久しぶりに降った雨。

買い物帰りに急に降った為、適当な店に入って雨宿りをすることにした。

レトロな、趣きのある店で、個人的には最近の今風の店よりも落ち着いていて好きになれそうだ。

「いらっしゃいませ。オーダーはどうします?」

席につけば、店の店員らしい男が声をかけてきた。ちょうど時間も時間だったので、今はユーリしかお客はいない。きっと、忙しい時間に使われたであろう食器の片付けをしていたらしく、少し悪い気もした。

「ミルクティーと今日のおすすめケーキで。あ、ミルクティーは砂糖とミルク多めで。」

「オーケー。では、しばらくウェイトしててくだサーイ。」

少し独特な話し方をする男に驚いたが、あまり見るのも失礼だろうし窓から外を眺めることにした。

静かに振り続ける雨に、少しだけ昔を懐かしく思う。

雨の日にだけやってくる雨娘や傘お化け。おかげで雨の日も外で遊べないけれど楽しく過ごせた。

こちらに引っ越してきてからあいつ等とは会ってない。今頃どうしているのだろうと考えていたら、店員が注文したメニューを持ってきた。

「どうぞ。」

「どうも。」

早速、出されたケーキを一口食べた。なかなかいける。くどくなく、あっさりした甘さのいちごのムースとクリーム。

またこの店に来てもいいかもしれないと思う、なかなか満足のいくケーキだった。

どうやら、食べている間俺は笑顔だったらしく、店員が面白そうに見ていたのに気付いた時には、真っ赤になりそうだったが。

「何ですか?」

「いえ、なかなかいいスマイルでしたので。私もハッピーですよ。作った甲斐があったというものデース。」

「そう、ですか。」

確かに、作ったものをおいしく食べてくれる相手がいたらうれしいものだ。そういうことだと思うことにした。

「ご馳走様でした。おいしかった。」

自然と零れる笑みで、店員に感想を述べた。ちょうど雨もあがったので店を後にした。

だから、店員の顔をユーリは見ていなかった。

「これはなかなか・・・あのミスターが契約したリーズン。わかる気がしましたよー。」

窓から帰っていく背中をしばらく眺め、そのまま店の奥へと男は引っ込んだ。

この偶然の切欠から、ユーリは家に住み着いた連中に言わず、たまに買い物に出かける帰りに寄ってはケーキを食べて帰るようになった。そのおかげで、店員とはたまに口を利く機会ができ、ケーキのレシピを教わったりすることもあった。

「へー、知らなかったな。そう言えば、ラーギィさんしか店いないのか?」

「ノンノン。この時間は人がほとんど来ないので、私一人でもノープロブレム。バッド、忙しい時には人手をコールします。」

「そうなのか。」

「そもそも、ここは店の所有者でもあるドンがビジネスで使うことが目的デース。それ以外は暇なので、こうして時折くるお客様に提供するだけデース。」

何だか、もったない気がする。なかなかいい店だと思うのに、その口ぶりからは、滅多に使われていないようだ。

しかも、仕事ということは、何かの集まりかの為にもてなすということだろう。

「じゃあ、そんなに儲からないんじゃねーのか?」

「ノー。元々ここはただの寝泊りする生活の場。ただ少しだけビジネスの為にフロアを作りました。手を入れないとすぐに駄目になってしまいまーす。回避する為に店をオープンするのです。それに、訪れるお客様はとても面白い人多いですから。」

これはこれで楽しんでいるのだと言う。

「じゃあ、忙しくて人手が足りない時は手伝います。レシピのお礼に。」

「センキュー。バッド、私もプロです。大丈夫です。バッド、本当に大変な時はお願いするかもしれませんが。」

「いいぜ。」

タダで手伝いとしてやる程度にはこの人のことを、ユーリはすでに気に入っていた。ある意味、餌付けのような状態だが、甘いもの好きで甘いものにうるさいユーリの舌を満足させる品を作るこの店員が悪意を向けないからこそ、成り立つ関係だった。

何せ、ユーリはすでにラーギィが人ではないものの気配を持っていることに、気付いているのだから。

 

 

 

 

その日、いつもと同じように朝を向かえ、皆と朝食をとって学園で勉学に励むはずだった。

ふと先ほどの授業において、実験室で忘れ物をしたことに気付いたユーリは、すぐ戻ると言って一人教室を出た。

階段を軽く駆け上り、目当ての教室に辿り着いた。

だが、扉を開けるとそこは何故か吹雪いていた。そう、吹雪いていたのだ。室内であるはずなのに。

しかし、ここは人ではない者達の集まりである学園だ。ありえないことではない。そう思いなし、だがこれでは忘れ物であるシャーペンは駄目になってるかもしれない。

けれど、確認と足を踏み入れる。すると、声が聞こえた。どうも、切羽詰ったような必死な悲鳴のような声。

「ゴーシュちゃん、うー・・・困ったにょ。」

部屋の奥で、ツインテールの黄色い頭が見えた。

「どうかしたのか?」

声をかけてみると、はっと肩が動き、黄色い髪の少女が泣きそうな顔で振り返った。そして、少女の前では倒れている紅い髪の少女がいた。

「ちっ、大丈夫なのか。」

すぐにかけより、黄色い髪の少女に聞けば、首を横にふる。

「ゴーシュちゃん。力、暴走しちゃってるのねん。不安定な時期だったから・・・私じゃどうにもできないのねん。」

イエガーさまがいてくれれば・・・というところで、そいつを探してくるのが一番かと判断をした。きっと、この原因をわかっているのも、どうにかできるのもそのイエガーという奴だろうから。

間違いなく、彼女達もイエガーも人ではないもので、今のユーリでは何の役にたたない。

「ゴーシュちゃん、ゴーシュちゃん。お願い起きてほしいにょ。」

必死に声をかけて呼ぶ少女。

「そのイエガーってのがいたら解決するんだな?」

「え、あ、そうだにょ。」

「生徒か、職員どっちだ?」

「職員なのねん。私達の担当教員。」

「そうか。呼んでくるから、それまで何とかできそうか?」

「わかんないのね。・・・だって、限界が超えてしまったらゴーシュちゃんは・・・。」

少女が話ている途中で、突如室内の空気が変わった。

「あわわ、まずいにょ。誰だか知らないけど、今すぐ逃げるにょ。これは、駄目なのねん。」

何か必死に言いだす少女と、すっと体を起こす倒れていた紅い髪の少女。

意味がまったくわからないが、少女の言うことを素直に聞いておく方が今はいいだろう。そして、イエガーという奴を探せばいい。

だが、その少女はユーリの想像を超えるはやさで目の前に立った。

明らかに正気ではない様子に、確かに暴走中っぽいなと暢気に思った。

「だー駄目なのねん。誰かに怪我させたら・・・ここにいられなくなるのねんっ!」

少女の言葉に、何となく察した。がしっと強い力でつかまれ、腕に噛み付かれる。

「・・・っ、成る程ね。彼女は吸血鬼の類、か。」

「あわわ、ゴーシュちゃん駄目なのねん。」

必死に少女の胴体を押さえて引っ張る少女。

「おい、無理に引っ張るな。俺は大丈夫だ。」

「あう・・・。」

笑みを向ければ、少しだけ慌てていた少女は大人しくなった。

「だから、おっさんもラピードも、こいつ等に手を出すんじゃねーぞ。」

首で後ろを向けていってやれば、すっと姿を見せる二つの影。

「青年。無茶しないでよね。心臓にくるから。」

「な、シュバーン教授だにょ?なんで?」

「おっさんなら詳しいよな。職員だしな。・・・この子、どういう状態だ?」

ユーリを見ていた目が少しだけずれ、少女の方に向けられた。だが、すぐにユーリの方へ視線を戻し、問いかけに答えてくれた。

「・・・その子は雪女と吸血鬼のハーフで、純血種よりも力劣るし吸血行為もほとんど必要としないけど、時折衝動的に血を欲することがあって、その影響による暴走ってところかね。」

「なら、血を飲んだら大人しくなるってか?」

「でも、俺は余所の子にユーリの血であってもあげたくはないけど?」

「教職員が生徒見捨ててどうするんだよ。」

本当、俺のことになると心が狭くなるのはどうしたものか。しかも、こういうことに関してはラピード以上に積極的だ。いつも真剣にやることはできないものか。

「ゴーシュちゃん・・・。」

レイヴンの登場で落ち着きがなくなり、そわそわする少女。確かにこれだけ殺気を出しまくっていたら、誰だって逃げたくなるだろう。だけど、少女にとってはそれ以上にこの暴走してしまっている少女のことが心配なのだろう。

少しずつ、荒れていた部屋の吹雪が収まってきた。それと同時に、腕を掴んでいた力が弱まってきた。

「・・・っ、あ・・・。」

「大丈夫か?正気に戻ったのか?」

腕に噛み付く歯が離れ、一筋の血が腕伝った。

「・・・私・・・何てこと・・・。」

「ゴーシュちゃん・・・。」

「ドロワット?!・・・シュヴァーン教授っ?!何故?!」

正気を取り戻したのに、取り乱して再び別の意味で正気を失いつつある少女に、しっかり目を合わせて話しかけた。

「それで、あんたはもう大丈夫なのか?」

「え、ああ。だが・・・。」

「それよりさ。俺ここにシャーペン置き忘れたと思うんだけど、知らないか?」

「あ、机のとこにあったシャーペンなら、さっき準備室に片付けたのねん。」

「そうか。」

ドロワットの答えに、お礼を言う。

「誰だか知らぬがすまなかった。・・・シュヴァーン教授、申し訳ないが今日付けで退学する旨を学園長に伝えておいてもらえないだろうか。」

覚悟を決めたその目と対応。

「ゴーシュちゃんと離れるなんて嫌だよ。」

「仕方ない。これは決まりであり守るべき約束だったのだ。破ったのなら私はここにいる資格はない。」

「でもでも・・・。」

「別にいてもいいじゃねーか。俺は気にしてない。」

やはり、そういうことなのだろう。校則として、人に理由もなく危害を加えることは基本的に禁ずるとある。つまり、生徒同士における、魔物が人を殺す衝動を我慢できなければ学園においておけないという魔物用の校則がある。

今回のこれがそれにあたるのだろう。

「約束は約束だ。守らなければ意味がない。それに、私のことはお前に関係ないだろう。」

「確かに初対面で関係ないだろうが、一度関わったら無視できないしな。そっちのがずっと泣いてるし。」

ユーリに言われ、まだ涙を浮かべているドロワットにぎょっとしてすぐに怒り出す。

「ドロワット、いい加減泣くのをやめろ、見っとも無い。」

「だって、ゴーシュちゃん暴走モードだし、イエガーさまいないし、離れ離れになるの嫌だし、ゴーシュちゃんは離れ離れになってもいいのん?」

「学園長と約束があるのだ。吸血鬼の血が身に流れる以上、血を欲する衝動が起こることは自然なことだ。だが、人を襲うことだけはしてはならない。」

「契約しているモノ以外からの捕食行為は禁じる。それを破れば学園内に留まる権利は失われる。種族ごとに違う、学園内での『契約』よ、ユーリ。」

レイヴンの言葉に、そちらをじっと睨むように見るゴーシュ。

「何故、ここにいる。学園長の使い走り。」

「言ってくれるわね。」

「どうせ、私が先程退学の旨を言わずとも、このことはすぐに報告するつもりなのだろう。目がいいから、何でも見落とすことなく不正を見届けておしゃべりする鴉。」

どうやら、彼女はレイヴンのことがあまり好きではないようだ。

「そうね。だけど、今回は別なのよ。」

「・・・。」

「そうだな。おっさん。こいつが学園やめることになったら、・・・俺、しばらく口利かないからな。」

「どういうことなのよん?」

「俺は問題ないと言った。お前等が心配することは何も起こってない。だけどあのおっさんが余計なことするつもりなら、俺にも考えがあるってことだ。」

にやりと浮かべる笑みに、ずっと真剣な無表情な顔だったのが、少しだけひきつる。

「おっさんだけ毎日食事は甘いもので、家事全般担当。しばらく俺は口利かない。」

「・・・勘弁してよね。」

「それぐらいの覚悟があるなら報告でも何でもすればいい。」

「降参ですよー降参。さすがにユーリに何日も無視されちゃったら寂しくて死んじゃうよ。」

近づいてきたレイヴンがやんわりとユーリを抱きしめる。足元にはラピードが心配そうに見上げてくる。きっと、腕のことを気にしているのだろう。

「で、ものは相談なんだが。」

レイヴンのことで警戒していた二人に目を戻し、提案をしてみた。

「お前等は契約誰かとしてるのか?」

「何故だ?」

「気になったから。」

「・・・今はしてない。理由はその男が知っているはずだ。」

ちらりとレイヴンの方へ目線を向けると、視線を逸らして、小さく答えた。契約主は死んだのだと。

死ねば契約は切れてなくなる。

「お前等は、契約主がいないから、契約主以外の捕食云々がクリアできないんだよな?」

「元々、私達は本来ほど吸血衝動はないから問題ないんだ。・・・時折暴走するが、それもいつもは・・・。」

視線を下に向けてそらす。きっと、そのあたりはイエガーという人物によってどうにかなっているのだろう。何者なのかはわからないが。

「じゃあ、お前、俺と契約する気ないか?すでにこのおっさん含めて何人かいるけど。」

「・・・っ、その男と契約しているのか?!」

「あわわ、シュヴァーン教授が契約したなんて知らなかったにょ!」

二人の目が驚きで見開いている。そんなに意外なことだったのだろうか。契約を願う人がたくさんいたのだから、誰かと契約関係にあっても驚くことはなさそうだというのに。

「そう、だったのか。」

「それで、どうなんだ?俺が契約相手なら、確か契約相手に対する『捕食行動』・・・つまり、『吸血行為』も何も問題なくなるんじゃねーの?」

その言葉に、驚いたのは少女二人だけではなかった。レイヴンも驚いて抱きついて顔を肩に押し付けていたのをぱっとあげ、どういうことなのよと言った。

「そもそも、吸血鬼なんだから、吸血行為は食事に過ぎないんだろ?確かにあまり人側からすれば普通じゃねーけど、あいつらにとっては生きることだろ?」

「けど、・・・俺様は反対よ。吸血鬼は食事に関して容赦ないからね。」

よく知っているような口ぶりに、知り合いがいるのかと思う。

その答えは相手の少女によって簡単に知る事になった。こんなところで思いもしないレイヴンの秘密。

「教授は学園長先生の獲だもん。契約による主従関係はないけど、未契約の間における獲となる契約に近い関係だったのよん。だから、教授は吸血鬼のこと、よく知ってるにょ。イエガーさまのことも、不本意だけど、教授が獲として食事提供してくれてるのねん。」

だから、いつもクラスを持つことなく、姿を消していても誰も気にしない。学園長から秘密裏に出された仕事の為に外にいるのだと思っているから。事実でもあるが、一部は貧血による体調不良もあるらしい。

「その関係が続く限り、この男は学園長の犬・・・鴉だが忠実な血塗られたおしゃべり鴉だ。」

少しだけ動揺したのか揺れる肩。間違いなく、知られたくなかったことの一つなのだろう。

「そうよ。だから知ってる。吸血鬼の獲になる契約主であることは、死ぬ可能性は大きいリスクを背負うことになる。」

「そうだ。生半可な想いで契約など・・・。」

「悪いけど、俺は本気だ。知らなかったとは言え、半分は俺の責任だからな。」

問題にならなければいい。そう思っていたが、学園と彼等との間に交わされる契約があるのなら、原因を作った自分は責任を取る必要がある。何より、契約違反による学園追放という結果は彼女にとって避けたいことであるからだ。

「基本的に、俺は知らない奴とも、気が会わない奴とも俺からどうこうすることはないが、俺がつくった問題なら俺が責任をとるつもりだ。それに、契約したい相手が見つかるまでの仮でいいだろ。そっちが望むなら、俺は無理に引き止める気もないからな。互いに望めば契約解除は可能だったはずだよな?」

「だが・・・。」

魅力的な誘い。だが、初対面の相手で、しかもレイヴンの存在が気にかかるのだろう。

「おっさんは無視しろ。別に悪い条件じゃないだろ。普段のままでいればいい。契約したい奴がいれば俺に言いにこればいつでも解約ぐらいしてやる。」

「ゴーシュちゃん、学園からいなくなったりしないのん?」

「俺は大切な奴を失うようなとこ、見たくないからな。あんた次第だ。」

じっと、少女の返答を待つ。

「・・・あくまで、仮、なのだな?」

「ああ。今後一切俺に関わらなくてもいいぞ。普段通りでいいんだからな。俺もどうこうするつもりないし。おっさんがうざいなら尚のこと俺の近くにくると寄ってくるから注意な。うるさいし。」

「ちょっ、うるさいは余計よ?心配してるのよ、青年ってばいつも無茶なことばっかりするから。しかも、どんどん仲間増やしちゃってるし。」

どういうことだとと眉間に皺を寄せる少女に、そういえば、契約してる相手を紹介しないといけないなと思う。

種族による因果関係云々がある連中もいるからだ。

「このラピードとこのおっさん。あと、クラスの奴だ。それと、引きこもりな。」

「・・・お前、どれだけ契約して・・・。」

「すごいのわん。確か、教授のとこは少人数だけど、今一番契約相手が多いんじゃないのかにゃ?」

「だから、俺としてはそろそろ締め切ってほしいんだけど。」

「どうする?」

「・・・わかった。イエガー様が新たな契約主を見つけるまで私も契約はしないと決めていたが、イエガー様の元を離れては意味がない。私はゴーシュ。吸血鬼と雪女の間に生まれた異端児。契約を申し込む。」

見知らぬ相手でも契約を決意できるほど、彼女にとってイエガーという存在は大きいのだろう。

契約の代償だと、渡される腕輪。

「俺はユーリ。ま、よろしくな。」

交わされる繋がりという名の鎖をかける契約。

「・・・本当に、変わっている人間だな。」

「ゴーシュちゃん、いなくなることない?」

「・・・青年が契約相手だから、契約違反を犯してはいないだろう。」

呆れたようなレイヴンの台詞に、本当どうしようもない奴だなと思いつつ、いい加減離れて欲しくて頭を小突く。

そして、何かうずうずしているもう一人の少女を見ていると目があった。

「どうした?」

「ゴーシュちゃんに、ひどいことしない?」

「しないよ。」

ちらりと少女はレイヴンの方を見る。きっと心配しているのはユーリがということではなく、レイヴンが学園長に告げ口することによって弊害が起こるのではないかということだろう。

「大丈夫だ。さっき言っただろ?だから、俺は彼女に契約を持ちかけた。仮初だとしても。むしろ、今日限りで俺の存在忘れてくれても構わないしな。あ、学園にいる生徒同士としては無視しないでほしいけどな。」

「・・・。」

「おっさんにも、お前等のこと口出ししないように言い聞かせとくからさ。」

「別に言わないわよ。もう違反じゃないもの。それに、青年に口利いてもらえなくなる方があの学園長と関わるより辛いもの。」

「・・・そっか。良かったのねん。ゴーシュちゃん、まだ一緒にいられるにょ。」

「・・・そうだな。」

飛びつくドロワットを抱きとめるゴーシュ。本当に仲のよい二人だ。まるでリタとエステルみたいだ。

「だが、契約しながら無責任にも主を放置するわけにもいかない。」

「そうでーす。契約はとても大切。」

いつの間にか部屋の中に入ってきた男が一人いた。

「それこそ、契約放棄でバッドでーす。」

「イエガー様っ!?」

「イエガーさまっ!」

どうやら、この男が二人の慕う、この学園の教職員のようだ。

「・・・イエガー。途中から盗み聞きしてたでしょ。」

「ノンノン。ゴーシュが決めることに私が口をだすのはバッド。ですから、アンサーを出すまで見守っていただけデース。」

二人の頭を撫で、笑みを浮かべている男、イエガー。もしかしたら、レイヴンが一向に離れる気配がないのは、彼がいたから警戒してのことだったのかもしれない。

だが、知らないはずのイエガーというこの男を、ユーリは知っていた。

「こんな形で会うとは、思ってませんでしたよ。」

「・・・そうだな。俺もあんたが学園の関係者だったとは知らなかったな。」

そんな二人のやりとりに、レイヴンが眉間に皺を寄せる。どういうことだと、ユーリに問いかける。

「俺が最近気に入ってる店の店員だ。なかなか旨いケーキがあってな。ラーギィさんって名前を聞いてたけどな。」

名前が一致しない。

「まさか、イエガー様が最近話していた客とはお前のことだったのか?」

さすがにゴーシュも驚いていた。こんなところで接点があったのかと。そうなると、ユーリも彼女達がイエガーの言う忙しい時にくる手伝いの店員なのだろうとあたりをつける。

「どういうことよ、イエガー。ユーリに手を出したら容赦しないわよ。」

「オー、怖いデース。さすがにミーもユーとはやりあいたくはないですよ。偶然という奴デース。彼がミーの店に足を踏み入れたのはね。もっとも、彼がユーの契約者だとは、ミスターからリッスンし、知ってましたけどね。」

「そう、だったんですか。」

「わぁ、イエガーさまとお知り合いだったのねん。知らなかったのだわん。」

イエガーという、彼女達にとっては大切なのであろう存在の登場と知り合いだという事実に、少しばかり肩の力が抜ける二人。そりゃそうだろう。知らない相手だし、何より彼女達はレイヴンの存在を警戒していた。

レイヴンの様子を見ていても、どうやらイエガーとレイヴンはあまり仲がよくないようだ。

「ミーの大事な二人のこと、ベリーサンキューです。」

「ああ。それで、結局あんたはどっちなんだ?」

「ミーはイエガー。バッド、あの店ではラーギィ。ネームを知られると困る方々がいますのでね。」

きっと、レイヴンも同じで、いえない過去やいろいろあるのだろう。それ以上はきかないことにした。何より、ユーリにとって彼はあくまでもあの店の店員でしかないのだから。

「イエガー様。私・・・。」

「ノンノン、ノープロブレムです。」

頭を優しく撫でるその手も目も、悪い人には見えない。

「では、ミー達は少しばかりビジネスが残ってますので、これでグッバイです。」

だが、最後に次に店に来た時はお礼にご馳走するとつけたして、イエガーは二人を連れてその場から去っていった。

「・・・おっさん。」

「ユーリ。駄目だからね。」

「いいじゃねーか。害なさそうだし。変なしゃべり方する奴だけど。」

「駄目。あいつは駄目。駄目―。」

ぶんぶんと左右に首を振って、行くことを駄目だと主張するレイヴン。だが、ケーキが目の前にあって黙って見過ごすなどユーリがするはずがない。しかも、それがフレンの作る殺人的な料理ではなく絶品スイーツなら尚更だ。

「なら、おっさんもついてくるか?」

「・・・。」

「甘ったるいもの嫌いなんだろ?」

「・・・行く。」

「そっか。じゃあ、今日夕方に行くか。」

「えー。嫌―!」

ラピードも一緒にくるかと視線を向ければ、ワンと答えた。

「それにしても・・・おっさんは学園長とそんな関係だったとは知らなかったね。」

「誤解しないでよね。あくまで、恩人だったから・・・。」

「俺も恩人なんだろ?」

「・・・本当、そんな関係じゃないのよ。ただ、互いが生きる上で一致したから同じ場所にいるだけ。それ以上でもそれ以外でもない。」

この白い翼で一族からよく嫌がらせを受けたが、あまりに酷くて生死に関わるような事態になったこともあったのだと言う。その際に、助けてくれたのが学園長アレクセイであり、どの道行く当てもなくついていっただけなのだ。

そして、アレクセイが純血種の吸血鬼だと知り、食欲の衝動が酷い時に自分が獲として血を差し出したことからはじまっただけ。

「じゃあ、今その学園長はどうしてんだよ?」

「そうね。新しい獲を探すんでない?いい加減おっさんみたいなの嫌気さしてたみたいだし。いっつも不味い不味い言いながら、馬鹿みたいに持ってかれるから不味いなら遠慮しろーって思うんだけどね。」

それが、一月に一度あるらしい。ハーフで、吸血鬼としての本能が薄い連中は、半年、一年、もしかしたらもっと長い間食欲の衝動が起こることがないものもいるらしい。

「だから、月が欠け出す頃、一番気をつけてね。ほとんどの吸血鬼は食欲に飢えてるから。」

「なら、おっさんも気をつけろよな。」

「あら、心配してくれるのー?うれしー。」

「いい加減離れろ。うざいぞ、おっさん。」

「嫌よ。今日イエガーのとこ行くならもう離さないー。」

そんなレイヴンを呆れたように、ラピードは見上げていた。

 

 

 

 

今日の講義全て終え、皆それぞれ用事があったり家にそのまま帰ったりしたが、ユーリは嫌そうにしながらもついてくる気でいるレイヴンを引きつれ、ラーギィであるイエガーの店に足を運んだ。

「ここ、ね。」

「やっぱり、おっさん知ってたんだな。」

「そうね。たまに利用するから。いろいろと。」

「じゃあ、本来の用途の方でお邪魔してるんだな。尚のこと、ちゃんと挨拶しろよ。」

「・・・。」

本当、何に対してなのかは知らないが、かなり警戒しているレイヴンに、やれやれと思いながら扉を開けて中に入った。

「およっ、イエガーさまーユーリが来たにょ。」

入るなりいたのはドロワットという、少女の片割れだった。はじめて、イエガー以外の奴に店に入って会ったなと、暢気に思いながら、いつものように席につく。しっかり、その隣にレイヴンも座る。

「今日はあんたが店番なのか?」

「そうなのねん。」

えっへんと胸を張って言う少女に、昔一緒に遊んだ連中の妹でこういうのいたなと思い出す。

「早速来るとは、ユーも物好きですね。」

すぐに用意しますと、一度奥に引っ込んだイエガー。ずっとイエガーを睨むように見ているレイヴンを一度だけ見て、呆れるように笑みを浮かべていたのを、ユーリはしっかりと見た。

「おい、そんな態度でいるなら、帰れ。店の迷惑だろ。」

「・・・青年が一緒に帰るまで帰りません。」

「そうかよ。なら、大人しくしてろ。」

と、切り捨てて少女の方へ意識を向けた。

「もう一人、確かゴーシュ、だったか?あいつはもう大丈夫なのか?」

「ゴーシュちゃんはもう大丈夫なのねん。」

「そっか。なら良かった。」

「ありがとうなのだわん。」

にっこり笑顔で告げられる礼の言葉に、自然とユーリにも笑みが浮かぶ。それを面白くなさそうに隣で剥れている男がいたが。

「できました。どうぞ。」

イエガーがご馳走してくれる品々が用意できたらしく、持って戻ってきた。

「おー、すげー。」

「げっ、甘そう。」

目の前に出された二人の反応は正反対だった。

「いただきます。」

手を合わせ、しっかりフォークを持ってケーキを刺して食べる。こういう時のユーリの顔は自然と出る笑顔で、レイヴンも何だか見ててうれしくなる。だが、ユーリのこの笑顔を作っている原因が自分ではないことには少しばかり複雑な思いがあるが。

「それにしても、いつ見ても、素敵な食べっぷりですね。」

「実際おいしいからな。」

「うれしいですね。ベリーサンキューデース。」

そして、イエガーがレイヴンにも注文するなら何か出すというが、いらないと答えた。どうせ、嫌がらせのような甘いもの出すだろと言えば、イエガーはそれが答えだと言わんばかりに笑っていた。

仲が悪そうだが、実際そこまで仲が悪いわけではないのかもしれないと、ケーキを頬張りながら考えるユーリ。

食べ終わればフォークをテーブルにおき、ご馳走様とイエガーに言えば、何故か頭を撫でられたあげく、そっと手を取り手の甲へ口付けをし、真剣な顔で言ったのだ。

「ミーと契約してくれませんか。」

今日一番の驚きだった。ゴーシュの暴走など、誰だってあるだろうから別に気にしてなかったので、こんなところでこんなことになるとは思わなかったからこそ、驚いた。

「ちょっと、何よ。」

それが気に入らなかったらしい、レイヴンがユーリを抱きしめて、威嚇しだした。それでなくても警戒心丸出しで不機嫌そうな顔が、表情がなくなって、しかもかなり怒ってるようだった。

「契約のこと、ユーには言われたくありません。」

実際、契約に関して周囲が口だすことはない。いや、してはいけない。それこそ、よっぽどなことがない限り。そして、互いの間に成立するのなら尚のこと口出しはご法度なのだ。

「あー、ずるいのだわん。だったら私も契約してほしいにょ。」

と、何かおまけのような勢いでドロワットも出てきた。

「ゴーシュちゃん助けてくれてありがとうなのね。」

そう言って、また腕に輪っかが増えた。そろそろ鬱陶しい。全部まとめて紐で縛ってベルトあたりにくっつけておこうかと最近思う。

「あー、何てことー!」

ドロワットがひょいっと逃げて、その隙にイエガーも契約を済ませた。それがさらにレイヴンの機嫌を損ねた。本当にうるさいおっさんだ。

「ま、しばらくはよろしくな。」

「イエス。ですが、ユーのこと、気に入ってますので、そう簡単には離れませんよ。」

「よろしくなのだわん。」

「俺様としてはとっととどっかいって欲しいわ。」

「おっさんは黙ってろ。」

べしっと頭をはたいておく。

こうして、偶然知り合った店員含め、吸血鬼三人が仲間に加わった。もちろん、次の日に他の連中に三人が増えたといえば、誰なのか興味津々で、休み時間に遠くから様子を伺いにいくようなことをしていたが、それはそいつ等との問題だからほっとくことにした。

これから、また賑やかになりそうだと予想される日々に、少しだけ楽しいと思うのだった。

 



あとがき
話し方がいざ書こうと思ったらわからなくなる、ある意味難しい人でした
きっと別人が乗り移ってるに違いない