あるところに、魔王の息子がおりました。 彼は、人懐こい面を持つと同時に冷酷な面を持つ、まさに悪魔と言うに相応しい美形の青年でした。 そんな彼は、ある時出会った番人に恋をしました。 今までたくさんの女から求婚を求められても、一切答えることなく交わしてきた彼が、はじめて興味を持った人でした。 だけど、その人は一筋縄ではいきません。 もう、驚くほど鈍くて、そして今までよく無事だったなと思うぐらい、美人な人でした。 ただ問題は、彼が男だということでした。 そんなこと、彼は気にせずに何度もアプローチをして、最終的に魔界の自分の城へと連れてくる事に成功しました。 それから月日が流れたある日の事。 人の世界で言う、年末がやってきました。 クリスマスは彼が寝込んでしまったので、ひたすら看病して過ぎ去ってしまったので、少なからず計画が全部台無しだとショックを受けた彼を見て、最近少し好きの気持ちが傾いてきて、あの笑顔が曇るのが見ていられないと、密かに行動を開始するのでした。 クロノクロニクル―祝宴を一緒に 魔界というところは、人が思っているほどまがまがしいものではありません。 いたって普通で、西洋のお城や普通の民家があるのです。 まぁ、今の魔王が穏やかで結構マイペースでのん気な人だからかもしれませんが。 そんな魔王は、神と悪友という間柄だったりもしますが。それは今は必要ないお話なので横においておきましょう。 さて。クリスマスに自分と過ごす時間の計画を立てていた魔王の息子、快斗がはぁとため息をつく姿を見て数日。 さすがに悪いなと思った番人をやっている新一は、なんだかんだ言っても、今は快斗の事を愛しちゃってるので、笑顔に戻す為の計画を立てるのでした。 「あんなのは放っておいても問題はないのに。」 「まめね、新一君。」 悪魔として階級の高い女二人。一人は快斗に求婚を申し込んで振られたわと言いつつ、新一に場所を奪われたと言わずに親切にしてくれる長い黒髪の紅子と、階級など興味もなく、目障りなら上だろうが下だろうが徹底的にやり返す、快斗より悪魔と言えるような赤茶毛のセミロングの志保。 新一から相談されて、その計画に付き合ってくれる彼からすればとってもいい人だ。 実際は面白そうということと、あの独占欲の塊に内緒で新一を独占できて内緒ごとが出来るということに楽しみを覚えているだけなのだが。 まぁ、その話も横に置いておいて。 「それにしても。びっちりとした計画ね。」 明日決行すると決めた計画。びっちりと時間分単位で事細かに計画の内容や流れが記された紙の束を見て思う二人。 それだけ新一も彼の事を思っているのだと思うが、素直じゃない新一だからこそ言葉ではなく行動に出るんだろうと、短い付き合いの中で理解した二人は、任せておいてと、にっこり笑顔で新一に言う。 「ありがと。」 「どういたしまして。」 「それに、楽しそうだもの。」 現在食堂のような場所のテラスで三人が揃って紅茶やお菓子をつまみながらしゃべっているので、注目度はかなり高い。 魔界で現在の三大美女とも言われる三人だからだ。新一が男だろうが、女でさえ適わないと思われる美貌だ。誰も文句は言わない。 美人や綺麗や可愛いは彼にはタブーなので、誰も口には出さずに水面下での代名詞として使用されている。 だから、本日三人がその場所でそろっていたことは、快斗の耳に自然と入るのだった。 ばたばたばたっと、年末の忙しい仕事を新一との時間の為に昼間にこなして夜に部屋に帰ってくる快斗。 「新一っ。どういうこと?今日昼間!」 「あ、お帰り。」 「ただいま。って、違う違う。今日の昼間。どうしてあんなところで。それもあの二人と一緒ってどういうこと?」 今日は部屋で本読んでるって言っていたのにと言われて、嘘がばれてしまったと罰が悪そうな顔をする。 「二人と一緒にいるのはいいけど、どうしてあの場所なの?わかる?あそこはとっても危険なんだよ。」 危険の意味を理解していない新一にはいつも快斗が危険だというがどうしてなのかわかっていなかったりするが。とりあえずわかったとうなずいておく。 「もう、あの二人にまた何か吹き込まれたの?」 「そんなことはないぞ。」 以前、可笑しな知識を吹き込まれ、かなり快斗は慌てたのだ。 それは『快斗は魚料理が好きだが、シェフが魚アレルギーで作れないから作ってあげたらどう?』という内容だった。普通にあの場所では魚料理が出ているが、快斗がいい顔をしないのであまり部屋から出ないので、新一は知らずに快斗のためにと魚料理を作って帰りを待っていたということがあった。 帰ってきて新一に飛びついたところまでは良かったが、匂いで反応し、ぎぎぎと錆びた機械のように恐る恐る顔を横へ向ければ、目の前にある物体を見て、その瞬間叫び声をあげてぎゅうぎゅう新一を手加減無く抱きしめて暴れ出したのだ。 突然のことと苦しくて離せとか痛いとか文句ばかり言う新一だったが、快斗の叫び声の中から怖い嫌い嫌といった単語が出てきて、なるほどと納得したのだった。 シェフが魚アレルギーではなく、快斗が魚アレルギーなのだと。 よく考えれば、快斗は自分で料理なんてものを簡単にこなす。だが、一度も魚料理は出て事はなかった。 このとき、快斗が言う二人は曲者だという言葉の意味が理解できたのだった。 「それで。二人と何を話していたのですか?」 聞けば、とても花が綻ぶようなとびきりの笑顔だったらしい。 何人もの悪魔がその笑顔を見て倒れたという事実を聞き、いったい何が新一をそうさせたのかと問いただそうと急いで走ってきたのだった。 心の狭い快斗は、その笑顔を独占したく、それなのにたくさんのものが見たということで、気が気じゃなかったのだ。 「別に何も?」 と、普段どおりに見える。誰が見てもそう思うだろうが、生憎新一に関しては人一倍鋭い快斗は気付いてしまった。 ふっと、不自然なく目線を手元の本に向けられたが、どこか、可笑しい。そして、目線が本の文章を追いかけていないことは見て分かった。 つまり、何かを隠しているということ。 一気に機嫌が降下して、不機嫌丸出しの顔になる。 「新一。」 「なんだよ。今読んでるから邪魔するな。」 「別に、本当に読んでるなら邪魔はしねーよ。」 ひょいっと本を奪われた。あっと、本を目線で追いかけたら、しっかりと捕まってしまった。 どこか不機嫌な彼の顔を見て、どうしたんだろうと不思議に思っていると、唇を塞がれた。 気付いて抵抗しようにも、今までの経験上無理だとわかっている。だけど、意味もわからないままでは嫌だった。 「・・・目線が本を読んでなかったと証明しているようなものだったと思うけど?」 「それは・・・。」 解放されたかと思えば、言われた言葉。確かに明日の計画のことで頭がいっぱいで、本が全然進まないのは認める。 しかし、ここで快斗に言ってしまってはいけないのだ。 「ねぇ。何を隠してるの?」 「別に何も・・・。」 「何を・・・?」 「それは・・・・・・俺が、あし・・・た・・・たてた・・・計画・・・・・・お前が・・・。・・・っ、何しやがる。」 すぐに我に返った新一は快斗に怒鳴る。悪魔は人を惑わしたり誘惑したりするのが得意だ。その中で、相手の心の言葉を引き出す催眠術のようなことも得意だ。快斗はそれを新一に使ったのだ。 「なら、話してくれる?」 「駄目だ。今は駄目。」 「・・・そう。」 なら、疲れて帰ってきた旦那様を慰めてよと、逃げ場無く押し倒されたまま甘さの欠けた夜が過ぎていくのだった。 目覚めすっきりの旦那と、よれよれの奥さん。 新一は認めようとしないが、一応婚儀なるものを挙げた二人だ。ウェディングドレスなんか着ないと宣言した新一は、結局普段の格好のままで簡単な式は幕を閉じた。 式は挙げたし、魔界中では知れ渡っているし、夫婦と呼んでも支障はないはずだ。 ただ、新一が奥さんと呼ばれるのが嫌なのと、二人とも相手の事は名前で呼ぶのでいいと思っているからだ。 「で、昨日は何を隠してたのかなぁ?」 にこにこと顔が迫ってきて、新一に言えと言っている。 「それは・・・。」 今日になったから、予定が違うがもういいやと言おうと思った時だった。 ばんっと、ノックもなしに快斗の部屋へ誰かが入ってきた。 「紅子っ、それに志保っ!お前等何しに来たんだよ。」 「彼のお迎えに来たんじゃない。」 「まったく。思ったとおり、新一君動けないようにしちゃって。」 ぶつぶつ文句と詰めたい目で見られて少しひるむ快斗。いいのか、魔王息子よ。 「じゃぁ、あとで呼びに来るから。それまで部屋から出ないで頂戴。」 そんなわけにはと出ようとしたら、扉や窓に触れる直前に目の前に釣り下がるもの。 「ひぃ、さ、さかなーーーー?!」 イヤーっと、布団の中に潜ってしまう始末。やっぱり情けないかもしれない。 だが、これで当分は追ってこないだろう。 さて。新一を拉致した状況のまま城を後にした二人は、しばらくしてから新一を降ろした。 「ありがと。助かった。」 「いえ。予想の範囲だったもの。」 「あの人はとてつもなく心が狭いものね。」 目撃情報はいくらでもあることだしと言われて、隠れてやるのならもっと人目につかない場所でやるべきだったと、今更後悔する新一。だが、そんなことを言ってられない。 「とにかく、今日やるんでしょ?」 「時間がないわ。急ぎましょ。」 「うん。」 「じゃぁ、後で会いましょう。」 「素敵に着飾って見せてあげるわ。」 新一は紅子に連れられて、志保は別方向なので別れて目的の場所へと進む。 なんとか魚から逃れて外に出た快斗。すでにかなりよれよれになっている。 「くそー、今夜覚えてろよ、新一。」 何をするのですかとは誰も言わない。わかりきっっているからだ。 さて。どこへ向かおうかと新一の気配を辿っていると、ふわりと志保が快斗の前に降り立った。 「志保・・・新一をどこへやったんだよ。」 「それは、今から教えてあげるわ。ただし、あと30分ほどまってちょうだい。」 だから、待てないのなら私が相手をしてあげるわと、どこからか注射器を持ち出した。さらに怪しい色でこぽこぽといいながら湯気を出す液体の入った試験管も取り出された。 ここは、彼女が言うとおり、30分で済むのなら大人しくしていた方が賢明かもしれない。 それに、彼女達は新一の事を気にいっている。おかしなことをしたりはしないだろう。 「そうよ。大人しくしていてちょうだい。・・・それと、貴方も着替えてもらうわよ。」 「はぁ?」 貴方もということは、新一もなのか。 「ちょっと、新一の服剥ぐのは俺だけなの。駄目。」 「もう、今頃剥がれてるわよ。大丈夫。綺麗になっているから。・・・だから、貴方もさっさと来て頂戴。」 ぐいっと腕を攫まれて、どこかに連行されてしまった快斗。 いったい何がなんなんだかわけがわからない。 こうして、着々と準備は進められていくのだった。 そして、つれてこられた場所。 それはあまり悪魔も来ない森の中。普段は薄気味悪いその場所が、何故か清々しい光で満ち溢れていた。 「なんで?」 やったは紅子や志保あたりだろうけれど。 「・・・え?」 連れてこられた最終目的地点は、快斗が当初予定していた婚儀の式場と似た場所だった。 「とりあえず、さっさと行って来なさい。」 げしっと蹴り飛ばされて、開いた扉の中で転んだ。 かなり間抜けな格好だと思いながら、蹴られた腰を擦りながら立ち上がろうとした。 「快斗、大丈夫か?!」 ばたばたと近づいてくる新一の声と気配。あっと思ったが、視界には、白いレース。 えっと、目線をあげると、そこには快斗が散々お願いしても着てくれなかったウエディングドレスを着ている新一がいるじゃないか。 しかも、あの二人によってなのか、それとも他の奴なのか、合うようにウイッグなんてつけて、あーやっぱり綺麗だよねと見惚れていたら、目の前で手を振って、おーいと呼ぶ新一に気付いて我にかえった快斗。 「新一、その格好。」 「こ、これはだな・・・えっと、その・・・。」 ごにょごにょと、結局言葉は聞こえてこなかった。 「まぁ、いいや。新一綺麗可愛いやっぱり美人さんだ。」 がしっと腰に手を回して捕獲する。 「おい、快斗っ。」 抵抗する間もなく、口付けをされ、それに酔って抵抗がやんだ。 解放されたときには、とろんと潤んだ瞳で快斗を見る新一の蒼い瞳があり、あやうく襲いかけた。 「・・・何してるの。」 背後からなにやら物騒なものを構えられているのに気配で気付き、行動はそこで止まったのだ。 「ちゃっちゃとやっちゃうわよ。」 べしっと頭を叩かれる快斗。 だが、今のような驚きはうれしいのでいいやと、新一を抱き上げて二人についていく。 新一は歩けると抵抗するが、快斗は聞かない。 新一も、快斗の笑顔が見れて、時折それに見惚れていたりしたが、とりあえず良かったと満足するのだった。 こうして、再び快斗の願い通りの婚儀が行われた今日。 それから先のことを考えていなかった健気な新一は、朝までしっかりと愛されて、次の日寝込む羽目になったのはお約束。
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