太陽と言う光があれば、月という闇が存在する。 月は太陽の光がなければ輝きを得る事は出来ないもの。 光と闇が一対なら、太陽と月も一対だろうか。 なら、『僕ら』は一対なのだろうか。それとも、まったく別のものなのだろうか? 他人はまったく『僕ら』のことに気付きもしないのに・・・。 久しぶりだと思う。 目の前の少女は、『僕ら』をはっきりと認識した。 背後に気をつけて にっこりと少女と同じ笑顔を見せる。だが、一度違うと認識したら、それは違和感しか感じない。 「どうして、わかったんです?」 少女と同じ声で、優希に問いかける。それがかなり嫌だった。わざとなのかと問いたく成る程、嫌な気分だ。 だが、目の前にいるのは自分が知る『里杏』ではないのに錯覚してしまいそうな程仕草も同じ。 なら、いったい目の前にいるのは誰だというのだ?そんな疑問から、助けられたとしても警戒する。 すでに、『闇』が動き出しているのだから、目の前の相手も敵ではないという確信がないまでは油断してはいけない。人の顔にばけて混ざる事がとくいな怪盗や犯罪者がいることを知っているからだ。 だが、警戒する必要はまったくないということをいとも簡単に知らされた。 「そんなに警戒されると辛いね。」 と、里杏と同じ顔で苦笑しながら言う相手。 「はじめまして。間に合って良かったですよ、優希さん。」 その後、何かあったら、僕、姉さんに怒られるところでしたよ。と続けたところから、目の前の相手は里杏の身内だろうと当たりをつける。これだけ似ているのだから、姉妹だろうと思っている矢先のことだった。 ディアーナの影武者役ですと、瞬きの一瞬ですぐ側まで近づいた相手が耳元で告げる。優希にとってそれは不意打ちであった。 だがこれではっきりした。完全に、里杏とは違う人間ということに。ここで始めて、違う人間に戻ったからだ。だが、顔も声もまったく同じでまだ錯覚を覚えそうな嫌な気分である。 横を通り後ろに回った相手を振り返る優希。いいかげん、本来の自分を出しなさいと言おうとした時だった。 「それにしても、一人で出歩いたら危ないでしょう?」 今日は確か怪盗君と帰宅予定ではなかったですかと言われ、うっと言葉に詰まる。何故だろう。どうして自分の周囲は同じようなことを言うのだろう。 周囲からすれば、貴方こそどうして同じことを繰り返すの?!と怒るだろう。 「本の発売日に貴方がどう行動するかをわかっていたつもりですが、こちらも甘かったですね。」 今日の発売される本の情報をちゃんとリサーチしておけば良かったですと、何故か相手もため息をついている。 「・・・ごめんなさい。」 とりあえず、謝ってみる。 「謝って反省する気があるのなら、お願いですからもう少し行動考えて下さい。」 本や事件という趣味に文句は言いませんが、誰かをつけておいてもらわないと、と念を押すように言われ、はいっと小さく返事をするのだった。 「あ、まだ名乗っていませんでしたね。」 なんだか結構マイペースな人だなと思いながら、そう言えばまだ誰なのかはっきりと聞いていないなと思った次の瞬間。はぁ?!とつい声をあげたくなる程驚いた。 「僕は里杏の双子の『弟』。紫闇です。」 名乗るその声は、里杏のものより少し低く、まるでどこぞの怪盗のように一瞬で里杏が着ていた制服から私服に変わる。 「えっと、弟さん・・・?」 「はい。『一人』の情報屋を演じるため、常に僕は姉の姿でいますが、男ですよ。」 「・・・。」 『決して女装趣味な変人さんではないのでご安心を』と言われても、もう、何に驚いていいのかわからない状態である。 確かに只者ではない情報屋だなと思っていたが、こんなカラクリがあったとは思わないし、何より普通に女の人だと思っていた。それだけ、同じであるように長年演じ続けてきたのだろうけれどもだ。 この才能があったら女優とかも出来そうだなと暢気に思ってしまった思考を追いやって、ちょっと失礼な勘違いをしてしまったと思いながら、情報を整理する。 いろいろ考えた結論は、狸の手先である。というよりも、これ以外に考えることを放棄したともいう。 「とにかく、まずは帰宅しないとね。」 いろいろと心配する方々がいますからと言われ、時計を見て結構時間が経っていることに気付いた優希は、血の気が下がる思いだった。 「やばい・・・。」 間違いなく、快斗や志保の怒りを買うだろう。 「ど、どうしよう・・・。」 これでは今日は本が読めなくなるではないか!と心の中で叫ぶが、そんなところの騒ぎではないのに彼女は分かっていない。 ふぅっと紫闇は息をついて、本当に困った人だと呟く。何せ、彼女が今考えていることが、やってしまったことで怒られることよりも、本が読めるか否かという瀬戸際で考えているということが、ありありとわかるからであった。 貴方らしいと言えばそうですがと呟き、とりあえず帰宅させるように誘導する。 「本のことは後にして、まずは帰りましょう。」 手を差し出せば、その手を取る優希。 闇で輝く月の加護を得て帰宅の道が開かれる。 せっかくの本を取り上げられて少々凹む優希。わかってはいたし、怒っている二人の顔を見ても、怒るよりも心配したという気持ちが伝わってきたから素直に謝った。 しかし、本は別なのである。 「うぅ〜。」 「唸っても今日は駄目。」 「む〜。」 「可愛く膨れても駄目なものは駄目です。」 ふいっととうとう快斗と顔も合わせなくなった。 そんなやり取りを見て、苦笑する紫闇にまだいたのかよ?!と快斗は驚いたり。 「私の事は気にしないで下さい。」 にっこりと笑顔で返されても、事情を聞いて里杏の弟と知れば、気持ち悪いものでしかない。 たぶん、分かってて嫌がらせしているのも半分あるし、面白がっているのもあるのだろうが。 だんだんと、周囲に変なのが集まり出したなと思わざる得ない快斗であった。 不安がないというわけではないが、優作も何を考えているのかわからないなと思うのも実はある。 そして、どこまでが見方でどこまでが敵なのかさえも、まだ判断しきれていない今、うかつに動くのは命取りだとわかっているが、いい加減、職員室でうるさい英語教師をどうにかしたいところである。 聞けば、優希にも接触したらしく、何らかの組織の人間だろうが、それが表だと言っていたが、何の組織かはっきりしていない今、信じろという方がおかしい。あんな胡散臭い女なんてとくに。 そんなことをはっきり告げれば、ひどいですと、また微妙にわざとはずしたイントネーションの日本語で返すだろうけれど。 「本当に、あの英語教師、ジョディ先生は大丈夫なんだろうな?」 「はい。『私達』が水面下で動く駒ならば、『彼女達』は表立ちながら水面に潜って動く駒です。」 「そうか。」 「信用しろという方が、今の世の中では難しいと思いますので、判断は黒羽さん自信にお任せしますよ。」 そこまで言われたら、疑う事などできない。これで疑えば、きっと優作を疑えという事だろうから。 昨日、メールで彼女とこの双子についてのことが書かれたものが届き、目を通したところなのだ。 「で、今日は何時までいるつもりなんだい?」 相変わらず変える気配のまったくない紫闇に尋ねる快斗に、快斗の作る夕食を食べたら帰らせていただきますと答えるのだった。 それはもう、里杏そのものの笑顔で。 「・・・俺はお前の保護者じゃないぞ?」 「わかっているつもりですよ。でも、一度食べてみたいじゃないですか。」 優希様が口にするものですからと言われたら、不味かったら優希に出すのは許さないと、どうしてかここにきて優作に試されているように思えて仕方ないのはきっと気のせいではないはずだ。 「で、今晩は何にするつもりですか?」 本気で、彼は夕食を食べるまで動く気はないようである。 ここは大人しく作って食べ終わってからお引取り願わないと無理なようであった。 「ごちそうさまでした。おいしかったですよ。」 満足したのか、にこにこ笑顔で言いながら、お茶の入ったカップを受け取る紫杏。 「ではそろそろおいとましますね。」 「ああ、さっさと帰ってくれ。」 ぐったりする快斗を見てクスクス笑いながらまたゆっくり話をしようと優希に言い、嵐が去るように玄関の扉から出て行った。 優希は知らないが、調理の最中、ずっといろいろ言われ続けてノイローゼになったらどうしようとつぶやく快斗。内容は優希との関係について。 あの双子は絶対にたちが悪い。そう思った。 そんな噂の双子の片割れ、紫杏は少し歩いて道をわざとはずれ、振り返った。 「何か用ですか?」 「貴方はドッチの方デスカー?」 「『僕』の方ですね。」 「月の影の方デスカ。まぁ、どちらでも問題はないデショウ。」 これを渡しておきますよと、ジョディが大きめの茶封筒を手渡した。 「ナイトバロンから渡すように頼まれた品ヨ。」 「それはわざわざどうも。」 礼を言って、中身を確認する。確かにそれは自分が頼んでおいたものであった。 あとで届いたという連絡を入れようと考えていた時、ジョディが懐から銃を取り出した。 「背後には気をつけないとイケマセンヨ?」 「それは、『先生』にもいえることでしょう?」 シュっと、紫杏も懐から取り出した銃で、お互いの背後を撃つ。そこには、盗み聞きしていたねずみがいた。 「お互い様だね。ま、いいや。・・・おやすみなさい、良い夢をね・・・先生。」 前髪で目は隠れて表情がわからないが、にやっと見せた口元の笑みからだいたい想像がつく。 「本当、貴方達は嫌いヨ。」 二人は互いに違う方向へ歩き出した。振り返って相手の姿を確認せず、その場から離れる。 そして夜は更け、朝が再びやってくる。 「どうしたの、時。」 布団の中にもぐりこんできた猫とじゃれながら、起しにくる快斗に着替えるから出て行けと枕を投げて追い出し、一日が始まろうとする。
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