一人でいることが多かった

だから、両親が揃って誕生日を祝ってくれる日なんてなかった

 

覚えていたら寂しいから、いつの間にか忘れるようになった

その器用な忘れ方で、幼馴染はよく呆れていたのを思い出す

 

 

 

 

些細な幸せ

 

 

 

 

とある裏組織のトップの座を、突然あのお気楽小説家から受け渡されてしばらくが経った。

今ではどうしようもないので諦めているが、部屋から出られないのはいただけない。

そう言えば、学校はどうなったのだろうかと思った。

それでなくても出席日数が危うかったのだ。

「なぁ、快斗。」

「何ですか。」

「敬語嫌。」

「で、何?」

仕事用は敬語の快斗。大分快斗のことを知ったが、まだまだよくわからないまま。

こんな子供がトップだと知って、どう思っているのかもわからない。

しかし、今の新一には彼以外信用できるものはいなかった。

以前の一件で、組織の人間でも自分がトップだと知る者がいないということを知ったからだ。

「学校。」

「学校だったら、情報操作してある。それに、一度俺がお前になって出かけてるから問題ない。」

すでに全て操作済みらしい。

なら、尚更逃げる場所を封じられているようで、出るなら急がなければいけない。

「あとな。」

「なんだ?」

「どうして俺に・・・いや、なんでもない。」

自分にとってやめてほしいと思う仕事をしている快斗。それを命令するのが、トップである自分。

優作が言うに、トップは別に命令しなくても、足がしっかりしているから、彼等が判断して先に手を打つから心配ないと言っていたけれど。

そして、一番忙しいのが快斗だとも聞いている。

なのに、時間があればずっと自分の側にいる。

最初は慣れるまでかと思ったが、今もずっと黙ってただ自分がわかる範囲にいる。

本当に、何がどうしたいのかわからない男。

もし、自分がトップだと知らなかったら、あいつらのように殺そうとしたのだろうか。

そんな事を考えながら、部屋に戻る。

トップの部屋は無駄に広い。

快斗は『外』のどこかにマンションがいくつかあり、そこで生活をしているらしい。

しかし、今は優作に言われているからなのか、ここにいる。

トップの部屋は、中に入ればいくつかの部屋にわかれている。

もう一件の家といってもおかしくない広さ。だから、快斗の部屋もあるわけだが。

そのうち、帰ってしまうのではないかと思っている。

そうすると、この場所に一人になってしまう。

それはやはり嫌だなと思いながら、ベッドの上に倒れこむ。

別に、トップが替わろうが下はいつものように動き、何も変わらない。

そもそも、トップはほとんどすることがない。

なら、別に自分がやらなくても、いくら血が繋がっているからと言っても、自分よりも内情を知っている彼がしてもいいのではないかと思う。

 

 

 

 

 

「そろそろ・・・だな。」

毎年、誕生日がくると何かと新一の祖父や父がプレゼントを持ってくる。

自分の父が亡くなってからは、いろいろよくしてくれた。

そんな彼等に感謝の気持ちでいっぱいである。

しかし、彼等はいつも言う。新一の誕生日は祝いたいのに、いつも何かしら用事が入ってしまうのだと言う。

大型連休であるからしょうがないのかもしれないが、そのせいでいつも家で独りにさせていると思うと、早く仕事を終わらせて帰りたいといつも思うらしい。

だが、そう上手くいくものではなく、結局一人だけで誕生日が過ぎるのだ。

だから、自分はちゃんと祝ってあげようと思う。

彼だけは特別だから。突然のこともあるが、最近は彼の笑顔を見ていない。

いつも、何かあれば彼の様子を見てきた。何かあったら守ってもいいと、優作から許可を貰っていたから、姿を見せることはなかったけれど、危なっかしい彼を見守ってきた。

だから、知っているのだ。誕生日の日。一人で寂しそうにしていた彼を。

「さて、どうしたものか。」

何を贈ろう。どうやって喜ばせよう。

いつも見てきたけれど、よい案は思いつかない。

「まいったな。」

最近では誕生日はすっかり忘れる彼のこと。過去がそうであったから、すでに期待はしていないから忘れてしまっているけれど。

ちゃんと祝ってあげたい。

そこでふと、快斗は思った。喜ばせるよい方法を。

「これしかないねぇ。」

早速準備をしなければと、快斗は目的の場所へと向かう。

その日から三日間。新一は快斗の姿を見ないのだった。

「もう、来ないのかな。」

快斗の気配が綺麗に消えてから三日。

そろそろ仕事で忙しくなったのだろうか。

いつも、自分の家で一人でいたからそんなことはないと思ったけれど。

やはり、慣れない広い場所で一人きりとなると寂しい。

朝、昼、夕と毎回誰かが食事を置いていってくれている。

きっと、それは快斗だろう。快斗以外に、ここに自分がいることを知っているのは最初に連れてきた黒服の男達だけだろうから。

でも、快斗の姿はない。知らない間に置かれている食事。

もう、食べる気さえ起こらない。一人で食べても、おいしくないし、面倒になってきた。

もとから、そんなに食べる方ではなかったからいいやと、新一は布団の中に潜った。

何も考えないでいたいから、寝ていようと。

 

 

 

 

 

そおっと、音を立てずに扉が開く。

「新一・・・?」

目当ての人物の姿が見えない。

「まったく。」

また、食事に手をつけていない。最近一段と食べなくなって、快斗としても困っている。

このままでは、新一の身体がもたなくなる。

どうせ、寝室で寝ているのだろう。最近はずっとあそこに篭って本を読んだり寝たりしているから。

中を覗くと、やはり布団の山があった。

顔は見えないけれど、寝息から寝ているのだろう。

起こさないように慎重に布団を剥ぎ、両手で抱き上げる。

「ま、食事はこれからでもとれるからいいけど。」

前より少し体重が軽くなっているように感じて、困った人だと思う。

そしてそのまま車の後部座席に新一を抱きかかえたまま乗り込み、出発するように言う。

「人使いが荒いわね。」

「あんただから、頼んでるんだけどな。」

「ま、いいわ。」

サングラスをかけなおした金髪の女はアクセルを踏む。

真っ直ぐ目的の場所へ向かう為に。

 

 

 

 

 

久しぶりに、ぐっすり寝れたような気がする。

どうしてだろう。最近、あまり寝れたような気がしなかったのに。

でも今、少し温かい感じがする。

ほら、今も誰かが呼んでいるような気がする。そんなわけないのに。

でも、この声には聞き覚えがある。誰だろう。

「・・・ち・・・・・・・し・・・・ぃち・・・。」

誰かに身体を揺らされる。やっぱり、誰か呼んでいる。

「ん・・・だ・・・れ・・・・?」

「快斗だ。」

「か・・・ぃと・・・。」

起こされて、ここがあの部屋じゃないと気づき、どこだろうと伺う。

「まだ、寝るつもりか?」

せっかく久しぶりに家に帰ったんだからさと言われて、ここが工藤邸の玄関だと気づいた。

そして、どうしてか快斗は鍵を出して開けている。

まぁ、父が何らかのことのためにとか言って預けていてもおかしくはないけれど。

「ここで何かあるのか?」

「んー、まぁね。」

扉が閉まる前に門の方を見ると、一台の車が走っていくところだった。

どうやら、あれに乗ってここまで来たらしい。どうやって来たのかという道筋は、今回もまったくわからなかったけれど。

そこでふと、自分の状況に気づいた。

「わ、か、快斗っ!」

「何?」

「降ろせ。歩けるっ!」

ばたばたと暴れれば、しょうがないなと言いながら降ろしてくれた。

だけど、まだ新一はどきどきが納まらない。

それがどうしてなのかはわからないけれど。

しかも、リビングから数人の気配と声がするではないか。聞き覚えのあるものばかり。

どうしてということばかりが頭に浮かぶ中、快斗に手を攫まれてそのままリビングまで連れて来られた。

そして、扉を開けると、賑やかなクラッカーの音とともに、馴染みのある声が聞こえ、顔が揃っていた。

「え・・・?」

まったく、状況がわからない。

「ちょっと、新一。何呆けてるのよ。どうせ、また誕生日忘れてたんでしょ?」

「誕生日・・・?」

リビングにあるカレンダーを見て、今日が5月4日だということに気づいた。

「本当、あなたって器用な頭ね。一回中を見てみたいわ。」

「・・・それは遠慮したいよ、灰原。」

「それは残念だわ。それにしても、突然何を言い出すのかと思ったわ。このこそ泥さんは。」

その言葉に、はっと気づいた。哀は快斗が世間を騒がす怪盗だと気づいているということ。

しかも、それを蘭達の前で話したのだ。

その以前にクリスがいるのも、まずどうしてだと思ってしまう問題なのだが。

「何百面相してるのよ、新一。私達は全部知ってるわよ。」

幼馴染としては偶然だったけれど、途中から優作さんにお守を頼まれたのよと言ってくれる蘭。

気づかない鈍い新一だから、毎日困ってたわと言われたが、まったく身に覚えがなく首をかしげるしかない。

そうすると、どうしてかため息をつかれてしまった。

「最初は工藤君があの方のご子息だとは気づかず、こういったことになってしまってすみませんが。」

キッド専門に追う探偵として、何度かお会いしましたが。騙すような形になって申し訳ありませんと謝る探。

「ま、今の新一君の様子からだと、キッドの考えた今日という日の第一段階はいいってことかしら?」

クリスが言う第一段階の意味がまったくわからず、出てきた名前の人物、背後にいるキッドを振り返ってみると、どこか苦笑しながらとりあえず座ろうとソファへと座らされた。

「もうすぐ、あと一人が来るからさ。ちょっとだけ待ってね。」

その間に、新一は着替えようねと言われ、気付いた。

まだ、昨日の服のままであった。邪魔くさくて布団の上に倒れてそのまま寝たからだ。

だけど、気付いた瞬間には視界を白い布に覆われて、視界が開けた時には、別の服を着ていた。

「・・・いつも思うけど、どうやってるんだ?」

「それは秘密ですよ、名探偵。」

クスリと見せるその笑みは怪盗そのもの。

快斗をじっと見ていたら、突如背後から声が聞こえてきた。

「まったく。最近仕事をしてないと思ったら。」

媚売ってるのかしら?と嫌味を言う女の声が聞こえてきた。

長い黒の髪を背に流した女。服装も全身黒で統一されている。基本的にここにいるメンバー達も黒を纏っている者が多いが、彼女は黒以上に何かしら、得体の知れない何かを醸し出していた。

さすがにそれを口に出してはいえなかったけれど。

「うるせぇ。一応仕事だ。」

「あら。貴方のせいで、こっちは余計な仕事がまわってきたけれど?」

「暇だったんだろ。ちょうどいいじゃねーか。それに、そろそろ俺も仕事に戻るつもりだしな。」

続けられていく会話を聞いて、二人が親しいことを感じ取り、快斗が『仕事』に戻るという現実に戻された。

やはり、自分の子守を頼まれたから一緒にいただけで、大分慣れただろう自分はまたあそこで一人で。今度こそ、彼もいなくなってしまうのだと。

なんだか、今日と言うこの日がお別れパーティのように思えてくる。

そろっているこのメンバーを見ても、自分がトップとして立つのなら、今までと同じ生活はきっと無理だろうから。

蘭とは幼馴染として家族愛で、哀とも違った意味で大切で、白馬だって結構話の合ういい奴だと思っていたりしたけれど、自分の知らないところで彼等は真実を知っていて、きっと離れてしまうのだろう。

この数日、あの場所で彼以外と会うことはまったくなかったのだから。

それに、彼等には彼等の『日常』という生活がある。快斗もそうだろうけれど。

「どうした?」

顔に出ていたのだろうか。いけない。今日はせっかく皆が自分の為にしてくれたのに。

これが最後なら最後ぐらい・・・。

「なんでもない。で、どちら様?」

なんでもないと言って、話をそらす。

「あ、こいつは紅子。こいつは・・・。」

「はじめまして、工藤新一君。私は紅魔女の小泉紅子。中でウィッチと呼ばれているわ。」

よろしくねと自己紹介をしてくれた。

そして、今更だが、中での名前付で全員が自己紹介をしなおした。

なんだか、すごいところにいるような気がするのは気のせいだろうか。

だって、今出た名前は全て、新一が知っているある意味指名手配犯のような正体知れぬ者達だったりした。

「・・・なんか、俺の人生弄ばれてたみたいだな。」

こんなんじゃ、情報は筒抜けではないか。たまに変だなと思う事もあった。

上手く交わされる事もあれば、上手く事が運びすぎる事もあった。

全てはここにいる奴等の仕業ということである。

「はぁ・・・。」

「ほらほら、肩落とさないの、新一。今日はぱーっと祝って騒ぐんだから。」

「そうですよ。」

「そのために、準備もしたのだから。」

ま、確かに今日ぐらいはいいのかもしれない。

こうして、何もかも忘れてみんなと一緒に騒いだ。

そして、最後がどうなったか自分は知らない。

いつの間にか、意識はなくなってしまっていたから、パーティはどうなったかも知らない。

 

 

 

 

まぶしい光を感じた。

なんだと、少し目を開けると、最近ずっと見る窓がそこにあった。

いつの間にかパジャマに着替えてあの場所、あの部屋にいた。

快斗あたりがつれて帰ってきたのだろう。最後だったのに。しかも、最後ですら片付けもせずに。

途中で記憶がなくなっていたから、後片付けは皆がしたのだろうけど。

自分のためにとは言え、情けないなと思ってしまう。

こんな気持ちのままじゃ駄目だと、窓に手をかけて少し開ける。

すると、声が聞こえてきた。これは快斗と昨日魔女と言っていた紅子のもの。そして、白馬のもの。

三人とも、どこかへ行っていたらしく、正装だった。

「堅苦しいな、相変わらず。金持ちの考えることはわかんねーよ。」

「僕も、ああいった類の人達は苦手ですね。」

「でもま、仕事は上手くいったからいいじゃない。今頃大慌てで忙しいでしょうね。」

三人はどこかで仕事をこなしてきたらしい。あまり聞きたい話ではないし、仕事の内容は聞かない方がいいかなと思って窓をしめようとした時だった。

「それで。新しいボスは工藤君だということは聞きましたが、君はどうするつもりなんですか、黒羽君。」

「どうもこうもねーよ。」

「私は何度も『光の魔人』とかかわるのは己の身を破滅させることだと言っても聞かない人よ。どうしようもないじゃない。」

なんだか、自分の名前が出ている。しかも、なんか快斗の答え方は面倒そうだ。

光の魔人というのが何をさしているのかはわからないが、新一は聞かない方がいいと思いながらもそのまま三人の会話を聞いていた。

「このまま、君は彼に仕えていくつもりですか?」

「それは私も聞きたいわね。最近仕事を押し付けられているんだもの。ちゃんと聞いておかないと割りに合わないわ。」

「・・・なんなんだよ。お前等は。知ってるだろ。俺は新一に仕えるつもりなんてない。」

その言葉を聞いた瞬間、新一は動きを止めた。

やはり、自分の存在は迷惑なのだろうか。年下の、ただ息子と言うだけでこの場所についた自分だから。

確かにまだ何もわかっていないし、彼等より見ても子供だろうけれど。

そんなにはっきり言われると、さすがにショックを受ける。

「俺の気持ち知ってるくせに、嫌味な奴等だな。」

「ちょっと、意思確認したかっただけですよ。誰にも興味を持たない君がはじめて興味を懐き、好きになった相手。相手までは最近まで知りませんでしたけど。」

「ま、私もあの人だけには適わないわよ。ま、頑張ってちょうだい。ただし、何かやらかしたり悲しませたりしたら、許さないからね。」

「言われるまでもねぇ。やっと、見つけたんだから。逃がすわけねぇ。それに、・・・何があっても守るとあの時に決めたからな。」

「君にしては一途に片思いですからね。僕は応援しておいてあげましょう。」

笑いながら二人は去っていく。

快斗は少しいらいらしながら二人の後を追いかけるように中に入ってくる。

もうすぐしたら、もしかしたら彼等はここへ来てしまうかもしれない。

だけど、聞いたことが全て新一の心に大きな打撃を与えた。

「なん・・・で・・・。」

どうしてだろう。確かに悲しいけど、どうして涙が出るんだろう。

わかっていたじゃないか。快斗にだって快斗の日常があるし、いつまでも自分の側にいるわけではないってことぐらい。

それに、快斗にだって好きな人がいたっておかしくないじゃないか。

昨日白馬が言っていたじゃないか。蘭とそっくりの仲のよい幼馴染がいると。

きっと、彼女が快斗の思い人で、本当は自分の相手をしているよりも家に帰りたいのかもしれない。

ただそれだけ。

「ど・・・して・・・。」

拭っても、涙は止まらない。自分でもわからない。

だけど、唐突に行き当たった思い。

「・・・ったんだ。」

今更気付いても遅いのかもしれない。でも、もともとこの関係すらよくなかったのかもしれない。

「か・・・いと・・・・・す・・・・・・・・き・・・。」

もう、伝えられない。きっと困らせるだけだから。

 

あの後、快斗は部屋に来たけれど、布団に潜って逃げた。

快斗は、必要以上に入ってこようとはしないから。どこか線を引くようにして。

それには助かったが、寂しくもあった。やはり、自分は快斗にとってどうでもいい父、前のボスから言われたお守といった重い枷でしかないのかもしれない。

 

 

 

 

 

その日から、快斗は来なくなった。やっぱり、あの日にあんな態度を取ったから嫌われてしまったのだろうか。

あれからもう五日。今まではほぼ毎日いたのに。誰もいない。

この広い部屋の中で一人ぼっち。

確かに広かった自宅で一人でいることは多かったけれど、こことは違う。

この場所はどうも落ち着かない。快斗がいつもいた場所だから。快斗がいないから。

一人きりで部屋の中で、ぼんやりと揃えられた本を読みながら一日を過ごした。

そして、あの日から十日経った。

これだけ来ないとなると、もう来ないのだと思える。

だって、誕生日の用意の日だって、いつも食事を持って来る時に多少は顔を合わせていたのだから。でも、今回はそれすら一切無い。

こんなことなら、自分の家に居る方がましだ。でも、ここから出る事は出来ない。

無駄に広い敷地内に、何人もの組織の人間がいる。

そのほとんどが、自分のことを知らないから。知っていても、憎たらしい警察に協力する探偵というぐらいだろう。

「どうしようか。」

そんなに、ここから出るチャンスはない。

どうやったら、誰にも気付かれずに出れて、彼等が見つけることの出来ない場所へ行けるか。

彼等に見つかれば、どうあってもここへ戻そうとするだろうから。

本当にどうしようかとぼんやりしながら窓から外を眺めていた。

視界に映るのは広い庭のような森のような木々。どっちが町に続いているのか、米花はどっちへ行けばいいのかもわからないぐらい広い。

諦めが新一の中に占めていたが、その日の夕暮れ。自体は一変していた。

どうやら考えている間に眠ってしまっていたらしい。

誰だか知らないが、上着をかけてくれていたことに気付いたが、それよりも外の騒がしさに気が向く。

「何だ?」

目を凝らして窓から外を見て、耳でかすかに聞こえる声や音といった情報を読み取る。

どうやら、何者かが侵入したらしい。それも、ここにとって厄介な敵の誰か。

もしかしたら、この騒動の間に抜け出せるかもと新一は考えた。

だって、聞けば侵入者は一人。どうして一人なのかは知らないが、そいつが逃げたとされる方向の逆へ向かえばなんとかなるかもしれない。

目立たないように黒っぽい服を選んで着替え、こっそりとドアから出る。

様子を伺って、下の階へ向かう。

その際に足音が聞こえ、慌てて近くの部屋の中に入った。

ここなら、新一でもなんとか出られるので、窓から出た。

ちょうど木があったから、それを利用して音を立てないようにして外へ出た。

ここへ来てからはじめて自分の意思で外に出たなと思う。だけど、そんなことを暢気に考えている余裕はない。

だから、新一は走る。しかし、どこまで続くのだと思えるほど深い森のような場所。

どこへ向かっているのかもうまったくわからない。

もう、外へ出てからすでに数十分は経っていると思うのに、一向に何も変わらない。

「くそっ。」

無駄に広い敷地。まだ、先は見えない。

それでも、もう引き返せないから走る。

 

 

 

 

「逃がすなよ。」

「わかってるわよ。」

「それにしても、失態だったわ。」

部下だけでなく、本気になったプロが駆け抜ける。

「快斗。やはり貴方、少し気が緩みすぎなんじゃないかしら?」

「うっせぇ、紅子。」

「喧嘩は後にしてちょうだい。・・・その先少しだけ右にそれたわ。」

「「了解」」

無線で二人に指示を出す志保。暗い森のような中を何とも思わずに走りぬける快斗と紅子。

目的はつい先ほど侵入してきた愚か者を捕まえること。

殺すといろいろ面倒なので、記憶を封じて帰さないといけないから面倒なのだけれども。

「白馬の奴、大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。蘭さんも、ちゃんと警察止めておいてくれているわ。」

「ならいい。」

「あ、今度は少し左にそれたわ。・・・そしてこちら方向・・・違うわ。大きく左にそれてUターンしているわ。」

「まったく。体力馬鹿は嫌になる。」

「まったくね。」

そう言いながら、少しずつ敵を追い詰める。

「それにしても、一人で乗り込むなんて、かなりの馬鹿だな。あの西の探偵君は。」

「それだけ、ボスに会いたかったのかしらね。」

迷惑だから帰ってもらうつもりだけどね。

だが、無傷では帰すつもりはない。二度とこういったことを起こさないようにしないといけない。

「そろそろ、終わりね。」

「ああ。」

その言葉とともに、二人は追っていた男の前と後ろに立ちはだかった。

「なっ・・・!」

「もう、終わりよ。」

「ゲームは終わりです。」

その場に鈍い音が数回響いた。

 

そして、快斗は久しぶりに新一の様子を見に行こうと部屋の側まで来て気付いた。

新一の気配がこの場所にないことを。

慌てて部屋の中に入って確認するが、ものけのから。

どこへ行ったのかわからない。

その階へは前のこともあって誰も行かないように言ってあるから多少は安全であるし、新一もこのへんはうろうろしたりしているようだった。

しかし、この階事態に気配がないのだ。

「何処に行った・・・っ?!」

下の階にもさらに下の階にも。新一の気配は何もない。

ちょうど先ほどの用事の原因に催眠術を施して一息つこうと戻ってきた二人と会った。

「新一はいなかったか?」

「新一君?・・・どうかしたの?」

さすがに二人も、快斗の慌てぶりからただごとじゃないと感じていた。

「いない。この屋敷の中に。」

「え?」

「どういうこと?」

「わからない。」

だけど、いないというのが事実。快斗は慌てて外へ出た。屋敷にいないのなら外しかない。もしかしたらあいつは一人ではなく誰かが一緒だったのかもしれない。

もし違ったら。もし、あいつとは関係なく、新一自身の意思で出て行ったとしたら。

そうしても、この雨の中。

先ほど降りだしたところだが、だいぶきつくなってきている。

傘なんて持っていないだろうし、あの騒ぎと入り口がどこかわからない新一。

もしかしたらと思ってしまう。

それでなくても、すぐに体調を崩すようになっている新一だ。

はやく見つけないといけない。

「紅子。」

「わかってる。私も探してくるわ。」

「私はあの二人に連絡してみる。外のどこかにいないか。」

「頼むわ。」

こうして、別の追いかけっこがはじまる。

 





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