そこに映るのは、本物と同じであってまったく違う逆のもの 古代より宝とされたり、呪具や神聖なものと扱われた鏡 長い年月を得て、呪具とされた鏡は自ら力を持つようになった ただ、ものを映すだけの鏡ではなくなった そして、 平和な日常を過ごす彼等に襲いかかろうとしていた
鏡の内へ
いつものように日の光と鳥達の声が、ベッドで眠る快斗を起こす。 「新一、起きて。」 起きた快斗は、隣で眠る新一を起こす。 これが、彼等の日常となっていた。 盗一の存在を知り、そして新一と婚約なんてものをしているのを知ってから数ヶ月。 すっかりと快斗と一緒にいるのになれて、べたべたしたり、キスまでなら毎日の日常となりつつあるこの頃。 ある意味、新一は快斗に慣らされていたりもする。 「・・・う〜、あとちょっと・・・。」 「駄目。そんな可愛い寝顔見てたら、襲いたくなるから起きて下さい。」 出来れば美味しく頂きたいこの頃だが、その気もなく、そもそもそういったことに無知に近い新一に強制したくはなかったし、今の日常も気に入っているので大人しくしているが。 やはり、こんな無防備な姿を見ていると、理性と言うものが危うい。 いつでも襲ってしまいそうで危ないのだが、嫌われない一心で、いつも辛うじて踏みとどまっている。 「・・・ねるぅ。・・・すぅ・・・。」 「あ〜、お願いだから、起きて。ね?し〜んちゃ〜ん〜〜〜。」 あまりにも必死に起こすので、さすがに新一も身体を起こした。 まだ頭はぼんやりとするけれど、起きてもそもそと、布団の中から出てくる。 最近は快斗よりもお寝坊さんになった新一。実は、今までは快斗の事を気にしていて、気になって朝もはやく目が冷めていたのだが、今は心配しなくても家にいるので、安心して寝られると言う理由もあった。 「朝ご飯作ったからさ、一緒に食べよ?」 「うん。・・・食べる。」 よろよろと立ち上がって、危ない足取りで部屋から出て行こうとする新一。 もちろん、快斗は慌てて追いかけて、しっかりと身体をささえて階段を下りた。 放っておくと、絶対に転んで階段から落ちるだろう。そんな気がする。 そして、もしかしたらそのまま寝ているかもしれない。 今更だが、かなり彼は危険だと思った。 だんだんと、普段の彼が見え始め、どれだけ睡眠や食事といった、最低限の生活が乱れているのかもわかった。 「今日は、彼女が持ってきてくれたこれ使ったんだ。」 と、いつも妖しい研究をしている、麓に住む小さな科学者からもらったトマトを見せる。 普段の妖しい研究に付き合うのは御免だが、こういったおすそ分けは歓迎だ。 「あいつも、たまには普通のを作るけどさ・・・。」 研究も大事だが、こっちを巻き込まないでほしいなぁと言う新一。 そんな事を言っている新一だが、実際巻き込まれて実験台にされたことなど一度もない。 彼女は新一を大切に思っていて、ただ度が過ぎて生活が乱れる新一を脅す程度だけ。 快斗なんて、住み着いたときにしっかりと脅されたのだから。 彼女にだけは逆らわないようにしようと、あの時誓った。あれはきっと、正しい判断だと今でも思う。
朝食が済み、少し彼女の元へと行って来ると出かけた快斗。 きっと、お礼としてこの朝食を届けに行くのだろう。彼女も新一と同じように研究で生活が乱れる事があるから。 そんな心遣いを彼女は結構気に入っていて、だけど、いじめたくなるらしく、泣く泣く逃げ帰ってくる快斗が見られるのもしばしばある。 「・・・帰ってくるまで、どうしてようか。」 久々に部屋の片付けでもするかと、洗い終わった食器を拭いて棚にしまう。 最近本を読み漁って散らけていたはずだから、片付けておこうと考えた。 やるぞと、本を積んで書庫へと持っていった。 そして、新一は本を棚に並べていた時、ふと、見かけない古い鏡がある事に気付いた。 「・・・父さんのか?」 最近、父親が一度家に来た。快斗は慌てて挨拶したり、新一をからかったりして、相変わらず嵐のように去っていったが、書庫に立ち入ったことは覚えている。 「こんなもん、置いとくなよな。」 ったくと、机の上に置いておいて、後でしまおうと思った。が、突如鏡から力の流れを感じ、淡い光が鏡を取り囲んでいる。 「これ、魔鏡かっ?!」 慌てて部屋から出ようとしたが、光が新一の身体に絡みつき、次の瞬間には引き込まれてしまった。 あとには、その場に落ちて開いた本と、何の反応もなくなった鏡が残っているだけ。
「あら。ありがとう。」 「どういたしまして。」 出てきたときは少し邪魔したらしく、不機嫌そうだったが、彼女、哀からもらったトマトを使ったサンドを渡したら、機嫌は少し治まったようだ。 新一にしっかり食事を定期的に取らせているという事と、自分への配慮のこと。 「あがっていくかしら?」 「新一を家においておくと、最近怖いからさ。帰るよ。」 「そうね。馬鹿のつく甘い貴方達の邪魔はできないわね。精々、捨てられないように頑張りなさい。」 捨てたら容赦しないけれどねと、一瞬だけ見せる冷たい目でドキリとする。 やっぱり、彼女だけは敵にまわしてはいけないと本能が言っている。 「う、うん。大丈夫。新一のこと捨てないし、新一だって俺のこと好きっていってくれたし。」 まだ、手は出せずにいてそのうち出しそうで怖いけれどと言う言葉は飲み込んで。 言ってしまえば彼女の恐ろしい絶対零度のあの眼がこちらを見るだろうから。 「じゃーね。食べたら、一度は睡眠とってね。」 ばいばいと手を振って、快斗は新一が待つ家へと走って帰った。 「・・・甘いわね・・・。」 彼があの笑顔を見せるようになったのはいいことだと思いながら、部屋に入っていった。 さて、家に帰ってきて、ただいまと元気に入る快斗。 だが、いつも迎えてくれるはずの新一の声も姿も何もない。 「あれ?新一〜?」 いないの?と部屋中を歩き回る。 リビングも部屋も、開いている部屋も。 残る最後は、あの大きな書斎だけ。 「新一・・・?」 何の置手紙もなくいなくなってしまった新一に不安を覚えつつ、書斎の中を覗き込む。 やはり、人がいるような気配はない。 だが、これだけ広いのだ。もしかしたら奥で本の世界にのめり込んでいるのかもしれないと、快斗は中へと入った。 その様子を、ただひたすら壁に寄りかかって机の上にある鏡は見ていたが、快斗はまだ気付かない。 そこに新一がいて、ずっと快斗の名を呼んでいたのに・・・。 「新一?どこ〜?新ちゃ〜ん?」 奥も、少し段があって下がるそこも、隠し扉になっているそこの裏も。 どこもかしこも探したが、結局新一の姿は見つからなかった。 「どこいったんだろう。」 もしかして、哀が言っていたように捨てられてしまったのだろうか。 そんなことはないと頭を振ってその考えを振り払うが、不安は募るばかり。 その時だった。 ふと、新一が出会った時に感じたあの気配と同じものを感じた。 はっと振り返ると、そこは机。そして、自分の顔が映っている古い鏡があった。 「新一・・・じゃないや・・・。・・・鏡?」 えらく古い、いかにも年代物で曰く付のような鏡だなと、快斗がそれに手を触れた瞬間。 『・・・ぃとっ』 頭に響くように聞こえた言葉。それは聞き間違えることなく今探している人の声。 「新一?!」 『・・・か・・・・・・と・・・・・・。』 「どうして?え?なんで?」 おろおろとしていると、いつの間にか鏡には自分ではなく、新一の姿が映っていた。 すでに、それは鏡としての役目を果たさず、まったく別の物をそれぞれの場所から映していた。 「どうして、どうしてこんなことになったの?!」 『・・・ごめん。・・・気付くのが遅れて・・・、これ・・・魔鏡だ・・・。』 「魔鏡?」 相性が悪いらしく、あちらからの声は聞き図らい。なら、聞こえた単語を調べるまでだ。 ここは書庫だ。本ならいくらでもある。それに、これはあの人が集めたもの。かなりのものが揃っているだろう。 ちょっと待っててねと、快斗は不安そうにしている新一に話しかけ、すぐさま本を漁り出した。 「魔鏡、魔鏡・・・鏡・・・魔鏡・・・うーん・・・これ・・・かな?」 いくつか、関係のありそうなものを見つけて、鏡の前で本をぺらぺらと開く。 それなりに早く捲っても、ある程度目を通せば頭にはいる。こういったとき、自分の頭は便利だと思う。 「あった。これだね。えっと・・・『古より、呪具としてつかわれ、何も力を持たぬが、時の流れと呪具として扱われた儀式により力を得た鏡のこと。神聖なる儀式での使用により力を得たもの、またそれを覆され、怪我され負の力を宿したもの。事例として、かつてそれに取り込まれ、自我を失い、鏡に意思を乗っ取られたものもいる。』って、かなりやばいじゃん?!」 もし、これが新一を連れて行ってしまったら。それは困る。 「新一、どうしたら出られるの?!」 『呪具・・・としても・・・神聖の儀式であっても、・・・全ては、意思の力が・・・・・・・・・な力と・・・・・・をつくり・・・願えば・・・・・・・・・・・・・・・だけ、変える力を持つ・・・。』 「新一、聞こえないよ?」 大変な事に、少しずつ、鏡が濁り始めた。 『・・・・・・・・・意思の力が、新たな大いなる力となって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・から、願え・・・・・・・・・・・・。・・・・・・かぃ・・・・・・ぃ・・・てる・・・。』 完全に、濁った鏡。新一の姿は消え、待ってと手を伸ばそうとしたときには、かなり間抜けな顔をしている自分が鏡に映っているだけだった。 「新一、新一っ!新一をかえしてよっ!」 最後の言葉は、途切れていたけれど、しっかりと聞こえた。だからこそ、今何も出来ずに無力でいる自分が悔しくてしょうがない。 「・・・何してるの。」 先ほどまで家にいたはずの哀が、扉を開けて現れた。 「どうして・・・?」 「私だって、彼同様に人ならざるものよ?彼の気配が途切れた事ぐらい察知できるわ。最初は気付かなかったけれど、消えたとわかったから慌てて来たのよ。」 何があったのと、聞いてくる。原因は間違いなくその鏡だろうと踏んでいるが、経緯が分からなければ判断できない。 情けない顔をしながら、快斗は哀に経緯を話した。 新一が言おうとしていた途切れた言葉も全て。 そうしたら、少し難しい顔になって、哀は言った。 「意思の力。彼への思いの深さが、彼を連れ戻す唯一の方法。鏡の内への扉を開く力となるわ。鏡の内への扉は同時に外への扉に変わる。」 「・・・新一への思い?」 「名を呼び続けなさい。大切なら、その思いを込めて。呪を打ち砕くつもりでね。・・・意思・・・つまり思いの大きさによって、願いは叶う。強ければ強いほど、必ず願いは叶う。」 ぐずぐずみっともない顔してないでさっさとやりなさいと言われる。 快斗はありがとうと言って、鏡に向き直った。 「新一っ。帰ってきてよ。・・・新一を返せっ!!」 何度も何度も、鏡に叫ぶ。勢いで鏡を割ってしまいそうだったが、それは哀が止めた。 「新一っ!」 願えば必ず叶うもの。 かつて、願い続けてその願いを叶えたものもいる。 確かに努力も必要だが、その思いの強さで願い続けることも大切な事。
「っ、快斗・・・っ。」
声と共に、鏡が割れる音が響く。 すうっと、初めて会った時と同じようにふわりと現れて、快斗の前に降り立つ蒼い鳥。 今度はぎゅうっと抱きしめて、名前を呼ぶ。 「良かったよ〜。」 「・・・俺も。・・・哀もありがとな。」 帰ってこれた蒼い鳥は愛する黒い鳥に抱きつき、ぬくもりに幸せを感じる。 呆れる灰色の鳥だが、そんな二人を見て、またその鳥も幸せに感じていた。 「また、ややこしいことをしているようだな、優作よ。」 「いやぁ。先日行ってみれば、両思いの割には遠慮しているようだったからな。」 ここに、そもそもの原因がいた。 「そんなことばかりしていると、本当に嫌われてしまうぞ?」 「大丈夫だ、盗一。それに、上手くしっかりと思いを言い合っていることだし。」 全ての光景も、そのあとのこともしっかりと覗く父親二人組み。 「私はしらないからな。」 「さて。仕事をしないと大変だからな。今日のところは帰るとするよ。」 「そっか。」 これでも、彼等は心配していたのです。 なので、その夜甘い時間を過ごした二人には、巣立つ子供のことで寂しい気持ちもしますが、嬉しい気持ちもありました。
今日も、蒼い鳥と白い鳥だった黒い鳥は仲良くあの家で過ごしています。 再び現れる父親に牙を向ける蒼い鳥を少し警戒しながら腕の中に閉じ込めて威嚇する黒い鳥がいたようですが、本当のところは彼等だけが知ること。
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