その日、雨が降っていた。

たまたま、人には見えない奴が近くにいて、仲良くなったそいつに会話しているのを見られた。それでも、そいつなら大丈夫だと思ったんだ。

けれど、反応は想像とは逆で、その日からそいつは俺と会うのを気味悪がって、近づかなくなった。

だから、あれから噂があっという間に広がって、近所の大人も俺が可笑しな子どもだと思ってひそひそと噂する。

あいつ等は何も悪いことしていないのに、悪いものだと決め付け、ユーリもそれと同じだとあっさりと離れる周囲に、冷めた目を向けるようになった。そのせいか、余計に孤立していった。

別にそれでもいいと思った。理解してもらおうと思わない。けれど、出来れば知ってほしいと思っていた。

その日、一人で家へと向かう帰り道で、俺を見かけるとすぐに場所を移動しようとする親子の姿を見て、虚しくなる。

このまま自分も雨のように流れて消えてしまえば良かったかもしれない。そうしたら、親も周囲に嫌味を言われなくてすんだだろうから。

あと少しで家につくというところで、ユーリは電信柱の側に落ちている汚れた元々は白かったであろう物体に気付いた。近づいてみると、それは動き、かすかに開いた目がこちらを見てまた閉じた。

薄汚れ、所々怪我をしたその物体、鳥のような奴をユーリは抱き上げ、家に帰った。

もちろん、泥と血で汚れた鳥を見て両親は驚いたが、捨ててこいとは言われず、怪我が治るまで家においてもいいとも言われ、安堵した。少しだけ、ダメだと言われるのではないかと思っていたからだ。

汚れた体を洗ってやり、傷の手当てをした。羽は折れてなさそうなので、怪我さえ治ればすぐに飛べるだろう。

「それにしても、本当綺麗な白だな。」

羽の先と尾の先だけ、黒い色をしているが、その他は綺麗な白色の鳥だった。

「はやく元気になれよ。」

そして、はやく自分を大事にしてくれる自分の家に帰ればいい。だけど、それまでは何も言わず側にいてほしい。

この地で最後の友達で、最後の思い出になるだろうから。

 

 

 

気がつけば朝になっていた。鳥は身体を起こして、俺を見ていた。

「お前、もう元気になったのか。」

思っていた以上にはやい回復力に驚きながらも、うれしくなった。頭を撫でてやると、最初は嫌がっているのか、頭を横に振っていたが、今は大人しい。あれから一週間、一緒にいた白い鳥。もう、空を自由に飛べるだろう。

毎日話し相手になってもらった。鳥は何も答えてはくれないが、今のユーリにとってはいてくれるだけでうれしかった。

毎日ご飯は何か、自分は何が好きだとか、たわいもない話をして。ただ、自分が人ではないものが見えるということだけを除いて、いろんなことを勝手に一人でしゃべった。

最後に出来た思い出。最後にできた友達。別れが近いとわかっていても、楽しかった。

「ほら、自分の帰るとこ行け。」

ユーリはわかっていた。何故その鳥が一声も鳴かないのか。その鳥が何者なのかははっきりいってわからないが、人ならざるものと同じモノだということは連れ帰ってから気付いていた。だから、いつか帰るのだということもわかっていた。

帰る場所があるだろうから。

だからなのかもしれない。その鳥と一緒にいたいと思ったのは。今は人と一緒にいる方が寂しいけれど怖い。

けれど、帰る場所があるのだから、今日まで黙っていた。

ただ、また一人に戻るだけなのに、少しだけ寂しい。

「ねぇ。もし良かったら、最後に一つだけ教えて。」

その鳥はじっとユーリの顔を見ていた。

「お前の名前は何?」

鳥は変わらずじっと見ていた。もし人なら、何故そんなことを聞くんだと怪しんでいる。そんな感じだ。

「教えてくれないならそれでもいい。ただの『鳥』のまま別れたいのなら、それでもいい。」

これ以上、引き止めるのは鳥の為にもならない。ユーリは鳥を持ち上げ、空に放った。鳥は羽を広げ、宙に浮く。そして、ユーリの方を変わらず見ている。

「ばいばい。」

窓を閉め、カーテンも閉めた。

本当なら、側にいて欲しいと言いたかった。話しかけたら近寄ってくるあの鳥に、この一週間周囲の目や声を忘れられた。

けれど、そういうわけにはいかない。あの鳥は帰る場所があるはずなのだ。そして、ユーリは今晩ここから離れる。

引っ越すのだ。

その先に付き合わせるわけにはいかない。あの鳥はここで出会ったのだから、ここにあの鳥の帰る場所があるのだろうから。

別れるのが嫌でも、別れがくる。だから、あの鳥の前では話をしてなかった。正式に引っ越すのは三日後だが、ユーリは今晩ここから離れる。向こうの学校の都合と言う奴だ。

「あいつ、ちゃんと帰れるといいな。」

ここで出来た最後の友達。

三日後まで、仕事の関係もあって残る父と別れ、母と共に車に乗り込んだ。

きっと、もうここへは戻ることはないだろう。

 

 

 

 

次の日、一人の男が慌ててある家の前までやってきた。だが、誰もその男の姿に気付かない。

そこは静かで、人の気配が薄い。

「なんで・・・。」

男は信じられないものを見るかのように、そして、その場に崩れるように座りこんだ。

「ちゃんと、お礼を言ってないのに・・・。」

どうして、ただの鳥じゃないと知っていたのかはわからない。けれど、あの子なら名前を名乗ってもいいと思った。

ただ助けてくれただけの関係だけど、一緒にいて楽しかった。

近々引っ越すことは知っていた。理由は話したがらないから知らなかったけれど。

人一番寂しがりやなのを見ていて知っているなだけに、あの子が望むならそのまま一緒にいてもいいと思うぐらいには好いていた。

なのに、昨日あの子は外へ逃がした。保護した鳥を自然へかえすかのように、空へ放って窓を閉めた。

きっと、あの部屋の中で泣くのをこらえている。そんな姿が思い描かれ、何度か嘴で窓をつついたが、開けてくれない。

今は無理かと、その時は諦めて帰ったのだ。あの日から、仕事の報告をしていない為、そろそろ連絡をつける必要もあると思っていたからだ。

けれど、今朝戻り、外に出たのを見計らって今度はちゃんとお礼を言おうと思ったのに。

周囲の鳥が騒いで、あの子がもうここにはいないことを知った。

慌てて一週間過ごした家の前に立ってみても、あの子の気配が何も感じられないことに愕然とした。

もう、あの子に会えない。

しばらくそこで家を見上げていた男が、すっと立った。

「俺はしつこいよ。これでお別れなんて、するつもりないんだから、ユーリ。」

羽先が黒い色をした白い翼が男の背に広がる。

そして、そのまま飛び上がり、空へと消えた。