その話を聞いたとき、何故か目の前が真っ暗になった。
 諸手を挙げて喜びたいのに、悲しいまでの痛みが心を襲う。
 ――――本人の口から聞きたかった。
 そんな考えが脳裏に過ぎるが、本人から話を聞いても同じ痛みを感じただろう。
 でも、ずっと苦しんできた彼には夢を掴んでほしいから。
 だから、自分の心を偽ろう。
 心を偽って、最高の笑顔を浮かべよう。
 夢を追う彼の、生き生きとした表情が好きだから。


 ――――身勝手な自分を許してくれなくていいから。


 唇が震える。
 表情が強ばる。
 それでも、ポーカーフェイスを必死で貼りつけて、笑顔で彼に告げた。


「別れよう」


 心の中で感謝する。
 泣きたくなるほどの幸せをありがとう。







   ■■ 終わりと始まりの境界線







「工藤君、おっはよ〜
「おはようございます、佐藤さん」


 元気よく声をかけてくる佐藤美和子に、新一は苦笑を浮かべながら挨拶を返す。
 朝から元気なのはこの人だけだろう。
 徹夜明けでぼんやりとしながら、機嫌のいい佐藤を見やった。


「なんだかご機嫌ですね、佐藤警部」
「あら、よく分かったわね、工藤警部補」


 なんとなく理由は分かっていたがとりあえず聞いてみる。
 すると、心底嬉しそうな表情で佐藤はにっこりと笑った。
 聞いてほしいといわんばかりの笑顔に、新一はしょうがないとばかりに口を開く。
 惚気を聞かされるのは勘弁してほしいが、そのうち誰かが餌食になってくれるだろう。


「で?どうしたんですか?」
「ちょっと聞いてちょうだい、工藤君!高木君がやっとプロポーズしてくれたのよ〜


 やっぱりと内心で呟いていると、ガタガタと派手な音が部屋に響く。
 なにごとかと思えば、部屋にいた他の係の刑事たちが呆然とした表情で体勢を崩していたのだ。


(聞き耳立ててたんだろうなぁ……。佐藤さんって人気あるから)


 捜査一課の紅一点である佐藤は、他の部署からも人気が高い。
 その佐藤が同僚である高木とつきあいだしたのが6年前。
 新一としては、いつになったらプロポーズするのかとやきもきしていたのだが。
 迷いに迷って、高木もようやく決心を固めたのだろう。
 高校の時からお世話になっていた人たちだから、幸せになってほしいよなぁ〜。
 幸せそうな佐藤の顔を見ていると、見ているこっちまで嬉しくなってしまう。


「おめでとうございます、佐藤さん」
「ありがとう、工藤君。いろいろと迷惑掛けちゃってごめんなさいね?」


 佐藤と高木は、喧嘩をするたびに新一の元へ駆け込んでいた。
 最初の内は、なんで俺が……と溜息を吐いていたのだが。
 新一に話を聞いてもらうと、なぜだか素直に謝罪ができるらしい。
 聞き上手なんだよ、工藤君は。
 高木にそう言われて、そうなのか?と思わず首を傾げてしまったけれど。
 自分が役に立つのならそれもいいだろうと、今では進んで彼らの話を聞いていた。


「迷惑だなんて思っていませんよ」


 申し訳なさそうな佐藤の言葉に、新一は笑顔でそう言った。
 元探偵の笑顔に、佐藤がほっとした表情を浮かべる。
 と、その時。


「大変です!成田空港に爆弾を仕掛けたという電話が――――ッ!!」
「なんですって!?」


 和やかな空気は一転し、部屋中を緊張が包み込んだ。







 新一が黒の組織を潰したのは18歳の時。
 その時、彼の側には彼を護るかのように佇む白い鳥の姿があった。
 それから4年後。
 国家公務員T種試験に合格した新一は、警察官となった。
 しかし、常に彼を護っていた白い鳥の姿はなかった。
 白い鳥は新一が組織を潰した2年後に、姿を消してしまったのだ。
 その代わり、彼の側に現れたのはマジックが得意な青年。
 彼は白い鳥と同じように新一を慈しんでいた。


 だが、その青年も白い鳥同様広い空へと羽ばたいてしまった。
 己が仕向けた羽ばたき。
 それなのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろうか……



 ******



 視界に映る滑走路を見つめていた黒羽快斗は、久しぶりの母国に溜息を零した。
 日本に足をつけるのは6年ぶり。
 世界中が認めるマジシャンになるまで日本には帰らない。
 そう決意してから早6年。
 長かったようであっという間だったなぁとしみじみ思う。
 夢を叶えるために費やした6年間。
 苦しいこともあったし、辛いこともあった。
 でも、それを乗り越えることができたのは、日本に残してきた人のおかげだ。
 『残してきた』、というのは語弊なのかもしれない。
 別れを切りだしたのは向こうだが、快斗自身は別れたつもりはなかった。
 表情を強ばらせて、唇を震わせて。
 それでも必死で笑みを浮かべていた人。
 あんな顔をさせたくなかった。
 あんな言葉を言わせたくなかった。


「新一…………


 心の中でしか呼べなかった名前を、声に出して呟く。
 彼は今、なにをしているのだろうか――――





 彼の名探偵が組織を潰した直後に、快斗は彼に告白した。
 一世一代の想いを受けてくれた時の気持ちは、今でもよく覚えている。
 思わず彼を抱きしめてしまうほど、嬉しくて。
 白い衣装を纏いながらも、幸せな日々が続いていた。
 そうして、ようやくパンドラを見つけ組織を潰したのが20歳の時。
 父親の敵を取ったその夜、お疲れ様と呟いて、彼は快斗を抱きしめてくれた。
 翌日には父親の墓参りにもつきあってくれて。
 彼の気持ちが嬉しくて、少しばかり泣いてしまったのは内緒だ。
 KIDを廃業してからは、夢に向かってがんばってきた。
 彼がいたから、がんばって夢を叶えようと思った。
 そんな矢先、快斗に転機が訪れる。
 マジックの聖地と言われるマジックキャッスルに挑戦してみないか、という話が舞い込んできたのだ。
 悩みに悩んだ末、快斗はその話を受けた。
 そうして、そのことを新一に話そうとした矢先―――――


『別れよう』


 愛しい恋人の口から聞かされた、別れの言葉。
 最初は、なにを言われたのか分からなかった。
 その言葉をようやく理解したできたのは、出発日の前日。
 なぜこんなことになったのか、訳が分からなくて。


――――
新一の傍に必ず帰ってくるから。だから、待っていてほしい。


 そう、告げるはずだったのに。
 あの時は茫然自失のまま日本を去ったため、彼の気持ちなんてこれっぽっちも考えていなかった。
 今では、彼の気持ちが痛いほどによく分かる。
 快斗のために別れの言葉を告げた愛しい恋人。
 他人を思いやる彼を優しいと思う反面、どうしてもっと我が儘になってくれないのかと思うこともあった。
 それでもまだ、彼のことを愛している。


「俺と会ってくれるかな……?」


 空港を出たら、真っ先に工藤邸に向かうつもりだ。
 今回の帰国はお忍びだから、マスコミやファンに捕まることはないだろう。
 彼が自分と会ってくれるかどうか不安だが、それでも彼に会いたかった。


 飛行機が完全に停止し、入り口が開かれる。
 乗客たちが立ち上がり歩き始めるのを見つめながら、快斗は小さな溜息を零した。



 ******



……警察官?なにかあったのか?」



 到着ロビーで煙草を吸っていると、数人の警察官の姿が目に入った。
 眉を潜めながらよくよく見てみると、必死の形相でなにかを探しているようだ。
 目の前を走っていく彼らを見つめながら、なにかあったのかと首を傾げた。
 ロビーにいる客たちも不安そうに警察官たちを見つめている。
 早めにここを立ち去った方がいいな。
 そう考えて、快斗は荷物を手にしようとした。
 そこへ、聞き覚えのある声が耳に届く。


「白鳥警視、こっちは駄目です。それらしき物は見つかりませんでした」
「こっちも全然駄目」
「そうですか……


 声が聞こえた方に視線を向けると、そこには警視庁捜査一課の面々が立ちならんでいた。
 懐かしい顔ぶれに笑みを浮かべながら、快斗は彼らに声をかけようとした。
 だが、佐藤の言葉を聞いた彼の動きがぴたりと止まった。


「工藤君から連絡は?」
「まだです。爆弾処理班を何人か連れて展望デッキの方へ行くと連絡が入りましたけど、それからはなにも」
「連絡、取った方がいいんじゃありませんか?工藤君、ずっと徹夜続きで警視庁に泊まり込んでましたし」


 考え込む警視庁のメンバーを、快斗は呆然と見つめていた。
 彼が――――新一がここにいる。
 爆弾処理班って、どういうことなんだ?
 徹夜続きで警視庁に泊まり込みって…………
 日本を出てからの新一の様子を、快斗は全く知らない。
 忙しかったということもあるが、日本に帰るまでは彼の様子を見聞きしないと決めていたのだ。


(まさか新一は―――――くそっ!飛行機の中で調べておくんだった!)


 内心で己を叱咤していると、考え込んでいた佐藤たちの溜息が聞こえてくる。
 同時に、高木がスーツのポケットから携帯電話を取り出していた。
 新一に連絡を入れるのだろう。
 だが、高木がボタンを押す前に彼の携帯が着信音を奏ではじめた。
 慌てながら画面を見た高木の表情が、少しだけ和らぐ。


「工藤君、今どこにいるんだい?」


 彼の言葉に、快斗の身体がぴくりと揺れる。
 緊張のためか、鼓動が激しく高鳴る。
 ――――今すぐ新一に会いたい。
 その想いだけが、快斗を支配していた。
 快斗は高木の言葉を一言一句聞き逃さぬよう、耳を澄ます。


「えっ!?犯人と爆弾を見つけたのかい?場所は展望デッキ……。爆発まであと10分ッ!?」


 思わず叫んでしまった高木の声に、ロビーにいた客たちがざわめく。
 白鳥と佐藤も驚愕していたが、すぐさま側にいた警官たちに指示を出す。
 客たちがパニックにならないよう、安全かつ迅速に避難させるためだろう。
 新一と話をしている高木は、何度か頷くと電話を切った。
 白鳥と佐藤に顔を向け、新一から聞いた話を彼らに話す。


「工藤君が爆弾と今回の犯人を見つけたそうです。彼がいるのは展望デッキで、犯人は爆弾を自分の身体に巻き付けているようです」
「爆発までの時間が後10分しかないって、本当なの?」
「ええ。今、工藤君が犯人を説得しているらしいんですけど……
「聞く耳を持たないってわけか……
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!早く工藤君の所へいきましょう」


 溜息を吐く白鳥と高木に向かって、佐藤が声を荒げる。
 苛立ったような彼女の言葉に、2人は慌てて頷いた。
 エレベーターへと向かう3人を見やりながら、快斗は階段の方へと駆けていく。
 荷物をほっぽり出してしまったが、警察官がうようよしているのだから取られる心配はないだろう。

「新一……!」


 乱れることのない呼吸の合間に、彼の名前を呟く。
 どうか、無理だけはしないでほしい。
 どうか――――無事でいてくれ。
 心の中で祈りながら、快斗はひたすら階段を上っていった。







 誰かに呼ばれたような気がして、新一はふと瞳を瞬いた。
 視線を犯人に向けたまま、気配だけで周りの様子を探る。
 だが、この場にいるのは自分と爆弾処理班、数人の警官に目の前の犯人だけだ。


……気のせいだったのか?)


 内心で首を傾げながらも、懐かしい声が聞こえたような気がしたのだが。
 そんなはずはないと首を振る。
 あの声の持ち主が、日本にいるわけがないのだから。
 自嘲の笑みを浮かべながら、新一は意識を集中させる。
 今は、そんなことを考えている場合ではない。
 自分がしなければならいことは、被害を出さずに犯人を逮捕することなのだから。
 爆弾のタイマーは後7分を切っている。
 犯人が所持しているのは右手に持っているナイフだけ。


(これならなんとかなるかな?)


 こちらの説得に応じない犯人は、ナイフを手にしたままずるずると後ずさっている。
 これ以上長引かせるわけにはいかないだろう。
 彼を説得する他の方法も見つからないことだし。
 そう考えて、新一は最後の手段にでた。
 多少の怪我を承知で、男を取り押さえようと考えたのだ。
 ゆっくりと男に近づいていく新一を、警官の一人が呼び止める。
 彼が犯人を取り押さえようとしていることに気づいたのだ。


「工藤警部補!お願いですから、白鳥警視たちが来るまで待ってください!」
「ンなの待ってられるか。一般人に怪我させたらどうするんだよ」
「嘘だろ〜〜〜(汗)おい、誰か佐藤警部か高木警部補に連絡しろッ!」
「は、はいッ!!」


 彼が怪我を負えば、現場にいた自分たちが袋叩きに遭ってしまう。
 焦りまくりの警官が声を荒げる。
 同様に慌てていた他の警官が、返事を返して無線機を取り出した。
 その間にも、新一が犯人に近寄っていく。


「く来るなっ!こっちに来るなッ!!」
「貴方が腰に巻き付けているものと手に持っているものを渡してくれるなら、近づきませんよ」
「ううるさいっ!お前なんかに俺の気持ちが分かるもんか!」


 手を震わせながら、男はナイフを振り回す。
 そんな脅しが新一に利くはずもなく、彼はナイフを避けながら男へと近づいた。
 脅えるように後ずさっていた犯人が、突如新一に向かって突進してくる。
 警官たちが新一の名前を呼ぶ。
 だが、彼は瞳に鋭い光を宿したまま男を見つめるだけで、その場に立っている。
 ――――躱せる。
 内心でそう確信した、その時。


「新一ッ!!」


 自分の名を呼ぶ声。
 ここにはいないはずの人物の声に、新一の意識が逸れた。
 必死の形相で自分を見つめる瞳と視線がかち合う。


「なんで……


 どうして彼がここにいるのだろうか?
 呆然と呟く新一の視線は、世界で活躍しているはずの快斗へ向けられたままだ。
 だから、気づくことができなかった。
 自分目がけて突進していた犯人が、すぐ側まで来ていたことを。
 男の気配に気づいた瞬間、腹部が熱を帯びる。


――――……!」


 ひゅっと息を呑みながら、新一は愕然した表情で瞳を見開いている男に視線を向けた。
 男は新一が避けると思っていたのだろう。
 だが、ナイフは彼の腹部に刺さっている。
 小さく首を振りながら過呼吸気味になっている男を安心させるために、新一は痛みに耐えながら笑みを浮かべた。
 そうして、諭すように声をかける。


「これは、貴方の所為じゃありません。俺……が、避けられなかっただけだから……
「あ……ぅわあぁ…………


 後ずさりながら逃げ道を探す男を、駆けつけた佐藤たちが捕まえる。
 それを見つめる新一の身体が力を失った。
 がくんと崩れ落ち、床へ倒れていく。


(ナイフ刺さったまま倒れたら痛いんだろうなぁ…………


 ぼんやりとした頭でそんなことを考えていると、逞しい腕に支えられた。
 ゆるゆると開かれた瞳が、見開かれる。
 心配と怒りの色を浮かばせた瞳が、新一を見つめている。
 ……先ほどの姿は、幻だとばかり思っていた。
 しかし、自分を抱きしめる腕から伝わる温もりは本物で。
 痛みで朦朧とする意識の中、おそるおそる名前を呼んでみる。


「かいと?」
「新一、今はしゃべるな。もうすぐ救急車が来るから……


 これぐらいの怪我、昔に比べたら軽い方だ。
 そう言いたかったが、視界が霞んでくる。
 自分の名前を必死で叫ぶ声が聞こえるが、新一の意識はゆっくりと遠のいていく。


(もっと名前を呼んでほしい……


 自分から別れを切りだしたのに、忘れることができなかった人。
 久しぶりに聞く彼の声に耳を傾けながら、新一は闇に身を任せるのだった。



 ******



 ――――誰かに呼ばれた気がした。
 水の中をたゆたっていた感覚がなくなり、意識が急激に浮上する。
 同時に、手のひらを包む温かさを感じた。
 ゆっくりと瞳を開くと、心配げな瞳が新一を覗きこんでいる。
 覚醒したての新一には、それが誰なのか判断できない。
 ぼんやりとした眼差しでじっと見つめていると、くすりと笑う声が聞こえてくる。
 大きな手が髪に触れ、ゆっくりと撫でられる。
 その感触が気持ちよくて、うっとりと瞳を細めた。


「気持ちいい?」
……ん」


 頷いて、ハタと我に返った。
 ぼやけていた意識がはっきりと覚醒する。
 震える唇が彼の名前を紡いだ。


――――快斗」
……うん」


 泣きそうな表情で、それでも笑顔を浮かべる快斗。
 新一は髪を梳いていた手を反射的に叩いた。
 そして、快斗の視線から逃れるように薄い布団を頭から被る。


(なんで……なんでそんな顔ができるんだよ。俺は、自分の勝手な感情で快斗を傷つけたのに……!)


 新一から別れを切りだしたというのに、快斗は変わらない笑顔を向けてくる。
 それが辛かった。
 滲み出る涙を拭いながら、快斗が病室から出て行くことを願う。
 だが、彼の気配は一向に動こうとしなかった。
 それどころか、布団越しに抱きしめられてしまう。
 彼の体温が懐かしくて、怖くて。
 新一は震えだした身体をぎゅっと抱きしめた。

 布団に潜ったまま震える新一を、快斗は無言で見つめていた。
 彼が何を考えているのかは分かっている。
 新一が自分を責めることはないのだ。
 別れた理由はどうあれ、快斗のことを思っての彼の行動にとても感謝している。
 彼が辛い選択をしてくれたからこそ、今の自分があるのだ。
 このまま新一が出てくるのを待っていても、ただ時間が過ぎるだけ。
 そう考えて、快斗は強引に布団を剥いだ。


……ッ!?」


 いきなりのことに驚愕する新一。
 驚きの表情を浮かべながらも、顔を隠そうと必死になっている。
 往生際の悪い新一に苦笑を浮かべながら快斗はベッドに腰掛け、彼に覆い被さった。
 そうして、ぎゅっと閉じられた瞼に唇を押し当てる。
 そのまま顔中にキスの雨を降らし、最後に唇へと辿り着く。
 掠めるような口づけに、新一の瞳がゆっくりと開かれた。
 久しぶりに間近で見る蒼の双眸。
 ゆらゆらと揺れるそれを見つめながら、快斗は口を開く。


「俺は新一と別れたなんて思ってないからね」
…………
「日本を離れてからも、ずっと新一のことだけを想ってきた。新一が俺のことを嫌っていても、俺は新一のことを想い続けるよ」
「嫌ってないッ!俺は……!」


 快斗の言葉に反応した新一は、首を振りながら即座に否定する。
 そんな新一の仕草に、快斗は分かっているからと呟いた。


「新一が自分の気持ちに嘘を吐いたのは俺の為だってこと、ちゃんと分かってる」
「快斗……
「俺は新一の傍にいたい。新一と恋人同士に戻りたい」
「でも俺は………


 新一だって快斗の傍にいたい。
 でも、自分から終わらせた恋なのに、我が儘なんて言えない。
 きゅっと唇を噛みしめる新一に、快斗は苦笑を浮かべながら提案する。


「今までの関係が終わったとしても、また始めればいいんだよ」
……始める?」
「そう。恋人しての関係を、今から始めるんだ」
……快斗は、それでいいのか?」
「当たり前だろ?さっきも言ったけど、俺は新一と別れたつもりはない」
「でも……
「俺は新一がいればそれでいい。新一がいてくれなきゃ、マジックなんてできない」


 真剣な瞳に見つけられて、新一の喉がこくりと鳴る。
 彼の手を取っていいのだろうか?
 もう一度、彼を好きになってもいいのだろうか……
 震える手で快斗の頬を包む。
 彼の手が重なった瞬間、新一の眦から涙が零れ落ちた。


「かいとぉ……!」
……もう一度、俺の恋人になってくれる?」
「ぅん


 こくこくと頷く愛しい人に、快斗は安堵の息を零した。
 内心で拒絶されたらどうしようと考えていたのだが、それは取り越し苦労だったようだ。
 覆い被さったまま、白磁の頬に流れ落ちる涙を唇で拭う。
 そうして、新一の額に己のそれを重ねて、快斗はにっこりと笑った。


「ただいま、新一」
……おかえり、快斗」


 一番最初に言いたかった言葉を囁く。
 快斗の言葉に瞳を瞠らせた新一は、ゆっくりと笑みを浮かべながら小さく呟いた。





 自分から終わらせた恋だけれど、彼を想う気持ちが消えることはなかった。
 辛く苦しかった6年間は、時を経ていい思い出になるだろう。
 これから始まる恋がどんなものになるのかは分からない。
 けれど、彼が傍にいてくれるだけで幸せだから。


―――愛してるよ、快斗」


 ずっと言えなかった言葉を、貴方に捧げよう。

 

 

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30000hitありがとうございますv
こんな駄文でよろしければお持ち帰りください。
20代後半の2人を書いたのは初めてでしたが、受け入れられるのかドキドキしております。
これほど長くなるとは思いませんでしたが……(苦笑)
これからもマイペースに更新していきますので、お付き合いくださいませv

2004.10.28 夏岐志乃香




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