簡単にだけ片付けて、とりあえず寝れるようにしたそれぞれの部屋。 一階のかつて両親が使っていた部屋をエステルとリタが使用し、その隣にある客間をジュディが使用し、向かいの客間がカロルが使用することになった。そして、二階はユーリの部屋と隣にある空き部屋をレイヴンが使うことになった。 一応、女性と近い部屋をレイヴンに使わせるには、あまりよくない気がしたからだ。だが、ジュディから言わせると、ユーリとレイヴンだけが上の部屋ということが不満らしいが。 レイヴン曰く、何でこんなに部屋があるのと疑問らしいが、かつて両親が健在の際、仕事の関係で同僚が泊まったりする機会があった為、はじめから誰かが使う為という名目で部屋数の多いこの家に移り住んだのだ。 ちなみに、仕事の同僚の多くは人ではないものが混じっていたが、黙っておいた。けれど、ユーリ自身が見えるし形見で使える力から両親も少なからず見えていた可能性は否定できない。 だから、昔から言うことを信じてくれたんだろう。そして、いつも味方でいてくれたのだろう。 「着替えはさすがにないからな。悪いけど、各自取りに帰ってくれ。それまでに夕食を用意しとくからさ。」 「わかったわ。」 「すぐ帰ってきます。」 とりあえず大きくなったバウルの背に乗って着替えだけ取りに戻り、皆で簡単にした夕食を食べた後、リビングでトランプゲームをした。 皆でわいわい遊ぶということをあまりしないエステルやリタ、カロルは真剣になってやっていた。 「風呂沸かしたから、順番に入ってくれ。もちろんおっさんは後だからな。」 「俺様、青年と一緒がいい。」 「アホか。おっさん最後決定な。」 「えー。」 「順番に行けよ。大人数で入る程広くはないからな。」 「わかりました。リタ、一緒にいきましょう。」 「え、あ、ちょっと。」 手を引かれ、部屋から出て行く二人。 「本当、仲がいいわね。」 「そうだな。」 トランプはもうお終いにして、束ねて片付けるユーリ。 すでにカロルは疲れたのか、ラピードの側で眠そうにしながら目を擦っている。 「カロル、大丈夫か?」 「うー大丈夫。」 頭を左右にふって、必死に眠気と戦う姿に、昔の自分もそうだったなと思い出して自然と笑みが浮かぶ。あの頃は、たまに遅くなる両親の仕事の帰りを、出迎えるのだと必死に起きていた。 結局、いつも寝てしまって、起きたときには自分の部屋でベッドの中だったが。 「どったの、青年。」 何かうれしそうじゃないとレイヴンに聞かれ、そうだなと答える。賑やかで、まるで家族ができたみたいで、うれしいのかもしれないと口に出た言葉に、少しばかり驚いた表情をしていた。 「じゃあ、ずっと青年の家族になる。」 「あら、おじ様。独り占めはダメよ。」 「ワンっ!」 「僕もユーリと一緒にいる。」 「本当、賑やかな奴等だな。」 ありがとなとカロルの頭をなでる。そうすればカロルだけずるいと騒ぐレイヴンと確かにそうねと同意するジュディ。 本当に、毎日楽しそうだ。 少しだけ、寮生活にすると決めたのは、この家に帰ると一人ということと寂しいという気持ちが思い出されるからだった。 けれど、そんなことはもうなさそうだ。 「よし、じゃあ今日は一緒に寝よう。そうしよう。」 「はぁ?おっさん頭大丈夫か?」 「もう、何でそんなこと言うかな。寂しがりやの青年の為に・・・。」 「黙れ。」 ゴスッとそれ以上言わせないために一発入れる。すると、痛がって少しだけ大人しくなった。 「でもそうね。確かにこれだけ大きな家だったら、一人だと寂しいわね。」 「ジュディ。別に一人じゃないし寂しくもないぜ?」 「あら変ね。だから家に帰らないのかと思ったわ。それに、私はこんな大きな家だったらそう思うわよ。」 「・・・そうだな。」 レイヴンもジュディもすぐに察してしまうから、最近は大変だ。何もかもバレバレで、だけど差し出される手があったかい。 「ユーリは今も寂しいの?」 「そんなことないぜ。ほら、今なんてカロル達がいるしな。」 おっさんみたいな煩い騒音の原因みたいなのもいたら、寂しいどころか鬱陶しいぐらいだと言えば、確かにレイヴンはいつも一人騒がしいよねと笑顔が返ってきた。だが、その発言が納得いかないレイヴン本人は講義していたが。 「お風呂気持ち良かったです。」 パタパタとこちらへやってきたエステル。それに続くリタ。 「じゃあ、私もいってこようかしら。」 交代してジュディがバウルをつれて部屋を出る。 「お前等ちゃんと髪乾かせよ。」 「大丈夫です。」 「言われなくてもっ!」 「今からリタと乾かしっこするんです。」 「そうか。」 仲がいい二人は正反対に近い性格だが、上手くいっているようだ。 そこでふと思った。 ジュディに関しては元々が人である為に他の奴等とは括りが少しばかり例外なのだろうが、彼等は本来の姿がどんなものなのかということに。 リタなんて猫又だと分かりやすいような耳と尾が見えているが、本来の姿もあの人型なのだろうか。 そう考えると、ラピードも人型になれるのだろうか。むしろ、言葉を話せるのか。 エステルは土地神という括りだし、精霊に近いものならあの姿が本来の姿なのかもしれないが。 疑問に思ったら少しばかり知りたくなった。 「なぁ、リタ。」 「何よ。」 エステルに髪をドライヤーで乾かされて気持ち良さそうにしているリタ。反応も、まだ機嫌がよさそうなものだった。 「リタは今人型だろ?魔物って獣型と使い分ける奴いるだろ?リタはどうなんだ?」 「・・・突然ね。」 「ふと思ってな。実際どうなんだ?」 「・・・知りたいわけ?」 「言いたくないなら無理には聞かないけどな。」 ただふと思っただけの疑問だ。知ることが問題になるのなら、別に無理に聞くつもりはなかった。 「大きな力を使おうと思ったら、元の姿に戻る必要があるわ。力を使いすぎても元の姿・・・それも、ちっさくなるわ。魔物はほとんど共通してそうなるの。精霊とか、人型の奴もいるけど、元々人の世で隠れ住む為に習得した技術だから。」 「私もまだ小さいですが、桜色の花を咲かせる木なんですよ。お爺様はとても大きな木です。」 何だか、知ってはいけないような情報も混ざっていた気がするが、気にしたら負けのような気がしたので流した。 そもそも、土地神の正体を教えてはいけないのではないだろうか。おかしな連中によって、土地を枯らさせない為に。 「そういうもんなのか?」 「本当に何も知らないわけ?」 「別に気にしたことないしな。悪意とか殺意がない限り俺からどうこうするつもりもないし。」 「どんだけ適当なのよ、あんた。」 はぁと脱力するリタに、やはり契約する上で知らないということは問題なのだろうかと、リタが考えることとは違う見当違いのことを考えていた。 「じゃあ、やっぱり元の姿って猫なのか?」 「わぁ、私もリタの猫姿みてみたいです。」 「そうね。人からすれば化け猫なんでしょうけど。」 つんっとそっぽ向く姿に、何度もそう言われてきたのだと思うと少しだけ辛い。 「でも、リタはリタだろ?」 「っ・・・本当、あんたって変な人間。」 エステル交代よと、ドライアーを奪う。 「でも、ユーリはどうして急に聞くんです?」 「ふと気になったから。別に意味なんてねーよ。ただ、ラピードみたいに・・・。」 ちらりとラピードの方を見る。近づいて、頭を撫でる。 「ただ、昔から動物とか好きだからな。こう、毛がふさふさなのとか。」 それはもう、嬉しそうに言うので、エステルがしゅんとなる。 「確かに、猫ならきっとふさふさなんでしょうね。」 お風呂から上がったらしいジュディが部屋に入ってきた。 「カロル、いってきてはどう?」 「うん。わかった。」 「それに、私も興味あるわ。リタはどんな猫なのかしら?」 好奇の目でみられ、真っ赤になって、開いた口が塞がらないリタ。 「そんなにたいしたこともないし見なくてもいいじゃない。」 「リタ。私も見てみたいです。」 エステルがずずいっと近づいて真剣に言う為、あたふたとしつつ、覚悟を決めたのか、きっとユーリを睨むようにしてみた。 「いいわ。やってやろうじゃない。ただし、見てから笑うんじゃないわよ。笑ったらぶっ飛ばす!」 びしっと指差して言い切ったリタ。そしれ、ポンっと何かが割れるような音と共に、そこには通常目にする猫にしては大きいが、人型のリタよりは小柄な猫がいた。 さすがのユーリも目が輝く。 「ジュディを見ても何も表情変わらなかったのに・・・。」 「本当ね。動物の方が好きみたいね。」 リタとユーリ。お互い目と目が合い、しばらく止まる。 「な、何よ。」 「リタ。」 「だから何よ。」 「真っ黒というより、ちょっと赤っぽいんだな。」 触ってもいいかと、うずうずしているらしいユーリが遠慮がちに言えば、好きにすればとそっぽ向くリタ。 頭を撫でれば、さらっとした毛並みの感触が手に残る。 ラピードぐらいの大きさの猫だ。ユーリとしては大満足だ。抱っこして寝たらあったかそうだ。 「わんころも、本来の姿はもっと大きいだろうから、私なんてまだまだよ。」 「そうなのか?」 「種族によって一定の大きさがあるけど、その最大以上に大きくなることはないわ。ただ、その姿を持つということは、種族の中で最強と言ってもいいぐらい。だから、大きさも力を測る目安なのよ。覚えておきなさいよね。」 「へー。ラピードがもっと大きいのか。」 ちらりとラピードを見る。あまり想像はできないが。ラピードはやっぱりラピードだ。 「もう、いいでしょ。」 「もう戻るのか?」 「何よ。」 「・・・。」 じーっと見られて、さすがに居心地の悪さを感じるリタ。 そして、突如抱きつかれた。それはもう、盛大にがばりと。 誰のものともわからない悲鳴があがった。 「あらあら。」 「ずるいです。えいっ!」 エステルがユーリの背中に飛びついた。 「ちょっ、何なのよ。」 「あー、いや。何かこう・・・何だろう?」 離れて、優しく頭を撫でる。そうされると、怒っていたのに、何か怒れない。 「い、いきなり、抱きつくんじゃないわよ。わ、わかってるの?!」 「ああ、悪い。何か、リタっていい奴だな。」 「え、はぁ?何なのよいきなり。」 「猫も好きだと再認識したところだ。」 そう言って、立ち上がった。 「おっさん。そんなところでのの字なんか書いてないで行くぞ。」 「青年がつれないからじゃない。」 「何がだよ。」 珍しく会話に入ってこないと思ったら、部屋のすみでぐれていたレイヴンに声をかけ、二階へと向かう。 「お前等も、湯冷めしないようにしろよ。あと明日は朝から引越しするから、ちゃんと寝坊しないように寝ろよ。」 そう言って、部屋を出た。 「ちょ、あいつ・・・。」 「リタうらやましいです。」 「そうね。やっぱりユーリは異性よりも動物なのかしらね。」 「・・・何よ。」 「私もリタと同じ耳があったらユーリ構ってくれるでしょうか?」 「なっ、そういう問題じゃないでしょ?あいつは、そうあれよ。人にないものが珍しいだけよ。」 使っていないタオルやシーツが仕舞い込んである収納スペース。これから毎日たくさん使われていくことになる。さすがに女性の部屋に立ち入るのはどうかと思い、各自やってもらうことにしてた。だが、ものがなければできない。 その為、レイヴンを手伝わせて、ある程度下の階へ運び、それぞれの分に分けて収納しようと思ったのだ。 それに、先ほどの話の続きで、聞きたいこともあったからレイヴンだけを呼んだ。 「そういやさ。おっさんはどうなんだよ。」 「何がよ。」 「さっきの話。聞いてはいたんだろ?」 「・・・。」 黙り込んだレイヴンに、話に入ってこなかったのは、やはりそれが原因かと思い当たる。 「そうね。青年になら・・・ユーリになら見せてもいいわよ。契約主だしね。」 真っ直ぐユーリの方を見る、澄んだ翡翠の色。 「さっきも言ったが、無理には言わないぜ?」 「いや、あまり隠し事したくないからね。俺はユーリのこと、好きだから。」 「・・・。」 「だけど、あまり人に見せるようなものじゃないことも確かなわけ。」 「だから俺は・・・。」 壁に追い詰められ、腕を押さえられる。普段のふざけた男の気配はまったくない。 「俺は臆病だから、怖いだけ。見た後の反応がね。だけど、ユーリにならいいと思ってるのも事実。だから、ユーリが望むなら、教えてあげる。」 レイヴンの背中に広がる白い翼。羽先だけが黒い色をしている、白く大きな翼。 「俺はね、黒翼の鴉天狗の一族なのよ。だけど、ほとんど白くて異端なのよ。」 白翼の鴉天狗の一族もいるのだから、おかしくはないのに、黒翼の一族だから違うものとして扱われる。 「白翼と黒翼はあまり仲がよくないからね。」 恐る恐る、ユーリはその背中にある翼に触れる。ふわりと軽い、だけどあたたかいそれ。 「だから、あまり人に見せるものじゃないの。災いでしかないから。」 悲しそうに笑うレイヴンに、ユーリも辛くなる。悲しいのなら無理に笑わなければいい。 そして、すっと姿が縮み、足元に白い塊があった。 それは、羽先だけが黒の白い鳥・・・いや、鴉だった。 「それ・・・嘘だろ・・・。」 「覚えててくれたんだ。嬉しいね。」 ひょいっと羽を羽ばたかせ、ユーリの腕の上にとまる。 顔をユーリの方を向け、そのまま言葉を続ける。 「ずっと探してた。お礼をちゃんと言えなかったからね。」 「・・・レイヴン。」 かつて、この地に引っ越す前、最後に出来た友達。それが、怪我して手当てした白い鳥。鳥だと思っていたもの。人ではない何かと同じだと思っていたけれど、悪さをするようなものではないとわかったから、引っ越すギリギリまで一緒にいた。 あの鳥がレイヴンだった。 「いろんな話を聞いて、一人が寂しいの、よく知ってる。だから、探して、お礼をちゃんと言って、望むのなら一緒にいてあげたいと思ってた。今回ちょっと無理矢理だったけどね。」 「どういうことだよ。何で、何がどうして・・・本当に?」 「信じてくれるまで言おうか?あの日ユーリが俺に話した内容覚えてるから。」 「・・・いい。疑ってない。・・・だって、同じだからな。」 嬉しいのか何なのか、結構パニックを起こして複雑な気分だ。 あの日二度と会うことがないと思って空に放したのに、こんなところにいたとは思わなかった。 「はじめから、わかってて契約持ちかけたのかよ。」 「だから、言ったでしょ?恩人だって。」 「あの時の鳥がおっさん・・・。」 「ちょっと、それどういう意味?がっかり?若い方が良かったの?差別―?」 「いや、でも、おっさんで良かったのかも。」 ふにゃりと力が抜けて、その場に座り込む。本当に驚くことばかりだ。あの学園に行ってから。 「それに、この姿見ても思い出してくれなかったら、さすがにへこむから、あまり見せたくなかったの。」 「そうかい。」 「でも、これで青年の前では戻れるわ。たまに戻らないと飛び方忘れちゃうのよね。」 すりすりと頬に擦り寄る鴉のレイヴンに、笑みが零れる。変な奴で胡散臭くて、付きまとって鬱陶しい奴だが、あったかくて安心できて、どこか懐かしい感じがして、結局無下にできなくて契約までしてしまうのはもしかしたらどこかでわかっていたのかもしれない。 最後の大事な思い出そのものだったから。そんなこと、レイヴンに言ってはやらないけれど。 レイヴンはユーリの腕の上から床に降り、すっといつものおっさんの姿に戻った。 手を差し出し、ユーリを立たせ、抱きしめた。 「また会えて、うれしいよ。ユーリ。」 「恥ずかしいおっさんだな。」 「何でもいいよ。おっさんはうれしいからね。」 「そうかい。・・・俺もうれしいぜ。もう会えないと思ってわかれたからな。」 おっさんだったけど。つけたせば、もうっと文句を言うが、顔はうれしそうだった。
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