kiss
me... ―怪盗と探偵の聖なる夜―
「さみぃ……」
ぽつりと呟いて、新一は手を擦り合わせた。 主治医兼共犯者からは、防寒をしっかりとしていきなさいと言われていたのに。 服を着込んだのはいいが、マフラーと手袋の存在をすっかりと忘れていた。 悴む手に息を吹きかける。 それを繰り返しながら、新一は手摺りに凭れ夜空を見上げた。 珍しく空気が澄んでいるのか、空を彩る星が綺麗に輝いている。
「なーんでこんな日に仕事するんだか。二課の刑事たちの激怒する姿が目に浮かぶぜ……」
クリスマスイブに予告状を出すなんて。 恋人や家族と過ごすつもりだった刑事達は、今頃盛大に吠えていることだろう。 いや、あの怪盗を捕まえるために躍起になっているかもしれない。 黒のダッフルコートの襟を掻き合わせながら、新一は口元に苦笑を浮べた。 愛用の時計に視線を移すと、針は予告時間を指している。 獲物を手にするまでに10秒ほど。 少しばかり警察を相手にして、その場から去るまでに5分弱。 ――――となると。
「15分ぐらいかな?」
今日の獲物が展示されているホテルから、自分がいるこの場所までにかかる時間をぽつりと呟く。 どうせ警察はダミーを追うのだから、邪魔が入らない限りは自分が計算した時間内には到着するだろう。 そう考えながら、それにしても寒ぃよなぁ…と溜息を零した。 これで風邪でも引けば、外出禁止2週間ってトコだろう。 主治医の性格を考えれば、それぐらいでは済まないかもしれないけれど。 ヤベェよなぁ…一応手袋とマフラー忘れてたって申告しといた方がいいかも? そうすれば彼女の怒りも半減するかもしれないし。 素直に謝った方が身の為だよな、と頷きながら、はぁ…と息を吐き出した。 指先の感覚は冷たさで麻痺している。 これ以上暖めても、温もりは戻らないだろう。 息を吹きかけるのを止め、新一は再び空へと視線を戻した。 己を照らす月明かりに気づき、ぼんやりと月を見上げる。
「お前が守護するヤツは、今頃ドコを飛んでンだろうな……」
呟いた瞬間、視界が真っ白に染まった。 温かい温もりに抱きしめられ、新一はゆっくりと瞳を閉じる。 目の前の逞しい胸に顔を埋めると、腰に廻った腕に力が籠もった。
「待たせてしまったようですね。こんなにも身体が冷えている」 「……誰かさんがこんな日に仕事するからだろ?」 「私としては愛しい名探偵と一緒にすごすつもりでしたよ。ですが、この時期は宝石の展示が目白押しですからね。怪盗キッドが仕事をしなければ、ファンの皆様が悲しまれますから」
すでにパンドラを砕き組織も壊滅させたくせに。 彼の隣に住む警部のボケ防止の為だけに、未だ白い衣装を纏っている恋人。 コイツの考えは俺には理解できねぇ…と溜息を零してしまう。
(俺が悲しむってコトはまったく考えてないんだろうねぇ…この男は。……って!俺はなに考えてんだよッ!)
ぼんやりと浮かんだ己の考えに、新一は思わず驚愕してしまう。 そうして、それを否定するために大きく頭を振った。 恋人のいきなりの行動に、キッドが驚いている。 しかし、新一はそんな彼の様子さえも見えていない。 俺は別に悲しくなんかねぇぞ!と内心で叫んでいた。 そんな恋人の考えを瞬時に悟ったキッドは、くすりと笑みを浮べて艶のある髪に口づけを落とす。 華奢な身体がぴくりと揺れた。 耳朶に唇を寄せて、形のいいそれを食んだ。 そうして、いつもより低い声で言葉を囁く。
「こうでもしなければ、貴方を獲られてしまいますからね?」 「…んっ……」
すりすりと頬を擦り寄せると、軽く唇を塞がれた。 ちゅっと音を立てて離れたそれを、新一は離さないとばかりに追いかける。 己の唇に貪りつく恋人を、キッド―――盗一は好きなようにさせていた。
「んっ…んぅ……」 「新一……」 「…っふ……」
深い口づけを繰り返しながら、盗一は恋人の名前を囁いた。 キスに酔う新一の表情は、どこか淫らで、それでいてとても綺麗だ。 閉じていた瞳が、ゆっくりと開かれる。 快楽に潤んだ蒼の瞳が、ぼんやりと盗一を見上げた。 綺麗な綺麗な盗一の宝石には、欲情の色が浮かんでいる。 強請るように瞳を閉じる最愛の人に、盗一はうっすらと笑んだ。 そうして細い身体を抱き上げ、耳元で囁いた。
「ホテルに移動しても?」 「ん」
小さく頷くのを確認して、盗一は翼を広げる。 大切な人を強く抱きしめながら、彼は闇の中へと飛び立った。
闇の中にうっすらと浮かぶ、白い背中。 シーツの波に埋もれ、新一は俯せたまま熟睡している。 その手は、盗一の手に繋がれていた。 ほっそりとした細い指に1本ずつキスを落としていく。 そのままシーツに覆われていない、きめ細やかな背中に唇を這わす。
「…っ……」
ぴくんと震える身体を無視して、盗一は新一の肌を堪能する。 きつく吸い上げると、静かだった寝息が微かに乱れた。 ゆるゆると開かれる瞳が、ぼんやりと瞬く。
「目が覚めたかい?お姫様」 「…ぅ?」
ぼんやりとした瞳を覗きこむと、蒼の双眸が盗一を見つめた。 額に軽く唇を落とすと、恋人の意識がはっきりと覚醒した。
「お…れ…?」 「気を失ったんだよ。少しばかり無理をさせてしまったね」 「…………絶倫男」 「なんとでも」
ぼそりと呟かれた言葉に、盗一は悪戯な笑みを浮べた。 その笑みに大きな溜息を吐きながら、新一はゆっくりと上半身を起こす。 すかさず逞しい腕にすくわれ、背後から抱きしめられた。 男の温もりが、少しばかり冷えた肌に染みわたる。 ひどく甘えたがる自分に苦笑を浮べながら、新一は腰に回された腕に手を添えた。
「今日は珍しく甘えモードだな」 「たまにはいいだろ?」 「私としては毎日甘えてほしいんだけどね」
新一の肩に顎を乗せながら、盗一は本心の述べてみた。 しかし、恋人は笑みを浮べるだけ。 気が向いた時にしか、自分に甘えようとはしないのだ。 猫のように気まぐれで、けれど、構ってやらないと途端に拗ねてしまう。 そんな恋人のことが、盗一はとても愛おしかった。 なにがあっても、この存在を手放すことはできない。 誰にも渡さない。 そんなことを考えていると、新一の小さな声が盗一の耳に届いた。
「俺を捕まえることができるのは、お前だけだよ」
それは本当に小さな声だったけれど。 赤く染まる耳朶を見つめながら、盗一はゆっくりと相好を崩した。
「私を捕まえることができるのは貴方だけですよ、名探偵」
キッドモードで囁かれた言葉に、新一は当たり前だ…と小さく返す。 俺を捕まえることができるのはお前だけだし、お前を――怪盗KIDと黒羽盗一を捕まえることができるのは、俺だけだ。 言いながら背後を振り向き、新一は盗一を見据える。 凶悪犯をも追いつめる慧眼が、盗一の心を射抜いた。 凛とした眼差し。 数秒ほどそれに見とれ、盗一は溜息を吐きながら微苦笑を浮べた。
「まったく。新一には敵わないな」 「はぁ?」
なに言ってんだ?と言わんばかりの声音を無視して。 盗一は新一の唇を塞いだ。 抵抗はなく、それは素直に受け入れられる。 それに気をよくした盗一は、恋人の身体を反転させてシーツの波に縫いつけた。 途端に、赤く熟れた唇から声が上がる。
「ちょ…ッ!今日はもう…!」 「無理じゃないだろう?新一の身体は私を欲しがっているよ?」 「……んっ!」
気を失うまで盗一を受け入れていた場所を指で辿られ、新一は甘い悲鳴を上げてしまう。 微かな抵抗は、脆くも崩れ去った。 快楽に慣らされた身体は、指先一つで蕩けてしまう。 素直に欲を求める恋人に笑みを浮べながら、盗一は目の前の柔肌に溺れようとして――ふと動きを止めた。 訝しげな表情を浮べる新一の顔を覗きこむと、定番のセリフを口にする。
「Merry
christmas。新一」
にやりと笑むその表情は、少しだけ怪盗じみていたけれど。 聖なる夜を、この男と過ごすことができた喜びを胸に噛みしめながら。 新一も同じ言葉を口にする。 ほんの少しばかりの、正直な気持ちとともに。
「Happy
merry christmas。愛してるぜ、盗一」
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