあの日の前日、たまたま見つけた樹に声をかけようとした時に聞いてしまったのだから。

自分が、柚華が樹のことを好きだという事を。

彼の友人と話をしていたのを聞いてしまった。

少し困ったようにしながら話している樹を見て、迷惑なのだとすぐに理解した。

だけど、この思いを抱えたままではどうにもならないから、断られるとわかっていながら伝えようと思った。

今から思うと、その年から本当に好きで感情も幼いままで無謀な事をしていたなと思う。

そして、樹と公園で会う約束をして待った。絶対に伝えて答えを貰って、どちらにしても受け止めるんだと。

だけど、樹はどれだけまっても約束したその場所へ来る事はなかった。そして、それが答えなのかなと思ったのだが、家に帰って母親から聞かされて何も考えられなくなった。

頭は真っ白になって、その一言だけがあるだけで、それ以外は何も残らなかった。

「大変よ、柚華ちゃん!」

動揺して帰ってきた自分の前に現れた母。

そこまで動揺して慌てて自分に用があるなんて、いったいなんなのだろうと、その時はそんな事しか思わなかった。


「大変なの。大原さんの家の樹君が、学校の帰りに事故にあって!」

「えっ…?!」

その後はどうしていたかなんて、覚えていない。

気付けば病院にいて、顔を伏せる大原夫婦と自分の母親や知らない大人の人達がベッドを囲んでいた。そして、そのベッドには、彼が寝ていた。

二度と覚めぬ眠りへと、旅立った。







意識してしまえば、なんだか物足りなく、寂しい下校の時間。

どれだけ葵の存在が自分の中で大きくなっていたのかを思い知らされる。

きっと、気付かないふりをして、また置いて行かれる事を前提にして、勝手に相手を知ろうとせずに一線引いていたのだろう。

あの日失ってしまった大切な人。何も伝えられず、返事を返してもらえなかった事で、何かが壊れてしまった。

もしかしたら、また同じように自分の懐へと引き入れて親しくなった後、離れるのが怖くて逃げていたのかもしれない。

柚華はゆっくりと、だが確実に真っ直ぐ家に向かっていた足を、ふと顔を上げて見たものによって止めた。

「…あ…おい……?」

見える人影。それは間違いなく欠席で今日一日姿を見なかったはずの葵であった。

「あ、柚華。…お帰り。」

何か、少し戸惑いながら言う葵に少し違和感を感じた。

今までと何かが違うそれ。

すぐに、柚華は気付く。

樹と、同じなのだ。

何かを隠していて、それを言おうとする時に戸惑うのだ。

素直な心を持っていて、相手に対する思いやりから隠していた事でどうしていいのかわからなくなってしまう樹。

いつも、何か隠していても、すぐに言おうとしてくれた。だけど、なかなか言い出せない。

彼は、照れ屋だったのだ。自分以上に。

その姿が、今の葵にだぶる。

「あ、あの・・・っ!」

何か言いたげで、言葉がはっきりと喉からでない。

そんな葵を見て、柚華が声をかける。今までではありえない事。

さすがに、その事で葵も驚いていたようだ。

それもそうだ。自分は自分から声をかける事なんて、それも私用ではなかったからだ。そして、自分自身もまた、そんな自分に驚いていた事も事実だった。


「話があるのなら、上がったらどう?長い間いたみたいだしね。」

少し震えるほんのり赤く染まる指先。冷たさで手が冷えている。

そのまま、しておくのはいけないと思ったし、このままではいつまで経っても話が進まないとも思ったからこその行動だったが、それがきっかけだったかもしれない。

柚華は自分の中で何かがパチンと音を立ててはじけた気がした。

二人とも無言で、玄関を通って真っ直ぐ二階へと向かう。

葵ははじめて入る柚華の家の中を一通り見渡して、柚華から離れないように一定距離を保って着いて行く。

二階の一番奥の扉。そこが柚華の部屋。

「…入って。」

扉を開けて振り返る柚華が、後ろから着いてきた葵に入るように指示を出す。

その後、何も言わずに柚華は葵を部屋に座らせてふらっと出て行ったかと思うと、手にはお盆を持っていて、その上には二つのカップと簡単につまめるお菓子が乗っていた。

「はい。これでも飲んで温まったらどう?」

差し出すのは暖かいココア。

この寒い時期にとってはおいしいもの。

葵はどうしたらいいのか迷いながらも、ありがとうといって柚華からの好意を素直に受け取り、カップに口をつける。

暖かくて甘い味。

ココアのような甘い友人関係でいたいと願ったのは、罪なのだろうか。

これから話す事。それによっては今まで気付いてきた関係が崩れる可能性がある。

葵はそれを少し恐れていた。

少しずつ心を開いてくれている柚華を感じていたから、いつか本当に仲のよい友達になれると予想できる程のものだったから、壊れるのが少し怖かった。

葵は、大切な人達に嘘をついて欺きそして裏切るのだから。






ココアを飲んだ後、カップをお盆の上に戻した葵は、ゆっくりと柚華の方を見て、話し始めた。

「…今まで、黙ってた事。約束だったから、黙ってたの。でも、柚華と仲良くなりたいと思うのは本心だから、それは間違わないで…。」

自信なさげに話し始める葵。いつもの積極的な態度は見られない。

だが、どうしていいのか、どう声をかけたらいいのかわからない柚華は、ただ黙って話を聞いていた。

「私は、ある人と約束したの。柚華の事を頼むと、それに私は応えた。でも、私はその人から頼まれるより以前から柚華の事を知っていた。そして、羨ましいほど良い子で、友達になりたいと思っていた子。だけど、貴方はあの人が心配した通り、心を閉ざした。」

何が言いたいのかわからない話。いったい何の話をしたいのか、その時柚華はわからなかった。もしかしたら、わかろうとしなかったのかもしれない。

「彼は、私の従兄弟。いつも、柚華に話していた人。そして、その人の名前は…。」

「…樹さん。」

従兄弟という単語と、だんだん頭の中で整理が出来てきた柚華は答えを導き出した。

「そう、大原樹は私の従兄弟。」

そっか、それでそこまで自分を心配していつも一緒にいたんだと、納得できた柚華。そして、だんだんと心が覚めていくのを感じた。

柚華は信じられなかったのだ。葵の思いを。樹に頼まれたから自分を励まそうと無理に付き合ってくれていたのだと、思い込んでしまったのだ。

「話、最後まで聞いてね。」

「…。」

無言だが、それを肯定と受け取って、葵は話し続けた。あの日、事故の時に葵とした約束の内容を。そして、伝わる事のなかった思いを。






樹は、初めて会った日から柚華の事が好きだった。一目ぼれって奴だったのよ。

でも、柚華はいつもたくさんの友達に囲まれて、良い子でいろんな人に好かれていた子。

だから、独り占めはよくないし、自分は望みがないと、心の奥底に閉まってしまった。

だが、だんだんと一緒に過ごすようになって柚華が自分の事が好きだという事を知った。


うれしかったが、それは間違いではないのかと、友人に相談した。だが、応えは本人から直に聞くのが一番だと聞き、丁度その後に柚華から話があると持ちかけられた。

樹はこのときに思いを告げようと決めた。今迷っていてもしょうがないし、もし柚華が離れることを選んでも思い出としておいておくつもりだったから。

二つしか違わないが、それは大きな壁でもあった。

だけど、今という幸せを手放せば、いつ幸せが来るかはわからない。

幼い彼は必死に考えた。

そして、約束をした日。

葵が横断歩道を渡ろうとした時、信号無視した車が突っ込んできた。

危ないっという言葉とともに飛び出してきた大きくて強くて、暖かい樹の腕に包まれた。

その後は、予想できる通りの状況。

庇ったはいいが、思い切り頭を打ってしまった樹は、意識を失っていた。

嫌だよと、泣き叫んで体を揺らしても反応はない。

救急車に乗って来た人が樹を連れて行こうとする。

葵にとって、その知らない人達がいくら助けようとしても、引き離そうとする悪い奴に見えた。

葵は知っていた。今日がどれ程大切な約束の日だという事を。だから、自分の事にかなり恐れと後悔と、何とも言えない思いが駆け巡った。

辛うじて意識を取り戻した樹は、最後に葵に頼み事をした。約束付の頼み事。

「どうか、柚華の事を頼みたい。そして、俺の事は黙っててほしい。」

樹と葵が従兄弟だという事は柚華は知らない。だから、知らせずに偶然出会って友達になって助けろと言いたいのだとわかった。

知っていていきなり近づくのは、警戒心を呼ぶからだ。

もし、樹が頼んでも、葵は相手が柚華でなければ受けなかった。

この事で、何かが少し吹っ切れた気がした。

明日、おはようって声をかけてみようと。

はじめから友達になりたいのなら、声をかけたらいいのだ。少しの勇気を出して。

そして、朝。

葵は登校してきた柚華におはようって言葉をかけた。

もちろん、昨日の事のせいでかなり落ち込んで泣いたであろう彼女は、心を閉ざしていた。

昨日まで持っていた明るさは消えてしまっていた。

それでも、中にあるものは同じだと思えた。

あの時見えた輝きは同じだから。

そうして、八年という歳月が流れたのだった。

その間、従兄弟との約束を守った。そのために、柚華には隠し事をした。

だけど、今は従兄弟との約束を破った。

それが良い事か悪い事かは今でも判断はできない。

それでも、今話してしまう必要があると思った。

従兄弟の、樹という一人の男が伝えたかった思いを伝えなければいけないと思った。そうしないと、その思いは彷徨い続け、可愛そうに行き場を失ってしまうのだから。

それに、柚華もまた何も前へ進む事は出来ないから。






話を聞いて、知らず知らずのうちに、自分さえ気付かないうちに涙が零れ落ちていた。

それは、樹が自分のことを本当に思ってくれていたことに対してと、葵と少し近くなれた気がしたからだった。


「黙っていた事は悪いと思う。でも、これだけは信じてほしい。私は従兄弟に頼まれたから一緒にいるわけじゃないの。」

彼女の真剣な訴え。

柚華は少し黙っていたが、小さな声で一言だけ言った。

その言葉に、葵は今まで見た事がないほどの満面の笑顔で答えた。




『じゃぁ、改めて、お友達になってくれますか、葵さん。』




そう、初めて名前を呼んでもらえたのだ。



出会って八年。

相手を知って仲良くなりたいと思い続けて十年。






もし、願いがかなうなら


あの日に戻して下さい


今までならそう願っただろう


だけど、今は違う


今の願いは唯一つ


いつまでも、仲良くいられるように







今度、貴方へ会いに、いろいろな報告をしに行きます。


貴方は今、この広くて蒼い天のどこかにいるのですか?



   終わり





     あとがき

 4444HITのお祝いに、由梨samaへ贈呈した物語。
 前回誕生日で差し上げたモノ同様に、李瀬としては珍しい恋愛物語だったりもします。(これはそういわないのかな?)
 こんなものを読んで、喜んでいただけるかどうか心配なところですが…。私はこれで精一杯です。あう。
 これからも、頑張って下さいという気持ちを込めて、お祝いさせて頂きます。
 (お祝いなのに、少し暗いようなもので申し訳ありませんでした)



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