今年最後の事件を解決し、新一は一課の刑事達と少しばかり早いおせち料理をつついていた。 今のうちに食しておかないと、いつ事件が起るか分からないからだ。 事件が解決されたせいか、部屋には和気藹々とした雰囲気が漂っている。 その功労者たる新一は、熱いお茶を飲みながらこっそりと溜息を零した。 (事件が解決してほっとしたのは分かるけどさぁ…。ワンカップ片手に宴会寸前の状態って…刑事としてどうなんだ?) 内心で呟く彼の目の前には、酔っぱらいへと変化しつつある刑事達の姿がある。 そんなに飲んでいないはずなのだが、今日に限って酔いの回りが早かったらしく。 顔を真っ赤に染めた男達の会話は楽しそうに弾んでいた。 その中でも一番目立っているのが、紅一点の佐藤だ。 酒に強いはずの彼女だが、いつも以上にテンションが高い。 隣に座る高木の背中をバンバンと叩きながら、ケラケラと笑っていた。 「高木君、もっと飲みなさい!」 「佐藤さ〜ん、まだ就業中ですから、勘弁してください(涙)」 ハラハラと涙を流す高木だが、彼も少しだけ酔っているようだ。 周りを見渡してみれば、普段はクール(?)な白鳥もご機嫌な表情を浮べているし、千葉に至ってはネクタイを頭に巻いている。 完全に酔っぱらっているらしい。 (目暮警部…まだ戻ってこないのかなぁ……) 一応未成年という立場なので、新一はアルコールを口にすることができない。 周りが完全に酔っぱらい化してしまったので、素面な彼にとってこの部屋は少々居心地が悪かった。 馴染みの警部は上司に呼ばれてこの場にはいない。 早く戻ってきてくれ…と内心でぼやきながら、新一はずずず…とお茶を啜るのだった。 新年まであと30分を切ったが、目暮は一向に戻ってこない。 酒の匂いが漂う部屋では、すでに何人かの刑事が潰れていた。 この状態で事件が起れば…意識のない人を引き摺ってでも連れて行くんだろうなぁ…。 なんて現実逃避的なことを考える名探偵。 匂いだけで酔ったかも…と内心で呟きながら、彼は溜息を零した。 そんな新一の耳に届いた、ある警部の怒鳴り声。 ふと廊下に視線を向けると、二課の刑事たちが慌ただしく廊下を駆けている。 なんだ?と首を傾げながら、脳裏に浮かぶのは白い怪盗のこと。 彼らが躍起になるのは、あの怪盗のこと以外はありえない。 (確か…今日予告出してたっけ?でも、予告時間は午前8時だったから、とっくの昔に終わってるはず……) アイツ以外の泥棒が盗みでも働いたのか? 新聞に載っていた予告状を思い出した新一はそう考えた。 あの怪盗が、予告状以外の行動を取ることがないと確信しているからだ。 「ま、俺が気にすることじゃねぇな」 この1年、なにかとちょっかいを掛けてきた存在を頭の隅から追いやると、新一は疲れたように周りを見回した。 よくよく見ると、先ほどよりも潰れている人が増えている。 新一の口元がひくりと引き攣った。 避難した方が身のためだと考えた彼は、こっそりと部屋の出口へと向かう。 誰にも呼び止められることなく部屋を出ると、ふらりとエレベーターに乗り込むのだった。 その数秒後、廊下を駆け回っていた二課の刑事達が一課へと乗り込んできた。 熱血警部がこの部屋にいるはずの新一の名を呼ぼうとして…呆気にとられたことを、一課の刑事達が知るはずもなく。 泥酔してしまった彼らは、幸せそうな寝顔を披露したのだった。 新年まであと15分。 予告時間まであと5分。 計算通りの時間に警視庁のヘリポートへ降り立った怪盗は、隅の方に立っている人物を目にした途端驚愕の表情を浮べた。 その人物は柵に凭れかかりながら、雲一つ無い夜空を見上げている。 手間が省けましたねぇ…と苦笑しながら、彼はその人へと近づいていく。 「こんばんわ、名探偵」 「……よう、バ怪盗。こんな時間に散歩か?」 挨拶の言葉を口にしながらにっこりと笑おうとして、怪盗の視線があるモノに向けられる。 それに気づくことなく、片手に持っていたモノを口に含みながら、新一は怪盗に返事を返した。 「あの…名探偵」 「…あんだよ」 「なぜワンカップをお持ちなのでしょうか……」 怪盗は新一が持っているものを凝視しながら、おそるおそるといった風に声をかけた。 すると少しばかり不機嫌そうな声が帰ってくるが、めげずに再度問いかけてみる。 彼の視線は新一の持っているモノに注がれていた。 小さな瓶で揺れる透明な液体。 ちらりと見えたラベルは『月○冠』。 ラベルの色を見る限りでは上撰を飲んでいるのだろう。 180mlのワンカップをチビチビと飲む名探偵の姿に、怪盗KIDは内心で滂沱した。 そんな怪盗の気持ちに気づくことなく、新一は素直に白状する。 「コレ?一課にあった残り。一応未成年だからお茶ばっか飲んでたんだけどさー。あの人達見てたら無性に飲みたくなったんだよ」 酔いを覚まそうとした新一は、机の上に置かれていたワンカップを1本だけくすねていた。 馴染みの刑事達が酒を浴びるように飲む中、お茶だけで我慢してきたのだ。 1本ぐらい飲んでも誰にも文句は言われないはず。 ――――いや、文句は言わせない。 そう考えて夜空を見上げながら酒を飲んでいるところに、この怪盗が現れた。 気配を完全に隠していたから、気づかれないだろうと思っていたのに…… (なぁんでコイツはこんな時間にこんなトコロにいるんだか……) 内心で呟きながらふと思い出したのは、慌ただしく廊下を駆けていた二課の刑事達。 もしかして…コイツ、警視庁に潜入してたのか?と首を傾げる。 そう考えれば、彼らの態度に合点がいく。 しかし、その考えは目の前の怪盗によって否定されてしまった。 「はぁ…そうですか。ところで名探偵、中森警部達と一緒ではなかったのですか?」 「は?なんで俺が中森警部と一緒にいなけりゃなんねぇんだよ」 「いえ、1時間ほど前に警部宛に予告状を出しましたから」 「?予告状?」 「ええ。『警視庁内にある至高の蒼を頂きに参上します』――と」 KIDの言葉を聞いた新一は、自分の考えが間違っていたことに気づく。 しかし、すぐさまその考えを霧散させ、きょとんと首を傾げた。 ―――至高の蒼? そんな物が警視庁にあるなんて、聞いたことがない。 顎に手を当ててむぅ…と考え込んでみるが、やっぱり覚えがなかった。 その仕草のまま、新一は目の前の怪盗を見上げた。 見上げてくる蒼の双眸に苦笑を浮べながら、KIDは新一の頬に手を添える。 手袋越しの温もりが、冷えた頬に熱を与えた。 無意識に頬を擦り寄せてくる彼に内心で歓喜しながら、ゆっくりと口を開く。 「貴方のことですよ、名探偵」 「……え?」 ぽかんと口を開き己を呆然と見上げる探偵の表情は、滅多に見ることができないもので。 くすりと笑みながら、KIDはもう片方の手で彼の手を掴み、その指にちゅっと口づけた。 瞬間、新一の顔がぼんっと赤く染まった。 顔どころか耳朶や首筋まで染まっている。 「なっ…なにっ……!?」 「名探偵、貴方を頂きに参りました。私に盗まれて頂けますか?」 その口調はひどく真面目で、しかし口元には淡い笑みが浮かんでいる。 ドキドキと高鳴る心臓の音を聞きながら、新一は内心でひどく混乱していた。 (なっ…なんで俺がコイツの一挙手一投足に翻弄されなきゃなんねぇんだよッ!) 目の前の男は自分を振り回す、ハタ迷惑な男なのに。 なぜこんなにもドキドキするのだろうか。 自分のことが分からなくなった新一は、ともかくこの男から逃げようと後ずさる。 しかし、それが叶うことはなかった。 頬に添えられていたはずのKIDの手が、いつの間にか新一の細腰に回されていたのだ。 腰をぐいっと引き寄せられて、2人の身体が密着する。 同時に視界が真っ白に染まり、温もりが新一の身体を包み込む。 自分を包み込むモノに視線を向けると、それは怪盗のマントだった。 暖かいなぁ…と安堵の息を零しながら、新一はハタ…と我に返る。 そうして、瞳を据わらせながらゆっくりと顔を上げた。 「おい、バ怪盗」 「なんでしょう?」 「……この体勢は何なんだ?」 「お気に召しませんか?」 不安げな眼差しで見つめられて、新一はうっ…と言葉を詰まらす。 男に抱き込まれてお気に召すヤツはいないだろう。 でも、この温もりに包まれるのは嫌ではない。 彼の自分を見つめる眼差しも、優しく触れてくる指先も。 どこか心地よく感じてしまう。 (なんでなんだ……?) 新一は眉を顰めて顎に手を添える。 そうして、そのまま思考の淵へと沈んでしまった。 そんな新一の顔を覗きこみながら、KIDは嬉しそうに相好を崩す。 しかし、すぐさま表情を一転させて不適な笑みを浮べた。 彼は新一から視線を外すと、ヘリポートの出入り口を見つめた。 数秒して、大きな音を立てて扉が開かれる。 同時に聞き慣れた罵声が聞こえてきた。 「KIDぉぉぉぉ〜どぉ〜こだぁぁぁぁ〜〜〜ッ!」 「ここですよ、中森警部」 響き渡る罵声に飄々とした声が答える。 中森以下二課の刑事達は、風に乗って聞こえてきた声の方向に視線を向けた。 月明かりをバックにしているため表情は見えないが、口元に浮かぶ笑みだけは確認できる。 自分たちを馬鹿にしているようなその笑みに、中森のこめかみが引き攣った。 ようやく見つけた!とばかりにKIDへ突進しようとした彼らは、怪盗の腕の中にいる新一を見つけてぱかりと口を開いてしまう。 慌てて腕時計を確認すると、予告時間まで後2分はある。 予告時間を違えることのない怪盗が、なぜそれを破るような真似をしたのか…… 「貴様ッ!いつの間に工藤君をッ!」 「いつの間にと言われましても…。先にこの場にいらしたのは名探偵の方ですから」 「嘘を吐くな!」 「嘘ではありませんよ、中森警部」 にっこりと笑みを浮べる怪盗に対して、中森は喉を鳴らしながら唸っている。 周りの刑事達はそれを見ていることしかできない。 自分たちが動けば、彼の名探偵の身が危ないと考えたからだ。 「KID!工藤君を離さんか!」 「それはできませんよ、警部。『至高の蒼』、確かに頂きましたvv」 苦虫を潰したような表情で声を荒げる中森に対し、KIDはにやりとした笑みを浮べながらそう言った。 そうして、未だに思考の淵から戻ってこない新一の頤を持ち上げ、ふっくらとした唇に己のそれを重ねる。 「ん…っ……」 「「「「「あぁぁぁぁ〜〜〜〜ッ!!!!」」」」」 刑事達の叫び声がヘリポートに響いた。 中森に至っては目を見開いて呆然としている。 ちゅっと音を当てて唇を離すと、KIDは再び新一の唇を塞いだ。 そして、口に含んでいた睡眠薬を彼の口に含ませる。 唾液と共にそれを流し込むと、新一の喉がこくりと鳴った。 そのまま口内を貪っていると、彼の身体から力が抜けていく。 「少しの間だけ眠っていてください」 耳元に囁くと同時に、華奢な身体がKIDへと凭れてくる。 完全に意識を失った新一の額にそっと口づけて。 怪盗は不適な笑みを浮べて中森達を見やった。 そうして、徐にカウントを取り始める。 「Five...Four...Three...Two...One...Zero!」 ゼロの声と共に、東都上空に花火が上がった。 大きな音を立てて、夜空に無数の花が咲き乱れる。 それを呆然と見上げる中森達に、楽しげな声がかけられた。 「明けましておめでとうございます、中森警部。今年もがんばって私を捕まえくださいね?もっとも、私はすでに名探偵に捕らえられていますから。私が貴方に捕まることはありえませんけどねv」 「なっ…貴様ッ!」 「では、今年もよろしくお願いします♪」 楽しげな声が途切れると同時に、辺りが眩い光に包まれた。 KIDが閃光弾を落としたのだ。 それに慣れてしまった彼らはさすがに声を上げることはなかったが、意表をつかれたためそれを回避することはできなかった。 眩しさに目が眩み、ぎゅっと目を瞑る。 数秒後、ようやく目を開いた彼らの視界に、KIDと彼の名探偵の姿はなかった。 「おのれ…KIDめ……」 「け…警部!コレを―――!」 「なんだ!」 ヒラヒラと舞い落ちてきた白いカードを掴んだ刑事が、慌てた声を上げる。 すさまじい形相で部下を振り返った中森は、差し出されたカードに視線を移した。 その身体が、怒りによって震えてくる。 こめかみと口元を引き攣らせ、彼は天に向かって大声で叫んだ。 「KIDぉぉぉぉ〜ッ!工藤君を返さんかぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ッ!!!」 遠吠えのような罵声が響き渡る中、彼の部下達は疲れたような溜息を零しながら庁内へと戻っていく。 中森の手から落ちたカードが、ヒラヒラと空を漂った。 そこには――――― 【名探偵は私が預からせていただきますvv無粋な真似はしませんよう……】 ……中森が怒るのも無理はないだろう。 彼はあらん限りの文句を叫ぶと、大きな足音を立てて部下の後を追いかけた。 ――――そして数分後。 捜査一課の部屋から目暮の叫び声が響き渡り………… 泥酔していた彼の部下達は、新一の身柄を確保すべく正月早々東奔西走するのだった。 「ん……」 「まだ眠ってていいよ」 「……ぅん」 耳元で囁くと、うっすらと開いていた瞳が再び閉じられた。 新一の幼い寝顔を堪能していたKIDは、彼の額にそっと口づける。 隠れ家の一つであるこの場所は、彼のお気に入りの場所でもあった。 強制的に眠らせた名探偵を連れこの場を訪れたKIDは、広々としたベッドに華奢な身体を横たえ、その寝顔をじっと見つめていたのだ。 「目が覚めたら…どんな反応を返すのかねぇ……」 楽しそうな呟きが部屋に響く。 彼が起きたら、まずはじめに自己紹介をしよう。 そうして、猛アタックを開始するのだ。 「ずっと新一が欲しかった。だから、俺を受け入れて?」 呟きながら腕の中で眠る名探偵の唇にキスを落とすと、新年早々の幸せを噛みしめながら、怪盗は睡魔に身を委ねるのだった。 ++++++++++ 三が日を過ぎてしまいましたが、明けましておめでとうございます。 今年もサイト共々よろしくお願い致します。 日頃お世話になっているサイト様へ勝手に送りつけたお正月駄文ですが(遅すぎ…;)なんだか続きそうな終わり方になってしまいました。 いえ、続編はないんですけどね(苦笑) 新年から幸せな思いをしたのはKIDサンだけでしたv この後の2人がどうなったかは、ご想像にお任せします♪ ++++++++++ 新年から素敵なお話ありがとうございます、志乃香sama そして、新一を連れ去るキッドさんが良かったですよ 叫ぶ中森警部や目暮警部も良かったですが、それ以上に安心感(?)があるのか大人しく再び眠りに入る新一が、そして寝ている姿、きっと可愛いのでしょうねぇ。 続編がないようですが、本当にないのですか?それは残念です。 最後ですが、こちらこそ今年もよろしくお願いいたします。 戻る |