「何故、お前等が・・・!」 逃げようとしても、もう無駄というものなのに、この男はまるでわかっていない そもそも、手を出してはいけない領域に入ったのだから、これははじめから覚悟の上でのことだと思っていてもらわないといけない やっておいて、自分だけ助かろうなんて、そんな虫のいいこと、あるわけがない 一発の銃声が部屋に響き、醜い叫び声が途切れる 最後の仕上げは終わった この件はこれで終わり そろそろ帰ろうか 大切なお姫様も、日常の中に帰ったはずだから 私達もまた、光の差さない闇の中へ お姫様の日常を脅かす、次の獲物を捕らえる為に 物語での秘め事 何だか、夢のようなあの晩から数日があっという間に過ぎた。 結局、優希と快斗と志保の三人は、黒幕であった男がどうなったのかは知らない。 次の日には、エリーと白鷺と姫華とジョディの姿はすでになく、双子と盗一から言わせれば、別の仕事でそのまま直行したということだった。 間違いなく、その男をどうにかする仕事だったに違いないと三人は思っているが、結局聞くことはできなかった。 ジョディに関しては、学校へ行けば普通に会えるので、心配になるのはエリーと白鷺のことだ。姫華は仕事があるといっても職業が職業である為にわからなくはないが、あの二人に関しては、仕事が何と考えれば悪い方向しか思いつかなくて、怪我をしないか心配になるのだ。 間違いなく、あの男の処遇をどうにかするのは、あの二人の仕事になるだろうから。 ちゃんと、お礼も言いたかったのに、お店に行っても休みの札がかかっていて、あれから優希自身も文化祭前で忙しくなって会えずじまいだ。 別に、彼等のうち誰が黒幕をどうしたかということを聞きたいわけではない。けど、知らない間に始まっていて、知らない間に決着がついているのは落ち着かないし、今回は優希自身にも原因があったのだ。 優希があの時逃さなければ、今回のことは起きなかったはずなのだ。 ちゃんと、真実を知りたかった。 双子と盗一には聞いてもやんわりと流されて結局知らないままでいる。ならば、一番話してくれそうな白鷺を捕まえるしかない。 彼は、優希が言う言葉に嘘で返すことはないから。 けれど、あれから見つけることができていない。間違いなく優希を守る『騎士』は側に存在していると感じていても、見つけることができないのだ。 それに、彼等が側に常にいることから、まだ何かあるのかと思ったが、そんな疑いは必要なかったかのように、あっさりと数日が過ぎ、優希達は文化祭の為にばたばたと忙しい日々を過ごし、結局今に至っている。 そして、文化祭前日になって、駄目元でやってきた店は開店していた。 そこには客が一人いたが、私に気付いて人懐っこい笑みを見せ、白鷺に礼を述べてまたねーと言いながら出て行った。 ちょっと、間が悪かっただろうか。 「いらっしゃい。」 けれど、入ってしまった以上、やっとあえたのだからここで逃したら次はいつ捕まえられるか分からない為にいつものようにカウンター席に座った。 「今日はどうしたんだ?この前から、ここへ何度か足を運んでいたようだし。悪かったな、仕事で店開けられなくて。」 「いいの。山宮さんが悪いわけじゃないし。」 ここに来ていたことを何故知っているのかは優希にはわからないけれど、知っているからこそ、今日はわざわざ店を開けて待っていたのだと推測できた。 けれど、今はそんなことを考えている場合ではない。何から話そうと悩む優希に出されたお茶に礼をいい、一口飲んだ。 「前置きとかはいらないし、世間話もあとでいい。『何が、知りたい』」 はっと、顔をあげ、視線を手元のカップから白鷺へと向ける。 「優希ちゃんが答えを望むなら、『優希ちゃんが関わる内容』で、俺が知ってる範囲で答えられるものなら何でも答えてあげる。」 優希の心を見透かすように告げられる言葉。 その言葉以降は、置いてある椅子に腰掛、持っていた本を取り出して読み始めた。 「あの日のことでも、あの男の行く末でも、魔術師と双子が口を閉ざしていることも。望むのなら答えてあげる。ただ、『迷っている』のなら、俺は『答えない』よ。」 本当に心から望むことに関してしか、答えない。望むのなら、答えてもいいと白鷺は思っている。 隠したところでいつかは優希には知られてしまうとわかっているということもあるが、白鷺は優希が望む問いかけに嘘を言うことはできないからだ。 双子は言いよどんで話すのを戸惑う。そういうところは、苦手なのだ。だから、優希も白鷺のところへ来たのだと白鷺自身もわかっていた。 あまりにも、告げるには誰もが隠し避けようとする内容である為、白鷺としてもあまり言いたくはないが。 まぁ、双子に関しては優希が望めば困りながらも最終的には答えるだろうが、どうしたらいいのかの対処はその辺あいつ等は苦手だし、優希も遠慮するから結局来るのは白鷺のところ。 魔術師やエリー相手では、さすがの優希でも口では負けるだろう。何せ、あれは工藤優作と対等に渡り歩けるような狸の仲間なのだから。 そうなると、優希が答え合わせの為に来る場所は決まってくる。 「あの日の朝、山宮さん達は昨晩の仕事の後片付けをしてた?」 「ああ。元からどうにかしないと、いくら片付けても散らかるだけだからな。」 優希の方を見ず、視線は持っている本に向けたまま答える白鷺。 「あの男、どうなったの?」 「知っても後悔はない?」 「ええ。ある程度、予測はついてる。それに、新聞の中で小さく載っていた放火の事件。あれ、よね。」 「その通り。あの男及び、数名の部下共々、『処理済み』だよ。」 わかっていても、やはり辛い。そうさせてしまう自分の力の無さを実感してしまう。 疼く好奇心の為に探偵でいるのも事実だが、大切な人を助けられる力になる為でもある。 それに、探偵は警察と違って、真実を暴くことはしても、逮捕することはできない。 だからこそ、身近にある犯罪を知りながら隠すことは、犯罪に手を貸すことと似た様なものだが、優希は捕まえることはできない。 それ以上にそうさせてしまう状況を自分が作ってしまっていることの方が辛かった。 「優希ちゃんが悪いわけじゃないよ。どんなに頑張っても、人の欲望は消えない。だから、何度も繰りかえされる。そして、何度も、争いは起こる。結局、全て人間が起こしたことだから、その責任をとるのも人間なんだ。」 そういう点では人はあまりにも学習能力がないからねという白鷺の言葉に、優希はうつむく。 一番、そういうことを実感し、わかっているのは白鷺だろう。今彼がこういう状況になっているのは、かつて人が犯した罪によるものなのだから。 「『質問』はそれだけ?」 「うん、それだけ。・・・もう一つあるけど、それはあの日と関係ない、私の私情だから。」 パタンと本を閉じ、やっと優希の方を見た白鷺。 やはり、この方がいい。辛いことを聞いているとわかっているけど、こっちを見ないで淡々と話されるのも辛い。 「それで、今日の『用件』は何?」 ここからは、ただの彼と私のやり取り。 「明日、文化祭があるの。」 「そうらしいね。」 「来て、ほしいと思って誘いに来たの。」 明日もしかして予定があった?と聞く優希に白鷺は「いいや、ない」と、答えた。 「無理に来てとは頼めない。けど・・・この前山宮さんを見かけたって蘭が言って・・・園子が・・・。」 何となく状況が想像できてきてしまった白鷺は、少し頭を抱える思いで、続きを聴いた。 「鈴木家のお嬢さんからのお誘いってところ?」 「うん。でも、私も来てほしいなと思って。」 せっかく会えるのだから、一緒に出かけたい。昔のように。 優希にとって、白鷺はただの知人でも自分を守ってくれる人でもない。家政婦でもない。 年の離れた兄のような存在なのだ。 「あ、そうだ。白雪さんでもいいから。」 「優希ちゃん・・・。」 そっちの方がかえって目立つし、白鷺としてはあまりその格好で外に出歩きたくないのが本音である。 しかも、学校と言えば、今では双子にジョディがいるのだ。絶対、変装したあの魔術師も現れるに違いない。そんな場所で、わざわざ笑いのネタにされるような状況に自らなってたまるものか。 「それに、舞台の最後に歌ってほしいなって。」 エンディングの音楽は白雪さんがいいわっ!という園子の言葉に聞いたことがある数名のクラスメイトが乗り、カセットで流すことになっている。 だが、出来ることなら本物の方がいいなという希望の元、優希もちゃんと舞台で歌う彼の歌を聴いてみたいと思ったのだ。 「えっと・・・学校と関係ない人が出ても問題ないわけ、かな?それって・・・。」 「学校も許可くれるわ。だって、校長先生が『白雪さん』のファンだから。」 あーもう、何か嫌だ。周囲全てが狸のいいように配置された人がそろってるみたいで。そんな白鷺の心情を知ってか知らずか、優希は続けた。 「忙しいならいいけど、駄目かな?」 何だか、少しだけ狸に見えた気がした。けど、白鷺は優希のお願いは断れないのだ。結局、そういう風に使われる運命なのだろう。 「わかった。けど、舞台袖でカセット流すんじゃなくて生で歌うってだけで、俺は舞台に出ないから。」 「うん。」 近くで見れるのならそれでいい。それに、双子も彼の歌は褒めていたし、聞くのは好きだと言っていたから彼等にとっても楽しめる。 「・・・それで、クラスメイトにも白雪は会うことになるのか?」 「数名よ。けど、見てみたいって人多いから、全員揃ってるかもしれないけど。」 「・・・。」 「ギリギリまで、俺のままで文化祭いたら駄目か?」 「私はどっちでもいいよ。明日来てくれるなら。きっと、快斗さんも驚くよ。」 白雪さんの歌は世界一だから。 うれしいが、あまり褒めてもらえてる気がしないのは何故だろうか。 けれど、結局白鷺は優希には甘いのだ。だから、二度とならないというか、最初から一度もなる気はなかったのに戸籍までできてしまったもう一人の自分に明日はなるのだ。 文化祭は賑わっていた。それだけ人の出入りが多く、関心が無ければ見られるはずはない。 それぐらい、周囲はころころと早送りビデオのように移り変わる景色があったのに、かなり目立ってしまっている。 優希が隣にいるのも原因だろう。蘭が隣にいるのもさらに原因であるだろう。 二人は学校でも目立つ人種だからだ。その事を忘れていた。 「・・・控え室着いたら、歌うから、それを録音して終わりじゃ駄目かしら。」 一応、白雪としてなので口調はそうなってしまう。 「私はそれでもいいけど、でも、カセットで録音って何か味気ないと思わない?」 所詮は機械で、本物には勝てない。わかってはいるが、出来ればもう帰りたいというのが白鷺の本音である。 「・・・『快斗さん』と『ジョディさん』は控え室にいるの?」 「いえ、確か、もしもの為にって黒羽先生は保健室に待機してて、ジョディ先生も同じような理由で人手が必要な時のためにって待機してると思いますよ。」 蘭の答えに、白鷺は少しだけ考え、寄って来てもいいかなと言う。 「毛利さんは優希ちゃんと一緒に先に行っててくれるかしら?」 「あ、はい。」 「白雪さん・・・。」 「大丈夫よ。後で必ず行くから。・・・どうせ、魔術師と双子もあそこにいるだろうから、しなきゃいけない話があるから先に行ってて。」 後半は優希の近くで小さな声で言う。 「また後でね。1時間して戻らなかったら、悪いけど携帯に連絡入れてくれるかしら?」 「わかった。」 そうして白鷺は二人と別れ、保健室の方へと向かった。 相変わらず視線がこちらを見ているが、気にしたそぶりを見せず、保健室の『方』へと足を進め、通り過ぎた。 視線の中に混じる、故意に訴えかけるその視線の主に、その場には姿が見えないが声をかけた。 「・・・何の用?」 「本当、見事な変身ですね。」 「アンタもそうだろ。紫闇。今日は一人か?」 すっと姿を見せた紫闇に一緒にいない姉が学園祭の役で目立って動けないことがわかっていて、確認をする。本当に、今いるのは紫闇か、と。 そして、何か企んでいるのではないかと警戒もする。 だが、視線から、何か言いたそうではあったので、わざわざ一人になったのだ。出てきやすいように。 「別に、山宮さんに何か仕掛けるってことは、今回ないですよ。」 過去に、騙したような形で仕事を手伝わせたりといった前科があるため、警戒されても仕方ないと紫闇は思っていたりする。 なので、警戒心の塊の白鷺に一定距離以上近づかずに話を続けた。もちろん、狸仕込みの笑みつきで。 「どうやら、『侵入者』がいるみたいです。『魔術師』が捜索してます。・・・舞台では、気をつけて下さい。」 今回は、本当に連絡だけですよと言って、紫闇はそのまま姿を消した。 「・・・侵入者、ね。」 ガラガラと、ちょうど通り過ぎた保健室の扉が開いた。 「山宮さん。」 今朝、優希から聞いていた快斗が白鷺の気配に気付いて声をかけたのだ。 一応、今は白雪なので、どう声をかければいいのかと悩んだ末に、快斗は山宮さんと呼んだが。 「こんにちは。」 振り返り、白鷺は控えめながらも笑顔で挨拶をした。 快斗としては、あの日の晩の彼を知っているなだけに、変な感じだ。 「双子から、聞いてますか?」 「『何を』と聞いても?」 「侵入者について。」 「一応、それは聞いてます。」 「なら、一応警戒しておいて下さい。もし何かがあれば、保健室は混雑するかもしれませんから。」 何が起こるかわからない。その最悪の事態に備えて対処するのが自分達の仕事だ。 「貴方にも、こちら側の人間であるため、人手として来てほしいところではありますが・・・何かあった時に対処するために部屋を確保することも必要なんで、周囲で気付いたり、異変が起こらない限り、大人しくしてて下さい。」 すっと差し出すペンダント。 快斗はそれを受け取り、何だと目で訴えかければ、『保険』のようなものだと白鷺は答えた。 「『保険』ね。」 快斗は夜の職業柄から、これがどういう仕掛けが施されているのかわかるからこそ、保険という意味もなんとなく想像はつくが、何となく受け取るのは複雑である。 全て、筒抜けになってしまうのを認めた上で、これを持つことになる。その為には、快斗にとってまだ白鷺を信用できる人間とは把握できてなかった。 「別に、持っていなくてもいい。ただ、それがあれば、アンタも優希ちゃんに何かあった時、優希ちゃんの場所がわかる、という点では持っていて損はないと思うけど?」 「何・・・?」 「優希ちゃんには、俺達がちゃんと説明した上で、発信機を持ってる。もしもの時以外は使わないという約束の上で、ね。」 快斗には初耳だったし、今までまったく気が付かなかったことに舌打ちした。 「ちなみに、それはアンタの父親の作品だから、壊したらあの人に言ってくれ。俺は直せないから。」 そう言って、ちょっと待てと父親のことを出されて慌てて止める快斗の声を聞かず、保健室をあとにした。 「本当、いろんなものをひきつけすぎだ。」 携帯を取り出し、電話をかける。 「・・・体育館内、本館1階玄関付近、本館2階喫茶店付近、第二校舎1階入り口付近にそれぞれ一人いる。他は随時見つけ次第連絡入れる。」 それだけを言い、相手からの返事を待たずに電話を切った。 それでも問題はないのだ。誰からかがわかり、内容が伝えられれば、相手はそれに対応してくれるとわかっているから。 「俺は今回、狩りはできそうにないな。」 『今日はまだまだこれからですよ?』 「わかってる。」 頭に直接響く声に、小さく答え、優希達が待つ控え室へと向かう。 『また、現れた。今度は三人。大事なお姫様の舞台の邪魔にならなければいいね。』 その声に、俺は邪魔をするのなら排除するつもりでいた。 どうせ、出番はほとんどない舞台の最後だけなのだから。 舞台が始まり、優希や里杏達の演技を、舞台の端から白鷺は見ていた。 なかなか、里杏も演技が上手く、FBIの生活の中で演じることをいろいろ覚えたんだろうなと考えていた。 「白雪さん。」 「鈴木さん。どうかした?」 振り返り、声の主に聞くと、にっこり笑って園子が近づいた。 「でも、本当に来てもらえるなんて、思わなかったです。」 「・・・。」 「あ、私はどっちでもいいですよ。それに、誰にも聞こえませんし。」 「そういうところから、油断という失態が生まれるから、外にいる限りは私で通すわ。」 むしろ、この格好で白鷺のままの声と口調では明らかに変人じゃないか。 「やっぱり、今日来たのって、優希、ですか?」 「そうね。私は優希ちゃんのお願いは断れないから。」 「断れない?」 「別に命令じゃないわよ。私が優希ちゃんに甘いだけ。」 「何か、ズルイ気がしてきました。」 私の側には甘やかせてくれる使用人はいなかったからという園子だが、別に嫌いではなかったのだろう。怒っているのではなく、呆れてるという感じだ。 「この前だってね、そんなことしてはいけません!って。せっかくこの園子様が手料理をご馳走しようと思ったのに!」 ちょっと、なべを壊しただけなのにというが、それが十分心配する要素だろうに、白鷺はその使用人達に同情した。 「怪我、してほしくなかっただけなんじゃないの?それも、結構甘やかしてるわよね。」 「でも、白雪さんみたいな、お願いしたらそのお願いを聞いてくれるような甘やかしてくれる人はいないわ。」 間違えないでねと園子はいい、「お金でほしい物を何でも頼んだら与えてくれることじゃないから」と言った。 「私の場合、側にいてほしいと願っても、馴れ合いはできないっていうのよ。」 ただの世話係りがほしいわけじゃないのに、雇われの身だからとか、お嬢様だからとか、ご主人様にとか、そんな理由で本音でぶつかってくれる者達はいない。 常に誰かがいても、結局一人なのだ。 確かに、家族はいたし、家族は皆優しかった。時には厳しかったけど、それで怒られて腹を立てたりもしていたけれど、大好きだった。 全部、園子自身をちゃんと見ていてくれたから。 「でも、私のこと、ちゃんと向かって物を言う人もいたのよ。だけど、いなくなったの。家のごたごたで、殺されちゃった。」 やっと、現れたと思ったのに。その矢先に奪われてしまった現実に、あの時は突然すぎて涙すら流れなかった。 けど、気付いてたのだ。まだ幼くても、どれだけふざけてみせても、どうしても見えてしまうようになったのだ。 彼女は、園子に近づいた本当の狙いは鈴木財閥のお金であり、裏切り者であるということに。けれど、園子は考えが変わってくれるかもしれないとどこか思っていたのだ。 その結果、彼女は園子が望むように心を変えた。だからこそ、やめようと仲間に言ったのだ。その結果、仲間割れが起き、その相手に殺された。もちろん、殺した犯人は逮捕された。最後まで彼女が仲間だと言うことは誰にも知られることなく、殺された被害者として名前が残っただけだが。 もし、自分が騙されたままでいたら、彼女は死ななくて良かったのではないかと、何度も思う。 「こんなこと、白雪さんに言うことじゃなかったわね。ごめん、忘れて。というか、私こんなキャラじゃないわね。」 何やってるんだろうと言う園子に優希にしたように、頭をポンッと撫でる。 「そういう気持ちをちゃんと知ってて、ちゃんと心からの本心を友達にも言えて、友達をわかってあげられる鈴木さんはすごいと俺は思う。」 白鷺は白鷺のままで、その言葉を伝えた。 人は、なかなか本心を告げることはできない。明るく振舞っていても、物静かで一人でいても、どこか支障がでてくるのだ。本当に本心からでないと、無理が募って心が耐えられずに病んでしまうから。 だけど、本心のままでい続けることも、難しいのだ。どうしても仮面を被ってしまう。だからこそ、本心のまま真っ直ぐに生きる人は珍しい。それがよい方向と悪い方向の二つに分かれるが、園子の場合はよい方向だろう。 「俺としては、鈴木さんが優希ちゃんの友達で良かったと思ってるけどね。優希ちゃんの持つ孤独、鈴木さんはわかるだろうから。」 裕福な家で育つ時に生じる孤独は、同じ経験を持つものでないと理解され難い。 だからこそ、園子は優希を理解できると白鷺は思っている。多少、環境が違っていても、一人という寂しさをわかるという点だけでも、ほっとするのだ。 一人じゃないんだ、と。 本当に一人だと思い込めば、そこから出て来れなくなってしまう。 蘭も、その点では母親が家を出たということで、寂しいという経験はあるので、一人置いておかれるという気持ちは、三人それぞれ形は違えどもある。 だからこそ、大切な友達になれる。相手を思う気持ちがあり、傷つける痛みや置いていかれる寂しさを知っている。そして、失う寂しさを知っているから、友達になったら裏切ることだけはしないでいたいと思う。 三人は、裕福な家の子どもだから友達になるという、上辺だけの関係ではないのだ。 「もう、何か優希の奴がうらやましい。というか、白雪さん話させるの上手すぎ。」 泣きそうになる涙を押さえ、笑顔が戻る。 「もちろん、私は優希の友達だもの。隠してたって、わかるんだから。」 「もし、何か抱えていたら、助けてあげてほしいの。私から見ても、いつも無茶ばかりするから気が気じゃなくてね。」 白雪に戻っていることに少しだけ勿体無いと思いつつも、少しだけすっきりした園子は元気よく言う。 「任せて。無茶しようとしたら、速攻とっ捕まえて、聞きだしてやるんだから。」 「それは頼もしいわね。」 丁度その時、舞台から音が途切れ、次の幕に入る為に役者が舞台から降りてきた。 二人で何話してたのかと寄ってくる優希に、秘密と言えば、むっと剥れて文句を言う。 別に本気で知りたいと思っていないのはわかっていたので、白鷺も答えない。言わなくてもいいことだと優希が思っているからこそ、白鷺は答えない。 ある意味、依頼人の秘密を守るということと、これは似ている。 「次は、どんなシーン?」 「私と蘭さんと向こうの彼よ。後、途中で向こうの彼女達も、だけど。」 「忙しそうだね。」 「ええ。大役もらっちゃいましたから。」 何だか、園子との会話より、里杏との会話の方が逃げたくなるのは何故だろう。 「頑張ってね!次も大事なシーンだから。」 「もう、その応援の仕方はかえってプレッシャーになるわよ。」 次失敗したら園子のせいなんだからと言いながら、蘭は里杏達と舞台へと戻った。 「山宮さん。」 「何?」 「私が聞かないことは教えてくれないのはわかってるけど・・・無茶だけはしないでね。」 「努力はするわ。」 「・・・。」 じーっと見てくる優希にどうしたものかと考える白鷺。 「昨日のこと、覚えてる?」 「ええ。」 「あれから何もないから、もう全部片付いたのかと思ったけど・・・。」 「・・・あの日のことは全部片付いてるよ。」 「じゃあ、今日は、別の何かがあるの?」 その問いかけに白鷺は口を閉ざした。 「舞台の上で、視線を感じたの。舞台を見ている視線なんかじゃなくて、狙うような視線。・・・誘拐された時に、よく感じた視線。」 じっと、教えてと、訴えるような目で見れば、観念したのか、白鷺が口を開いた。 「・・・まったく、困ったお姫様ね。それ以上に、そういう視線を隠さない馬鹿もだけど。」 ふぅっと俺は一息つき、優希に告げた。今度は、本心から知りたいと思って口にしている言葉だと白鷺はわかっていたからだ。 「この学校に侵入者がいる。侵入者というのは、私達から言えば、優希ちゃんやおじ様の生活空間に入り込んだ悪意を持って接する可能性のある者達のこと。つまり、学校やおじ様でいうと、パーティ会場に入って命を狙う者達のことね。」 「この学校に・・・?」 「ええ。優希ちゃん、貴方を狙う馬鹿がきたのよ。狙いはまだ不明。」 「どういうこと。」 「どっちの方向かわからないから、ね。」 お金が目的なのか、優希自身を狙っているのか、工藤優作という人間への脅しか。どれも当てはまってしまうような相手だからこそ、困っているのだ。 「でも、誰かっていうのはわかってるのね。」 「ええ。」 優希は少し考え込み、それは秘密裏に対処しなければいけないことかと問いかける。 それに、白鷺は優希が望むならどちらでもいいと答えた。 「じゃあ、蘭と園子。あの二人には話してもいい?」 「いいわよ。彼女達なら、聞いても慌てて問題起こすようなことはしないと思うから。」 「良かった。」 蘭と園子にだけは、何かあればなるべく隠し事はしないようにしたいと決めてたからと言い、二人は優希にとっていいように影響を与えてるんだと白鷺は思った。 舞台の演技は終盤に差し掛かっていた。 誰もが静に見守る中、それは起こった。 悲鳴と共に倒れる人。ざわざわと騒ぎ出す観客。里杏は優希を守るように前に立ち、騒ぎの元へ目を向ける。蘭や他の舞台上の者達も何事かとそこに目を向けた。 「し、死んでるっ、死んでるわっ!」 「智美―!」 そう、殺人事件が起こったのだ。 すぐさま警察に連絡され、誰一人体育館から出ることなく、到着を待ち、警察がそれぞれ客や舞台の者達に話を聞きまわっていた。 「こんにちは、目暮警部。それに、高木さんも。」 優希は見知った警察に声をかける。すると、相手も驚いたように目を見開き、それでも親しい知り合いに会ったようににこやかにはなしかけてきてくれた。 「おお、優希君じゃないか。もしかして、舞台は優希君の演目だったのかい?」 「ええ。終盤入って少ししたところで悲鳴が聞こえて・・・あのとおりです。」 「そうか。」 舞台上や舞台裏から、何か不信なことに気付かなかったかなど、順番に聞く目暮と高木。客には千葉を含め、数名の部下達が走り回っていた。 そして、できればこのまま姿を消しておきたかったが、それでは明らかに怪しまれ、余計にややこしいことになりそうなので、白鷺は大人しく呼ばれるまで舞台裏で座っていた。 「次は・・・おや、高校生じゃないのか?担任か何かか?」 明らかに、白鷺はこの学校の生徒には見えないだろう。 「いえ、彼女は私達が呼んだゲストなんです。もちろん、無償で。」 ねっと言う園子に白鷺ははいと答えた。 「まさか、本物・・・?」 高木が反応を見せる。本当、この刑事はこういう方向に関しては詳しいと思う。アイドルやアニメなど・・・警察って結構暇なのだろうかとたまに思う白鷺である。 「知っとるのかね、高木君。」 「知ってるも何も、有名じゃないですか!素性一切不明のピアニストですよ、彼女。しかも、ボランティアで出演料とかとらないんで、だいたい病院とか保育園のイベント日みたいな時に自ら志願して来るんですよ。」 今まで、宣伝もされないからいつどこでやるのか一切わからなくて、偶然という中で出会うものなのだとうれしそうに話す高木。 「そうなのかね・・・。それで、今日は自ら志願してここへ?」 「いえ。工藤優希様のお願いにより、参加させていただいているだけですわ。」 「?!」 驚く二人の顔に、笑みを浮かべて山宮は続ける。それに、優希はどうしてという感じで白鷺を見るが、今は知らないふりをする。彼に何か考えがあってのことだろうと、思うことにして。 「私、工藤優作様に雇われております、優希様の世話係りの神宮白雪と申します。いつも、優希様がお世話になってます。」 丁寧に対応する白鷺に、頭の整理がつかない目暮と高木。 「申し訳ありませんが、私の素性に関しては、警察の方々にお教えすることはできません。これが、優作様に雇われた際の約束事でして・・・すいません。」 いきなりそういわれれば、明らかに怪しい。 「全ては、優希様をお守りする為、私に課せられた仕事を全うする為、私と言う個人の意思は存在しません。もし不都合がありましたら、主である優作様にご連絡していただければ、私の身元ははっきりすると思いますわ。ですが、私の口からは、私のことは一切言うことは禁じられておりますので。」 「いや、別に身元がどうとかじゃなく・・・高木君。」 「優希ちゃんの知り合いなら信用できるから大丈夫ですよ。」 にこやかに返事をしながら、本物だーとかなりうれしそうな高木に、佐藤さんに他の女に見とれてたって言うわよと、優希が心の中で思ったのは内緒だ。 「しかし、どんなことがあろうとも、怪しいのなら疑え。それが捜査の基本だと思いますが。」 本当にそれでいいのかよと思いながら、白鷺が最もな疑問を口にする。 「だが、神宮さん、アンタにはアリバイがあるだろう?」 「そうですね。それに、動機もありませんから。何より、優希様にご迷惑をおかけするようなことはしませんから。」 「なら、はじめから問題外だろう。それに、犯行の動機があるのは被害者と一緒にきていたあの四人の誰かだろうしな。」 「そうですね。誰かというところまでは絞れませんが、全員動機はありますし、状況から考えて、誰でも犯行は可能であったといってもいいでしょう。」 そこまで言い、優希は考え込む。すでに事件の謎について好奇心が支配しているのに気付き、白鷺は苦笑する。 「とりあえず、犯人が四人に絞れている状況だとしても、他のお客さんを出さないようにして下さいね、刑事さん。」 「ん?なぜかね?」 「実は、この中に別の事件に関わる者・・・正確には、これから起こるであろう犯罪の実行犯がいるかもしれないからですわ。」 そっと、耳打ちすれば、はっとした顔をしながらも、すぐに表情を引き締め理由を聞く。 そういうところは、ちゃんとまともな刑事で、そんな知り合いがいるのは頼もしい限りだと白鷺は思うのだった。 「実は私、今回この文化祭での仕事の裏では、優希様を狙う動きがあると知ったからこそ、口実として来たのですわ。ですから、私としては事件の犯人だけではなく、優希様を狙うお馬鹿さんの捕獲もしておきたいのですわ。」 「成る程。わかった。・・・高木君、ちょっといいかね。」 高木に簡単に話し、指示を出した目暮に、これでこの中にいる馬鹿は警察の目が届く範囲で監視されることになるので、当分動かないだろう。 『あまり、演技をするのは嫌いだったんじゃないのか?』 『ああ。だが、仕方ないだろう。それに、紫闇と魔術師はまだここから離れた場所にいる。』 『そうだね。でも、その代わりといっても何だが、外にいる馬鹿の始末は済んだみたいだが。』 楽しそうに笑う、頭に響く声の主にいらいらしながら返事を返す白鷺。何度体験しても、直接存在しない相手からの声が聞こえるというのはあまりいい気分にはなれない。 「白雪さん?」 どうしたのと心配そうに見上げる優希に、謎を考え込む世界からいつの間にか戻ってきたことに驚きながらも、何でもないと答えた。 「事件、真実はみつかりそうですか、優希様。」 「あ、うん。あと一つ、足りないものが見つかったら・・・。」 「左様ですか。」 「白雪さん・・・どうして、そんな話し方するのかわからないけど、何か、嫌だ。」 悲しそうにする優希に同じように悲しくなってきて、周囲を確認して俺に戻って話した。 「俺は、あまり周囲にどんな人物か把握されるわけにはいかない。だから、俺は俺であることを偽る。とくに、警察といった機関に属する、優作さんが雇う形になってる者達以外にはね。」 「・・・じゃあ、事件に関わろうとしていることを怒ってるわけじゃない?」 「そっか。そう思ってたのか。別に、俺は怒ってないよ。謎に挑んでいる時の優希ちゃんは、いつも以上に輝いてて、好きなことをやってるときの姿、俺は好きだから。」 よしよしと頭を撫でれば、少しだけ不満が残っているようだったが、一応は納得してくれたようだった。 「でも、『日常』に戻ったら、優希様なんて、呼ばないでね。」 どうしても、好きになれないから。とくに、白鷺達、家族のように思える人達からそう呼ばれるのは寂しいのだ。 「わかりました。・・・さぁ、あまり時間をとっては大切な証拠がまた一つ失われてしまうかもしれませんわ。」 「そう、だね。」 もう、ほとんど答えは見えている。だから、あとは最後の絶対的なものを見つければいい。 迷いなく戻った優希を見送った後、白鷺はちらりと、客席の一番奥を見た。 『あれ、だな。』 「そろそろ、こちらも狩りの時間か。」 ずっと、優希だけではなく、白鷺にも向けられた鋭い視線。これで、お金目当てであるということは消えた。 あの視線は、単純にお金目当てのものではない。もしそうなら、護衛が側についてる優希じゃなく、動き回って一人になる可能性もある鈴木園子でも問題ないはずだ。 白鷺は携帯を取り出し、相手に気付かれないようにそれ以上見ず、連絡を入れた。 『残りはこちらでどうにかする。』と。 事件は、優希がトリックを解き明かし、犯人を言い当てた。 反抗理由は、まぁどこにでもあるようなお決まりパターンの一つで、白鷺にはその結果はどうでも良かった。 そろそろ、痺れをきらしているであろう、お馬鹿さん達が動き出すころだ。 せっかくの計画が、他の殺人事件によって壊れ、警察まで来てしまう始末。その上、白雪という護衛が側にいたという、予定外の出来事も起こっている。 しかも、他の仲間との連絡が取れないことは彼等もわかっているからこそ、気付かれるのが時間の問題だということぐらい、わかっているはずだ。 そして、事態が大きく動く。事件の解決により、開放される客が動き出す。その時、客の出入りの流れで、もう一つの事件の犯人の鞄が床の上に散らばった。 「なっ、高木君、彼をいますぐ捕らえるんだ!」 出てきたのは、拳銃だ。男も慌てて逃げようとするが、あっさりと掴まる。そうすれば、仲間と思われる残りの二人も警察に目をつけられる。 「くそっ・・・動くなっ!」 思い切り、お決まりの展開である。 「白雪さん。あれ、いいの。」 「問題ないわ。」 「・・・へぇ。」 こそっと話しかける里杏に白鷺が返せば、優希に何か合った時守るということだけを考え、あの三人のことは関わらないと言うかのように、それ以上何も言わなかった。 「あの人達が?」 「ええ。他の人達はすでに捕獲して警察にお届けしているころよ。」 「・・・。」 しかし、彼等が簡単に警察に捕まると白鷺も里杏も思っていなかった。 だからこそ、どこでどう動くかが問題なのだ。 「無駄な抵抗はやめなさい。こんな場所でこんな騒ぎを起こして、君たちは何を考えているのかね!」 「そうだぞ、銃を降ろして大人しくしなさい。」 「うるせぇ!全員、床に寝そべって手をあげろ!」 「君たちっ!」 「死にてぇのか。」 これ以上、犯人を興奮させてはいけないと思ったのか、二人はひざをつき、手を上げ、様子を伺った。 「他の奴等もだ。」 「でも、これだけたくさんの人達がいる中で、やるようなことじゃないわ。」 突然の白雪の言葉に、全員の視線が向かう。 「警察を中に入れておくだけで、貴方達の状況は悪くなっていくと思うけど?」 「っ・・・うるせぇ!黙れ!」 威嚇するかのような射撃により、室内に音が響く。弾は誰にも当たらなかったが、危ないことこの上ない。 「あまりいらいらするのはいけないわ。それに、客という人がたくさんいる今の状況、あまり貴方にとっても動きずらいんじゃないのかしら?」 「・・・。」 「だって、貴方の狙いは、『私』でしょう?」 なら、逃げも隠れもしないから、お話しようじゃない?と、挑発的に言う白鷺にあたふたする優希。 その言葉に、周囲がざわめき出す。 「私は貴方達のこと、まったく知らないけど、私に向けるその視線が物語ってるわ。誰が狙いなのか。」 これでも、ただピアノ弾いて歌ってるだけじゃなくて、ちゃんと主の護衛の仕事もしてるのよと言ってやる。 「あの男の周囲にいる『女』に心当たりがなくてな。娘なら知ってるかと思ったが、お前があの男の側にいたのなら、問題ない。お前なら、知ってるだろ。」 「半分当たり、というところかしら。」 嫌味ったらしく相手を逆なでするように笑みを浮かべれば、怒りという感情が表れてくる。 「私と話をしたいなら、客は全員外へ解放っていう条件を飲んでくれないかしら?」 「・・・。」 「私は、優作様の命令により、私に関わることは一切口にしない、という条件があるの。優希様を守る上で、私の存在を散策されて最悪の事態にならないように、という名目でね。・・・だから、これだけ無関係な方達がいる状況じゃ、私は何も話すことはできないわ。」 「わかった。全員、今すぐ外へ出ろ!警察もだ。」 その声と共に、とりあえず一般人の安全が先だと警察は動く。そして、扉を全て閉めるように言われ、それに従い、中に残ったのは犯人と白鷺、そして優希と里杏だった。 そう思っていたのに、何故か蘭と園子も残っていた。 「・・・貴方達。」 「怖いけど、でも、優希を置いていけないし。」 「でも、月城さんはどうして?」 「単に逃げ遅れただけですよ。」 「私は白雪さんを置いていけない。邪魔はしないけど・・・止めないけど、手出しはする。」 「言ってること、ちょっとあべこべじゃないかしら?」 とりあえず、里杏に三人のことをお願いと小さく耳打ちした。 「それで、ご用件は何かしら?」 少しだけ三人がお互いを見ながら考え、やがて一人の男が話し出した。 「お前が、工藤優作の裏に潜む『紅い天使』か。それとも、『氷の女王』か。」 「知っているけど、『違う』わ。」 「そうか。なら、死んでもらう!そうすれば、自然とあの男にも、あの女共にも耳にするだろうからな!」 銃を向ける三人を冷ややかな目で見る白鷺。 本当に、馬鹿だと思いながら、舞台から降りた。 「私は確かにあの二人とは違うわ。けど・・・・・・『俺』は優希ちゃんを危険に巻き込む馬鹿は嫌いなんでね。」 急に変わる声音に戸惑う三人。そして、脳裏に浮かぶ黒い影。 「まさか、お前・・・っ!」 白鷺の名を言葉にする前に意識が途切れる三人の体は、糸の切れた操り人形のように簡単に床の上に崩れるように倒れる。 「本当、いつ見ても鮮やかな手際で、反対に腹立たしいわ。」 里杏の急な言葉に、蘭と園子が状況をつかめずにいると、舞台裏から誰かが出てきた。 「そりゃあ、彼をここまで仕込んだのは並大抵の奴じゃないからね。」 若い、不思議な雰囲気の男。それが黒羽盗一だということに二人は気付くはずもない。 「こいつら、警察に手渡しもいいわけ?」 すでに、白鷺を知っている者達しかいない為、口調を改めるつもりがないのか、格好に似合わず男の声である。 「その格好でその声はいただけないね。とりあえず、警察ではなくこちらが引き取るという形で警察には連絡するよ。裏から来て取り押さえた、っていうことで。」 「で、結局のところ、目的はあの二人への恨みっぽかったけど・・・もっと言えば優作さん?」 「そうだね。彼は人を小馬鹿にする態度が癖みたいになってるからね。よく敵を作るんだが・・・。」 「作りすぎだろ。」 「ははは・・・それを私に言われても私にはどうにもできないからね。」 白鷺と入れ替わるように男達に近づき、白鷺は優希の側へと戻った。 「それにしても、綺麗にやったね。」 手際よく三人を縛りあげ、ドアを少しだけあけ、警察数名を中に入れて話をつける盗一にこれで今日は終わりかと思った矢先だった。 『もう一人。入り口の外にいるよ。』 その声に、はっと白鷺は視線を優希から外へと向ける。 野次馬集団が外に見える中に一つ、キラリと鈍い光を放つそれがこちらへ向けられていた。 「里杏っ!全員物陰に隠れて!」 二発の銃声が響き、外にいた女を変装した盗一がすぐに捕らえる。 「白雪さんっ!」 「つ、月城さんっ!」 里杏は側にいた蘭と園子を素早く舞台袖へと押し倒し、白鷺も側にいた優希を庇った。その結果、白鷺と里杏は弾を掠めた。 「大丈夫。とりあえず、優希ちゃんにお願いがあるんだけど。」 「無理しないで、血が出てるわ。」 「あの二人のこと、お願いしたいの。ここにいちゃだめだわ。」 怪我の痛みなど感じさせないぐらい、いつもと変わりのない笑顔でお願いされる。 「でも・・・。」 「ここの保健医はそんなに当てにならない腕なの?」 「そんなんじゃ・・・。」 「それに、学校ならもう一人、治療のスペシャリストがいるでしょ。」 「でもっ!」 「ほらほら、私より向こうが問題だから。」 足を撃たれてその場に崩れるように倒れている里杏の姿を視界に納め、どうにかしたいけど、このまま離れると白鷺がどこかにいってしまいそうな気がしてならなかった。 「どうしよう、優希っ!」 「ほら、二人のこと。宥められるのは優希ちゃんだけだと思うわ。」 応援として、変装した紫闇がきたからか、男達と女のことを任せ、盗一がこちらへ来た。 「・・・結構、いったみたいだね。」 優希には聞こえない大きさで言う。 「アンタの時に比べれば可愛いものだと思うがな。」 「それを言われると辛いね。」 盗一は里杏の足を止血し、肩に担ぎ上げた。 「彼女、大丈夫なんですか?」 「ああ。これなら大丈夫。落ち着いたら、保健室に来なさい。必要なら、話をした方がいいと思うからね。」 そう言い、優希に視線を一度だけ向け、背を向けた。 「君は歩けるかい?」 「ああ。」 「でも、無茶されても困るしね。」 上着をかけ、血が見えないように隠したら、いきなり白鷺も里杏と反対の肩に担ぎ上げた。 「なっ・・・アンタ・・・。」 「大人しくしていてくれないかい?一応、今は『女性』だろう?」 「・・・。」 盗一からの連絡か、裏の入り口にはジョディがいて、扉の開け閉めは彼女が行なってくれた。 だから、両手が塞がることはこの男にとっては問題がなかったのだろう。 「私の経験談だが、いくら怪我に強くても、痛いという感情は消えないだろう?だから、痛いということを隠してはいけないよ。何せ、お姫様がもっと痛そうにして悲しんでしまうからね。」 「・・・わかってる。こんな時だけ、年長者ぶってるんじゃねーよ。」 「こんな時だけじゃないよ。私は常に君たちからすれば年長者だからね。まだまだ、君とて、私から見れば子どもだ。」 腹立たしいことこの上ないが、事実には違いないので白鷺はそれ以上何も言わず大人しく運ばれるのだった。 保健室に入れば、すぐに快斗が応急手当に入った。あまり、病院関係に関わりたくなかったため、後日志保か姫華に治療してもらうということでの、それまでの応急手当であるが。 もちろん、自分の父親が変装して二人の人間を肩に担いで入ってきた時は、さすがの快斗もポーカーフェイスどころではなく唖然としたが。 「それで、いったい山宮さんに飲ませたアレ、何なんだよ?」 「あれかい?睡眠薬だよ。」 「・・・いいのか?」 「ああ。彼の場合、治療とかするより、寝てる方が治るからね。」 はっはっはと笑う父親に本当かよと半信半疑の快斗。本当に、父親が生きていたという事実はうれしいが、日常の中に紛れるようになってから戸惑うことばかりで何だか気持ちが悪い。 「でも、実際そうなんだよ。だけど、彼の場合、そういう時に限って起きてようとするからね。」 本当に困った子だと、眠る白鷺の方を見る目から、ふざけていないことを感じ取り、今はそれでいいかと判断を下す。 「情けないです。」 「そんなことはないよ。反対に、私がもっと気をつけていなければいけなかったんだから、情けないというのなら私の方だ。」 「そんなことありません!あれは仕方なかっ・・・っつ。」 飛び起き、足に入った力によって傷が痛み、最後まで言えず布団の中に戻る里杏。 「無茶したらだめだろう?それに、君が言うように、ある意味仕方なかったことだ。けど、君は一般人を守っただろう?その結果じゃ駄目かい?」 「・・・。」 「何か気になることでも?」 「守れてません。きっと、擦り傷はあると思いますから。」 「それも仕方ないだろう?一瞬の中で、咄嗟に動けることなんて数少ない。君がそうしないと、射程範囲に入るかもしれないという判断から急いで二人をその範囲から出すことの方が重要だったんだろう?」 擦り傷で済んだことに対して、喜ばないといけない。怪我をしているので喜ぶというのは少しおかしいかもしれないが、自分達がいるのはかすり傷ではすまない事態に陥ることだってある場所にいるのだ。 実際、里杏は足を撃たれて、しばらく歩く度に痛みを伴うことだろう。 そう考えれば、彼女達二人がそうならなくて良かったと思えばいい。 「誰のせいでもない。君は、優希ちゃんの大切な友達を、君にとっても一緒に同じ場所で過ごした人達を守りたかった。その気持ちに嘘がないのなら、彼女達だって、擦り傷でどうこう文句を言わないだろう。君が守りたかった人は、そんなことで文句を言うような人かい?」 「・・・違います。お人よしです。」 「なら、情けないとか考えず、心配してもうすぐしたら来るだろう彼女達を安心させてあげる方が大事じゃないかい?」 「そう、ですね。」 ちょうどその時、控えめにノックする音が二度室内に響き、扉が開いた。 「来たんだね。おいで。」 手招きする快斗に、優希と蘭と園子は静に中に入り、勧められるまま椅子に座った。 「あれ、ジョディ先生は?」 「ちょっと席を外しているよ。ここに誰も人が入らないように手配してくれるように頼んでおいたんだ。」 「そうなんですか。」 「あのっ!」 そんなことが知りたいわけではない園子は前降りも飛ばして、問いかけた。里杏は大丈夫なのか、と。 それに、快斗は笑みを浮かべて大丈夫だと答えた。 「今、カーテンが閉めてあるベッド二つあるけど、あそこに二人がいる。月城さんは目を覚ましたから、連れてきた・・・男の人覚えてる?あの人と話をしてるよ。」 「良かった。」 「あの、話できます?」 「ああ、月城さんは話できると思うよ。でも、神宮さんのところには入らないでね。寝かせておいてあげたいから。あの人、近づくともしかしたら目を覚ますかもしれないから。」 「ひどいんですか?」 「怪我は問題ないよ。大人しく寝てもらう為に睡眠薬飲んで寝てるだけだから。」 起き上がろうとして困ったからねと言えば、三人はそれぞれほっとするのだった。 その時、しゅっとカーテンが開いた。 「月城さんっ!」 「皆、来てたんですね。」 「私達のせいで・・・。」 「違うわ。誰のせいでもないわ。」 ねっと言えば、うるうるとしだす園子。 「本当に、大丈夫なのよね?」 「うん。心配させてごめんね。」 「いいのよ。友達なんだから、心配ぐらいさせてよ。優希みたいに、心配する余地もないぐらい隠されるよりいいわ。」 「もう、園子っ!」 「でも、事実じゃない。」 「むっ・・・。」 そんなやり取りの中にいるのが、今は何だかあったかいと感じる里杏。 「あ、それで思ったんだけど、あの時、まるでこの人や神宮さんのこと、知ってるみたいな話の仕方だったけど・・・実際知り合いだったの?」 そう言えば、あの場には彼女達はいたのだ。自分としてはえらい失態をしてしまったものだと内心どうしたものかと考える里杏に、じーっと見つめる目が四つ。 そんな里杏に助けるように、口を挟む盗一。 「実はだね・・・。」 「そう言えば、おじさんは誰?」 「私は徳葉市郎という者だ。以後よろしくね。」 さらりと偽名を述べる男に、呆れる快斗と里杏。本名をまだ名乗れないのはわかっているが、この余裕が何だか清々しさを通り越して腹立たしい。 しかも、ご丁寧に本名を並べ替えた偽名だ。 「私達・・・白雪、そして里杏は工藤優作の元で優希ちゃんを守る為に雇われたガードマンなんだよ。」 「えぇー?!」 「そうなんですか?!」 何か勝手に話が進められてるが、里杏にはいい理由を思いつけずにいたので盗一に任せることにし、おとなしくしていた。 「優希ちゃんがどういう状況に陥るか、少なからずしっているだろう?」 「はい。私も経験ありますから。」 「私も、その場にいたことありますから。」 しっかりとした二人の反応に、うれしそうにする。決して深くは話せないけど、理解力のある、いい友達だと。同時に、巻き込む前に回避できない自分達の不甲斐なさを思い知らされる。 「これは内緒なんだけどね。だから、黙っておいてくれるかな?」 「はいっ!」 「わかりました。」 「もう、どうりでいつも優希と一緒にいなくなると思ったわ。」 「そうね。」 納得したわとあっさり信じて飲み込むそれに、里杏は苦笑する。本当に、良い人達だ、と。 「園子様の目に狂いはなかったわ。やっぱり、月城さんは運動神経よさすぎだもの!」 運動神経や反射神経も含め、それを鍛える為に受けた手ほどきの結果、自分がどういうことをしているのか、この二人は知らない。だから、心苦しいことが少しある。 嘘をあまりつきたくないと思える、友達に思えていたからかもしれない。 「あの、優希・・・様・・・。」 「そう呼ばなくていい。いつもみたいに呼んでくれていい。その方が、うれしい。」 「・・・わかったわ。優希。」 学校生活の中で、いつの間にか呼ぶようになった名前。園子や蘭の影響だろうけど、優希はその方がうれしかった。 そんな、作られた笑みではなく、本来の優希の笑みを見ることになるのなら、名前で呼ぶのもいいかもしれないと、里杏も思っていた。 「私はそろそろ行くよ。せっかく捕まえた男達の取調べをしないと私があの人に怒られてしまうからね。」 じゃあ、ごゆっくり〜と去っていく男に、二人は頭を下げた。 そんな礼儀正しく見送らなくてもいいのにと、快斗が思ったのは間違いではないはずだ。と、思いたい。少なからず、里杏もそう思っていたし、優希も今回ばかりは父親の姿が被ったためか、顔をしかめていた。 狸の仲間には関わるべからず。それが一番平和に過ごせる定義だと三人はこの時思うのだった。 実際、関わらずにいることはすでに無理な状況にいるとしても、抵抗ぐらいしてもいいだろうと思うのだ。 結局、文化祭は優希達の劇とその後の体育館でのイベントが中止になっただけで、他はそのまま続行され、幕を閉じた。 「せっかくのチャンスなのにぃ!」 劇のエンディングが迎えられなかったことで、白雪の歌が舞台で披露されることはなく、それが園子にとって悔しい思い出として何度も文句を言っていた。 白鷺としては、舞台が中途半端に終わったことには残念だと思うが、自分が歌わずに終わったことにはほっとしていたりする。 しかし、劇が途中で終わった為、舞台部門での総合優秀賞を取りそこなり、さらに悔しがる園子に、白鷺は苦笑するしかなかった。 「でも、後日優希ちゃんのクラスだけ、もう一回やるチャンスがあるんだろう?」 帰りに彼女達と歩きながら言えば、そうだけどと、まだ不満ありげな園子に提案した。 「ゆめかたり」で皆でお茶していきませんか、と。 園子が第一に明るく賛成し、全員を巻き込む形でゆめかたりへと向かう。白鷺も、この空間を大切にしたいと思う。 もしかしたら、里杏もこの日常に戻れるかもしれない。そう思ったからだ。それに、優希にしても、いつかコチラ側のようなくらい闇にとらわれないようにしてほしいと思ったから。 その為に必要なのは、光の中へ引き戻してくれる手だ。優希も、白鷺達を引っ張る手を持っている。けれど、白鷺では優希を闇の中で迷子になった時、光の中へ戻す為の手を持っていない。 あまりにも、汚れすぎた手だ。だから、彼女達が優希や里杏には必要だと白鷺は思っている。 いつかこの日常の物語が狂いだした時、きっと彼女達が優希の支えになると、白鷺は思っている。 そんな日が来なければいいと思うが、間違いなくくるだろう。この、呪われた月の物語は確実に終幕へと向かっているのだから。 その時、優希だけでなく、里杏にとっても、彼女達が支えとなり、引き留めるものになればいい。 だけど、白鷺自身も、物語の結末を知っているわけではない。だから、どういう結果になるかはもちろん知らない。ただ、何かが起こる予感だけはあった。呪われた月に関わるからだろう。 けれど、まさかあのような結果になるとは思わなかったのだ。 それが、白鷺の人生の中で、二度目の後悔となる。
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