その日、変わらない日常に過ぎないと朝までは思っていた。 「おはよう。」 「ああ、はよ。」 クラスが離れても寮から校舎までの間に、たまに顔を合わすフレン。相変わらず眩しい王子様スマイルで輝いてる。 だが、ユーリにはそれは効かない。この男の見た目だけ美しい破壊的な料理を口にした時から、このスマイルもあの料理のように裏だらけだと思うようになったからだ。 実際、いろいろ抜けてるこの男は笑顔でふわふわしてて、周囲が騙されているが、いろんな意味で危険だ。笑顔でドアの破壊をしたことあるのを知っているから余計だ。 「卒業までクラス離れる羽目になるなんて、寂しいね。」 「毎日同じこと言うなよ。」 仕方ないのに毎日言う挨拶の後の言葉に、いい加減他の話題は出てこないのかと思う。 「じゃ、またな。」 教室が別々である為、途中でわかれることになる。何度もこっちを見て寂しそうにしているフレンを見ると、最初のうちは耳や尾がしなっと下がって、ラピードと契約したことからわかるように動物が好きな自分としてはよしよしと撫でたくなる。だが、あれはあくまでもフレンだ。一度やってやっぱり離れたくないと巻きついてきて離れなくて遅刻したことがある。だから、あれから一度もやってない。 ちなみに、その時ラピードが助けてくれた。もちろんすぐに消えて家に帰ったので結局誰ともその時は会うことはなかったのだが。 フレンと別れた後、教室へ向かう途中、違和感を感じた。 つい先日、同じような感覚に見舞われた。だから、もしかしてと思った。 周囲に警戒しながら気を張っていたが、それはたかだか人では些細な抵抗でしかなく、あっさり背後を取られ、近くにあった部屋に引き込まれた。 背後から伸びる腕に体をがっしり押さえ込まれ、口も押さえられているので声を出すこともできない。 相手の顔を見ることはできないが、間違いなく、この気配はあの人のものだ。 「・・・ア・・・レクセ・・・イ学園長。」 途切れ途切れながら、相手の名を呼べば、何がおかしいのか笑う声が聞こえた。 「バレてしまうとは、本当に面白い男だな。ユーリ・ローウェル君。」 ぱっと拘束する腕がとかれ、振り返ってしっかりと相手を見る。 「この前の理由は知っていましたし。今度は何ですか。」 「食事をするのも一興かと思ったが、バレているのならやめておこう。」 そう言って、笑うのを止めた。 「どうやら、ややこしい連中がややこしいことをしようとしているようなのでね。」 「俺に話して何のつもりだよ。」 「気をつけたまえ。君にも関わるかもしれないことだからな。一応、忠告という奴だよ。」 アレクセイは言い、懐から一枚の四つに折りたたんだ紙を取り出した。 「今から出かける用事があってね。シュヴァーンに直接渡せそうにない。」 大事な伝言だから、届けてくれないかとそれを差し出すアレクセイ。ユーリは数回差し出される紙とアレクセイの顔を交互に見た上で、手を伸ばしてそれを受け取った。 「シュヴァーンもイエガーもデュークも、怨まれる数知れずのことを長く生きている為にあったからな。」 契約主は危険だともう一度忠告し、部屋から出て行った。 相変わらず何を考えているのかまったくわからないし、どうしたものかと考える。だが、あの三人が過去に様々なことを得て怨まれることになったというのも知っている為、もしかしたらあの人なりに三人のことを心配しているのかもしれない。そして、その契約主である自分が、『敵』となる存在に知られたらどうなるか。 「間違いなく消されるな。」 契約は生半可なことでは行なわれない。彼等にとっては自身の全てをかけるといっても過言ではないのだ。 だからこそ、魔物同士においても、主従関係は絶対なのだ。契約に縛られれば、契約が消えるまで望む望まない関係なく続く。 今もまだ、たまに思ってしまうのだ。本当に、自分と契約して彼等は良かったのだろうか、と。 皆、それこそ愚問だと言って、まだそんなこと言ってるのかと言って、怒って、けれど最後には笑って今がある。だから、あれから言ってない。怒ると同時に、彼等が悲しそうな顔をしているのを見ているから、言わないようにしている。それでも、何度も思う。ユーリ自身に負えるような奴等じゃない程、彼等のクラスが上だということに。 だから、そういった集まりのクラスにしてあるのかもしれない。他と足並み揃えることができるモノ同士。 「さて、どうするかな。」 受け取った紙は渡すとして、あの忠告を無視することはできなかった。 自分がというよりも、彼等が悲しむのを見たくないからだ。何だかんだといって放っておけないから今現在こうなっているのだろうが、少なからず過去を少し知っているだけに、彼等には笑っていてほしい。 「動きを感じるまではとにかく気をつける程度しかできねーが・・・というか、何故アレクセイがわざわざ忠告にきたんだ?」 こんな場所で突然。彼等のことを気にかけているのなら、ユーリではなく彼等に忠告すればいい。そもそも、忠告を受けなければいけないほど、彼等は弱くもない。だから、一番弱い自分に忠告なのかもしれないが。 ユーリが死ねば契約が白紙に戻る。契約主がいないからだ。そうなれば、アレクセイとしても問題がなくなるのではないだろうか。ある意味、ユーリに手元においていた部下のレイヴンをとられていることになるわけだし。 「やっぱり、あの人わけわかんねぇ。」 とにかく、教室に向かうかと足を進めた。 教室につくと、相変わらず賑やかだった。 「あ、おはようございます。」 気付いたエステルが声をかけ、カロルもそれに続いた。そして、リタは相変わらずというか、文句を言い、ジュディスは笑みを浮かべていた。 そして、タイミングを見計らったかのように、レイヴンが教室に現れた。 「おはよー。あ、青年会いたかったよー。」 と、くっついてきた。 「毎日顔合わせてるだろうが。離れろ。」 ぐいっと押して引き剥がした。そして、先程アレクセイから受け取った紙をポケットから取り出した。 「ほら、これ。」 「ん?何々?もしかしてラブレター?」 「阿呆か。」 ペシッと軽くはたいて、レイヴンにそれを渡した。 そして、それを受け取り、表情が一瞬だけ曇ったレイヴンがさっと中を確認する。 「・・・ねぇ、ユーリ。」 「何だよ。」 「アレクセイに、会ったわけ?」 「ああ。」 「・・・。」 「別にそれ渡してくれって頼まれただけだぜ。」 先日のようなことはないから、頼まれただけというのを強調して言うが、レイヴンがじっとユーリの顔を見て静かに何かを考えているようだった。こうなった時は、ただのおっさんじゃないと思えるのだが、状況が状況なだけに、少しばかり居心地が悪い。 「レイヴン、それ何だったの?」 興味を持ったカロルが聞いてきて、ふっと『シュヴァーン』の顔が消え、いつものふざけたおっさんに戻り、また休みに仕事やれーって上から命令がきたのよと答えた。 「まったく、嫌になるわ。」 このままじゃ過労死しちゃう〜とふざけるレイヴンにリタはバカみたいだと呟き、エステルは先生って大変な仕事なんですねと何か企んで決意しているし、ジュディスは変わらずにこにこしていた。 けれど、今のユーリはあの紙に書かれていた内容が気になっていた。わざわざ中身を盗み見するようなことはしたくないから、渡されたまま渡したのだが。 「ささ、授業はじめるわよ。」 だけど、明日用事が出来たから休みねと付け足して。 次の日、休みの為することもなくラピードと屋上で日向ぼっこしていた。 少しばかり気になり、もし今日学校にいたら話をしようと思って足を運んだのだ。結局、昨晩はレイヴンが帰ってくることがなかった為に聞けないままだったからだ。だが、レイヴンが学校にいることはなく、暇をもてあまして屋上でぼんやりすることにしたのだ。 そう言えば、最近ばたばたすることが多く、クラスの奴等も賑やかで静かに暇をしている時間がなかったなと思う。 「今度はハンクス爺さんとか、近所の皆に話してもいいかなって思うようになったんだ。」 そしたらちゃんと、ラピードを紹介しなおさないといけないなと笑いかければ、あまりどうでもいいらしく、ふんとそっぽ向いた。 「それで離れることになっても、仕方ないし、今度はお前もいるから大丈夫な気もするんだ。」 あまり、あの人達に隠し事をしたままでいたくないし、ちゃんと知って欲しいという気持ちもある。 「それにしても、ラピードは言葉を話すことはないよな。」 それでもやっぱりしゃべろうと思えばしゃべれるのだろうか?少しだけ気になるところだ。 別に言葉を話さなくても、なんとなくわかるから不便に思ったことはないが。話せるならそれはそれで楽しそうだ。 「なぁ、ラピ・・・どうした?」 名前を呼ぼうとした時、警戒して唸りだしたラピードに、ユーリも警戒する。何かが、この屋上にいる。 「誰だ。」 じっと気配を探ってみても、曖昧でわからない。確かにいるが、どこにいるのかはっきりとわからない。 それだけ、隠れるのが上手いのだろう。 「姿を見せろよ。バレてるんだからよ。」 言葉を投げかけても、それが姿を見せることはなかった。 本当に薄気味悪い。 立ち上がって、ゆっくり出入り口付近へと足を進めながら、警戒する。 手を出してくる気がないのなら、さっさとここから立ち去る方がいいだろう。出してくれるかどうかはわからないが。 「・・・ユーリ・ローウェルか?」 出入り口のドアの前に来て後ろ手でノブを手にかけた時、反応があった。 「名乗らずに隠れて人の前にいる奴に名乗る名なんてねーよ。」 「・・・ユーリ・ローウェルなんだな。」 「さあな。」 ばっとドアを開けて中に入って扉を閉める。 ラピードと共に、警戒しながら階段を駆け下り、慣れ親しんだあの教室へと向かう。 教室は一種の結界があるのだと前に言っていたのを思い出したからだ。クラスのメンバー以外が侵入しないように、ということらしい。確かに、何かなくなったりしても問題になるし、種族でわけて争いにならないようにっていうことのためでもあるらしい。 つまり、正体不明のあれも教室内には手を出せないはずなのだ。 あれがアレクセイが言っていた厄介なものなら、尚更関わらない方がいい。 だが、そう簡単に逃がしてはくれないようだ。 とっさに走るのを止めて後ろへ飛び、避ける。何かが前方に現れ、本能的に避けたのだ。 「やっと、姿見せやがったな。」 唸って戦闘態勢に入るラピード。まとう隠し切れない程の強い気から、ただの雑魚ではない相手に、ユーリも少しばかり突破口が何かないか考える。 ここでまともにやり合うには少しばかり厄介な相手だからだ。 「いきなり何の用だ。」 「答える義理はない。大人しく来ればいい。」 そう言って飛び掛ってくる相手を交わし、ユーリも刀を掴んで構える。 「・・・成る程。多少傷物になるが仕方ない。」 「勝手に人を傷物呼ばわりとは言い度胸だな。」 長く鋭い爪を刀で交わし、何とかできないか考える。 今日はレイヴンが学校にいない為に休みになっている。その為にジュディ達がいる可能性が低い。つまり、助けはないに等しい。 可能性としてイエガーやデュークあたりだが、あの二人も本来教員と理事長として忙しいはずだし、タイミングよくいるとも限らない。何より、レイヴンと同じで用事で学校にいない可能性も否定できない。 今思えば、契約した連中は全員今まで通り好き勝手やってるので、非常事態においての連絡手段がないことを今更痛感させられる。向こうは契約による繋がりからユーリとの連絡手段があるだろうが。 しかも、今更気付いた厄介な状況に本当最悪だと思う。 いつの間にか、幻術による異空間に迷わせられているのだ。つまり、ここはすでにユーリが知っている学校ではなくなっている。この相手によって作られた出口のない世界。 あるとすれば、作らせるか、無理矢理破るか、だ。 「ラピード。」 側に来た相棒にアイコンタクトし、心配そうにユーリを見上げるが、行けと示せば、壁に向かって飛び込んだ。 だが、ラピードが壁にぶつかることはなくすっと姿が消え、その場所にはユーリとユーリに用があるらしい相手だけが残った。 「大人しく、来る気か?」 「いや。俺は理由をはっきりしない知らない奴についていくほど馬鹿じゃないんでな。」 「そうか。・・・なら、無理矢理来てもらうことになる。」 「お断りだ。」 だが、数が増えた気配に、どうしたものかと思う。ラピードを外へ出したのもその為だ。 相手が一人なら何とかなるかもしれないが、増えれば不利だ。 あくまでこの空間においては相手が有利なのだから。だからといって、大人しく捕まるような性格をしてはいないが。 しかし、多勢に無勢だ。いつもなら負ける気はしないが、ラピードもいないし、何より身体に異変が起きていた。この空間のせいだろうが、重力が本来のものよりかかりすぎている。そして、何かにからんだかのように、身体が動かなくなってきた。きっと幻術の類だろうが、それを破る術は今のユーリにはない。 だからこそ、ラピードだけでもここから出られる内に外へ出した。 このままいつまでも攻防を続けてはいられない。刀を持っているのもやっとな状態だ。 「眠れ。」 両目を塞ぐようにかぶせられた手。油断していたつもりはなかったが、動きが遅くなったユーリに相手が遅れをとるなんてことはないのだろう。 だんだんと遠くなる意識。最悪だ。 また、あいつ等に迷惑をかけてしまう。 そして、ユーリの意識はそこから途切れた。 少し時間は遡る。 ユーリが異空間へ取りこまれた時から、契約によって繋がりを持つ全員がユーリに異変が起きたことを感じた。 「リタっ。」 「エステルも感じたのね。」 「二人共気付いたということは・・・ユーリ、危ないのかもしれないわね。」 緊急事態に緊張感が漂う。カロルは出かけていないが、戻ってくる可能性がある為、出かけると置手紙を残し、ユーリから預かっている合鍵で戸締りをし、異変を感じた学園へと三人は急いだ。 だが、やはりといっていいのか、立ちはだかる邪魔者がいた。 「いるわね。」 「全部ぶっ飛ばしてやる。」 「手加減できませんので、はやめに通して下さい。」 ジュディとリタは元々の性格からもやる気十分だが、普段争いごとが嫌いなエステルですらやる気なのだから、ある意味邪魔者達は八つ当たりの被害だ。彼女達の事情を知らないから。 彼等はただ、よくある契約主をどうにかするという貶めるつもりだった。契約をするぐらい大切な存在だからこそ、失う時の損害が大きい。だからユーリを連れ出した。レイヴンやアレクセイやディークといった、珍しい組み合わせ連中の目の前で殺して苦しめる為に。 だが、彼等は知らない。あの三人だけではないことを。確かにイエガーのことは注意しているようだが、同様にこの三人娘の脅威をまったく理解していないのだ。ある意味、レイヴン達成人男性組よりも厄介で、実力も只者ではないクラスにいるということを。 「弱い癖に出てくるな。邪魔よ。」 「あっけないわね。面白くないわ。」 「急ぎましょう。」 あっという間に片付けて、彼女達は急いだ。そして、こちらに気付いたからなのだろう、向かってきたラピードと合流した。 「どうやら、ユーリは連れて行かれてしまったみたいね。」 何となくで、ラピードの意思を理解したジュディスの言葉に、エステルは心配そうにし、リタはそわそわしだす。 そこへ、二人の人影が落ちてきた。言葉通り、高いところからその場へ飛び降りてきたかのように、落ちてきたのだ。もちろん、しっかりと着地をしてその場に立っている姿から、一切の怪我を負っている様子はない。 「あら。」 「あんた等。」 「もしかしてユーリのことです?」 三人それぞれの反応を見せるが、二人はそれに答えずに目的をまず果たそうと言葉を発した。 「愚かな連中が悪さを始めた。鴉も狐も対応で出払っている。イエガー様もだ。」 「今日授業がないのはそのせいかしら?」 「そうなのよん。けど、雑魚が多すぎて人手がまったくたりてない状態なのだわん。」 その結果、彼等と関わる契約主を連れ出された。それは彼等にとってもその争いに関係ないといってもジュディス達にとっても失態だ。 「鞄お化けにはすでに別の連絡を入れた。・・・すまないが、お前達にも後始末の手伝いを頼みたい。」 いくつかに別れているため、同時に全てを抑えるには人手が足りていない。本来なら後ろにいる頭連中だけ潰せばいいのだが、あまりにも雑魚が鬱陶しい程集まった為に、しかも距離をとって分散している為、いくつか手が回らない区域がでてしまったのだ。 「いいわ。さすがの私も、ユーリに手を出されて黙っていられる程心は広くないもの。」 「せっかくの休みを潰された恨み晴らしてやるわ。」 「ユーリをいじめる人は許しません!」 三者それぞれ結論は見つけたら容赦なくぶっ飛ばすというもので、今回手を出してきた愚か者達は、破滅へのカウントダウンがはじまったことにまだ気付いていない。 「では、ここに書かれた場所を頼む。あとはすでに分担して散っている。」 「なら、このどこかにユーリが居る可能性もあるわけね。」 「ああ。だが、どこかはわからない。」 「でも、全部潰したらどこかに必ずいるはずにょ。」 じゃあ、急がないといけないからと、二人はジュディス達の元から去った。 「私達も行こうかしら。」 「さっさと行って終わらせるわよ。」 「はい。」 「二人共やる気満々ね。頼もしいわ。」 「そういうアンタこそね。」 こうして、本来はただのお互い気に入らないという理由による争いであったにも関わらず、ユーリの契約に関わる者達の奪還及び抹殺活動が開始された。 気がつけば、そこはすでに学校ではなくなっていた。もちろん、襲撃者によってつくられた空間でもなかった。 左の腕輪の感覚がおかしいことで、使えないように呪をかけられたなと判断する。 「ったく、何だってんだよ。」 身体を起こそうにも金縛りにあったかのように動かず、その場に転がされた状態のままで、周囲を探ろうにも動けない為に視界の範囲も限られて情報が足りない。 「しっかし、本当何だってんだよ。」 ただ日向ぼっこをしていただけの一般市民だったのに。世間では、契約している者も魔物を斬る力を持つ刀を扱える者もタダの一般市民とは呼ばないが、ここには誰も突っ込みを入れる人物はいなかった。 ラピードは無事に外に出れたのだろうかと心配しながら、どうにか逃げる方法はないかと考えていると、小さな物音が耳に届いた。もしかして襲撃者が姿を見せるのかと、意識が戻っていないふりをしようとじっとしてなるべく気配を誤魔化しながらさぐると、名前を呼ばれた。 その声にユーリは聞き覚えがあった。 「・・・アレクセイ学園長?」 「やはりか。」 どこか呆れたような声音に、まさかこんなところでこんな状況で会うことになるとは思わなかったので、どうしたものかと考える。何せ、この状況において、彼が味方である保障がないからだ。 「私は忠告しておいたはずだったのだが・・・あまり意味がなかったようだな。」 「それはすいません。」 額に手を触れたかと思えば、動かなかった体が動くようになった。どうやら、呪をといてくれたようだ。 「そうなると、あの男は今頃仕事を片付けながら慌てふためいているというわけか。」 面白そうなのに見れないのが残念だと、何かよくわからないが楽しそうな男に、少しだけ警戒心が戻ってきた。 「立てるかね?」 「あ、はい。動けるし問題ないと…。」 差し出される手を素直にとって立ち上がる。一応、身体に異常はないかと確認してみるが、何もなさそうでほっとする。 「ならば、少しばかりそこで動かず大人しくしていてくれたまえ。」 そう言ったかと思えば、すぐにユーリもアレクセイの言葉の意味を理解した。突然起こった爆発音と複数の気配から、敵が来たのだろう。確かに足手まといに成らないようにした方が賢明だ。 「まったく、面倒な連中だ。」 本当に嫌そうに言い捨て、持っていた剣を構えた。確かに、今回限りでないのなら、ユーリ自身も面倒だと思う。毎回馬鹿の一つ覚えのように仕掛けてくるヤツはいるものだ。 ユーリ自身にも身に覚えのあることだ。よく、諦めの悪い連中がユーリを『食べよう』として何度もきたことがある。あれと同じようなことだろう。目的が違うだろうが。 あっという間にアレクセイは現れた連中を片付け、再びユーリの方を向いた。 「さて、どうしたものか。」 このまま保護して連れ戻ってもいいが、それはそれで面白くない。そんなことを言う男に、別に面白さは求めてないからここから出られたら放っておいてくれてもいいのにと思ったが口に出さない。何か言ったら、絶対面白そうにしてさらに厄介なことになりそうな予感がしたからだ。 本当に、俺の周囲にはろくな奴がいない。 「せっかくだから、少し付き合ってくれないか。」 いったい何につきあえというのだろうか。間違いなくろくなことではなさそうだが、拒否権はなさそうだ。だって、顔は笑っているのに目は笑っていないし、威圧感を感じる。そういうところは学園の権力者だなと思う。 本当に、面倒な奴と関わる羽目になったものだと思う。 だが、その時突如感じた寒気のような嫌な感覚に、はっとその方向を見た。もちろん、アレクセイも気付いていた。 そこには、ユーリをここへ連れて来たであろう人物がいた。 「まったく、面倒でしかない。シュヴァーンのところにいたと思ったが・・・。」 「客をそのままにしておけないからな。」 客とは、ここでは招かれざる客のアレクセイではなく、あいつによって連れてこられたユーリのことだろう。 「俺をこんなところに連れてきて放っておいたくせに、何言ってやがる。」 客のもてなし最悪だなと言ってやるが、別に怒る様子もない。挑発にのるどころか、むしろ笑っている。 「あれは本体が別にある人形だ。一々構ってはいられない。」 とっととここから出るぞと、突如荷物のように抱えられ、驚きで何かを言う前に飛びのいてそのまま、近くにあった窓から飛び降りた。そう、飛び降りたのだ。何せ、ここは1階ではなく、何階か数えるのも面倒なぐらい高い塔だったのだ。 死ぬっ?!と思ったが、すぐに落下速度は落ちた。どうしてと思って視界に入った男の背にあるもので、すぐにわかった。 そう言えば、吸血鬼は空を飛べる奴もいたことを思い出した。 そろそろ、人としての最低限の常識を忘れそうだ。 「いい加減目障りだ。消えたまえ。」 そう言って、ユーリを片手で抱え上げ、もう片方で剣を振り上げて、下した。その時、発生した衝撃波のようなもの。今でてきた場所を破壊する一撃。 「どうせ、死んではいないだろう。」 だが、荷物があっては面倒だとはっきり言い切り、そのままユーリを抱え、アレクセイは学園へと向けて空を飛んだ。 今度こそ守ると、傍にいると誓った。彼の側に再びいる許しを得て、浮かれすぎていたのかもしれない。 こんなにも簡単に彼を連れて行かれるなんて失態どころじゃない。 「おたくら、覚悟はできてるわよね?」 全てを消すために、根こそぎ破壊し、目撃者を消した。その時、はっと気づいたつながりがあるからこそ、わかること。 「無事…良かった。」 本当に良かったと思う。だけど、安心するのはまだ早い。他の『仲間達』がどうやら今回の騒動の原因である他の場所を襲撃しているようなので、さっさと合流する必要がある。 深入りは危険だ。手間がかかって面倒ではあるが、消耗し続けるのも得策ではない。きっと、敵はこんなに大人数を相手するつもりはなかったのだろう。だが、今回のことで、完全に彼のことがバレたし、戦力がどれだけあるのかも知られてしまった。次があれば、もっと敵が増える可能性がある。 外に漏れない様に、全部潰す必要がある。 「大将やあのデュークが残りを生かすつもりはなさそうだが…。」 不安はつきない。とにかく、他にめぼしい敵も情報もなければ戻る方がよさそうだと判断し、レイヴンは学園へと飛んで戻った。 すると、ちょうど戻ってきたらしい彼と大将の姿がそこにあった。 「ユーリっ!」 ばたばたと駆け寄って、体中無事かと触ると、呆れたように言われるし、冷たい目で大将にまで見られた。 「そんなことより、おっさんこそどうなんだよ?また怪我とかしてボロボロになってねーだろうな。」 「君が気にすることはない。この鴉はそこまで軟ではない。そもそも、君のことしか頭にない馬鹿な鴉に心配することほど無意味なことはない。」 「ちょっと、何よそれ!それより、大将こそユーリ君に怪我させてないでしょうね!」 そうなら許さないからね。とくに血とか血とか血とか!と騒ぐレイヴンにうるさいと一括して、ふと、道の反対側へと視線を向けた。 「おっさん、うっさい。」 「えーひどい。」 お仕事がんばってるのに、冷たいと嘆くレイヴンを適当にあしらい、ユーリもアレクセイが視た方向を見た。そこには、イエガーとドロワットがいた。 「どうだった?」 「まったく、ディフィカルティな程たくさんいましたよ。もちろん、オールデス、デスヨ。」 「そうか。」 その報告を聞いて、学園へと戻って行くアレクセイ。また今度ゆっくりととそれに続くイエガーとドロワット。 「おっさん。」 「何?」 「今回、そんなに酷いことになってたのか?」 「んーと。弱い奴程群れたがるってね。大丈夫よ。俺様も、不本意だけどあの人たちも、強いからね。」 面倒な位敵がいすぎるが、遅れをとることはそうない。だが、今まで守る為に戦うことがなかったから、多少状況が変わっただけなのだという。 「やっぱり、俺がお荷物ってことか。」 「違うわよ。」 「違わねーだろ。」 「違う。ただ、おっさん達皆、諦めてきたから。だから、生きる為に敵を倒す。それ以外知らないのよ。」 知ってたはずだけど、いつのまにか何の為に戦ってるのかも、生きているのかも見失いかけていた。それぐらい、長い間変わることなく続く攻防戦。 「ユーリ君だけが、問題じゃないの。おっさん達こそ、問題なのよ。」 今まで、守りたくて守れなくて、失ってきた。だから、もう守ることをやめて、ただ前に進むだけだったのを、やっと昔みたいにもどしてくれたことに、反対に感謝しているのだと言われ、ユーリもそれ以上何も言わなかった。 「あ、でも!大将とだけは契約反対だからね!デュークは予定外だし予想外だけど、本当大将はダメだからね!」 そうわめくレイヴン。ちょうどそのころ、他の皆が暴れて戻ってきたところだったようだ。 もちろん、心配したという面々と、素直に言わず文句を言って、それでも良かったと安心する彼等に会い、少しだけ心配させてしまったことに申し訳なく思った。 もっと、しっかりするべきだった。契約した者として。 「思ったより手ごたえがなくて楽しくなかったけれど。」 「そうね。思ったより雑魚だったわね。」 「大丈夫です。ユーリは私達が守ります。」 でも、男として、女性三人にそんなことを言われるのはちょっと情けないなと、凹んだことは内緒である。 |