困ったわねと、ため息をつく少女。 「・・・ちょっと行ってくるよ、姉さん。」 「これはこっちでやっておくわ。」 「じゃあ、また明日。」 同じ顔同じ声の二人がそれぞれ別方向へと向かい、闇に消えていく・・・。 闇夜の秘め事 コツ・・・ 響く足音に、はっと男が振り返る。しかし、すでに遅かった。背後に現れた何者かによって、首元にキラリと鈍い光を放つナイフを添えられていた。 「聞きたい事がある。」 ゴクリと唾を飲み込む。相手が何者かは確認できない事を悟る。振り返った瞬間、首にこのナイフが切り裂くだろう。冗談ではなく本気であることが発せられる殺気から感じ取れる。 「計画主はどこにいる?」 やはりとどこかで男は思う。だが、実際知らないのだ。何かあればいけない。その為に下っ端である自分たちは何をすべきかと言う行動しか指示されない。 「・・・それはっ・・・教えられるわけがっ!」 ぐっと強く押し付けられる刃。知らないのは事実で、知っていたとしても言葉にした時点で裏切り者だ。裏切ればどのみち自分の上に立つ者から消されるのはわかっている。 男も、男を脅す何者かもそういう世界にいるのだ。だが、男は言う。 「知らないっ!俺は何も知らない!下っ端の俺は、何も聞かされてないっ!」 知らないのは事実なのだから、主張する。それでもし、今生きていられるのなら、必ず逃げきってみせると。 すると、相手はそうかと呟き、しばらく沈黙した後にさらに問い詰めた。誰なら知っているかと。 その問いに、一人の人物の名前があがる。『浅間孝秀』という名前。 それを聞き、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。背後にいる相手を見なくても男は何か空気が変わったのを感じ取ったのだろう。助けてくれと切れ切れになりながら言葉に出す。 「ありがとうね、おじさん・・・。」 シュッと小さな音が男の耳にかすかに届いたことだろう。しかし、まるで糸が切れた操り人形のように、男はその場に崩れるように倒れた。 「殺ったの?」 「いいえ。眠ってもらったの。」 どうせ、すぐにこの男は逮捕される。 「センセー達がここはどうにかしてくれるでしょうから、次行くわよ。」 「了解。」 同じ顔、同じ声がその場所から立ち去っていく。その数分後、タイミングを見計らったように、パトカーが到着する。 そして、その日犯罪組織の末端が数名、警察によって逮捕された。 もぞりと布団の中にもぐる塊。ノックしたが反応はない。いつもの事なので気にせず乱入する快斗は、鳴り続けて主を起こそうとする目覚ましの音を消す。 「これで起きないなんて、ある意味すごいんだけど・・・。」 困ったという顔をしながら、布団を剥ぎ取る。そこには、快斗が一目ぼれした少女が眠っている。いまだに彼女の隣の位置に立てない。それでも、もう自分から離れることはできない。 目を覚ました時が優希の側により、頬を舐める。すると、瞼がピクリと少しだけ動き、ゆっくりと開かれた中から蒼い瞳が現れる。 「おはよう。」 まだぼんやりとして焦点があっていない優希に話しかける。 「後五分・・・。」 だが、短く一言だけ言い、優希の蒼い瞳は再び瞼で閉ざされる。 「こらこら。駄目ですよ〜。志保ちゃんとか怒るから起きようね?」 快斗からめくられた布団を奪還し、また夢世界に帰ろうとする優希。それに巻き込まれそうになった時がベッドから飛び降りる。そんな時に苦笑を浮かべながら、布団の中に逃げる優希の体を起こし、すばやく抱き上げる。 嫌だと暴れるが、次第に抵抗はなくなった。うとうとしている姿を見る限り、抵抗をする気がなくなったのだろう。時が快斗の後ろについて歩いてくるのを確認しながら、そのまま階段を降り、リビングの扉を開ける。そこに志保がいて、今日も寝起き悪いのねと言うのだった。 快斗はただ苦笑して、優希をソファの上に座らせると、志保はおはようと声をかけた。 「・・・お・・・はよ。」 さすがに、優希も志保の声にまだ眠い目をこすりながら、返事を返す。そんな優希を可愛いなと思いながら、朝食の支度の続きに取り掛かる。時は快斗の足元で朝食を要求するようにじゃれついてくる。 そんな平和な朝の一コマである。であったはずだった。 ピンポーン こんな学校行く前にチャイムを鳴らすような非常識な人間はいない。 幼馴染の蘭と園子ありえるかもしれないがと、少しだけ考える。この時、とある二人の存在は非常識な人間以下でカウントされない。 「出るの?」 「一応ね。誰がきたのかは確認しないと。ほら、幼馴染でいるでしょ?賑やかな子。」 「そうね。」 現在、文化祭のこともあって、練習するわよと彼女なら来る可能性はある。そんな彼女を何だかんだと言って快斗も志保も嫌えないのは不思議だといつも思う。 「っ?!」 快斗は訪問者が誰なのかを確認して固まった。 「誰が来たの?」 何か用ですかと外に話しかける様子を見て、志保は迷惑なお馬鹿さん達(変人やストーカー紛いな人達を差す)ではないかと快斗に話しかけるが、答えはなかった。 『しょうがないわね』と志保も立ち上がり、快斗が見ている画面を後ろから覗き込み、成る程と納得するのだった。 「で、なんでいるの?」 と、やってきた訪問者を、やっと目を覚ました優希が指差して聞く。 「人を指差してはいけませんよ?」 と、優希の指を下に下ろす里杏の姿をした紫闇。いくら似ていても、一度会えばここにいる三人は認識できる。だからこそ間違わないのだが、実際里杏と間違えそうな程同じでにこにこそこで座られていては不気味である。 「今日は何の用なの?」 最初に接触してから数日が経っていた。その間にいろいろと動き回っているのは知っている。だからこそ、今度はどんな問題を持ち込んだのかという、そこが知りたかった。 「『浅間孝秀』って方、知ってますよね?」 その名前に、過去の記憶にひっかかり、優希は何故その名前がと疑問がわく。 「その人が、何か問題でも?」 その男は、かつて自分が潰した組織の中にいた重要人物の一人だった。一番心配している黒の組織とは違うが、多少つながりがあった組織。黒の組織同様、幹部の人間を数名採り逃し、その中の一人がこの男だった。 どうせ、しばらく表には出られないし、闇に引っ込んだ男をわざわざ追いかけて周囲を危険にさらす必要もないし、あの男は組織内でしでかしたことで闇にも追われる側になったはずだ。だから、放っておいても今は問題はないだろうと捜査はそれで打ち切られた。 「今回の件、この男が関わってる可能性がでてきました。」 「・・・っ!」 「確か、優希が採り逃した男よね。」 志保の言葉に、一気に蘇る不安。誰かを巻き込んでしまうという、不安だ。 以前も、こんなことがあったような気がする。自分が巻き込まれることによって、周囲を危険にさらす。それが優希には許せないことだ。だから、戦えるように自分は探偵を目指した。それでも、昔から過保護な人間達が守ってくれているのも事実。 「私が今日ここへ来たのは、必ず一人で行動しないでほしいということです。」 「それは・・・。」 「大丈夫ですよ。『私達』は常に覚悟を決めていますから。何より、優希様に迷ってはほしくないんです。そして、悲しんでほしくない。笑顔でいてくれることが、『私達』の昔からの願いです。」 目を閉じればすぐに思い出せれる幼い彼女の、自分に向けられた笑顔。あれが何よりの自分を動かす糧だ。 「まぁ、黒い鳥も雪の女王も赤い天使ももうすぐこっちへ来るし、月夜の魔術師とセンセーも優希様の身の安全のため、すでにこっちへ来ている。・・・あとは優希様の決断次第。拒まれては、私達は手出しできないから。」 拒まないでといわれれば、優希に拒む術はない。父に言われてきた人達は何人かいた。赤の他人の自分の為に命を張って守ってくれた。何度もやめてと拒んでも、真っ直ぐ向けられるものに優希は最後には拒めなかった。 今回も、きっと拒みきることはできないだろう。何度も、巻き込みたくはないと願い訴えたとしても。 「でも、月夜の魔術師とセンセーって・・・誰のこと?」 黒い鳥と黒衣の姫と赤い天使が誰を指すのかは予想がつく。すでに会っているからだ。しかし、月夜の魔術師とセンセーには該当する人物がいない。 「月夜の魔術師は、すぐにわかるよ。センセーは、先日、優希様にもこちら側だと説明したでしょう?」 ジョディという名前にまさかと思い至る。そういえば、先日こちら側で安全だと聞いたばかりである。しかも、今思えば昔誘拐された時に来た女に似ていると思う。 だが、そんな馬鹿なことがあっていいものか。そこまで彼等だって暇ではないだろう。そもそも、こんな理由でわざわざジョディは高校教師に混ざりにきたというのか。 「それで、私の分の朝食もいただけるんですか?」 「大人しく話を聞いてたらそれかよ!」 黙っていた快斗が文句を言いながらも、しょうがないと用意する。そんな快斗の姿を見て、哀れだと思いつつ、志保も席について朝食が出されるのを待つのだった。 紫闇からの警告を受け、三日が経った。 何か仕掛けられるのかと身構えていたが、あっさりと過ぎた三日に、優希は少し拍子抜けしていた。もちろん、それは快斗も同じだった。だからといって、油断するわけではないが、学校にいると何だか監視されているようで居心地が悪い。 「何だか、ずる休みでもいいから家で大人しくしていたいわ。」 現在、昼休みのため、保健室で昼食をとる優希。 「俺も視線はたまに感じるから、保健室に来る子のがちょっと可愛そうになるかな。」 極まれに、ここ第二保健室には優希以外の訪問者が現れる。ちなみに、その訪問者に優希に関わる関係者は含まれない。 「ここって相談室もかねてるのよね?」 「そうなんだよ。だから、ちょっとね。」 訪問者は気付いていないだろうし、視線の主も訪問者のプライベート守ってくれるだろうが。気付いてしまえば気になって仕方がない。 「あ、今日は紅子に呼ばれてるから、先に帰っててくれる?」 寄り道はダメだとか、誰かと必ず一緒に帰れと何度も言われ、わかったと何度も答えた優希は予鈴を理由に逃げるように保健室からでた。 「快斗さんも過保護だったの忘れかけてたわ。」 周囲に過保護な人間が集結し、忘れかけていたこと。出会ってからいきなり普段の生活が気になるからと、食事係りになったり、優希のためにせっせと家事をこなす男。 「何故過保護ばっかりが集まるのかしら?」 自分のことに無頓着な優希には、きっと理解できないであろうこと。 とりあえず、ここまで周囲にいる人間が多いと、寄り道をしてもバレるだろうし、後で志保あたりに怒られるだろう。ならば、大人しく真っ直ぐ家に帰るのが一番無難だ。 「でも、今日は本の新刊があったのに。」 ちょっと寄って家で読んでいたらいけないだろうか。そんなことを考えながら、午後の授業はまったく聞かない困った優希であった。 その日も、放課後は劇の練習をした。練習の最中、何故か見学させてクダサーイとジョディがやってきた。しかも、里杏の視線が痛い。寄り道せず一緒に帰りましょうと目が語っている。そう優希には見えた。 そして、放課後練習が終わり、一緒に帰りましょうと里杏が誘う。完全に逃げる隙はなかった。 だが、一応優希のことを理解していたのか、途中で本屋に寄りましょうと言ってくれたので、一気にご機嫌になる。 手に入れたのは、目的の品物である新刊だ。何気に、もう二冊別のものが混じっていたが、里杏は何も言わなかった。 家に帰った途端、リビングのソファを陣取り、優希は本の世界へと旅立った。快斗や紫音や志保が部屋に入ってきたのも気付かない程集中していた。 「やっと戻ってきたわね。」 「志保・・・。」 「夕食の準備できてるよ。」 「お邪魔してます。」 いつの間にか増えていた三人の姿に、やってしまったと焦りながら、黙って席についた。 「今日は寝る場所移動するからね。」 いただきますと手を合わせ、一口ご飯を口に入れた際に突然言われた言葉。 「何が?」 「どうやら、襲撃しようとしてるみたいだから、移動するんだよ。」 快斗の言葉に首をかしげると、里杏が敵の動きを教えてくれた。 「さすがに、ここで何かあればいろいろと面倒なので、こちらが用意した場所でってことです。」 確かに、いろんな意味でこの工藤邸は目立つ。 「周囲に一般人もいないので、そちらの方が思い切りやれると思いましてね。」 何をやるつもりなのだろうか。 「犯罪はやめてよね。」 「相手次第だよ。」 「相手次第です。」 「俺も混ざっていいよね?」 「もちろん、私も混ざらせてもらうわよ。」 本気で何をやるつもりなんだろうか。今からかなり不安になる優希であった。 「とりあえず、行きましょうか。お迎えもきましたから。」 どういうことだと思えば、玄関に出てすぐにわかった。何故この人達が迎えにきたのだろうか。 「この人、誰?」 そう言えば、顔を合わせるのははじめてだということを思い出した。 「あの人は・・・山宮さんよ。」 「はじめまして。」 それだけ言い、もうこちらを見ない男。 「優希様はこっちでお二人はあっちね。」 と、紫闇が快斗と志保にそっちとジョディの車を指した。 何故だといえば、こっそり耳打ちして走行中優希に耳に入れたくない情報を出すからだと言われれば、従わざる得ない。 こうして、快斗と志保と紫闇を載せたジョディの運転する車が発車した。それを追いかけるように優希と里杏が乗り込んだ車も発車する。 「それで、何故アナタ方が日本にいるのか教えてもらえないでしょうか?」 助手席に座り、後ろに乗っていた人物に気付き、本当に何故かと疑問ばかりが浮かぶ。 「もちろん、優希の身の安全のためよぉ。安心して今晩は休んでよね。」 ふふふと笑みを浮かべる女に、最悪だと思わざる得ない優希だった。 「山宮さん。本当に、何故彼女まで・・・?」 「・・・ナイトバロンの『お願い』のせいということで納得してほしい。」 他にも何かありそうだったが、今はそれで納得しておくことにした優希。これ以上考えて頭が痛くなるのは御免だ。なので、優希にしては珍しく考えることを放棄したのだった。 そして、時刻は夜の十一時を回った頃。二台の車はとある人気のない屋敷に到着した。 周囲に明りはなく、人が住む家もない。近所といっても結構遠いのだが、その子ども達からお化け屋敷と称される屋敷の中へ、優希達は足を踏み入れた。暗い屋敷の中へ入れば、突如明りがついた。 「予定より遅かったわね。」 出迎えたのは分厚いレンズの眼鏡をかけ、長い銀色の髪をみつあみにした白衣の女だった。 「貴方までいたんですか。」 「ひぃ〜ちゃん、ただいま〜。」 目が合い、こちらへ来るとわかっていても確認してしまった女の姿に今日は本当に最悪だと思う優希。そんな優希の横で元気よく手を振りながら叫んでいる女に、さらに疲れてきた。 そんな優希の後ろでこの三人が本当にそうなのか?と快斗と志保は疑問を覚えていた。車の中で、ここで会う人間と山宮とエリーのことについても聞いたのだ。 聞けば、自分達も知っている闇の者達。今でこそこんな風に振舞っているが、仕事となれば、噂に聞く顔に変わるのだろう。その姿を考えるだけで恐ろしかった。 彼等には、日常が似合わない。そんな闇に落ちた者達だからだ。 「・・・それで、貴方がここにいる理由を教えてもらえますか?」 「ナイトバロンの『お願い』には逆らえない。」 狸め・・・と今度会ったら殺すと、決して実行はしないだろうが探偵が言うには不似合いな言葉を心の中で吐く。 快斗と志保は今だに目の前の三人について本当に味方だと思って良いのか考えていたが、この優希の態度に不必要な考えだと思い知る。 きっと、自分達と理由は似ているのだろう。彼等がここにいる理由が。 「十二時を過ぎたら・・・ゲームは始まる。」 紫闇の言葉にエリーは面倒くさいと言いながら白鷺に文句を言い続ける。 「私の仕事は明日でもいい?」 「ひぃ〜ちゃんは明日でいいよぉ。やることやってからじゃないと、始末できないもん。」 「優希様。お部屋へ案内します。」 「部屋の中は宮野さん。付近にはセンセーと快斗さんが必ずいるようにするから、安心してお休み下さい。」 それがかえって安心できない理由なのだが、もういいやと考えを放棄した。 部屋に案内され、綺麗に整えられたベッドにあがり、布団を被った。 その数分後、闇夜に紛れた者達の攻防開始の時を知らせるかのように、雲に隠れていた月が顔を出した。 |