…………暑い」
「そ…そうだね」
「…………ギャラリーが邪魔」
「それは…しょうがないことだから……」
「…………このクソ暑い日に事件なんか起こすんじゃねぇよ」
「はっ…ははは……(汗)」


 ぼそりと呟かれた本音。
 先ほどまで相づちを打っていた高木は、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。






        夏の思い出






 連日続く暑さは様々な人に影響を及ぼしている。
 外でスポーツをする人や体力のない老人に襲いかかる熱中症。
 今年は熱中症で倒れる人が例年の数倍に上っているらしい。
 今のところ警視庁内では熱中症で倒れた者はいなかった。
 ―――しかし。


「今日の最高気温は36度だと?ふざけんじゃねぇ……」


 彼の名探偵工藤新一にとって、この暑さは耐えきれないものだった。
 暑さに弱い彼は毎年梅雨頃からクーラーをかけている。
 今日もクーラーで涼みながら父親の新刊を読んでいたというのに。
 事件の応援を頼まれてのこのこ外に出たのが悪かった。
 ここ最近お呼びがかからなかったので、新一は外の暑さをすっかり忘れていたのだ。
 現場までは高木が迎えに来てくれたので、あまり暑さを感じなかったのだが。
 車から一歩外に出た途端襲った空気に、新一は思わず回れ右をしてしまいそうになった。
 なにせ現場は太陽が照りつける児童公園。
 昼という時間だけに、木の陰もほとんどない状態。
 この場にいる全員が、今日だけで肌を焦がすこと間違いないだろう。


「この俺をこんな場所に引きずりだしたんだ。犯人見つけたらぜってぇ蹴り入れてやる……」


 暑さの所為で普段は何重にも被っている猫をかなぐり捨てて、新一は先ほどから物騒な本音を呟いていた。
 彼の傍では高木刑事が顔を引き攣らせて視線を彷徨わせている。
 ひどく機嫌の悪い名探偵をどう扱っていいものかと困惑しているようだった。
 そんな高木の心情に気づくことなく、新一は黄色いテープで囲まれている公園へと入っていった(実はまだ現場の中へ入っていなかった)


 とりあえず何重もの猫を被り直して、新一は目暮警部へと近づいていく。
 向こうも新一に気がつき、安堵の表情を浮かべた。
 これで事件は万事解決だ。
 目暮の表情には彼の心情がありありと浮かんでいる。
 普段ならば気にならないことだが、今の新一にとって些細なことでも苛つく原因となってしまうらしい。
 彼の顔に、今まで見たこともないほどの壮絶な笑みが浮かぶ。
 それに騙されるのは、彼との付き合いが短い人間だけ。
 新一との付き合いが長い人間、つまり一課のほとんどの人間は彼の笑みを見て凍りついた。
 ただ、先ほどから新一の機嫌の悪さをひしひしと感じていた高木だけが、大きな溜息を吐いている。


「目暮警部」
「なっ…なんだね、工藤君」
「僕、この暑さのせいで倒れそうなんですよ」
「そ…そうかね。それじゃあ――――」
「ですから、ちゃっちゃと犯人を挙げてさっさと帰りましょうね」


 にっこり。
 笑みを深めてそう言った彼に、その場にいた刑事・警官一同はぶんぶんと首を縦に振った。
 そうしなければ自分の命が危うくなると感じたのだ。
 全員が頷いたのを確認すると、新一は満足そうに笑みを浮かべたまま現場をうろつきはじめる。
 そんな彼を視線の片隅に捕らえながら、目暮は高木へと話しかけた。


「おい、いつもの工藤君ではないようだが……なにかあったのかね?」
「警部……、今回は僕たちの自業自得だと思いますよ」
「はぁ?」


 ワケが分からず首を傾げる目暮に、高木は再び溜息を零し。
 僕たち警察が工藤君を頼りにしすぎているから、そのツケが回ってきたんです。
 心の中でこっそりと呟くのだった。




 **********




 愛しい恋人の気配を感じ取った快斗は、珍しく篭もっていた自室から出て行く。
 先ほどまでむすっとした表情で3日後の仕事の準備(もちろんキッドの)をしていたというのに。
 恋人の気配を捉えた途端に機嫌が直るのだから現金なものだ。
 足音を響かせながら階段を下りていき……その足音が途中でぴたりと止まる。
 その視線は玄関の廊下をまじまじと見つめていた。


「新ちゃん…。そんな所でナニやってんの」
「ん〜。ひやっこくて気持ちいいのvv」


 ちょっとマテ。
 その角度でその視線は襲ってくれと言わんばかりだろうが。
 などと呟きながらも、快斗はふらふらと階段を下りていく。

 さて、家に帰ってきた新一が一体なにをしているのかというと――――
 靴も脱がずにうつぶせに寝転がって。
 クーラーで冷やされた廊下に頬を押しつけ、ふにゃりと笑みを浮かべていた。
 その表情は、情事の最中に理性を手放して蕩けている様子によく似ている。
 快斗の喉がごくりと鳴った。
 据え膳食わぬは男の恥というが……
 今の状態の新一を襲ってしまえば、セックス禁止令が出てしまう。
 それでなくても暑がりな新一は、この時期あまり肌に触れさせてくれないのだ。
 ここ1週間は抱きしめて眠るだけの生活が続いている。
 そろそろ我慢の限界に達している快斗は、切れかける理性をなんとかつなぎ合わせることに成功した。
 何度か深呼吸を繰り返して、新一の傍で中腰になる。


「新一、そんなトコで寝転がってないで。リビング行けば涼しいだろ?」
「動きたくねぇ……」


 顔を上げて上目遣いで見上げられて。
 トドメとばかりに両腕を快斗の方へ向けてくる。
 どうしてこんなにも可愛いのかねぇ〜俺の恋人は。
 内心でにやけながら、快斗は姫君のご所望どおりその身体を抱き上げる。
 それに満足した新一は快斗の首に腕を回し、恋人の肩に頬をすり寄せた。
 珍しく新一が甘えている。
 少しだけ驚愕した快斗だが、素直な態度に頬を緩めた。
 今日は甘えたいだけあまえさせてあげよう。
 いつも自分が甘えているのだから、たまにはね。
 そう考えながら、快斗はリビングへ入り華奢な肢体をソファーへと横たえる。


「麦茶でいいか?」
「ん〜」


 瞳を瞑ったままこくんと頷く新一は、ソファーに置いてあるクッションへぽふんと顔を埋めた。
 いつも以上に幼い仕草をとる恋人に、快斗の表情は緩むばかりだ。
 キッチンへ向かう足取りがおのずと軽くなる。
 涼しげな色をしたグラスを取り出し、大きめの氷を入れてから麦茶を注ぐ。
 グラスの中でからん…と氷の音が響いた。
 自分の分も注いで、快斗はリビングへと戻っていく。


「はい、麦茶」
「サンキュ」


 グラスを差し出すともぞもぞと身体を起こしながらそれを受け取る。
 美味しそうに麦茶を飲む新一に笑みを浮かべ彼の隣に座りながら、快斗もグラスに口をつけた。
 すべて飲み干してしまうと、結構喉が渇いていたのだと自覚する。
 自室ではクーラーをつけていなかったが、あまり喉の渇きを感じてはないかった。
 だが、身体は水分を欲していたのだろう。
 快斗は再び立ち上がると、涼しそうにほやん…としている新一に視線を落とす。


「新一、おかわりいる?」
「いる〜」


 どうやら今日の新一からは全身の力が抜けているらしい。
 というよりも、原因は暑さのせいだろう。
 苦笑を浮かべながら再びキッチンへ向かう快斗の姿を、新一はほわほわとした頭で見つめていた。
 やはり家の中は涼しくて気持ちが良い。
 玄関に入った途端に冷気を感じて、新一の全身から力が抜けてしまった。
 おそらく眠るまでこんな状態なんだろうなぁ……
 クッションに抱きつきながら新一は思った。
 柔らかな布に顔を埋めていると、髪を撫でる感触がしてふと瞳を開く。
 視線だけで見上げると快斗の顔が近くにあった。


「おかわり持ってきたけど…どうする?」
「んー……飲む」


 返事を返すが、一向に動こうとはしない。
 おやおや…と思いつつも、快斗はうつぶせになっている新一の腰に腕を回してぐいっと抱き寄せた。
 そのままの格好でソファーに座り、自分の足の間に新一を座らせる。


「……暑い」
「クーラーかけてるんだから暑くないデショ?ほら……」
「ん……」


 口元にグラスを近づけると、こくこくと麦茶を飲んでいく。
 なんだか餌付けをしてるみたいだなぁ……
 さしずめ自分は飼い主か。
 どっちかといえば新一は猫っぽいよな。
 気まぐれに甘えてくるところとかそっくりじゃん。
 そう考えて快斗の口元に笑みが浮かんだ。
 新一が全部飲み干したのを見て、グラスをテーブルの上に置く。


「今日も暑かっただろ?」
「……暑かった。ムカついたから速攻で事件解いた」
「ちゃんと日陰にいた?」
「日陰なんかほとんどなかったんだぜ?直射日光浴びっぱなしだっつーの」


 外の暑さを思い出してしまったのか、新一の表情はむすっとしてしまう。
 ご機嫌斜めになってしまった恋人の様子に苦笑して。
 快斗は少しだけ日に焼けてしまった項に唇を寄せた。
 腕の中の肢体がぴくんと揺れる。


「でもさぁ…、こんな日でもなんらかの思い出にはなるじゃん」
「思い出?」
「そ。暑くて最悪な日だけど、今年の夏の思い出として記憶に残るデショ?なんにもないよりはマシだと思うけど?」
「……嫌な思い出の間違いじゃねぇのかよ」
「まあ、そうとも言えるけど」


 首だけを快斗の方に向けて眉を顰める新一の額にキスを落としながら答える。
 顔中にキスの雨を降らせていくと、強請るように唇を寄せてきた。
 甘える姿も可愛いよなぁ〜とにやけながら、望むとおり唇にキスを落とす。
 軽いそれを繰り返しながら、快斗は思った。
 この調子だったらセックスになだれ込んでも大丈夫かな?
 リビングの気温は新一が好む涼しさを保っているし。
 少しだけ機嫌が悪いけど、抱きしめる腕もキスも拒む様子はない。
 快斗の瞳がきら〜んと光る。
 そのまま耳元へと唇を寄せ、耳朶を食みながら情事の時のような声で囁いた。


「じゃあさ、事件のことを忘れて俺といい思い出作らない?」
「んっ……お前と……?」
「そう。今日のことが嫌な思い出になるんだったらさ、俺が良い思い出に作り替えてあげる」
「…や…っ……」


 背後から抱きしめている快斗の手が、新一の身体をまさぐりはじめる。
 服の上からだというのに、新一の身体はびくびくと震えていた。
 快斗が丹誠込めて快楽を教え込ませたのだから当たり前の反応だ。
 右手はそのまま恋人の身体を堪能し、左手はワイシャツのボタンを片手で器用に外していく。


「ちょっ…快斗ッ」
「ね、新一」
「…ぁ……」


 低い声で名前を呼ばれて、新一の身体に欲望の火が灯った。
 それを感じ取った快斗の口元に笑みが広がる。


「久しぶりでがっついちゃうかもしれないけど。優しくするからね」
「かいと…ぉ……」


 ぎゅっと抱きついてくる恋人に軽く口づけて。
 内心では作戦成功〜
とほくそ笑みながら。
 快斗は久しぶりに新一の身体を味わうのだった。




 **********




 第一ラウンドを終えた快斗はぐったりとした新一を抱き上げてベッドへと移動した。
 その後は新一が泣きじゃくって「嫌だ」と言うまで貪ってしまい……
 結局新一は朝まで啼かされてしまったらしい。


「……バ快斗」
「なんで?新ちゃんも満足したんだから、いい夏の思い出になったデショ?」
「なっ…////誰が満足したんだよっ!」
「あれぇ、違うの?最後は新一から強請ってきたんだよ?『かいとぉ…もっと奥まできてぇ…』ってvvv」
「……////」


 言い返そうにも快斗の言葉は事実なので、新一は頭からブランケットをかけて顔を隠してしまった。
 久しぶりに快斗を感じたことで、普段よりも激しく乱れてしまった。
 自分の行動を思い起こしてしまった新一の顔は赤く染まっている。
 唸り声を上げる可愛い恋人をブランケットごと抱きしめる快斗の表情はすっきりとしていた。
 心ゆくまで新一を堪能したのだから、しょうがないことだが。


「し〜んちゃんvv…ほら、顔出して?」
「むぅ……////」
「今日はしっかりと看病するからね」
「当たり前だっ」
「だから、ちゃんと俺に甘えるように!」


 甘えないと明日もベッドから起きあがれないようにするからねv
 そう言われてしまえば、新一も頷くしかない。
 明日もこの状態が続くのは正直辛いのだ。
 なにがって、腰がだ。
 それに、明日は検診日なのだ。
 ずっとサボってばかりなので、明日バックれてしまえばお隣の少女の雷が落ちるだろう。
 それだけは絶対に嫌なので、今日は大人しく甘えておこうと決意する(笑)


「それじゃあ、朝ご飯…といってももう昼か。作ってくるから、待っててねv」


 軽く唇を塞ぐと、快斗は上機嫌で部屋を出て行った。
 リズミカルな足音が階段を下りていく。


「ったく…バ快斗」


 なーにが、俺といい思い出作らない?だ。
 むすっとした表情を浮かべて。
 それでも、新一の表情は次第に緩んでいく。


「……まあ、いい思い出にはなったんじゃないのか?」


 夏の暑い日に現場で直射日光を浴びて散々だったけど。
 それでも。
 家に帰ればクーラーが効いてて、涼しい部屋で冷たい麦茶を飲んで。
 ずっと感じたかった快斗の体温を感じて。
 久しぶりに快斗と肌を合わせて、満足するまで愛されて。
 綺麗な笑みを浮かべながら、新一はぽつりと呟くのだった。

 

 

 

 

 

李瀬サマ、5000hitおめでとうございますv
お祝いになるのか分かりませんが、久しぶりに甘甘なお話を書いてみました。
テーマは夏ですが…暑さのせいで新一が切れてしまいました(笑)
前半は新一がご立腹してますが、後半はちゃんと甘くなっております。
こんな駄文ですが、もらってやってくださいませ。


夏岐志乃香



+++++++++++++++++++++++

志乃香samaから頂きました。
お祝いいただけるなんて、とってもうれしかったですよ、志乃香sama!
私も今年は冷房病になり、暑さで新一さんのようにたまに不機嫌な時もあり。
でも、彼等は不機嫌だろうが最後には甘くなるのですね。
私は反対に頭に角が生えるかも・・・。
それにしても、快斗君がとっても策士に見えました。見間違えではないですよね?たぶん・・・



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