「お疲れ様、工藤君」
「いえ、僕はたいしたことはしてませんから。佐藤さん達の方が大変だったでしょう?ここ1週間ほどほとんど休んでないようですし……」
「私たちはそれが仕事だからね。それに、これぐらい日常茶飯事だから」


 これでも体力には自信があるのよ?
 にっこりと笑ってそう言われてしまえば、新一は苦笑を浮かべるしかない。
 刑事という仕事は体力なしではやっていけない職業だ。
 一課の紅一点である彼女は他の男性刑事にも劣らないほどの元気者。
 心配無用とばかりにウインクする佐藤は、机にへばりついている高木よりも元気そうだった。


「家まで送りましょうか?」
「大丈夫ですよ。電車で帰りますから」
「そう?遠慮しなくていいのよ?」
「今日は月が綺麗ですから、歩いて帰りたい気分なんです」
「そっか。じゃあ、私は事後処理が残ってるから」
「がんばってください。それじゃあ、お疲れ様でした」


 一課の前で佐藤と別れた新一は家に帰るべくエレベータを目指してフロアを歩いていた。
 すると背後から声をかけられると同時に、腕を掴まれてしまう。
 害がないので(笑)そのままの格好で振り返ると……


「工藤君!申し訳ありませんが僕に付き合ってください!」


 近距離で見つめられるや否やそう言われ、ずるずると引きずられていく。
 抵抗よりも眠たさの方が勝っていた新一は、探偵仲間の白馬探に大人しく拉致されてしまうのだった(笑)








     ***  勝負の行方?  ***








新一が拉致さらた場所は、捜査二課の刑事達と警官がうようよしている美術館だった。
 なぜこんな所に拉致されるのかと新一は首を傾げてしまう。
 一課の事件にかかりっきりだった彼が、ここ1週間に起こった出来事を知るはずもなく。
 理解不能になるのもしょうがないことだった。
 しかも徹夜明けなので、頭の中は半分ほど朦朧としていたりもして(笑)

 新一がそんな状態だということを知らない白馬は、時間に間に合ったことにほっと息を吐く。
 一体なにがあるんだろう?
 ぼんやりとした頭で辺りを見回し――新一はようやく理解した。
 捜査二課、美術館、とくればおのずと上げられるのは某怪盗の存在。


「今日はキッドの予告日なのか……」


 ぽつりと呟いた言葉は白馬にも聞こえていたらしい。
 中森警部と押し問答の言い合いをしていた彼は、勢いよく新一へと詰め寄った。


「そうなんですよ、工藤君!今日は君にもキッド逮捕に協力していただきたいんです!」
「貴様、何を言っとる!探偵なんぞが警察の仕事に関わるなとついさっきも言っただろうが!それにコイツは目暮の部下だろうがッ!」
「いえ…僕は目暮警部の部下じゃなくて……」


 自分に指さし血圧が上がりそうなほどに怒鳴っている中森に、新一は一応訂正を入れてみる。
 しかし、彼は新一の言葉を聞く前に部下の所へと戻っていってしまった。
 もちろん怒りのオーラを撒き散らしながら。


(なんで俺が怒られなきゃなんねぇんだよ……)


 悪いのは白馬であって無理矢理拉致された新一には関係のないことだ。
 元はといえばコイツの所為だ、と白馬を睨みつける。
 だが彼は機嫌が悪くなった新一に気づくことなく、今回の作戦(?)を熱心に説明しはじめた。


「――というわけで、工藤君には宝石を所持していてほしいんです」
「――――は?」


 白馬の説明をまったく聞いていなかった新一は、思わず間抜けな声を出してしまった。
 しかし、最後の言葉だけは耳に届いていたらしくゆっくりと脳に浸透していく。


(『工藤君には宝石を所持していてほしいんです?』……宝石を所持?)


 彼の言葉を反芻して……
 一番に考えたのは、ンな面倒なこと誰がするかよ、だった。
 というか、怪盗に関わるとろくなことがないので、今すぐこの場を去りたい衝動に駆られているというのに。


「白馬、悪いが俺はパスさせてもらう」
「はい?……どっ、どうしてですか、工藤君!」
「俺はあのコスプレ変態怪盗に関わるのは嫌なんだ」


 今までの怪盗との邂逅が脳裏に浮かび上がり、新一は思わず本音を漏らしてしまった。
 当人が聞けば涙を流してがっくりと肩を落としていることだろう。
 もしかして……どこかで聞いているかもしれない。
 一瞬そんなことを思ったが、今の言葉を聞いて撃沈しようが新一には関係のないことだ。
 呆然としている白馬をよそに、新一はさっさとこの場を去るべく出口の方へと向かっていく。
 しかし一歩進むや否や、美術館の照明が総て消えてしまった。
 いつの間にか怪盗の予告時間になっていたのだ。
 怪盗が現れる前に家に帰りたかった新一は思わず舌打ちをしてしまう。
 表情はものすごく嫌そうにしているのだが、暗闇のため誰にも見られることはなかった。
 今動くと怪しまれるに違いないと考え、新一はしぶしぶとその場で待機する。
 するとフロア自体が冷涼な気配に包まれ、彼はすぅ…っと瞳を細めた。
 その表情は犯人を追いつめる探偵のものになっている。

 照明が消えてから1分後。
 白い衣装を纏った怪盗がその場に姿を現した。
 フロアの出口の近くに立っている新一を見て、その瞳が優しげな光を帯びる。
 だがそれは一瞬のことで誰にも気づかれることはなかった。
 キッドは自分の名を叫ぶ中森に視線を移し、そして白馬を見つめた。
 シニカルな笑みが彼の口元に浮かぶ。


「これはこれは、中森警部に白馬探偵。今日もご苦労様です」
「貴様が言うセリフじゃないだろうがっ!キッド今日こそ貴様を逮捕してやるからなーっ!」
「毎回同じセリフをおっしゃっていますよ?中森警部。まあ…今日は名探偵がいらっしゃいますから面白くなりそうですが……」


 言いながら白馬を見やると、彼は不適な笑みを浮かべてキッドを睨みつけていた。


「キッド、勝負ですよ」
「今回私が勝つと思いますが?いい加減負けを認めた方が身のためですよ、白馬探偵?」
今日こそ僕が勝ちます。そして貴方を捕まえてみせますよ」
「ほぅ…。では、楽しみにしています」


 そんな日は絶対に来ないでしょうけどね。
 心の中で呟きながらキッドは隠し持っていた閃光弾を床へと落とした。
 眩しい光が辺りを包むと彼は厳重に管理されていた宝石をいとも簡単に手にした。
 そしてダミーを飛ばすと瞬時に警官へと変装する。


「キッドが逃げたぞーっ!追うんだっ!!」


 中森の罵声と共に警官達が出口へと走っていく。
 警官達に混じって出口を目指すキッドは、去り際に新一側へ行き何かを囁いた。
 それを聞いた新一の表情が顰められたのを見て苦笑を浮かべてしまう。
 嫌そうにはしていたが、彼は必ず自分を追いかけてくるだろう。
 確信を持つキッドはそのまま美術館から逃走したのだった。



 *****



 むすっとした表情を浮かべたまま、新一は廃ビルの階段を上っていく。
 本当はあのまま帰れたはずなのに。
 なぜ自分はこんな所にいるのかと、ぶつぶつと文句を呟く。
 それもこれもあの怪盗の所為だと考えて思わず階段の手摺りを蹴ってしまった。
 がんっ!という音が盛大に響き渡る。
 しかし新一の表情は不機嫌になるばかりだった。


「ったく…なんで俺がこんな所まで来なきゃなんねぇんだよ……」


 少々乱暴な足音を響かせながら、新一は最上階を目指した。
 その表情はものすごく不本意だとばかりに顰められている。


『中継地点でお待ちしていますよ、名探偵』


 あの時。
 キッドを追って警官達が出口を目指す姿を呆れたように眺めていた時。
 おそらく警官に変装していたのだろうキッドに、耳元でそう囁かれた。
 その時は誰が行くかと吐き捨てたが……
 アイツを捕まえる自信がないから行かなかった、などと思われるのは癪だったので不本意ながらもここまで来たのだ。


「アイツに会うと馬鹿にされたりセクハラされたりするから関わりたくなかったっつーのに…。白馬のヤロー……今度あったら八つ当たりしてやるっ!」


 子供みたいなことを呟きながら、新一はようやく最上階――屋上へと辿り着いた。
 錆びた扉を押すと、嫌な音を立てて扉が開かれる。
 生ぬるい風が新一の身体を包み込んだ。
 その感触に眉を顰めながら彼は屋上の中心へと歩いていく。
 そして心底嫌そうに背後へと言葉を投げかけた。


「どういうつもりなんだ?怪盗キッド。俺を中継地点に呼び出して何がしたい?」
「私はただ名探偵との逢瀬を楽しみたいだけですよ。それ以外に理由はありません」
「またそれかよ…。俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよな」
「私が名探偵を馬鹿にするはずがないでしょう?正直な気持ちを言ったまでですよ」


 心外だとばかりに眉を顰めるキッドに、新一は胡乱気な眼差しを送る。


(なーにが『私が名探偵を馬鹿にするはずがないでしょう?』だ。初めて会ったときに俺を馬鹿にしたのは誰だっつーの)


 杯戸シティホテルの邂逅を思い出してしまい、またもや新一の機嫌が下がっていく。
 あの時からこの怪盗のことが気に食わなかったのだ。
 偽りの姿をしていたときには出くわす機会が少なかったのでまだよかった。
 だが、元の姿に戻った途端、怪盗が新一の前に現れワケの分からない行動をとるようになったのだ。
 そのたびに馬鹿にされ(当人は遠回しの求愛のつもり)、セクハラをされ(当人はスキンシップのつもり)。
 終いには唇まで奪われてしまったのだ!!(どうやら衝動を抑えきれなかったらしい…)
 過去の記憶が走馬燈のように思い出され……
 新一の機嫌は下がりきれないところまで下がり、怒りはMAXまでいってしまったらしい。
 ある言葉を思い出した瞬間――新一の細すぎる忍耐はあっという間に切れてしまった。


「『怪盗はあざやかに獲物を盗み出す創造的な芸術家だが、探偵はその跡を見てなんくせつけるただの批評家に過ぎねーんだぜ?』…そう言ったのはどこのどいつだぁ―――――ッ(怒)」
「げっ……(汗)」


 大声で叫んだ新一は側にあった空き缶を思い切り蹴り上げた。
 破壊力抜群の右足で蹴られたそれは、キッド目がけて飛んでいく。
 珍しくポーカーフェイスを崩して焦りの色を見せたキッドは、慌てて給水塔の上から飛び降りた。
 チッ…という舌打ちが耳に届き、本気で殺されるかと思った…と内心で動揺する。
 だが、新一の表情を見た彼は怪盗にはあるまじき行動に出てしまうのだった。


「逃げるな!キッド!!」
「すみません、名探偵!今日はお暇させていただきますッ!」
「テメェ、今までの俺の怒りを喰らいやがれっ!」


 紳士らしからぬ慌てた格好で逃げ回るキッドに、新一は何度も空き缶を蹴りつける。
 一体どこから空き缶を調達しているのだろうと思うほど、連続して飛んできていた。
 瞳が据わりきった名探偵は手加減というものをまったく考えていない。
 飛んでくる空き缶を喰らってしまえば青痣ぐらいはできるだろう。
 キッドとしてはなぜ新一がこんなにも怒っているのか、皆目検討もつかない。
 だが、命の危険に晒されている今の状況では彼に理由を問いただすことなどできないだろう。
 下手をすれば組織よりも厄介な相手なのだから。
 逃げ回りながらそんなことを考えていたキッドは、階段を上ってくる気配を感じにやりと笑みを浮かべる。
 すっかりと忘れ去っていた勝負の決着をつける時が来たようだ。
 タイミングを見計らって、キッドは屋上の出口へと逃げていく。
 怒りに我を忘れかけている(笑)新一は扉の向こうに立っている気配に気づいていない。
 新一が空き缶を蹴りつけた瞬間、勢いよく扉が開かれた。
 それを喰らうはずのキッドは新一の背後へと逃げ去り。
 同時に、うぎゃっ!という声が辺りに響き渡る。
 カランカラン…と空き缶が地面に落ちる音が響き、一瞬辺りは静寂に包まれた。
 それを崩したのは新一の訝しげな呟き。


「なんで白馬がココにいるんだよ……」
「ようやく到着されたというのに…。白馬探偵にとっては災難でしたね。今回の勝負私の勝ちということで……」


 笑いを堪えながら気絶している白馬に話しかけるキッド。
 彼の言葉に引っ掛かりを覚えた新一は眉を顰めて変態セクハラ怪盗(笑)を見やった。


(今回の勝負も?って、コイツら何の勝負してんだ?しかも……毎回?)


 ということは。
 仕事の後には必ず不法侵入してくるこのバ怪盗は。
 毎回毎回、白馬との勝負を楽しんでから家に来ていたというのか?
 その考えにいきついた途端、新一は胸の痛みを感じて左胸をぎゅっと掴んだ。
 なんだコレ?と首を傾げるが痛みを感じる理由が思い当たらない。


「名探偵?どうかされましたか?」
「…………」


 左胸を押さえて急に黙りこくってしまった新一が心配になり、キッドはおそるおそる彼に声をかけた。
 しかし新一は俯いたまま言葉を発しようとしない。
 先ほどまで怒り狂っていたというのに……
 あまりの豹変ぶりに何かあったのかと内心でおろおろしてしまう。
 そんなキッドをよそに、新一は俯いたまま眉を顰めていた。


(なんで……バ怪盗と白馬が勝負してるって聞くと胸が痛くなるんだ?今までこんなこと一度もなかったのに……)


 俺って病気になっちまったのか?
 色恋沙汰に関しては超鈍感な新一は、自分が白馬に対して嫉妬しているということに気づいていなかった。
 キッドから馬鹿にされてもセクハラされても、心の中では怪盗が自分に構ってくれることが嬉しかったのだ。
 だが、自分の気持ちに対して激ニブな新一が、その感情が恋だということに気づくはずもなく……
 変態だとかセクハラ野郎だとかいう違った認識でキッドを見てしまっていたのだ。


(とにかく、さっさとこの場から離れよう。そうすれば胸の痛みもなくなるはず……)


 胸の痛みの原因はキッドにあると思いこんだ新一は(ある意味正しい)、顔を上げてキッドを睨みつけた。
 その表情が彼にヨコシマな効果を与えると知らずに。


「うっ…………////」


 密かに恋い焦がれている人が潤んだ瞳で自分を見上げている。
 睨まれているとは思っていないキッドは動揺しながらも、ごくりと喉を鳴らした。
 これは誘っているのだろうか?
 ようやく自分の気持ちを受け入れてくれたのだろうか?
 キッドはドキドキしながら、自分を見上げる華奢な肢体を抱きしめようと、そっと手を伸ばした。
 ――――が。
 それはすかっと空を切り…、キッドはまじまじと己の腕を見つめてしまった。
 なんとも情けない格好である。
 怪盗紳士という異名を持つ男は些か呆然としたまま、自分の腕と離れてしまった新一を交互に見つめた。
 新一は瞳を潤ませたまま、先ほどと同じようにキッドを睨んでいる。
 そして――――


「バ怪盗っ!白馬との勝負の後に不法侵入なんかしてんじゃねぇよっ!今度アイツとの勝負の後に家に来やがったら完全犯罪起こしてやるからなッ!!」
「へっ……?」


 ちょっとだけ泣きそうな表情で叫んだ名探偵は。
 言いたいことだけ言うとそのまま屋上を去っていってしまった。
 後に残されたのは呆然としたままのキッドと、未だ気絶中の白馬のみ。


「お〜い…めーたんて〜……。一体なんのことなのぉ〜……」


 まったくもってワケが分からないキッドは、思わず素の表情を出してしまう。
 俺なんかしたのかなぁ……とちょっぴりしょぼくれるキッド。
 ファンの皆様には絶対に見せられない姿だ。
 しかし名探偵の言葉を反芻し直して――怪盗の口元に笑みが広がる。


「もしかして名探偵…嫉妬してくれたのかな?」


 白馬との勝負を口にした途端に黙りこくってしまった彼。
 色恋沙汰に超疎いのは知っていたから、長期戦になると思っていたが……
(求愛もスキンシップも馬鹿にされているだのセクハラだなどと思われていたことは知らないらしい…)
 もしかしなくても名探偵の気持ちは俺に傾いてるんじゃないか?
 そう考えると彼の不可解な行動は辻褄が合う。
 たとえ自分の気持ちに気づいていなくても、明らかに彼は白馬に嫉妬しているようだった。


「白馬との勝負がついでなんだけどね。ま、勘違いはおいおい直していくことにして。今まで以上にがんばらないとねっ!」


 怪盗の仮面をすっかりと剥いでしまったキッドは頬を緩めて楽しそうに呟いた。
 名探偵も帰ったことだし、俺も帰ろうかねぇ〜。
 音符を散りばめながら手摺りの上にとん…と立ったキッドは、ちらりと白馬を見やった。
 あのまま置いといても害はないだろうと考えて。
 彼は人工の翼を広げて夜空へと飛び立ったのだった。







 白馬との勝負は常にキッドの勝利だった。
 それは警察に対しても同じこと。
 だが、名探偵との勝負だけは勝つことができなくて。
 結果は見事惨敗。
 悔しく思うけれど、彼を口説き落とすことができた時。
 それがキッドの勝利となるのだ。


 さて、勝負の行方はどちらに軍配が上がったのだろうか?


 結果は本人たちと小さな科学者だけが知っている。










李瀬サマv
サイト開設のお祝い、ありがとうございましたv
お礼としてこの駄文を捧げます。
ちなみに相互リンク記念のお礼にもなっております。
勢いに任せて書いてしまいましたが、お気に召すか
どうか不安です……。
クーリングオフはいつでも受け付けておりますので!

2004.08.03
夏岐志乃香




+++++コメント

どうもありがとうございます、志乃香sama
本当に頂いちゃっていいのかとどきどきしています。
もう、キッドと白馬の会話も楽しいですが、新一の誤解あたりも良かったです。
なんだか、これからまだまだいろいろありそうな彼等ですが、待つ気がなくなれば、キッドが動きそうです。
クーリングオフなんてしませんよ。しっかりと頂いちゃいます。



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