それは昔話

 

 

「すごーい。」

ぱちぱちと拍手を贈る小さな一人の観客に礼をする。小さなお姫様のための魔法の時間。

「お気に召しましたかな?」

「うん。」

大好きと自ら飛びついていけば、ぎゅうっと抱きしめてくれる大きな腕。

それを側で見ている父親は文句を言いながら引き離そうとする。

まだ、お姫様が唯一認めた魔法使いがいたころ、これがたびたび見られる工藤邸での日常だった。

「そう言えば、盗一さんに息子さんいたよね?」

「ああ、いるよ。」

「どうしていつも一緒じゃないの?」

二人でマジックしているビデオを見て、彼もマジックをするのでしょう?と疑問を投げかけるお姫様の口に人指し指をあてて黙らせる。

「それはもちろん、私だけのお姫様でいてほしいからだよ。」

「そうなの?」

「あはは。それに、快斗は学校だからね。」

私の休みの日と快斗が休みの日はほとんど一緒にならないからねと言う。

「そうだったんだ。じゃあ、いつか見せてね。息子さんも盗一さんみたいなすごいマジシャンになるんでしょ?」

「それはどうかな?快斗次第だからね。でも、お姫様がお望みならば、快斗を引っ張って連れて来てあげるよ。」

「無理やりにはいいよ?」

「大丈夫。優希に一度会ったら、きっと毎日会いたいって言うに決まってるからね。」

その時はそれの意味がまったくわからなかった。

でも、いつかわかるかなとその程度にしか思わなかったのだ。

「優希ちゃん。そろそろ出かけるわよ?」

「あ、はーい。」

母親と約束していた買い物。盗一にばいばいと手を振ってその場から離れる。

その背を見送ってた後、盗一の表情から笑顔は消えた。

「優作。」

「・・・何を考えてる?」

「そろそろ、決行しようと思っている。」

「・・・。」

何をとは言わずともわかっていた。

「・・・後のことは任せた。」

「・・・私はお前の言うとおりにはしないからな。」

これは困ったと言いながら、苦笑する盗一。そろそろ帰るよと上着を取る。

「気をつけてな。」

「心配してくれるとは珍しいね。」

明日は嵐になるねと言いながら、盗一は帰っていった。

そして、彼が再びこの家の敷居をまたぐ事も、優希と約束した息子と二人のマジックを見る事もなかったのだった。