今日も今日とて、おっさんこと、担当のレイヴンがまとわりついてくる。 今だにこの男が何者なのかははっきり知らない。ジュディとリタはわかりやすかったし、カロルとエステル(長いからエステルと呼ぶことにした)は自分から教えてくれたから知っている。 だが、この男だけは大分日数が経過したが、何者なのか正体を見せない。どうやら、あまり知られたくないらしい。 別に、どんな奴であろうとレイヴンはレイヴンでしかないだろうから、言いたくないならそれでもいいやとこの時まで気にすることはなかった。 「ちょっと、おっさん。」 「何〜?リタっち。」 「これ、どういうこと。」 「ん〜、あ、これ?郊外学習って奴よ。」 全員にお知らせという形で配られたプリントに目を通し、リタがはじめに文句を言った。確かに、短い付き合いではあるが、彼女がこういったことが好きではないことは分かっている為、もめるかなと思っていた。 だが、エステルが是非行ってみたいと言い、ひたすら色んな事を息継ぎしてるのかと思うぐらい次から次へと言って、あのリタを丸め込んだ。 結構、楽しくやっているようだ。 ただ、その後、照れ隠しなのか、隣にいたカロルの頭を思い切り叩くのはどうかと思うが。痛いと泣きそうになるのを必死にこらえて震えている。 「私が言ってるのはそこじゃない。何で郊外学習がいきなり明日なのよ!」 リタの言葉にユーリも見れば、確かにそう書いてあった。普通、こういうものは事前に・・・とくに前日とかにならないようにするべきなのではないだろうか。 「あ、本当です。明日外へ出かけるんですね。楽しみです。」 「わぁ、楽しみだね。」 「どこに行くのかしら。でも、楽しみね、バウル。」 だが、リタ以外は明日だというのに気にすることなく、むしろ楽しそうに明日について話してる。 そして、ジュディが言うように、これには行き先が未定となっていた。 「だって、しょうがないでしょ〜?全校生徒一斉に出かけるわけにもいかないから、順番なんだけど、おっさん明日の日付のクジ引いちゃったのよ。しかも昨日。俺としてもさすがにこんな急な日程が用意されてるなんて思いもしなかったから驚きよ。」 どうやら、担当が全員くじを引いて、郊外学習の日を決めたらしい。結構そのへん適当な学園だなと思う。 「なっ、ちょっとー!クジ引くにしても、何でこんな急なスケジュール組むのよ。」 「おっさんに言われても・・・そういうことは学園長に言ってよね。」 おっさん悪くなーいとぶーぶー膨れて文句を言うが、リタも負けてない。容赦するという文字が彼女には存在しないのだ。 だからこそ、どのクラスにも入れなかったのだろうと、今ならよくわかる。別に悪い奴ではないが、行き過ぎるし自分の世界に入ったら一行に戻ってこない。だから、誰かと付き合うということが難しい。 だが、このクラスの連中はそんなことお構いなしでいける、ある意味彼女並に個性の強い連中だった。 だから、普通に進むのだろう。 その中にユーリも入っていることに、自分が個性の強い連中の一人だと思っていないから、周りの皆は呆れるのだが。 「とにかく、行き先は秘密。街はちょっとこの時期ややこしいことになりかねないから避けて、山っぽいところに行くから。」 どうやら、山へハイキングみたいなことをするようだ。まぁ、何でもいい。 「ささ、今日の講義始めるよー。」 さっさと終わらせて、明日の計画立てちゃいましょうと言えば、皆大人しく従った。まだリタが何か言いたそうだったが、エステルに言いくるめられ、そのまま大人しくなった。 次の日、まだ学校内に生徒が登校するよりはやく、集まる人の姿があった。 「遅い。」 「ですが、まだ時間ではありませんよ。」 「そうね。」 昨日急遽決まり、伝達された郊外学習において、集合時間が朝の6時半というはやい時間だった。何でも、人ではない者なので気をつける必要があるのと、この時間でないと目的地へ行く交通手段の都合がつかないということらしい。 だが、生徒は全て揃ったのだが、肝心の担当教員であるレイヴンの姿がない。 「レイヴン、時間になる前にはあんまり来ないよね。講義とかでも。」 「だな。時間まで待って、それで来なかったら、その時文句言う準備すればいいだろ。」 「あのおっさんが待たせるっていうのが腹立つのよ。」 「わからなくはないがな。」 何か、普通に馴染んでしまっている自分がたまに悲しくなる。けど、悪い奴等じゃない。一緒にいても、結構楽しいから、ついつい忘れてしまう。 今回だって、彼等が人ではないからこそ、人の眼をかいくぐって目的地へ行く為にこの時間になったのだ。彼等が人からどういう風に見られるかは自分がよく知っている。あれは偏見と差別。おかしなものをみるような目で見るのだ。 自分とはまったく違う、相容れぬものと知りもしないで決め付ける目。 実際性質の悪い奴等だっているが、こいつ等と比べたら、人間の方がよっぽど性質の悪いおかしな、そして危険なものじゃないだろうか。 少しだけ、このままここにい続けたら、人としての感覚が揺らいで薄くなって、戻れなくなるのではないかと最近恐怖を感じることもある。 そんな暗い過去を交えて考えていたとき、陽気な声が聞こえてきた。 そして、俺はそれを見て、今すぐ帰りたくなった。 「おはよ〜皆揃ってるね。」 時間一分前にそいつはやってきた。リタは遅いと文句を言って、レイヴンは悪いねと表面上だけで謝った。 リタ達が驚かないということは、これが普通なのかもしれない。だが、さすがに普通の人として今まで一応生きてきたわけなので、驚きすぎて反応ができない。 そう、目の前に大きなバウルが船を一隻紐で吊るして下降してきたのだ。 確かにジュディスの側にバウルの姿が見えず、変だなとは思っていた。そして、バウルはこの学園の校舎一つ分ぐらいの大きさが本来の姿だと聞いたこともある。 だが、あの手乗りサイズがこうなると誰が予想できるだろうか。冗談だと思うに決まってる。 彼女は冗談が苦手だといつも言っているが、信じる信じないの問題ではない。想像の許容範囲を超えてしまっているのだ。 「さぁ、乗って。一応船とバウルに人から見えないように術かけといたから。これで目的地まで飛んでも誰にも見られないよ。」 どうやら、その術とやらの準備の為に人目を避けてはやく準備にとりかかり、そして時間に少しばかり遅れたらしい。 カロルははしゃいでそれに乗り込み、まだ時間前に一応来たが待たせたことに文句を言うリタが続き、楽しみだとるんるんと鼻歌を歌いだすエステルが続いた。 「ユーリ。乗らないの?」 「え、ああ。乗る。」 「・・・。」 「いや、まさか交通手段がこうくると思わなくてな。」 驚いただけだとジュディスに言った。何やらどうしたのか聞きたそうだったし、実際、誰かに説明を求めていたのかもしれない。あるいは、自分の中で整理をつけるために口に出したのかもしれない。 「あら、そうなの?他はどうか知らないけれど、私はいつもこうしてるわよ。」 空を飛ぶのは気持ちいいわと微笑むジュディスに、確かにそれは楽しみだと答えた。 「出発〜。」 「バウル、お願いね。」 ジュディスの言葉に一声鳴き、バウルは空へと上昇し、一定の高さになってから目的地へ向かって進んだ。 いい具合に晴れた空が青くて綺麗だ。 「こういうのも悪くないな。」 「なら、また乗せてあげるわ。船はないからバウルの上だけど。」 「それも楽しそうだな。いいのか、バウル。」 上にある巨体に声を向ければ鳴き声がかえってくる。 「いいって言ってるわ。楽しみね。」 そうやって二人で楽しそうに話しているのを、それぞれ会話していたがそちらに気が向き、入りたいけど入れないもやもやした気持ちに四人が唸っているのにユーリは気付かなかった。 目的地につき、船が静かに降り立った。 そこは昨日宣言されていた通り、山だった。人の手の入っていない、まさに山の奥という奴で、歩いて帰るには無理がある場所だった。 だが、人の出入りもないようなそこは、街のごちゃごちゃした感じと違い、美しいところだった。 船を下ろした後、バウルは手乗りサイズになり、ジュディスの側によってきた。 「ご苦労様。」 そう言えば、また鳴き声が返る。互いの意思疎通が可能だからつくれる関係なのだろう。自分とラピードとも似てるかもなと考えていると、またあの男がちょっかい出しに来た。 「青年ー、もしかしておっさんのこと嫌い?」 「何でそうなる。」 また、いきなり何を言いだすかと思えば意味不明だ。 「だって、移動中一回もちゃんとしゃべってくれなかった。」 ショックと言ういい年した大人の男に、呆れるしかない。本当にこれが大物なのだろうか。 何も知らないし、まず正体すら知らない。だが、誰もがシュヴァーンの名を聞けば驚き、尊敬、時には恐れる。 どれだけすごい人物なのかは知らないが、普段が普段なだけに、本当に駄目なおっさんという認識でしかない。だからこそ、堅苦しくなくて自由にでき、楽なのかもしれないが。 「ふざけてないで、手伝えよ。」 今回の郊外学習はクラスでキャンプし一晩あれやこれや自由に皆と交流をし、まったり過ごすというものだ。元々、一番最初に設けられる郊外学習はクラスの面々と仲良くなるというのが名目だからだ。 「じゃあ、薪を集めてきてくれるかしら?」 「一人でなの?」 寂しいようとごねる駄目な大人に、溜め息をついてユーリもついていくことにした。実際、一人放っておくと勝手にどっかいっていなくなりそうな感じがあるからだ。 それに、ここは四人いたら問題ないだろう。たとえ、何かしらの動物に襲われるようなことになっても。 人間であるユーリより能力をまだはっきりとは知らないものの、強い彼等なら四人いれば問題ないだろうと判断したからでもある。 やったーと喜んでうろうろと周囲を飛び跳ねるレイヴンを無視することに決め、ちょっと行って来ると四人に声をかけた。 「で、何か話あんのか?」 しばらくして、薪を拾い始めた。その時から、レイヴンの様子が少しおかしいのだ。些細な違和感でしかなかったが。こっちをじっと見たり、周囲に警戒してみたり、まるでここが危険な魔物の巣なのでご注意下さいみたいな感じだ。学園の裏にある木々の中にはそういう場所がいくつかあり、よく立て札がたっている。 「話ですむかわかんないんだけど・・・ちょっとだけ、静かにして。」 近づいたかと思えば、抱き寄せ、人差し指を口元に添えて静かにと示した。そして、周囲を睨みつけるように見渡し、緊張感とはじめて感じたレイヴンの力の圧力。大物と言われる理由がわかるには十分なそれに、大人しく男から何か言われるまでしていることにした。 「・・・薪が少ないけれど、これで一度戻るわよ。」 「ああ。」 いつものふざけた感じではなく、少しばかり低く緊張感漂うその声に、ドキッとする。少しだけ、格好いいかもしれない、とこの時は思った。 だが、そんなこと考えている場合ではなくなった。 突如レイヴンがユーリの身体を抱き上げ、その場から避けた。 何事かと思えば、先程まで立っていたその場所に、いくつもの棒が突き刺さっていた。 「なっ・・・レイ・・・。」 「しっ。話は後よ。」 ユーリを降ろし、折りたたみ式の変形する弓を構えた。 「出てきたらどうよ。」 いつものレイヴンとは違い、真剣な低いその声に、ビクッと肩が震える。 「さすが、というべきか。学園の犬・・・いや、薄汚い鴉だったか。」 不気味に笑う陰のような奴が、すっとそこに現れた。明らかに、あれは人ではないもので、性質の悪いものだとユーリでもわかった。 「おっさんの知り合いか?」 「さぁね。男には興味ないから知らないわ。」 「くく・・・言ってくれる。」 すっと男が降ろしていた手を動かして目の前まであげようとし、反応したレイヴンがすかさず弓を引き矢を放つ。 ぶつかり合う何かが、音をたてて弾けた。 「伊達にあれだけの戦闘経験つんでないってわけか。」 成る程と、困っている気配はなく、反対に面白そうにしている男に、気味が悪い。 「でも、仕事でもあるから、一応死んでくれない?」 男が一歩足を前に出し、そのまま向かってくる。それにレイヴンも迎え撃ち、ユーリの目の前で二人の戦闘が繰り広げられた。 おかしなことになっているのはわかっているつもりだったが、あのレイヴンが弓を使うことを知ったのは初めてだし、弓の割には接近戦として短刀も使える。 誰もが大物として、尊敬し恐れる理由がやっと分かった気がした。確かに、普段ふざけてはいるが、この男の実力は本物だ。 これは自分が邪魔になる可能性がある。ユーリはなるべくレイヴンの戦いに集中できるよう、どうにかよけようと思っていたが、どうやら、あの襲撃者以外にも何らかの気配が近くにあり、舌打ちする。 キラッと草むらで光った何かに、咄嗟にユーリはレイヴンに避けろと叫んだ。 「・・・おたく等、卑怯な真似をしてくれるもんだわね。」 軽やかにそれを避け、飛んできた方向に数本の矢を放つ。 「我々に卑怯なんてこと、あってないようなものでしょう?」 また、不気味に笑うそいつに、どこか寒気がする。 「それにしても、そちらのお連れの子ども、少しばかり邪魔ですね。」 じろりとこちらを見る目に、恐怖を感じる。これはまずい。足が震えてきている。 本気で殺す気でいる。しかも、殺すことにためらいもなければ何の感情もない。そういう目だ。 「・・・ラピードっ!」 名前を呼べば、ユーリの影からすっと何かが飛び出し、そいつに飛び掛った。 「へぇ。狼神ラピードだったのね。青年の契約相手。」 レイヴン自身も、ラピードの実力は噂で知っていた。一匹狼気質で、なかなか誰に対しても懐かない奴だと思っていたが、まさか契約していたとは思わなかった。何より、ラピードほどのプライドの高い奴が契約を自らすると思えなかったこともあり、驚いていた。 「本当、すごいわね。青年。」 「何がだよ。とりあえず、あれどうにかしないと戻れないだろうが。向こうにエステル達いるし。」 おっさんの知り合いならどうにかしろよと文句言われ、少しばかり気がそがれてしまったが、再び戦いに集中する。 確かに、こんなところで立ち話しているわけにもいかないし、相手も待ってはくれないだろう。 止めだと、放った矢が確かにそいつに刺さった。これで、次の攻撃で確実に仕留めて終わり。だが、そいつも多少はできる奴だったようだ。 「今回はさすがに分が悪い。まさか、狼神が出るとは思わなかったからな。」 楽しそうにそいつは笑い、すっと木々の間に紛れ、姿を消した。 完全に気配も消え、ほっとしたレイヴンは改めてユーリとその契約相手のラピードを見た。 「まさか、青年の契約相手が噂の狼神だとは思わなかったわ。」 「ん?おっさんラピードのこと知ってるのか?」 「有名よ。とくに、おっさんみたいな戦いに身をおくことがある連中の間ではね。」 戦闘能力が高い一族でもあるし、特に一匹狼で誰にも懐かないし、いろいろエピソードもあるのだ。 「そうか。ラピードそんなに有名だったのかよ。」 よしよしと寄ってきたラピードに、褒めるように頭を撫でてやる。その仕草に嫌がるそぶりを見せないラピードに、少しばかり嫉妬したのかもしれない。 毎日好きだと言っても適当に流して相手してくれないのに、簡単に懐に入ってしまうところが。 「ねーねー青年。おっさんのことは褒めてくれないの?」 「はぁ?何でおっさんを俺が褒めなきゃなんねーんだよ。」 「だって、おっさん頑張ったよ?」 「おっさんの知り合いなんだから、おっさんが対処するのは当たり前だろ。」 冷めた目で見られ、余計にへこむ。この差は何なんだろうか。やっぱり契約の有無なのだろうか。 戻らないといけないが、戻れば皆にきっとユーリをとられること間違いなしだ。 「ねぇ、青年は・・・ユーリはおっさんのこと、やっぱり嫌いなの?」 「何だよ。急に改まって。・・・別に俺はおっさんのこと嫌いではないぜ。」 「そう。」 今は嫌われていないということだけで、満足しておくべきかそれとも・・・と、少し考えていた時、はっと殺気を感じて顔をあげた。 「どうした、おっさ・・・。」 「伏せろっ!」 すぐにユーリを庇うように腕を引いて抱きこみ、そこから転がり、段差があったらしく、落ちた。 ラピードもレイヴン同様に気付いたらしく、殺気の大元に飛び掛り、それの始末はしたようだ。 「青年、無事?」 「ああ。だけど・・・おっさん・・・。」 もぞっとレイヴンの腕から這い出すユーリは、段差から落ちた際に下敷きにしたレイヴンからすぐに飛びのき、その怪我に言葉を失う。 「ラピード。・・・まだ、いるのか。」 こちらに降りてきたラピードだが、すぐにユーリを背に警戒するように唸る。 まだ、いるのだ。 「おっさん、まだ起きるなよ。」 レイヴンも気付いているらしく、警戒心丸出しの睨みつけるような目で立ち上がろうとするのを止める。 「その怪我、俺のせいだから、俺がどうにかする。大人しくしてろ。」 「でも、青年・・・。」 「あんなのに大人しくやられる気がない。」 フレンにも言っていない、レピードにだけ見せたその力を使う。レイヴンに見られるのは多少問題あるかもしれないが、怪我させた落とし前はつけるべきだ。 たとえ、レイヴンが狙いであっても、足手まといになって本来の戦いができないのなら、ユーリのせいなのだから。 「隠れても無駄だ。もう、わかってる。・・・さっさと顔見せろ。」 左腕が熱くなり、腕輪が鈍い光を放ち、右手で腕輪から何かを掴み、一本の刀を引き出した。 それを左腕で構え、敵であるだろうそれを睨みつける。 実際、こうなれば本当に隠れてもユーリにとっては無駄なのだ。 「ラピード。逃げないように、足止め頼む。」 レイヴンが何か言っているようだったが、それを無視して、敵に向かって飛び込んだ。 そこにいた複数の影のような何かを全部片付けた頃、クラスの奴等の声がこちらへ向かってきた。 「不信な気配があるからと思ったのだけど・・・。」 ジュディスが怪我したレイヴンと刀を構えたユーリとラピードをそれぞれ見て、状況を把握しようとしていた。 「大丈夫ですか、シュヴァーン教授っ!今治癒術を・・・っ!」 「何があったの?!」 エステルとカロルはレイヴンの怪我を見て慌てふためく。 「おっさん、何やってるの。」 リタは心配はしているものの、どこか冷めた目で見ていた。 実際、今ここに危険がないとわかっているからこそ、であるが。 「それで、説明してくれるのかしら。おじ様。」 「えーっと、おっさんもあまり・・・ユーリ君?」 お伺いをたてるように、レイヴンがユーリの方を見た。 何で、全員にバレてしまうんだろう。ふぅと溜め息をつき、持っていた刀を手から離す。すると、それは何もなかったかのようにその場から消えた。 「紹介がまだだったが、こいつはラピード。知っての通り、俺が契約してる奴だ。本当は、ちゃんと紹介するつもりだったんだがな。」 「あら。やっと会わせてくれたのね。」 うれしいわと笑みを浮かべるジュディス。だが、犬が苦手なのか、引きつった顔になるリタ。 レイヴンの怪我の手当てが終わったらしいエステルとカロルもこっちへきて、わぁと興味津々といった真ん丸い大きな目でラピードを見た。 「それで、その腕輪よね。さっきの刀の元。」 「ああ。よくわかったな。」 「そういう人達を、私は知っているもの。」 バウル達を狙う人達が持つ者と同じだからと続けられた言葉に、彼女も時に人と戦うことになる種族の一人なのだと思い知らされる。 どういうことか教えてくれる?と笑顔で圧力をかけてくるジュディスに、どう説明したものかと考える。 「俺の親、死んでるってのは言ったと思うけど、昔は魔物退治というか、仲良くなるというか、魔物に関わるお仕事してたらしくてな。遺品だけ受け継いだ。」 「じゃあ、何?あんたもしかしてハンターとかの家系?」 確かに、普通は見えないはずのものが見えるのだから、可能性があってもおかしくはない。だから、リタがハンターというものに警戒するのはわかる。だが、そんなたいしたものじゃないのだ、実際は。 「さぁ?どっちかというと、魔物に好かれる家系だったらしいぜ。昔は一人に一匹は確実に何か懐いて・・・むしろ、魔物屋敷状態?今は何が原因なのかわからねーけど、昔ほど懐かれるようなことにはなってないみたいだけどな。」 だから、寄ってくる魔物が全ていいものであるとは限らない為、守る術を持っていただけで、別にハンターのようにわざわざ狩りに行くことはない。好意を持ってくる連中に対しては拒まずの姿勢をとってきた、古い一族。 「魔物に好かれるって・・・青年、尚更あの学園来て大丈夫なわけ?」 話しに入り込むレイヴンに大丈夫だろと適当に言い返せば、本当にわかってるの?と少し低い真剣な声で問われた。 「ラピードもいるし、今はジュディもいるからな。それに、俺自身どうこうしようとする奴に遅れをとるつもりはないしな。」 基本は魔物同士で干渉しないようにしているため、悪意や殺意といった類を向けられない限りこちらからどうこうするつもりはない。だから、この刀という魔物を狩る力を持つ存在を知られることはほとんどない。 だから、フレンの前で出すこともないから彼も知らないのだ。 「よく生きてこれたね。それで。」 「だから言っただろ?俺弱くないし。ラピードいるし。」 なっと側にいるラピードに声をかければ返事を返してくれる。 「ユーリってすごかったんだね。」 きらきらと尊敬のまなざしという奴で見上げるカロルに、少しばかり居心地悪いなと思いながら、何故かふてくされてご機嫌斜めになっているレイヴンを見る。 いったい何が不満なんだか。 「とにかく、戻ろうぜ。悪いが薪はこれだけだ。」 と、足元に散らばったそれを集め、カロルに渡す。 「そうね。ここで長く立ち話するのもあれだし、夜にちゃんと話するのもありだものね。」 「そうです。私もいろいろお話聞きたいです。あ、夕食準備途中だったんでした。」 先程まで夕食の用意をしていたことを思い出したらしいエステルが、大きな声をあげ、元の場所へと走っていく。それに、危ないでしょと追いかけるリタ。薪ないとダメでしょと、後に続くカロル。本当、賑やかな奴等だ。 「ちゃんと、後でお話しましょうね。ユーリ。」 「ああ。」 「じゃあ、もう少ししたら戻ってきてね。」 レイヴンを指差して、意味深な笑みを残して立ち去った。相変わらず謎の多い女ジュディスだ。 「で、おっさんは何ふてくされてんだよ。」 「ふてくされてませーんー。」 ぷいっとそっぽ向く。それのどこが違うというのか。 「本当にもう怪我大丈夫なんだろうな?」 「嬢ちゃんと少年のおかげで、傷は塞がってるわよ。」 見る?と言われていらんと答えておいた。 「・・・俺が魔物でも容赦なく切れることを知って、離れたくなったのか?」 この男だって、魔物と同じ。ユーリが持つ力があれば、斬れないことはない。そういう力を持つ刀なのだから。 「それはないよ。俺様の愛がそれぐらいのことでは揺らぎません。」 「何が愛だよ。」 「青年は・・・ユーリは覚えてないのかもしれないけど、俺様にとっては恩人で、・・・一目ぼれなのよ。」 「・・・。」 「ずっと探して、入学式でやっと見つけて。10年以上積もった恋心だからね。」 あんなへましてしまって。ちゃんと守るつもりだったのに、戦えること知らなかったけど戦わせて。そんな自分が少し嫌になってるのだと言ってまたどこかへこんだ男に、いまいち意味がわからないところがあるが、その気持ちはうれしい。 「俺は大人しく守られてるなんてガラじゃねーからな。」 「そんな気はするわ。」 「だろ?」 「ワンッ。」 それでも無事で良かったとぎゅっと抱きしめる腕に、今回だけは大人しくしておいてやるかとラピードとアイコンタクトを交わして苦笑する。 「そういや、おっさんって鴉なのか?」 「んー。そうね。鴉みたいなものよ。鴉天狗なの、俺様。」 「へー。」 鴉天狗が高位の魔物の一種であるのは知っていたが、こんなふざけたおっさんがそうであるとは思わなかった。戦いを見る限りでは確かに只者ではないのだが、何かイメージが崩れる。 「ねぇ。真剣なお願いで申し込んだら、俺と・・・私と契約してくれるか?」 鴉天狗について考えていたら、急に些細な変化ではあるが、変わった口調と雰囲気。考えをやめてレイヴンをじっと見るが、相手の顔が翳って見えないからどういう表情なのかはまったくわからない。 確かにいつも、出会ってからずっと契約しましょうとじゃれてくるが、このように真剣に言われることがなくて流してきた。だが、今回はそうはいきそうにない。 真剣に申し込んでくるのなら、こちらも真剣に返さないといけない。 「・・・ユーリ。もう、あの日のように何も言えず別れたくない。傷つける者から守る。だから・・・」 「あの日っていつだよ。」 「覚えていないのなら、今は聞かないでくれ。」 「そうかよ。それで、俺なんかでいいのかよ。」 先程の戦いではっきりとわかった。普段日常の中で目にする奴等なんかとは違う、格の違い。あいつ等も弱くもないしレベルの低い奴等でもない。だが、レイヴンは飛びぬけている。ラピードよりも、全体的なバランスを考えても間違いなく強い。 「あの日から、契約する可能性はユーリだけになった。その為、私はずっと探していた。」 「俺でいいなら契約してもいいぜ。」 それで、本人が納得しているのなら、嫌いな相手でもないし、とやかくいう必要はない。 それに、ラピードが何も言ってこないのなら、普段の関わりからわかってはいるが、悪い奴ではないことは確かだ。 こんなになって真剣に言ってくるレイヴンを放っておくことは、なんだかできない。 結局ほっとけないのだろう。 「ただ、一つだけ約束しろ。無茶なことしていらん怪我増やすな。」 ユーリはエステルのように、治癒術が使えるわけじゃないから、癒すことができないから。 契約主として、契約した相手には傷ついてほしくないと思うのは、間違ってはいないだろう。当然感じる想いだ。 「善処しよう。・・・再び出会えて良かった。」 ジュディスの契約の印である腕輪と同じように、レイヴンが手を触れればそこに一部黒い色が混ざった白い輪が現れた。ふわっと羽のように軽いそれ。きっと、この男の羽もこれのようにふわっとしているのだろう。 いつか見れたらいいなと思いつつ目がそれに向いている時、唇に何かが触れた。 それがレイヴンのものだとわかった瞬間に、何するんだと叫ぼうとしたが、手で口を押さえられた。 「愛する者には口付けを、ってね。」 いつものレイヴンに戻り、ウィンクまでしやがった。 やっぱり契約は早まったのかもしれないと、この時少しだけ後悔したが、もう遅い。一発頭を叩いて、そのままおいて皆のところへ戻る。後ろから楽しそうな鼻歌を歌う男がついてくるが無視だ。 夕食を食べて、皆で騒いで、バウル共々移動する為に乗ってきた船の一室に集まる。 全員分の個室があるので、寝る時はそこで寝ればいいが、まだ寝るには話足りない子どもがたくさんいる。 「ユーリはラピードとはどこで出会ったんです?」 「どこだったかな。」 「ワフ。」 「そうだったな。引っ越した矢先に、なれない道で迷いながら夕食の買出しの帰りに怪我して倒れてるのを見つけて、家に連れて帰ったんだ。」 「怪我です?何かあったんです?」 もしかしてその左目の傷がその時のかと、エステルが不安そうにしている。 「ワンコロでも怪我するのね。」 「当たり前だろ。リタだって怪我するだろ。」 「そうだけど・・・孤高の狼神って一部では有名だし、負け知らずとも言われてたのよ。」 ぷいっとそっぽ向くリタ。 「僕も聞いたことあるよ。狼神のラピードは敵意を向けて飛び掛るもの全て払いのけるって。」 まさか会えるとは思ってなかったよと、少しばかり興奮気味だ。 「私も、彼のことは噂で聞いているわ。」 よろしくねと言えば、それに答えるラピード。だが、エステルが仲良くなりたいと思って近づけば避けられ、何かへこんでいた。それでも、すぐに立ち直って何か気合を入れなおしていた。 「それで、それがあるということは、ユーリはおじ様とも契約したのよね。」 「ん?ああ。」 それと同時に今までラピードに目が向いていた三人がユーリの腕に注目した。 「え、あ、契約したんです?」 「ちょっ、あのおっさんと?!」 「・・・ユーリ。」 三人それぞれの反応に笑みを浮かべたままのジュディスと、何故か得意気なレイヴン。確かに、レイヴンと契約するということは大変なことだとは思う。性格に多少問題ある気もするが、魔物自体のクラスからして上だしな。 「やっと毎日言い続けたかいもあって、青年からお許しもらったのー。」 がばりと抱きついてすりつかれ、髭が痛い。 「やめろ、痛い。うざい。」 「えー。」 「そうね。ユーリが嫌がることをしちゃいけないわ。おじ様?」 手をぼきぼき鳴らして笑顔で言うジュディスに、さすがのレイヴンも引きつった顔になる。 「ちょっ、わんこも。」 ラピードにまで唸られ、しゅんと小さくなってユーリの後ろに逃げ隠れる。 「レイヴン・・・立場もしかして弱い?」 「順番的には新参者だからな。」 「バカっぽい。」 「でも、うらやましいです。」 「何が?」 「・・・契約。」 「・・・。」 ほどほどにしろよと関与する気がないユーリは三人の好きにさせておく。基本は魔物達のやりとりに無干渉。だから、こちらでもそんな彼等のやりとりをうらやましがる三人の視線に気付くことはなかった。 |