時間が空いてしまい、暇をもてあますことになった。だから、あいつ等に何か作ってやろうと、調理室を借りる為に廊下を歩いていた。その時、ゾクリとする気配を感じた。まさか、またヤツかと、警戒するように壁に背を向けて周囲を警戒しながら進んだ。だが、いつもフルネームで叫びながらやってくるので、それがないことに違う何かかと、さらに警戒を強くする。まだ、ヤツの方が適当にあしらえばいいだけだから楽なのだ。これでも、あまり関わりたくないが付き合いが悲しいことに長いために学習したことだ。

少しずつ移動しながら周囲を警戒していると、突如背にしていた扉が開き、何かによってその部屋の中に引きずり込まれた。

必死になって抵抗するが、力は強く、さすがに少しばかり恐怖を感じる。

ここは、人が思っているほど安全ではない、人ではない者達がたくさんいる場所だからだ。だが、人に危害を加えることは校則の上で禁止されている為、例外が起こらない限りはある程度は安全が保障されている。その例外に、ユーリは入っている為、警戒しなければならない。

「誰、だよ。お前っ!」

相手の顔を確認できないような、薄暗い部屋。そして、ガバッと開かれる首元。そして、一瞬だけ見えた鋭い歯。その瞬間こいつは吸血鬼という種族だとわかった。

だが、わかったどころでどうしようもない。次の瞬間には首筋にチクリとした痛みと脱力感を感じた。そして、だんだんと火照るような熱さを感じ、息苦しくなっていく。

もう、抵抗する気力もなくなっていった。

「つっ・・・う・・・ぁっ・・・。」

「なかなかの美味だな。」

「・・・ぁ・・・うる・・・せぇ・・・は・・・せ・・・。」

相手が少し離れたことで、がっと最後の力を振り絞って押し返す。噛まれたであろう首筋に手を当てる。

生暖かい何かが触れるが、たいした出血はなさそうだ。

そして、相手も離れ、周囲に渦巻いていた『おかしな気配』が消え、しっかりと目が合う。

「あん・・・た・・・。」

「突然悪かったね。だが、君もいけない。この時期は気をつけないといけないことは、シュヴァーンから聞いていただろう?」

確かに聞いていた。この時期、学園内の吸血鬼という種族全て、近づけば獲にされるから注意だ、と。

何でも、一定周期で血を欲する欲望が酷くなるらしい。とくに、純潔に近ければ近い程、衝動が酷いらしい。

「・・・趣味疑うぜ。」

本来異性の血を求める。だが、この男は同姓のユーリを獲にした。

「何とでも言うがいい。生きるのに必要なこと。人に理解して貰おうとは思わぬ。」

「別に、・・・それが問題、とは言ってねぇ。・・・選ぶ趣味が悪いって言ったんだよ。」

人が生きるのに動植物を食べるように、彼等にとっては血が食事なのだ。ただ、人はそれを受け入れない。人が動植物を殺して食べるのと何等行いは変わらないのに。

大分呼吸も落ち着いてきた。脱力感は軽い貧血だろう。明日になればどうにかなりそうだ。

「成る程。奴が言うようになかなか面白い男のようだな。」

「それはどうも。」

男、この学園の学園長をするアレクセイは口元を拭い、手についた血を舐める。

「君はどうやら何もわかっていないようだが、気をつけた方がいい。我等のようなものからすれば、その生き血は何よりも勝る美酒のようだからな。」

クツクツと笑って、アレクセイは部屋から出て行った。本当、この学園は変な奴ばかりだ。

だが、嫌えないのは、あいつ等にも心があり話し合うことができるからだろうか。人と同じように痛みを感じ、喜んだり怒ったりできるからだろうか。

「それにしても、覗きとは趣味が悪いぜ。なぁ、シュヴァーン教授?」

「・・・。」

すっと、闇に溶けていたかのように存在がなかった男が姿を見せた。

この男なら、闇に紛れることなどたやすいこと。だが、覗かれるのはプライベートな問題から言って不快だ。

「その名前、呼ばないでよ、青年。」

本当にこんな時まで名前に拘る男に溜め息をついて、レイヴンと呼んでやる。

「きっと、アレクセイも気付いてたんだろうな。だから、さっさとどっか行った。」

そんだけ殺気立った目してたら駄目だろ?と言えば、背後から腕を伸ばしで抱きついてきた。本当、子どもみたいな奴だ。これは何か。反抗期か。それとも親離れできずにくっついてくる子供か。

「青年が俺様だけのものじゃないのはわかってる。青年みたいな特殊な人間はなかなかいないから、契約できる『上位クラス』がたくさんいるのも頷ける。でも、思ってたより独占欲強いみたい。」

最初は確かに一目ぼれ。それでも、すでに何かと契約済みだとわかっていて、ちょっかい出したのもわかってるつもりだったし、彼を誰もが放っておかないのもわかっていた。

何より、同じ契約するのならと、クラス担当をもって選んだ。

そんな彼が面倒見いいことも一緒にいてすぐにわかった。だから、今のような状況になっているのも複雑ながらも仕方ないのかもしれない。

「まだ、契約、続ける?」

「さぁな。でも、さすがに手に余るな。」

最初はラピードだけだった。魔物との契約の意味を知らず、ただ自然とそうなっていただけだった。

次にジュディにバウル付きで、このおっさん。そしてカロルにエステルとリタと続いて、あのクラス全員と契約を交わすことになった。

その後、偶然出会うことになった人嫌いで引きこもりの理事長デュークに、命の危険に迫られて半ば無理やりのようなイエガーと一緒にくっついてきた二人娘。

大所帯になってしまっている。大家族計画も夢じゃない人数だ。俺以外、人ではないものたちということを除けば、世間的には普通の・・・いや個性的な集団でしかないだろう。

ほとんどが上位クラスにいる者達で、力を求める者達にとってはうらやましい状態にある。ある意味個性的な奴等ばかりで、対処の仕方に困るという点があるが。

そもそも、ユーリはそういう力など求めていない為、好きなようにしたらいいと放任主義であるからこそ、上手くいっているのかもしれない。

「俺としてはそろそろ契約者締め切りたいけどな。」

「おっさんとしても締め切ってほしいね。」

「けど、気になる奴が残ってんだよな。」

「・・・。」

クラスが離れてなかなか会う機会がないフレンも、彼が望むのなら契約してもいいと思っている。こんな複数の契約がすでに交わされている俺でよければ、だが。

クラスでフレンのこと好きな奴がいたから、もしかしたら問題はまったくないのかもしれないけれど。

あと、今回半ば無理矢理だったが、アレクセイも放っておけない。

元々、この男が彼を生かす為に血を代償に差し出していたのだから。契約ではなく、ただ生きる為の食事として必要だった行為で、死にかけていた『シュヴァーン』にとっては恩人でもあるから、今までそうやって割り切って過ごしてきたらしい。

その男を自分が契約することで、無闇に手を出せない状況になってしまった。だから、少しばかり悪いことをしたなと思っているのだ。

今回だって、この時期がくればシュヴァーンがアレクセイの元へ行っていた。それがかつて助けてもらった代償だと言って。

「でも、本当、気をつけてよね。すでに半分吸血鬼が三匹もいるのよ?」

とくに、アレクセイは加減知らずの純血種だから、契約なんてしたら駄目よと忠告する。吸血鬼四匹なんて、血がなくなって干からびちゃうと言う。

だが、その顔は冗談めかしく笑ってはいるが、目は全然笑っていなかった。本当、困ったほど心の狭いおっさんだ。

尊敬していた上司に向かってあれは駄目とか言うか、普通。しかも、吸血鬼を三匹扱い。一人は確か同僚だったはずなのだが、そう言えばあまり仲がよさそうな雰囲気ではなかったなと思い出す。

「だが、アレクセイ学園長先生が行き倒れてるのをあまり見たくないけどな。デュークみたいに。」

「あー、デュークの奴は特殊中の特殊よ、あんなの。理事長なのに引きこもりっていうだけで特殊よ。行き倒れてても、放って置いて問題ない特殊な例よ、あれ。」

かなり酷い言われようだ。本人がいたら、あまり変化がないが不機嫌そうな顔をして文句を一言零すだろう。

「それに、アレクセイの大将はそこまでバカじゃないわよ。行き倒れる前に比較的紳士的に対応するわよ。」

「でも、おっさんがいないと誰か襲うしかないんじゃねーの?」

「大丈夫よ。たぶん。」

レイヴンとしては、同じ契約者になってほしくない。長くいるから知っているのだ。

気に入ったモノに対しての独占欲が上辺では見せないけど、とても強いということを。何より、気に入らない相手、とくに純血種で人間の血の方が体にはいいとしても、人間の血を飲むことをよしとしない。あの男も、デューク同様に人に裏切られて人を拒む哀れな男だからだ。

それを、今回手を出してきたということは、通りすがりを狙ったのではなく、はじめから狙っていたというのと同じだ。

自分もここまで強いと思っていなかった独占欲を自覚し、困っているが。あの男がこられると、ややこしくなること間違いなしだ。

「心配なのよ。」

それに、ただ自分達が契約することだけが問題ではない。その後のことが、問題なのだ。

「おっさんも含め、デュークもね、怨まれるようなこともしてきてるから。いろいろ種族問題とかあるし、ややこしいことになったりして、生きる為に選んだことが相手に怨まれる結果になることだってたくさんある。そいつらがユーリに手を出すんじゃないかってね、それがとても怖い。」

「何かあっても、俺はそう簡単にやられねーよ。知ってるだろ?」

そう言って、左腕の腕輪を見せる。そこには、彼がレイヴン達のようなものにも対抗できる魔を払う力を宿す剣がある。だから、いままでのことからも、彼が弱くないことは知っているし、だからこそ、強い相手に上位クラスの魔物達は興味を持つ。魔物だって、プライドってものがあるのだ。

自分が認めない相手と契約なんて持ちかけない。強ければ強い程、惹かれる。

「それでも。・・・何度も言わせないで。俺はユーリのことが好きなのよ?傷ついてほしくないの。それに、好きな子一人守れないなんて、それこそ駄目なおっさんっていうの否定できなくなるじゃない。」

「恥ずかしいことよく言えるな。そもそも、俺に何かあったらすぐにきて助けてくれるんじゃなかったのかよ。」

なぁ?と首をまわして顔を後ろに向けて背中から抱きついたままの男の顔を見やる。

ユーリのことが好きだと言い続け、毎日スキンシップを重ね、恨みによる仕返しで巻き込んだ彼とのごたごたの後、契約を交わした。

あの日のことを今でもしっかり覚えているし、うれしかった。それから、何度も好きだと伝え、恋人と呼ぶには少し違うのかもしれないが、彼の隣に立つ許可を貰った。

「そう、だね。」

「だいたい、俺はそんなめそめそうじうじしたりするような奴、『恋人』にするつもりはないぜ?」

「・・・そんなこというと、期待しちゃうわよ。・・・でも、今はちょっとだけこうさせて。」

仕方ないなと、ユーリはレイヴンが納得するまで好きにさせることにした。

「本当、俺なんか選ばないで、他のところいけよ。」

「嫌よ。せっかく契約してもいいって相手見つけたんだから。一目ぼれって言ったでしょ。」

「でも、俺は誰か一人と共に歩むつもりはないぜ。」

「知ってる。」

恋人とは少し違う。けれど、恋人に今一番近い隣に立っている。そのせいで、たくさんいるユーリを狙うライバルにちくちく嫌味を言われても、彼の隣にいられるだけで耐えられる。

だからといって今のままいるわけではなく、いつか必ず恋人になってみせると決意をしっかり持っているのはユーリには秘密だ。

レイヴンはユーリから聞いている。自分が人ではないものが見えるためにそれを知った周囲に疎まれたこと。

親は味方でいてくれたけれど、あっさり手のひらを返すように態度を変えた友人達。

いくら周囲に敏感で察知して対応できても、まだ子どもだったのだ。あっさりと離れていく彼等を止めることはしなかった。そして、一人残る。

もう、一人残されるのだけは嫌だ。

叫びのような、搾り出すように小さく呟かれた言葉に、あの時はどうして側にいなかったのかと思う。一人じゃないと、ここまで心の奥底に抱えて誰ともどこか線を引き、必死に守ろうとしていた彼が幼い子どものようにあの時は見えた。

親が味方でいてくれたから、一人ではないのだが、一人だけ取り残されたような、あの寂しくて暗い感じが消えないのだとあの後彼はポツリポツリ話してくれた。

発覚後、そのままでは生活するには難しかった為、ユーリがこのままではいけない親は引っ越して、その先でフレンと会い、近所の人達が良い人達ばかりで自然と前のように笑えるようになった。楽しかった。

親が死んでも、彼等がいたから自分のままでいられた。

けれど、今度は誰にも見えることを話さなかった。

でも、今度は話しても前のようにはならないと思う。だが、もしも、という思いから隠し事が続けられる。

結局フレンにはバレたし、フレン自身が人ではなかったことに何だよこのカラクリはと思ったりもしたけれど。

結構、この学園でいろんな奴等と会って楽しいこともあって、大丈夫だと思うが、まだどこかで怖いのだ。

一度繋いだ手を離されることになるんじゃないかと、臆病になっている。

ちゃんと、理由は話して、気持ちには応えられないことは伝えてある。それでもいいとレイヴンが言い、今の状態にいる。

本当ははっきりとした方がいいのだろうが、今の関係が結構心地よくて、壊れるのが今は怖い。

だから、今でも思うのだ。自分が彼等の契約主で本当にいいのか、と。

「女の子が好きなんじゃなかったのかよ。」

いつか、ユーリとは違う誰かの元へいくのではないか。

「そうね。でも、俺はユーリが好きなの。女の子とかそんなの関係なく、ね。」

「ふーん。やっぱり、物好きだな。」

「魅力的だってことに気付いてほしいわ〜。」

「何が魅力的だ。」

ほうずりされ、髭が痛い。

「髭剃れよ!痛いぞ、それ。」

「えー。」

「えーじゃねーよ。」

「・・・俺はユーリを手放すつもりも、隣を誰かに譲るつもりもないから。絶対いつか恋人に昇格してみせるんだから。」

「レイヴン・・・。」

ふざけてたと思えば急に真面目に言う男に少しだけどきどきする。

「もう、ユーリが嫌だと言っても離れるつもりないから。」

「何だよそれ。」

「だって、確か寂しいの嫌なんでしょ?」

少しだけ、理由を言わなければ良かったと思った。何か、弱みを握られた気がする。

そもそも、何でレイヴンには話してしまったのだろう。やはり、年長者だからだろうか。聞き上手というのもあるかもしれない。

「今は、恋人じゃなくても、恋人候補で恋人に近い場所でいい。」

無理強いはしたくないからと、子どもをあやすように頭を撫でだす。

「でも、ユーリが選んでいいと思ったら、手をとって。他に大事な人ができたら、諦めるの難しいから無理だけど、祝福してあげる。・・・そうなっても、俺はずっと一緒にいるから。」

ユーリこそ、いらないって言わないでねといえば、小さくわかったと答えが聞こえた。

その後、暇つぶしという名のあいつ等へのお菓子作りが結局できず、そのことを知った奴等が一斉にレイヴンに攻撃をしかけ、教室という狭い中での戦いに、苦笑した。