今日もあのクラスへと向かう為、廊下を歩いていた。そこへ聞こえてくる声に、ユーリは足を止めた。

「ユーリィィー!」

あの声は間違いなくザギだ。妖刀に宿る化け物で、かなり好戦的な奴だ。しかも、いろいろいっちゃってる奴で危険人物とここで言われている。だが、あれも一応生徒というくくりになっており、追い出されることもない。

それは、人ではないものの為にある場所だからだ。

出会いは簡単。ここの生活に慣れ、担当を適当にあしらう術を完璧に身に着ける頃、適当にいた生徒に戦いを挑むあの男をぶっ飛ばしたことからはじまった。

強い奴が好きらしく、あれから毎日のように現れて叫ばれて戦いを挑まれる。

何でも、妖刀としてかつての主が殺されたあと、役目を果たしたいのにずっと忘れられたことでいろいろ爆発したらしい。明らかにあれは爆発しすぎてると思うが、それも人それぞれと言う奴だ。仕方ない。そういうことになっている。

「仕方ねぇーな。」

このまま真っ直ぐ行った方が近いが、遭遇してまた校舎破壊したとして反省文書かされるのはごめんだ。

来た方角に戻り、まわることにした。

裏を回り、人気のないそこを通っていた。

この学園は幼等部から大学部まであり、基本的に人でない奴等はエスカレーター式だ。だが、人との契約がなければ、学園の外へ出て人と同じように暮らすことは許されない。ずっと学園内に留まらなくてはいけなくなるのだ。

つまり、ここはかなり広い。そして、あまり人目に晒さないようになのか、周囲は木々に囲まれている。

ほとんどの生徒が寮生だから問題ないだろうが、はっきり言って自宅通学では不便だ。何かいろいろ有名な学校らしいが。

つまり、その木々が立ち並ぶそこを抜けているのだ。

結構ここは静かでお気に入りの場所でもある。しかし、今日は少し違っていた。

ボトッ

何かが上から目の前に落ちてきた。

あー、何かろくなことにならない気がする。だから、そのまま通り過ぎたかったが、ほっとけない病にかかっているユーリはやっぱり声をかけてしまうのだった。

何せ、それは一応人型をしていたからだ。

「おい、大丈夫か?」

紅っぽい服を着た、長い白髪の男だ。身体をゆすれば、うっすらと開く紅い目。何かウサギみたいな奴だなと思って見ていたら、ぼーっとしていたその男がポツリといった。

「・・・腹、減った。」

「はぁ?」

まったく状況がわからない。いきなり上・・・たぶん木の上だろうが、落ちてきて倒れて、一番最初にお腹減ったとは何事だ。ここは食堂が充実していて、飢えることはない。ここの関係者なら尚更だ。

敷地内にいるのだから、この男も把握してない教師か何かだろうと思ったからこそ、まったく意味がわからなかった。

とにかく、このまま放っておくには目覚め悪いので、校舎まで連れて行けば誰か教師見つけて押し付ければいいかと肩に担いだ。

身長も結構しっかりした男なので、足を引きずることになるが勘弁してもらおう。

一歩、進もうとした時、突如体が動かなくなった。何だろうか、これは。もしかしてもしかしなくても、この倒れている奴も人ではないそういった奴だったのだろうか。

ガクンと、立っていられなくなり、足元が崩れてその場に座り込む形になった。もちろん、肩に担いでる謎の人物も同じように下がる。

そして、ガシッと肩と腕を掴まれ―――ラピードの時のように首筋を舐められた。

「ひっ・・・あ、何なんだ、よっ!」

首筋から離れたが、まだ、近い。何なんだと掴まれた手を振り解こうとしたが、突如だんだんと力が抜けていき、意識がもっていかれそうになる。

やばいと感じ、必死の抵抗で男を押し飛ばした。

「てめっ・・・。」

男は反動でその場に尻餅をついたようだったが、ユーリ自身も力が抜けてその場に崩れた。

男がまた何かやらかさないように目だけはしっかりと男の方を向けていると、ぬうっと起き上がった白いそいつの紅い目がこちらをみた。

「誰だ。」

「お前がそれ言うのか?しかも今更かよ。こっちこそお前誰だって聞きてぇよ。」

何なんだろう。この、寝起きのようにぼーっとした感じの謎の白い人物。さっきのも寝ぼけていたというのだろうか。

確かにこの学園は変な奴等の集まりだ。はっきり言って、まともな奴がほとんどない。もしかしたら誰一人まともな奴というのはいないといっても過言ではないような場所だ。この男も変な奴であってもおかしくはない。おかしくはないのだが・・・。

「確か・・・そうか。食事だ。」

「何一人で事故解決してんだよ。」

こっちにはまったくと言っていいほど意味不明だ。しかも、食事って何なんだ。もしかして、今から俺はこの男の食事になって死ぬのか。

そんなの御免だ。

「すまなかった。」

そう言って、踵を反し、立ち去ろうとする男。呆然と見ているしかなかったユーリは、完全に姿が見えなくなってから先程舐められた意味も急に力が抜けたことも、謎の男の正体も知らないままだということを思い出した。

そして、始業時間が迫っていることを思い出して焦って走るのだった。

遅れたら、今度はレイヴンに何されるかわかったものじゃない。

 

 

 

時折もめたり騒いだりしながらも、授業は進み、お昼の時間がやってきた。基本的に衣食住は人と変わらない奴等が多く、普通の食事に最初は驚いたものだが、これが今では普通になりつつある。なかなか皆料理が上手くて、交換し合うのが最近の昼食の楽しみ方だ。

食堂があるにもかかわらず全員このクラスでお弁当というのも、どこか不思議な感じがするが。

「ねぇねぇ、これちょうだい?」

ただ、クラスで仲良く昼食というのは、カロルやリタがまだ見た目幼いから、何だか放っておけなくて、嫌な奴もいないし今のままでもいいかなと思ってのことだが、何故この男まで一緒にいるのだろう。

「あ、ずーるーいー!」

カロルが反応し、レイヴンが欲しがってる玉子焼きを見た。交換は別に楽しくやれればいいのだが、何故そこまで争うのかわからなかった。楽しそうに見ているジュディもそっぽ向いてるリタもおろおろしているエステルも、三人ともすでに俺のおかずを持っていったあとだが、カロルとレイヴンもすでにつまんだ。

自分のがあるだろと思うのだが、カロルがダメとしゅんとして言ったり、おいしいと笑顔で喜んでくれるのを見ると、何か微笑ましくてついついあげてしまうのだが。

この男がここに混ざって、しかも人の、生徒の弁当のおかずをとるとか、いったい何だっていうんだ。

自分だって、ちゃんと美味しそうなお弁当を用意している、というのにだ。

それでも、このおっさんがおかずをとるのに文句を言っても渡してしまうには理由がある。

「はい、これ。」

はじめは、調理実習で親睦を深めようとパーティをする為にケーキを作ったことで、ユーリが甘いもの好きだということがクラスのメンバー全員に知れ渡った。しかも、その時レイヴンが作ったクレープが絶品で、それを目ざとくみていたらしく、よく昼食のデザートにと作ってきてくれるようになったのだ。

本人曰く、甘いものは匂いも嫌いらしいが。

「嫌いなくせに作るのが上手いって謎だよな。」

「いいじゃないの。おっさん、青年と仲良くする為なら頑張っちゃうんだから。」

「へー。」

「ちょっと、何その反応?!」

そんなこんなで、あっという間に終わるお昼の時間。次は嫌なんだけどと本人は言うのだが、別の仕事があるらしく、自習だった。暇になったため、ユーリは甘いものを求め、調理室でお菓子を作りだした。

「お、なかなかのできだな。」

満足のいくそれに、自然と笑みが浮かぶ。きっと欲しいというだろうクラスメイトの分として小分けに入れ、大きな袋にそれをまとめて入れた。

もちろん、自分用の一番多い奴は手に持って食べ歩きだ。

少し歩くと、見覚えのある赤い塊が落ちていた。

「…。」

食べていたクッキーをつい、落としてしまった。もったいないことをした。

また、よくわからんことになるに決まっている。だから、関わらないでおこう。そう思った。

けど、結局それの近くに腰をおろし、結局話しかけている。

「おい、あんた。この前も倒れてたけど、また倒れてどうしたんだ?」

声をかけても反応がない。とうとう行き倒れたか。そう思って、肩に手をかけた時だった。がしっと強い力で掴まれた。

「この匂い…人間。…エルシフルの匂い…?」

顔をあげた赤い瞳がこちらを見る。

「やはり、エルシフルではない。お前は何者だ?」

「いきなりご挨拶な奴だな。俺はユーリ。この前といい、あんたこそこんなとこで生き倒れて何してんだよ。」

少しだけ考えた男が、何かを思い出したかのように、目を見開く。

「その手のもの…。」

「ああ。クッキーか?そういやこの前も腹減ったとかいってたな?」

食べるかと差し出したそれを受け取った男。しばらくじっとクッキーを見つめていた男がそれを口にした。

「…同じだ。」

「ん?何がだ?」

「お前、エルシフルと、我が友と会ったことがあるな?」

「はぁ?俺はそんな奴知らないぜ?」

「まぁ、いい。あの日、持ち帰ったものと同じ味がする。」

そういって、懐かしそうにもう一口食べる男。いったい何だとユーリも昔のことを思い出そうと考えた。

そう言えば、エルというやたら人懐っこい変な鳥みたいな獣とは会ったことがあったなと思い出した。そして、土産だとしてクッキーやらいろいろあげた気がする。

「もしかして、あんたの言ってる友人ってのはエルっていう、鳥みたいな白い奴か?」

「っ!やはり、知っていたか。」

「知っていたっていうより、そういえば、あんたみたいに道端に落ちてたな。」

妖怪はよく道に落ちている。そういう認識があるユーリは、今更ながらこの紅い目の白い髪の男が落ちていたところで、たいして問題ではないなと思いなすことにした。

「そうか、お前がエルシフルが言っていた…。」

男が立ち上がり、赤い目がこちらを見た。

「お前、さっき名前をユーリと言ったな。」

「ああ。そういうあんたは誰だよ。」

「私はデューク。エルシフルの望みでこの学園をつくった。理事長だ。」

「はぁ?」

何か、今似合わない単語が出てきた気がした。そうやって、固まっている間に、いつの間にか腕輪が増えた。

「あ。」

「エルシフルの恩人。困ったことがあれば、呼べ。一度ぐらい手をかしてやる。」

もう一つ、クッキーをつかみ、男は去って行った。

「何なんだよ。」

とにかく戻るかと、戻った教室。すぐにばれた契約。

戻ってきたおっさんがすごく嫌そうに、だけどどうしてとしつこく聞いてくるのだが、無視した。